【特典SS】パッパの採用面接
パッパ率いるサイフリッド商会は、めちゃくちゃ儲かっている。売上金額は、ちょっとした小国の予算を上回るぐらいだ。もちろん、そんなことは決して表立っては言わないが。
そんなサイフリッド商会が最も大事にしているのは、従業員である。
「サイフリッド商会は家族経営ですから」
それが、パッパの口癖だ。サイフリッドの名を持つ一族は元より、従業員は家族ぐるみで面倒を見ている。何も慈善事業でもキレイごとでもない。そうするのが最も儲かると、代々伝えられている。商会なのだから、利益の出ないことはしないのだ。
人を雇うのはお金と時間がかかる。雇った人を育てるのもお金と時間がかかる。手間暇かけて採用し、手塩にかけて育てた従業員が、あっさり辞めてしまったら。お金をドブに捨てるようなものではないか。無意味だ。
「いい人を雇って、死ぬまで面倒を見る」
それがパッパの覚悟である。だから、人を採用するときは慎重に、じっくりと面接をする。応募者の身元や評判は、腕利きの調査員が調べ上げる。調査で高い評価を得た応募者のみ、面接に進むことができるのだ。
「どうしてサイフリッド商会に応募されたんですか?」
パッパは応募者の気持ちを解きほぐすように、穏やかに簡単な質問から始める。
「最近買って嬉しかったものは何ですか?」
「それを買うときの決め手は何でしたか?」
「あなたがそれの売り手だとしたら、どうやって売り込みますか?」
「今、困っていることは何ですか?」
「お金をいくらでも使ってもいいと言われたら、何をしますか?」
パッパは優しく、雑談の延長と言った雰囲気で話を聞き出す。
パッパは決して圧迫面接などはしない。そんなこと、考えたこともなかった。応募者の限界値を知るために、圧迫面接をする同業者がいると聞いたとき、パッパはのけぞった。
「応募者はあくまでも応募者。もし従業員にならなかったら、お客様ではないか。お客様にそんな失礼なことをしては、商売は成り立たない」
パッパは、あらゆる人は潜在顧客だと思っている。貧しかろうが、孤児だろうが、病人だろうが、誰でもだ。人はずっと同じではない。下に見ていた人がいつか金持ちになったら? そのとき手の平を返してへりくだっても、バカにされた人は決してそのことを忘れないだろう。だから、パッパは全ての人をお客様だと思って、丁寧に接する。
面接での問いかけへの回答に、特に正解なんてものはない。とにかくその人の、人となりを知りたい、その一点だ。一緒に働きたいか。この人とこの人の家族を、一生守る覚悟ができるか。それぐらいの気持ちでパッパは応募者と向き合う。
「ずっと節約して、切り詰めて。でも子どもの食べ物と衣服だけはちゃんとしようと思ってます。でも、この間、どうしてもどうしても諦められなくて。貯めたお金でこの真っ白なブラウスを買ったんです」
裁縫の仕事に応募した中年女性。疲れた顔がそのときだけ輝いた。
「こんな贅沢、許されない。そう思ったけど、家族も応援してくれて。このブラウスを着て、新しい仕事をみつければいいじゃない。そう言ってくれて。だから、思い切って買ったんです。これを着ると、私、自分がちゃんとした人間なんじゃないかって、自信がわくんです」
「あなたは、ちゃんとした人間ですよ。そのブラウスがなくたって。でも、そのブラウスを着ると、あなたの強さがとても分かりやすくなります。いい買い物でしたね」
パッパはそう言って、その女性を裁縫職人として雇った。陰ひなたなく、真面目にコツコツ働く女性は裁縫現場で信頼されている。
「夫が病気で、小さな子どもがふたりいて。頼れる人もいなくて。途方に暮れています。私、読み書きも計算もできないです。でも、一生懸命に働きます。なんでもします、どうか雇ってください」
若いのにくたびれきった女性を、パッパは商品の梱包作業員として雇った。
「手早く、でも丁寧にお願いしますよ」
女性は、決してさぼることなく、毎日必死で働く。
「子どもは職場に連れてきなさい。保育所がありますから」
パッパの言葉に、女性は泣いて喜んだ。
梱包作業などの単調な仕事は、なかなかいい人を雇えない。若くてパリッとしている人は、他にいくらでも稼げる仕事があるからだ。だからこそ、パッパは小さな子どものいる女性を優先的に雇うようにしている。小さな子どもを持つ母親は、働く場所がない。意欲はあるのに、働く機会を与えられることなく、埋もれて鬱々としているのだ。
それならば、女性が働けるように子どもを預かる施設を作ればいい。自分の力を発揮できなかった女性たち。機会と環境を与えれば、生き生きとして働いてくれるのだから。そして、苦境を助けてもらった女性は恩義を感じて、辞めることなくいつまでも働いてくれる。
サイフリッド商会の支店は各国にある。さすがにパッパが、全ての採用をすることはできない。そういう場合、パッパは各地で祖父の代から働いてくれている従業員に面接を任せる。ヨボヨボのじいさん、ばあさんたちだ。
じいさんばあさんたちは、長年働いてきたので、サイフリッド商会のことをよく知っている。そして人についても、イヤというほど熟知している。
「この前の色男な。調子はいいけど、信用できん」
「あのガタイのでかい男。口下手だけど、いいと思うで、雇ってええかい?」
「帳簿管理に応募してきたキレイな若い女性いたんだけども。男たちは雇いたいって言ったんだけども。わたしゃ気が進まないねえ。ありゃ、すぐ辞めると思うでな」
辛辣だが、見る目は確かな、じいさんばあさんを、パッパは信頼している。それに、雇ってみて、結果合わなければ、退職金を多めに渡して早めにサヨナラすればいいのだし。
「似通った能力を持つ人がふたりいたら。苦労している方を選んでください」
パッパはそう言って、困っている人をなるべく多く雇うようにしている。子どもがいる。病気の家族がいる。足をケガして力仕事はできない。普通なら面接まで進めない人たち。
「困っている人がいる。それは商機ですから。困ったことを解決するのが商売ですから。従業員を助けることが、新規商売のネタになるんですから。一石二鳥です」
そう、パッパは慈善事業のつもりはない。パッパは聖人ではない、商人だ。そして、それを誇りに思っている。金の力で世の中を少しずつでも良くしていき、結果サイフリッド商会が儲かれば、それが一番なのだ。
こちらで特典SSは終了です。
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