4:巫女、振り返って気付く
日曜日にうっかり投稿した分を、再投稿であります。
まっこと申し訳ありませんでしたァーッ!
ドアの隙間からニヤつく友人コンビへ反論しようとして、鈴緒ははたと気付いた。
銀之介とイチャコラしている内に、いつの間にか彼の太ももの上にライドオンしている自分がいたのだ。がっしり筋肉質な太ももは安定感も抜群であるが、今はそれどころでない。
「違うからね! 違うからね!」
彼女はあわあわと自分の椅子に戻り、耳まで真っ赤になって否定を繰り返した。自分でも、何を否定しているのかは分からないが。
絵に描いたようなパニック状態の鈴緒に、牧音がドアを全開にして入って来る。
「まったくコイツらは、人目がないとすーぐイチャコラしやがるなー」
続く倫子も、わざとらしい生真面目顔でうんうん同意。
「この子ら、順調に浮かれてるよね」
ここまで無言を貫いていた銀之介が、からかう女子大生二人に肩をすくめた。大人の余裕である。
「仕方がないんだ。付き合い始めたこの辺りが、きっと一番楽しい」
違った。自分でも浮かれている自覚があるので、開き直っているだけだった。
ただ彼が悪びれないのは、平常運転である。それもそうか、と牧音たちも笑って受け流す。
それよりも、と銀之介は目をぱちくりさせた。
「今日は在校生は休みだろ? よくここまで来たな」
「あー、あたしも倫子もビラ配りがあったから」
この時期は新入生をターゲットに、サークル等の勧誘が行われるのは大学あるあるだ。牧音は所属する映画サークルの、そして倫子は自分が手伝う絵画教室のビラを配るべく来校していたらしい。
「で、入学式の方は大丈夫かなって二人で様子見に行ったら、日野さんって人にココにいるって教えてもらったワケ」
「成程。あいつが犯人だったのか」
無表情をしかめっ面に変えた銀之介に、牧音が合掌しながら「マジごめん、日野さん」とうそぶいた。
和やかに雑談を交わす友人ズと恋人を見るともなく眺め、鈴緒は背中を冷や汗でびっちょり濡らしまくっていた。顔色も悪い。
(どうしよう。ただでさえ学生の身分で恋人と同居とか、世間的にけっこうアレでグレーでアウト寄りなことしちゃってるのに……こんな場面、もし日向の親戚に見られてたら……絶対何か言われてる! わたし、自分で思ってる以上に浮かれてたのッ!?)
青白い虚ろな表情のまま、脳内は忙しなかった。
だって牧音たちに指摘されるまでずっと、自分は非バカップルだと思い込んでいたのだ。
だが指摘され、家で二人きりの時の行動を反芻すると――
彼に後ろから抱っこされたまま、映画を鑑賞し。
料理の味見をしてもらう時は、「あーん」を添えて手ずから食べさせ。
昼寝で膝枕を提供したり。
そして時折、一緒にお風呂へ入ることもあった。本当に時折だが。
(どこに出しても恥ずかしいバカップルじゃん! ものの見事にバカップルじゃん!)
結構やらかしているなぁ、と今更自覚したのだ。
本当に今更であるが、しかし気付くに越したことはない。鈴緒はぐっと歯を食いしばり、右手を掲げる。
そして自分の頬を、思い切りビンタした。三人がその音の景気のよさにギョッとする。
「鈴緒ちゃん、どうした? 蚊でもいたのか?」
「……ううん。ちょっと、気合入れただけ」
気遣わしげに顔を覗き込んで来る銀之介を、鈴緒は後ろにのけぞってそっとかわした。いつにない反応に、彼が数秒ほど呆ける。牧音と倫子も、不思議そうに口をすぼめていた。
その数秒の間に、鈴緒はすっくと立ち上がった。長机に置いていたショルダーバッグも手に取る。
「ほら、あれ……今から市役所でも、挨拶だから。気を引き締めたの」
「あ、ああ。成程」
どこか怪訝そうであったものの、銀之介もそれ以上は突っ込まなかった。彼も立ち上がり、椅子を戻す。
「もう市役所に向かうのか? それなら車を出すが」
――へー? 愛されてますなー。
銀之介の言葉で、鈴緒はそんなからかい言葉を幻聴した。途端にまた焦る。
「だっ、大丈夫だよ! だって銀之介さん、これからお仕事あるでしょっ? わたし一人で行くから!」
ぎこちなく両腕を振りながら、彼を気遣う言葉を吐いた。しかし無表情に戻った銀之介は、静かに首を振る。
「市役所は最寄駅からも遠いだろ。徒歩二十分も、そんなパンプスで歩くのか?」
「うぐっ」
そう。式典ということで、鈴緒は履き慣れぬ小綺麗パンプスを履いていた。完全に装備と言い訳の選択ミスだ。
上手い切り返しが出て来ず、困り顔の鈴緒の前で銀之介が身をかがめる。目線を合わせ、淡々と続けた。
「わざわざお越し頂いた巫女様を送るぐらいで、文句を言う職員がいれば黙らせるので安心しなさい」
「それが一番、安心出来ないんだけど……」
鈴緒がしょっぱい顔でうめく。彼の格好が格好なので、「黙らせる(物理で)」という注意書きが見えて仕方がないのだ。
ただ銀之介の指摘は、服装に反して的を射ている。
市役所は最寄りの駅から絶妙に離れているうえ、バスはバスで本数が少ないのだ。おかげで去年までは毎回、大学近くのバス停で三十分ほど待たされるのが恒例の苦行だった。
「休憩ついでに車を出すだけだから、気にせず乗りなさい。運賃の節約にもなるだろ?」
「ぐぅぅっ……」
結局この言葉がダメ押しとなり、鈴緒は銀之介という運転手のご厄介になることになった。同時にバカップル脱却の出鼻も、思い切りへし折られている。
「愛されてるね、鈴緒ー」
「ごっつヒューヒューじゃん」
「うるさい、ばか!」
友人からの馬鹿馬鹿しい冷やかしに、涙目で返しながらの出立となった。




