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先見の巫女は自分の将来(バカップル化)をどうにかしたい  作者: 依馬 亜連
シーズン2

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24:ドンタコスは犠牲になったのだ

 鈴緒は大学生であるが、本業はあくまで巫女だ。そして彼女自身もその本業柄、色々と人付き合いも多い。

 なので銀之介が職場の同僚の皆さまと食事に行くことは、全くもって問題ない。「お酒に強くないから、無理に飲まされないといいけど」という心配とも、幸いにして本人の顔と態度があれなので無縁だ。


 銀之介からのメッセージも、普段であればすんなり受け入れていた内容なのだが――あいにくと今日はバレンタインデーである。

 朝は渡しそびれたけれど、チョコだって用意している。数駅離れたデパートの催事場で買い求めた、京都の老舗茶屋が作った人気の抹茶チョコだ。


 鈴緒は天井を仰ぎ見て、自室にこっそり隠しているそのチョコへ思いを馳せた。テレビ画面はすでに電源が落とされている。公衆電話ボックスを抱えてハッスルするシュワちゃんを鑑賞して、キャッキャと笑う元気もなくなっていたのだ。

 しかし予想外の事態に落ち込んでいたのもそこまでで、次に芽生えるのはふつふつと煮えたぎった怒りだった。


 元々、ちょっぴり――かなり――いや、ちょっぴり勝気なことで定評のある鈴緒だ。

 デートの主要舞台が警察署内で終わった昨日に引き続きの、これである。怒らずにいられるか。

「しかもこの先輩って……女の人、だよね」

 開いたままの彼からのメッセージを再度チラ見して、「旦那の転勤で」という文言をしっかり目視する。鈴緒は据わった目で、深々と息を吐いた。

「バレンタインなのに、他の女の人を優先するんだ……ふぅん」


 彼女とて、頭では分かっているのだ。お世話になった先輩だと、彼も言い添えている。しかも既婚者であり、プレゼントも複数人で買いに行くだけなのだ。なので浮気といった不誠実な代物ではない、と分かってはいるが

「……なんか、みじめ。お夕飯も頑張ろうと思ったのに」

であった。声もつい哀れっぽくなるし、どんぐり眼もほんのり潤んでいる。


 鈴緒はその後、何度も文章を打ち直した末に銀之介へ

「分かった。帰り、気を付けてね」

とだけ返信した。恨みつらみや嫌味も交えそうになったものの、寸前で思いとどまっていた。彼女は勝気なので、そんなダサい姿は見せたくなかったのだ。


 返事を送り終えると、少し気が抜けた。鈴緒はソファの上で座り直し、両腕も天井へ突き出して大きく伸びをする。彼への返答という義務も果たすと、精神的な疲労感にどっと襲われたのだ。

「もうお夕飯、天津飯とかでいいかなぁ。いいよねぇ」


 鈴緒にとって、天津飯は「作る手間が楽過ぎる」でお馴染みの料理なのだ。小鍋に水と調味料を入れて沸騰させた後、水溶き片栗粉をぶち込めば餡が出来上がり、後は卵を焼くだけだ。卵にネギを混ぜる等のひと手間すら惜しめば、まな板と包丁だって要らない。それでいて安定した美味しさがある、魔法の料理である。


 今日のために色々と材料は買い込んでいるけれど、明日以降に使っても問題はないだろう。それにジャンクフードと炭酸ジュースをこよなく愛する兄なら、天津飯でも大喜びに違いない。

 むしろ手抜きをする口実が出来た、と彼女が前向きに捉え始めたところで――再度、スマートフォンにメッセージが届いた。立て続けのメッセージに、思わず嫌な予感を覚える。


 今度の差出人は不摂生大好きブラザーこと、緑郎だった。

〈今日は教室に男の人も結構いたんだけど、その人たちと気が合っちゃって。飲みに行くことになりましたー! オススメのバーがあるらしくて、たぶん朝帰りになりまーす〉

「けっ」

 鈴緒は柄にもなくニヒルな表情を決め、鼻で笑った。


(え、なんなのお兄ちゃんまで? 世間が浮かれまくってる日に、わたしを独りぼっちにさせる狙いなの? さてはグル? グルなの? 二人とも、バレンタイン撲滅教団とかに入信しちゃったの?)

 しかし脳内はこの通り、不満と不安がグルグル渦巻いていた。もしもそんな教団があれば、この街どころか日本はおしまいである。


 鈴緒はその後、兄の挙動も含めて全てがどうでもよくなり、結局『コマンドー』を一から観直すことにした。

 スコーンのおかわりとして、兄秘蔵のドンタコスも食べ散らかす。紅茶も砂糖を大量にぶち込み、脳天を揺るがすような甘いアイスティーに魔改造した。

 そして夕食はレトルトカレーにした。手軽さという一点において、天津飯の上位互換と言えよう。


 だが勝手にドンタコスを貪り食おうとも、カレーにチーズをトッピングしまくろうとも、二人から「要らない」と言われたようなみじめさだけは拭えなかった。

 映画を観ていても、ネットをしていても情けない気持ちが晴れず、鈴緒は早々に入浴も済ませる。白いルームウェアを着ると、部屋のクローゼットに隠していた紙袋を取り出した。中身は当然、銀之介へのチョコである。


 鈴緒はチョコを片手に、銀之介の部屋へ侵入した。そして紙袋の中の、手のひらサイズの箱へ手を伸ばす。嫌味なぐらい整頓された部屋の中に、チョコをばらまいてやろうかと考えたのだ。

 だが箱を開ける寸前、父も愛用していた重量感のある机に目が留まった。机の上に、彼の私物らしきペン立てがある。陶器製と思われる、灰色のシンプルな品だ。


 そんな簡素なペン立てにはいささか不似合いな、赤い派手なリボンが巻かれていた。鈴緒はこのリボンに見覚えがある。近寄ってよく見れば、鈴緒がネクタイをプレゼントした時にラッピングに使われていたリボンに間違いなかった。

 リボンの両端が金で縁取りされており、可愛らしいなと思ったのでよく覚えているのだ。


 こんな思い出の品を見つけてしまったら、チョコをぶちまける気概もごっそり抜け落ちた。鈴緒は背中を丸め、チョコを紙袋の中に戻す。

 しょんぼりと自室へ戻ろうとした時、彼女の不注意が発動した。何も落ちていない木床でつまづいてしまったのだ。鈴緒の本能がチョコを下敷きにしては大変だと判断し、身体が不格好に斜めへねじられる。


 そのまま銀之介のベッドに、右半身からダイブした。ふかふかの羽毛布団の感触に包まれ、しばし心が凪ぐ。そして同時に、ちょっとした意趣返しも思いついた。

 一度上半身を起こした鈴緒は、ヘッドボードに無傷の紙袋を置いた。次いで羽毛布団にしがみついてゴロゴロと左右に転がる。

 銀之介が出勤前に整えたであろう、綺麗だったシングルベッドは見る影もなくなった。


「ふんだ、ざまーみろ」

 ほんのちょっぴり溜飲が下がった鈴緒は捨て台詞をのたまうと、抱きしめていた布団を広げる。そしてそれに、すっぽりとくるまった。

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