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先見の巫女は自分の将来(バカップル化)をどうにかしたい  作者: 依馬 亜連
シーズン3

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13:そこには鬼がいた

 先見の巫女には「市外へ一日以上出てはならない」「先見の内容について、嘘を伝えてはならない」などの制約がある。

 これらは土地神との約束による制約で、飲食や交友関係についてはフリーダムのため、鈴緒もさほど気にしていない。しいて言えば、宿泊旅行が認められていないため、修学旅行や卒業旅行に行けなかったことを未だ根に持っているぐらいか。


 それよりも行政側から課せられている、ある制約の方が厄介だった。

「事故の危険性があるからって、車を運転できないのが本当に困るんだよねぇ」

 鈴緒は不銅の車の助手席に座りながら、そう言って口を尖らせた。真っすぐ前を向いたままの不銅が、彼女をなだめるように笑う。

「先見の巫女に何かあっては、市も国も困りますから」

「市はともかく、国にご迷惑はかけないよ」

「大手企業の支社が、佐久芽市にいくつもあるでしょう? そちらに悪影響が出かねません」

「ぐぅ……」


 不銅曰く、先見目当てで支社や工場を置いている企業がほとんどだという。たしかにそれ以外で、こんな片田舎に旨みなんてない。

「わたしが視れるのなんて、ご近所トラブルぐらいしかないのに……」

「そこを都合のいいように解釈してしまうのが、人間というものです。実際、支社経由で本社に起きるトラブルを防げたケースはあるようですし」

「ふうん」

 鈴緒は目を細め、気のない相槌を打った。そしてぼんやり考える。


 本社に絡んだトラブルよりも、支社がやらかすトラブルを視る方が圧倒的に多いはずだ。そうなると「そもそも、ここに支社を建てたのが一番の原因なのでは? 他に支社を置いておけば、そんなトラブルも起きなかったのでは?」という疑問が芽生えるのだ。

 ただこれは「たられば」の話なので、議論をしたところで不毛である。


 また、不毛な水掛け論よりも訊きたいことがあった。

「不銅くん、ここの事情に詳しいんだね」

 鈴緒は背もたれに身体を預けたまま、ちろりと彼を見る。普段見つめる運転席に座っているのは、彼よりもずっと背の高い人だ。よっていつもの景色とは異なる顔の近さに、なんとなく居心地の悪さを覚えた。


 不銅は横顔に刺さる鈴緒の視線で、むず痒そうに口元を歪める。

「ええ、一応、勉強しておりましたから」

「勉強? わざわざ?」

「はい。分家として……従兄として、鈴緒を支えたいと思って」


 この殊勝な言葉に、鈴緒も居住まいを正す。

「え、なんかごめんね。無理させてた? 就活もあったよね?」

「いえ。好きでしたことですし、元々勉強は得意ですから」

 さすがは優等生。言うことが一味違う。途端に鈴緒は白けた顔になり、鼻で笑った。


 隣からの「へっ」というやさぐれた声に、不銅が線の細い顔をしかめる。

「なんです、その品のない笑い方は」

「えー。だって回答がもう百点満点すぎて、鼻につくなぁって」

「理不尽過ぎませんか? そもそも、もっと露出を控えろとこの前言いましたよね? それなのにまた、そんなみだりに足を出して。邪なことを考える男だって――」

「あーあーあー、知らなーい」

 兄を通り越しておかん属性すら垣間見えるお小言に、鈴緒もわざとらしく耳を塞いで反抗期イズムを発揮した。


 気安い応酬を繰り返している内に、車は日向家に到着した。だだっ広い玄関前に車を停車してもらい、鈴緒は助手席のドアを開ける。

「不銅くん、ありがとうね。せっかくだし、お茶でもしてく?」

 運転席に座ったままの不銅が、目を丸くした。


「いいんですか? 旭谷さんがご不快に思いませんか?」

「ん? 銀之介さんが? どうして?」

 鈴緒も目を丸くして、しばし困り顔の不銅と見つめ合う。

「不銅くん、銀之介さんと喧嘩したの?」

「いえ、そういうわけでは……」

 だから彼も様子がおかしかったのだろうか、と鈴緒が尋ねるも、不銅は珍しく切れ味が悪い。


(あ、顔が怖いからかな)

 なので次の仮説を打ち立てた。銀之介は近くのスーパーで買い物をしている時も、たまに見知らぬ子どもにビビられて泣かれることで定評がある。お育ちのいい不銅も同じく怖がっていても、なんら不思議ではない。


「銀之介さん、顔はむちゃくちゃ怖いけど、割といい人だから。不銅くんがお邪魔しても別に怒ったりしないよ?」

「そうですか……?」

 助手席を降りる鈴緒に促されて車を出る不銅は、どこか半信半疑だ。だがその表情には「やっぱり怖い顔なんだ」という、謎の納得感もある。


 先導する鈴緒が玄関の鍵を開けたところで、後方から聞き慣れた話し声が聞こえて来た。二人が振り返ると、コンビニのロゴ入りレジ袋を持った銀之介と緑郎がいる。

 そういえば、セボンスターだかカードウエハースだかが欲しいと、主に緑郎がゴネていたか。


 男二人はちょうど、門をくぐって来るところだった。

「あ、おかえりー」

 まだ距離のある二人へ、鈴緒が手を振った。慌てて不銅も、ぺこりとお辞儀をしかけて――途中でギクリと固まった。


 しかし鈴緒も、彼の異変を気にしている場合ではなかった。彼女の視線は、こちらへ大股で近づいて来る銀之介に釘付けだ。

 彼は今まで見たことがないくらい、とんでもなく怖い表情になっていた。獄卒どころか鬼神である。

 なお、そんな鬼神の背後には「おおい、待ってくれよう!」と焦る緑郎がいた。声といい動きといい、昭和のアニメ-ション風味である。


 銀之介は大股でこちらへ肉薄すると、鈴緒の眼前で止まった。逆光になっており、ますます怖い。鈴緒もつい無意識に、半歩後ずさった。

「えっと、銀之介さん……どうしたの? 怒ってる?」

「博物館には、一人で行った筈だが?」

 だが、質問に質問で返された。しかしそのことを、揚げ足取り出来る空気ではない。


 鈴緒は抑揚のない彼からの問いに、思わず生唾を飲み込みつつ答える。

「そう、だけど」

「何故、月山さんの車で帰って来たんだ?」

「えっと……博物館で、偶然会って、送ってもらうことになって……」


 鈴緒はつい、助けを求めるように傍らの不銅を見た。だがそれが、かえって銀之介の逆鱗に触れたらしい。

 彼は無言で鈴緒の腕を掴むと、そのままドアを開けた。

「えっ、ちょっ、銀之介さ――待って待って、ねえ! 速い!」

 ギリギリ痛くない強さで腕を引っ張られ、鈴緒はつんのめりながら、靴を玄関に放り投げて廊下に上がる。

 今日履いているのが、着脱簡単なバレエシューズでよかった。これでストラップ付きのパンプスでも履いていようものなら、土足のままのご帰宅である。


 鈴緒は想定外の事態に、現実逃避でそんなことを考えてしまった。呆然とする彼女の後方からは、

「おれ、原田くんトコ行くからねー! ほら、不銅も、ほらほら……帰ろ? ウエハースあげるからさー」

「は、はい……ありがとうございます……あ。シャーマンカーンが出ました」

「えぇっ! マジでっ!?」

と、緑郎が困惑気味の不銅を連れて、家を出て行くやり取りが聞こえて来た。そして買ったのは、ビックリマンチョコだったようだ。


 それから間もなく、車のエンジン音もかすかに響いて来る。薄情にも二人から見捨てられ、鈴緒はますますパニックに陥った。

(どうして出てくの! 付き添ってよー! もうご飯、大盛りにしてやんないから!)


 経緯不明で不機嫌マックスな銀之介に引っ立てられ、鈴緒が連れて行かれたのは憩いの間ことリビングであった。ご丁寧にドアも閉められ、ついでに鍵もかけられた。

 このままバラされ、臓器密売に使われちゃうのだろうか。


 銀之介は怖い顔のまま鈴緒へ、入り口近くの二人掛けソファに座るよう促す。鈴緒は一瞬迷った末、素直にそこへ座った。

 その隣に銀之介が座るのかと思いきや、彼女の前で腕を組んで仁王立ちとなった。強敵感がすさまじい。

 鈴緒はなんとなく、授業中に先生に怒られている悪ガキの気分となった。膝を揃えたまま、もじもじと上半身を動かす。


 次いで恐る恐る、つい窺うような上目で彼を見上げた。

「あの……どうしたの? 不銅くんと、何かあったの?」

 家へ招いた時の不銅の反応と、銀之介のこの怒りよう――鈴緒の導き出した仮説は、「やっぱりこいつら、喧嘩してるんじゃん」

だった。


 しかし彼女のこの言葉に、銀之介は大きくため息を吐いた。そして口をへの字にする。

「違う。俺は君に怒っている」

「え、わたし? どうして?」

 むしろ彼に要らぬ労力を割かせないよう、これでもかと気遣っていたぐらいなのに。鈴緒は身に覚えのなさで、眉を垂れさせて困惑顔になる。


 全然ピンと来ていない様子に、銀之介の怖い顔が少しだけ和らいだ。

「……鈴緒ちゃん。君は、あまりにも無警戒過ぎる」

「はいっ?」

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