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先見の巫女は自分の将来(バカップル化)をどうにかしたい  作者: 依馬 亜連
シーズン2

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17:実は台湾産パイナップルらしい

 憂子は奥歯が粉砕しそうな音で歯ぎしりしつつ、殺意満点の低い声を出す。

「あんた、高校の時に日向といっつもつるんでた、旭谷だろ?」

 緑郎とニコイチという不本意な覚えられ方に、銀之介の不機嫌顔が不穏さを増した。

「いつもつるんでいた訳でないが、お前の元同級生の旭谷で間違いはない」

「うわ、このウザい言い方! マジで旭谷じゃん……」

 どうやら彼が理屈っぽいのは、高校時代から変わらないらしい。


 思いがけない昔馴染みとの再会に、憂子の燃え上がる恋心が収まるかと思いきや。より一層敵意をむき出しにして叫んだ。

「分かった……これ全部、あんたの差し金でしょ!」

「差し金とは? 意味が分からない」

「うわっ、ウーッザ! どうせそのケガのこと、まだ根に持ってんでしょ! だからあんたが巫女にウソ吹き込んだんだ! 最低! ってかさ、根暗のメガネとかほんとムリなんだけど! キッショ!」

 憂子は「ケガ」と言った時、銀之介の左鎖骨にある古い傷跡を指さした。その言葉に束の間、鈴緒は疑問を覚える。修羅場に突っ込まれているにも関わらず、不思議そうに首を傾げた。


(あれ? あの怪我って……木登りに失敗した時にできたんじゃなかったっけ? この人あんまりお利口そうじゃないし、勘違いしてる? それとも――)

 が、その疑問も、ギャンギャンと吠える憂子の姿があまりにもチワワっぽいため、すぐに思考が獣道に突入してしまった。脳裏によぎるのは、トリミング中にド抵抗するチワワあるいはポメラニアンである。


 こんな具合で訊きたいことは色々あるのだが、この場で最優先なのは――

「あのぅ……銀之介さんの差し金って、具体的にどうやったんですか?」

 鈴緒は銀之介の後ろから顔を出しつつ、律儀に挙手もしながら憂子に尋ねた。一方の憂子は、鈴緒の質問の意図が分からずにしばし固まる。鈴緒は、そこへ畳みかけた。

「だってあなた、ずっと上井さんに暴力振るってたんですよね? それに逮捕されたのだって、この人の上に乗ってタコ殴りにしてたからって聞きました。包丁もいっぱい買ってたんですよね? それも全部、銀之介さんに言われてやったんですか?」


 噛み砕いてのこの言葉に、憂子が思い切り顔をしかめる。

「は? んなワケないじゃん。こいつと会ったの、高校の卒業式が最後だったし。まだここにいたのも知らなかったし」

「そうなんですね。じゃあ、銀之介さんの差し金じゃないですよね」

 あっけらかん、と鈴緒が言った。ちなみに彼女は、兄のように無自覚ノンデリを発揮してこんなことをぶちまけたわけではない。完全に意図しての発言だ。

 往々にして人当たりよく振る舞っているものの、根っこにある気性の荒さがにじみ出ている。


 もっとも、この場での肝の据わりっぷりは兄譲りかもしれないが。

 なにせ豆鉄砲を食らったハトのようなアホ面になっている憂子へ、朗らかに

「つまり上井さんに見捨てられたのも、自業自得ってことですね。逆恨みはやめときましょ?」

こうのたまったのだ。


 なお知人のメンヘラ元嫁を煽り散らす年下彼女に対して、銀之介が引いているかと思いきや。

 的確に憂子の痛いところ(存在自体が痛いと言えばそれまでだが)を突く発言がツボに入ったらしく、頬肉の内側を噛んで笑いをこらえていた。似た者同士である。


 そんな彼の手を、ギュッと握りしめる者がいた。上井である。

 上井は突然手を取られて困惑気味の銀之介と、有無を言わさず恋人つなぎになってから、鬼と化した元妻に魂の叫びをぶつける。

「そうですー! オレ、憂子のコト見捨てましたんでー! あんな毎日殴られて、夫婦続けるとかっ……もうムリなんで! 二度と関わらないでくださぁぁーい!」


 最後は哀れっぽい震え声になっていたが、それがかえって彼の悲壮感を露わにしていた。あまりの必死さに、銀之介もとんでもなく渋々であるが、上井の心の支えとなるべく恋人つなぎを甘んじて受け入れている。


 そして、先ほどまで鬼か縄張り争い中のゴリラじみていた憂子も、涙声での決別によって理性を取り戻す。爽やか美人の顔に戻って、ゆるゆると首を振った。

「え……なんで? ヤダ……芳ちゃん、ヤダよ。やりなおそうよ? ね?」

 こちらも儚げにすがりつくが、上井は彼女の方をちらりとも見なかった。顔を背けて、ぎゅうと目もつぶる。


 拒絶の言葉とこの態度に、ようやく憂子も「どうやら取り返しがつかない」という分かり切った事実にたどり着けた。先ほどまでの上井のように、全身を震わせる。

「ごめんなさい……あたし、違うから、そんな……だって、ほら、芳ちゃんがモテるから、心配じゃん……ね?」

 途切れ途切れに言い訳を募るが、ここでようやく南国テーマパークに相応しくない格好の男性二人が駆け寄って来た。施設の警備員だろう。


 上井たちはこの援軍にホッとし、そして憂子はギョッと目を剥いて顔を強張らせた。その彼女へ、警備員コンビの若い方が近づく。

「お姉さん。パイナップルなんてぶん投げちゃ危ないよ? ちょっとあっち行こ――あ、こら! 待ちなさい!」

 穏便な退場を促されたのに、憂子はきびすを返して逃げ出した。すれ違いざまに何かされるのでは、と上井が身構えるも、ビンタの一発もなく彼女は走り去る。清々しいまでの逃亡っぷりだ。


 どんどん小さくなる背中を、鈴緒と上井は銀之介にしがみついたまま見送る。

「あの人、足速いんだね……」

「あー……たしか中高は、陸上部って言ってたっけなー……」

 鈴緒のぼんやりとした感想に、上井も同じく気の抜けた声で返した。


 二人の抱き枕状態となっている銀之介だけが、眉をひそめて呟いた。

「結局あのパイナップルは、どこで調達したんだ?」

 しかもわざわざ二投目まで用意していたのだ。まあまあな出費に違いない。

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