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先見の巫女は自分の将来(バカップル化)をどうにかしたい  作者: 依馬 亜連
シーズン3

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12:なんでそんな講義取ってんの?

 佐久芽市と言えば「自称:地方都市」の「通称:田舎」であり、土地が有り余っていることでも定評がある。だって田舎だもん。


 しかし街としての歴史自体は相当古い。土地神の力を借りられる巫女一族がおわす街なのだから、当然と言えば当然なのだが。

 おかげで住宅街や市街地には古くからのレトロな建物も多く残り、そしてその間を狭い道路が縦横無尽に走っており――市役所や公民館、あるいは図書館といった箱ものが、中心地から外れた場所に建てられがちだった。


 佐久芽大が住宅街から徒歩十五分圏内にあるのは、実のところ奇跡だったりする。戦後のどさくさ紛れに建てられたらしいのだが、そのどさくさの波に誰よりも乗れなかったのが博物館だった。

 鈴緒はその市立博物館に来ていた。山沿いの、佐久芽市の端っこにポツンと建てられた侘しい不人気スポットである。


 二時間に一本のバスを降りた鈴緒は、うっすらと緑がかった白い箱を見上げる。どうやら苔が生えるままに放置した結果、建物全体が薄緑色になっているようだ。

(これは……掃除しがいのある壁かも)

 最近ケルヒャーを新調したばかりの鈴緒の、ジェット噴射欲がつい(うず)いた。しかしここを実際に掃除しようものなら、おそらく数日――あるいは数週間がかりになるだろう。


 市街地よりも冷たい山の風が、不意に鈴緒の胡桃色の髪を弄んだ。彼女の装いは若葉色のシャツワンピースと、クロシェ編みのビスチェだけという薄着だった。

 鈴緒はワンピースまでめくれないよう裾を押さえつつ、ふるりと身体を震わせる。市街地より気温が、体感で二・三度ほど低い気がする。山を甘く見ていた。


 市のマスコット状態の鈴緒とて、用がなければこんな三十年ほど時が止まった場所を訪れないのだが、今回は大学の単位がかかっているのでやむなしだ。

 受講中の講義にて、この場所の特別展をテーマにレポートを書くようにと、課題が出されたのだ。

 また講義自体のテーマも「雨の文化史」というニッチ過ぎる代物だったので、牧音と倫子も受講していなかった。おかげで本日はボッチでの参戦である。


 なお彼女にだけは甘い銀之介が、同伴者を買って出てくれていたけれど、それは丁重にお断りした。なにせ見に行くのはオンボロ博物館の、傘の特別展である。絶対に興味がなさそうだ。事実、

「銀之介さん、傘の歴史に興味あるの? 傘の今までとこれからが気になって気になって仕方ないなら、楽しいとは思うけど……」

と尋ねたところ、怖い顔で長々と唸った末に

「努力したものの、全く興味が湧かなかった。すまない」

と何故か謝られた。


 よって単身ここまで馳せ参じた鈴緒は、比喩ではなく文字通り冷え冷えとした空気で風邪を引く前に博物館の中へ入った。財政難にあえいでいそうな外観からの予想を裏切らない、薄暗い館内だ。きっと電気代を節約しているのだろう。

 ガランとしたホールで特別展の入場券を購入し、会場である二階に向かう。彼女以外の来場者は、残念と言うべきか当然と言うべきか――いなかった。


 正直なところ、単位欲しさだけでやって来た博物館であったが、予想外に楽しかった。

 時代劇に出て来そうな和紙の傘があったり、ドレス姿の貴婦人が持っていそうな煌びやかな日傘の展示もあった。豪華なレースで縁取りされたものや、宝石が縫い留められたもの等々――鈴緒はその中のシルク製の傘に、ふと目を留める。


(あ。画家のモネ……だったっけ? あの絵の女の人が持ってるのに似てるかも)

 鈴緒の脳裏に『日傘をさす女』がおぼろげに浮かぶ。あれもたしか、中棒の長い華奢な日傘だったはずだ。あの絵を絡めたレポートを書くのも、楽しいかもしれない。

 鈴緒はその日傘の写真を撮りつつ、スマートフォンのメモに今のアイデアを書き留めた。


 しかし博物館の一階にある売店のラインナップは、さびれた外観とわびしいホールにふさわしい貧弱なものだった。

 せっかくなのでお土産で課金をしようかと思ったのだが、どこでも買えそうなキーホルダーやタオルハンカチぐらいしかない。

 鈴緒はなんだかなぁと口をすぼめながら、特別展の展示品をあしらったクリアファイルを買った。ついでにバスを待っている間に食べるべく、クッキーと無糖のカフェオレも購入する。

 カフェなどという洒落たものは、この博物館にあるわけない。


 自前のショッピングバッグに買ったものを入れて売店を出たところで、一階の常設展から出て来る人影が視界に映った。鈴緒は幽霊の類だろうかと一瞬身構えたけれど、人影は意外にも見知った人物だった。

「あれ、不銅くん?」

「鈴緒?」

 小顔に満ち足りた笑みを浮かべていた不銅が、彼女の言葉で目を丸くしてこちらを見る。鈴緒も立ち止まった彼のそばへ駆け寄った。


「え、こんなところで何してるの?」

「何って……博物館を鑑賞しに伺っただけですが。せっかくここに住むのですから、佐久芽市の伝統や歴史も学びたくて」

 さも当然と答える不銅の手元には、まさかの常設展のパンフレットがある。買ったのか、いかにも手作りなそのパンフレットを。わざわざ金まで出して。


「鈴緒もやはり、地元の歴史を学びに?」

 さすがです、と目を輝かせる不銅に、鈴緒はすいっと目をそらす。どうしよう、いたたまれない。

「あ、うーん……大学の先生に、特別展を見て来いって言われたから」

「成程。それもまた必要ですね」

 がっかりされるかと思いきや。不銅は相変わらずの生真面目顔で、うんうんと頷いていた。彼の不真面目センサーに引っかからず、何よりだ。


「それじゃあ、わたし、バスの時間もあるから」

 内心では「博物館なんて面倒だなぁ」と思っていたことまでバレるのはよろしくないので、鈴緒はそそくさとその場を去ろうとする。だが、それに不銅が待ったをかけた。

「よければ、車で送りましょうか?」

「えっ」

 鈴緒は速足で立ち去ろうとしていた、中途半端な体勢のまま固まる。目を剥いて首だけ勢いよく振り返ると、食い気味の従妹の姿に不銅はちょっと苦笑いだった。


「バスの本数、こっちは少ないでしょう? 日向家までの道ぐらいは覚えていますし、よければ。いつもご飯をごちそうになっているお礼も兼ねて、ぜひ」

 バスの本数で元東京都民にマウントを取られちゃった気はするものの、少ないのは悲しいかな事実である。それに彼の申し出は、とても魅力的かつありがたい。


 鈴緒は姿勢を正して彼と真正面から向き合い、もじもじと見上げた。

「じゃあ、乗せてもらってもいいかな?」

「はい、もちろん」

 どこか嬉しそうに頬を紅潮させた不銅につられ、鈴緒の笑顔もほぐれる。


 彼を「身内」にカテゴライズしている鈴緒は、この時全く気付いていなかった。

 自分の、顔の割に心配性で色々考えこんじゃう恋人が、この従兄を警戒しているという事実に。

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