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先見の巫女は自分の将来(バカップル化)をどうにかしたい  作者: 依馬 亜連
シーズン2

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18:プチ同窓会どころではない

 絵画教室の入るビルから、まさかのパンツ一丁という無課金ユーザー・スタイルで逃走した緑郎であったが。

 やはり悪運が強いのか、ほとんど人目に触れることなくモアトピアの入り口まで逃げ込むことに成功していた。いや、ただ単純に平日の佐久芽市を出歩く、住民の少なさが原因かもしれない。

 その場合は地方都市を困らせている少子高齢化問題に、本日限定で感謝するしかないだろう。


(でもでも、これからどうすりゃいいんだろ……ってか、水着の人、全然いないじゃーん! なんでー!)

 緑郎はエントランスの壁際に置かれた、大きなフラガールの立像の陰に隠れつつ周囲を見渡して嘆く。プールがあるのは、エントランス奥の入場ゲートを越えた先だ。周囲にアロハシャツ姿の従業員と、厚着の利用客しかいなくて当然である。


 ただこれは、水着姿の人間に混じって周囲の目を騙そうと考えていた、無課金姿の彼としては予想外の事態だった。ぐぬぬ、と歯噛みする。


(しかたないよなー……勇気出してフロントに駆け込んで、銀之介を呼んでもらうか……)

 幸い、パンツだけは死守できたので「プロのカツアゲに襲われた」と主張して被害者面を決められる。それに実際、彼は現世の奪衣婆(だつえば)コンビに襲われた被害者なのだ。


 そして近くに売店があり、そこにアロハシャツが売っていることは目視で確認済みである。探せばきっと、ハーフパンツだってあるはずだ。

 恥を忍んで銀之介から金を借りれば、「パンツ一丁の異常者」から「暑がりの変な奴」ぐらいには進化出来る。


 緑郎はフロントの男性スタッフ――女性スタッフは避けよう、と本能が判断していた――へ視線を定め、精一杯の哀れっぽい表情を作る。外でトラブルに遭ったのです、と全身で主張するように背中も丸めた。細い腕で我が身も抱きしめる。

 緑郎がゆっくりとフラガール立像の背後から出て来たところで、入場ゲートを飛び越えるようにして、エントランスに踊り込んできた女性に視線が釘付けとなる。


 彼女もこちらに気付いたらしく、二人の視線がかち合った。


 その女性は小脇にパイナップルを一玉抱えて髪を振り乱し、鬼気迫る表情をしていた。基礎は「美人」っぽいので、血走った目も余計に怖い。奪衣婆に続いて、山姥(やまんば)にまで遭遇してしまうとは。山でもないのに。


 その山姥の顔はどこか見覚えがあるような気もしたのだが、それ以上に怖かった。緑郎はつい、「ひえぇっ」と情けない悲鳴を上げてしまう。


 一方の女性も、プールを出たと思ったらパンツ一丁の男がうろついていたため、緑郎と似たり寄ったりの顔で仰天している。ただ、こちらは悲鳴を上げるどころではなかった。

「こら! 逃げるな、待ちなさい!」

 彼女の背後から、野太い男性の声が追いかけて来たのだ。複数人の足音も近づいて来る。


 バカな緑郎でもここまでお膳立てされれば、どうやらこの女性がプール内でトラブルを起こした挙句に逃げて来た問題人物らしい、と瞬時に察した。

 なにせパイナップルも抱えているのだ。まともなはずがない、とついでに偏見八割な所感も抱く。


 そして女性こと憂子も、エントランスをパンツ姿でうろついている男が、まともなはずがないと一般常識や社会通念から結論づけていた。

 しかし出口までの最短コースを選べば、この異常者の隣を通り過ぎることになる。だが迂回ルートを選ぼうにも、警備員たちがすぐそこまで迫っている。


 憂子は恋人にメンヘラ厄介行動をかました経験こそ多々あるが、自分が追われる立場になることは稀だった。警察に捕まえられた時も、愛する夫を「分からせ」ている最中だったので逃げる暇もなかった。


 そのため憂子は、とんでもなく焦っていた。意味もなく周囲を見渡し、トゲトゲした皮のパイナップルもぎゅうと抱きしめる。


 野生動物並みに本能で動いている緑郎は、彼女のこの焦りを見逃さなかった。

 あっという間の素早さで、最後の砦たるパンツも脱ぐ。それを両手で、虫取り網のように掲げ持ち、憂子が視線を外した瞬間に頭から被せたのだ。


「きゃあっ!」

 憂子が思いのほかまともで可愛らしい悲鳴を上げる。しかし緑郎は丈が長めのパンツで彼女の頭部をすっぽり覆い隠し、そのまま背中を押し倒した。こういう時の容赦のなさは、妹そっくりである。

「警備員さん! 早くー!」

 次いでようやく追いついた警備員二人へ呼びかけた。


 しかし警備員サイドは、緑郎に呼ばれたからと言って「よっしゃ!」と喜び勇んではくれなかった。二人とも目を点にして、しばし硬直する。

 二人の視線の先には、男性スタッフにパイナップルを投げつけて暴れていた女性と、彼女にパンツをおっ被せて押し倒している裸の男がいるのだ。別の犯罪臭がプンプンする。


「え? え? なに?」

「は……?」

 経緯が分からず、彼らも困惑していた。


 それに焦れて、緑郎がなお声を張り上げる。

「いいから! おれ、居合わせたの、偶然!」

「あ、そうなんだ……」

「はあ……」

 居合わせるのは、別にいい。しかし何故パンツ一丁で居合わせたのか――この点がすごーく気になるものの。


 裸の男の下で、パイナップル女がなおもビチビチ大暴れしていた。裸男は見るからに非力そうなので、パイナップル女に押し切られるのも時間の問題であろう。

 また平日の昼間のフロントなど、頼りにならない若手バイトぐらいしかいなかった。接客業の経験すら浅い子がほとんどであり、似たり寄ったりの弱り顔でオロオロしている。


 ――ここは一つ、自分たちが動くしかないらしい。

 警備員二人は疑問を飲み込むことに決めて、裸男に代わってパイナップル女をふん捕まえることにした。

 この謎の新顔を問いただすのは、その後でいいだろう。たぶん。

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