9.妊婦と夫
ヴェルニュスには今、妊婦がいっぱい。イローナと魔牛お姉さんもその仲間だ。
イローナは精力的に新商品を開発している。ミュリエルが妊娠中も何か作ろうかとは思ったが、いまいちピンと来なかった。それに、ミュリエルには聖典があったし。
聖典は、一度ミュリエルが試してみたが、なんだかヤバかったので中止になった。気分が高揚しすぎておかしな具合になったのだ。
「神よ〜ハラヒレホ〜」踊り出す魔牛お姉さんたち。
「聖典は、やめようか」ミュリエルはパタリと聖典を閉じた。
よって、イローナが、妊婦の、妊婦による、妊婦のための新商品を開発している。
「抱き枕よ」
イローナの身長より少し短いぐらいの、細長い枕。これは、ブラッドが懇願して開発された。イローナは元々は、仰向けで行儀よく寝る感じだったのだが。お腹が大きくなってからは、横向きでないとお腹が気持ち悪い。足は何かにのせないと、お腹が圧迫される。
自然、隣のブラッドのお腹や足に、イローナの足がドッカとのることに。
「ううう、暑い。お、重い」
うなされるブラッド。うめき声に起こされるイローナ。
「イローナ、何かさ、足のっける何かをさあ。ねえ」
言いにくそうに口にする。愛する妻、自分の子をお腹に宿している。足ぐらい、いくらでものっけてくれ、そう言いたいが。真夏はどうするんだ。冷静なブラッドは先を見据えている。
イローナとパッパが全力で抱き枕を開発した。妊婦ひとり一人の意見を聞きながら、硬さや素材を変える。
「これ、売れるわ。間違いない」
イローナの言葉に、パッパも自信たっぷりに頷く。
「次は腹帯です。私はそんなに出てないんだけど」
妊婦によって、お腹の出方は差がある。大きくお腹が迫り出した女性に、腹帯を巻いたところ、腰痛がましになった。
「産後、開いた骨盤を締めるのにもよさそうですね」
ナディヤからの評価も上々だ。
「そして、お腹に塗るクリーム。あのね、急にお腹が大きくなると、お腹がひび割れたみたいになるんだって。シワみたいなのがずっと消えないんだって」
経産婦たちが、ウンウンと同意している。魔牛お姉さんたちは青ざめた。
「毎日、たっぷり塗りますわ」
「お腹がひび割れるのは怖いですわ」
魔牛お姉さんたちはお金持ちなので、イローナがすすめるものはすぐ買う。大変いいお客様だ。
「足のむくみを軽減する、ギッチギチの靴下」
「それ、ぜひくださいな」
出すもの出すもの、どんどん売れる。
女性たちが盛り上がっている中、父親になる男たちはパッパに勉強会を開いてもらっている。ブラッドがお願いしたのだ。
「色んなお母さんたちに脅されました。妊娠中と産後一年の夫の態度が、その後の夫婦生活を左右するって」
「なるほど、そうでしょうね。パッパが知っている限りの、ありったけの知識を皆さんにお伝えしましょう」
四人の子の父。従業員にたくさんの母親を抱えているパッパ。母親と父親の気持ちは両方分かる。
「妊娠中と産後の妻は、手負いの獣と思いなさい。ものすごく気がたっている。常にガルガルしている」
あー確かに。男たちは宙をにらみ、目をつぶる。
「特に初めての子どもの場合、母親は常に不安です。自分のお腹の中に、命を抱えているのだから。食べるもの、気温、ちょっとした体調の変化に神経をとがらせる」
思い当たるふしがありすぎる。男たちはため息を吐いた。
「そんなガルガル、ハラハラが約九か月続くのです。男なら、到底耐えられない。そんな極限の任務に必死で耐えている妻の横で、酒をかっくらってイビキをかいて寝ていたら」
スッと何人かが目をそらした。
「愛も冷めるってもんでしょうな」
「禁酒します」
ひとりが決意表明した。
「禁酒までしなくともいいですよ。ただ、気を使えばいいのです。今日は訓練がきつかったから、お酒飲むね。イビキかいてたら、ベッドから蹴り落としてくれていいから。産まれたら、いっぱい美味しいもの食べようね。そんな言葉で妻を労わればいいのです」
「勉強になります。酒も甘いものも控えている妻を、もっと気づかってあげるべきでした」
パッパが優しく微笑む。
「自分でできないことは、他の人を頼るのです。お金と人手で、妻の不満はたいてい取り除けます。無知で無能な夫が、ボケーッとしていたら足手まとい。頼りになるお母さんたちに助けを求めなさい」
「なんでも夫婦ふたりでやらなくていいんですね」
「無理でしょう。初めての子。何もかもが初体験。夫婦ふたり、共倒れです。ヴェルニュスにはたくさんのお母さんがいる。助けてください、そのひと言で、皆が動きます。素人ふたりで抱え込んではいけませんよ」
「なるほど、その通りだ。戦力を正確に測らないと、戦には勝てない。素人ふたりでは無理だな」
ヨアヒム王子が納得といった表情をしている。
「殿下、まだ結婚もされてないのに」
「さすがでございます」
側近たちが熱い視線をヨアヒムに送る。
「ルイーゼをこれ以上がっかりさせるわけにはいくまい。叔父上ぐらい、子育てができるようにならなければと思っている」
真面目なヨアヒムの言葉に、パッパが頷く。
「新米の父親は、新人の兵士と同じです。気が利かない、気づかない、使えない。ナイナイづくし、ナイづくしーです。無能の極みです。妻に愛想を尽かされないよう、薄氷をふむ思いで過ごしてくださいね」
「はい」
全員が素直に答えた。
「では、次回はお母さんたちから、忌憚のない、毒々しいお言葉をいただくことにしましょう。ブラッド、人選を任せましたよ」
「はいっ」
人選はブラッドの得意分野だ。皆の心を折りすぎず、適度に締めつける女性たちを選ぼう。ブラッドは頭の中で、女性たちの顔を次々と思い浮かべていく。
パッパは満足そうにブラッドを見つめた。愛娘イローナを任せられる、最高の婿を得られてよかった。
ロンロンさま「イローナ&ブラッドのところにも赤ちゃん産まれますよね?その辺り読みたいです。パッパに初孫!」
フリザンテーマさま「イローナとブラッドや魔牛お姉さんたちのその後が読みたいです」
一十八祐茂さま「ヨアヒムのその後」
リクエストありがとうございます。
新しい短編を書きました。お読みいただけると嬉しいです。
『「もう、辞めます」ハズレスキル<草刈り>持ちの王女は、王宮から逃げ出した。』
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