2.ミリーのじいちゃん
ダグラス・ゴンザーラ。ロバートの父で、ミリーの祖父。最愛のメリンダに婿入りしてから四十年弱たつ。大体ずっと貧乏だったな。ミリーのおかげで、急に金に困ることがなくなって、浮き足だったりもしたもんだ。
「なあ、メリンダや。新しい投石機買うかい? ちょっと改良すれば、連投できそうなやつがあるらしい」
「浮かれてんじゃないよ、ダグラス。そんな修理の面倒そうなもの、本当に必要か?」
メリンダにギロリと睨まれ、体が震える。ちょっと怒っている風のメリンダは魅力的だ。ただし、本気で切れてるときは別だけどな。
メリンダに惚れたきっかけは、学園の剣術の時間だった。メリンダは裸足で現れた。
「ブカブカの靴では踏ん張れないから」
ひょうひょうと、悪びれず、恥ずかしがることもなく、木剣を持って立っていた。メリンダは金がなかったから、靴も誰かのおさがりで、足に合ってなかったらしい。
メリンダの剣は、めちゃくちゃだった。意表をつき、隙をつき、そして容赦のない突き。なんでもあり、勝てばいいんだろう。そう言ってるみたいだった。
「そなた、なんだその剣は。無茶苦茶ではないか」
ヴィルヘルム王子がせせら笑った。
「それがなにか? 魔獣を屠るための剣だ。生き残るのに、美しさなんていらない」
ひゃー、メリンダ。その人、王子だよ。分かってる? みんなが遠巻きに見ながら青ざめた。きっと王子って知らないんだよ、誰かこそっと言ってやれよ。ザワザワしながら、様子をうかがっているうちに、話がドンドン進んでいく。
「では、手合わせしてみようではないか」
「いいよ。でも、容赦しないよ」
ふっ ヴィルヘルム王子は笑って答えない。王国の頂点にいる美形の王子。上質な騎士服、優美な金の長い髪、爪の先まで整えられた美しい手、磨き上げられた革靴。頭の先から爪先まで、金と人の手のかかりまくった王子様。
かたやメリンダ。長い茶色の髪を無造作に頭の上でひとつ結びにしているが、とても手入れが行き届いているとは言えない感じだ。平民の仕事着のような簡素な服。色んなところにつぎが当たっている。貴族女性とはとても思えない、野性味あふれる姿。
メリンダの意志の強い緑の瞳が、ヴィルヘルム王子の冷たい碧眼を見つめる。
余裕の態度で、ヴィルヘルムが木剣を打ち込む。メリンダは軽くいなすと、クルッと頭を動かし、長い髪でヴィルヘルムの目を叩く。
なっ ヴィルヘルムは目を手で押さえて後ずさった。メリンダはヴィルヘルムの腹に蹴りを入れる。ヴィルヘルムが腹をかばって頭を下げた。メリンダは無造作にヴィルヘルムの金髪をつかむと、顔を殴る。
「そこまでっ」
教師が割って入った。
「メリンダ、それは剣術ではないぞ」
教師がメリンダをヴィルヘルムから引きはがす。メリンダは厳しい目つきで、木剣をヴィルヘルムに突き立てた。
「将来国の頂点に立つのに、そんな教本通りの剣術でやっていけると思っているのか。あんたが負けたら、民全員が奴隷になるんだ。腑抜けてる場合か。強くなってくれ、頼むよ」
ヴィルヘルムは黙って、ただメリンダを見つめた。
その日から、メリンダを口説くヴィルヘルムの姿が見られようになった。俺は焦った。王子にメリンダをとられる。必死で情報を集めた。
「え、マジで。ダグラス、メリンダ狙ってんの? ウケる」
「あれを嫁にするって。ダグラス、根性あるな」
「ていうか、ヴィルヘルム王子と争う気? 正気?」
同級生たちには呆れられたが、本気も本気。だって、あんな美しい戦乙女、他にはいない。踏まれたい、殴られたい。いや、夫になりたい。メリンダのそばで一生過ごしたい。
「とにかく領地が貧しいらしいから。持参金が必要っぽいぜ」
「あと、手に職がある男がいいって」
「よく働く男がいいとか」
「書類仕事が得意なのもありって」
俺は親に泣きついた。
「惚れた女性のところに婿入りしたい。ありったけの持参金をください」
親は呆れたが、必死で金を集めてくれた。俺の領地も、それほど豊かではないからな。俺の領地は、武器や道具を作る職人が多い。それらを他領に売って儲けている。
俺も、武器を改良するのが好きだ。体力にも自信がある。
俺は、自作の武器を袋に詰め込んで、メリンダに告白した。
「メリンダ。俺を婿にしてください。持参金はできる限り用意する。体は丈夫だし、しっかり働く。書類仕事も覚える。俺は武器を改良するのが得意だ。これが今まで改良した武器」
まっすぐ俺を見るメリンダの緑の光に体がゾクゾクする。
「これ、足弓。飛距離が長くて威力が強い。弓をつがえるのに力がいるのがちょっと難点なんだけど」
メリンダは足弓を手に取り色んな方向から真剣な目で見る。
「普段使いには難しそうだ。それに、高そう」
「そ、そうだね。えーっと、次はこれ。連接棍棒。小麦を脱穀するときに使う竿を改良したんだ。大釘のついた鉄球を鎖の先につないで、片手で使えるようにしたんだ」
「エゲツないな。これは接近戦で使えそうだ」
メリンダが興味深そうに連接棍棒を持って振っている。
「メリンダは石投げが得意って聞いてさ。色んな投石器も作ってみたんだけど」
「見せて」
メリンダがすっごい食いついた。近くに寄られてドキドキする。
「布とヒモが一般的だから、色んな種類を作ってきたよ。長さによって飛距離が変わる」
「うちの領地にも似たようなのあるけど。これは使いやすそうだ。これ、もらってもいい?」
「もちろんだよ。全部贈り物だよ」
俺は全ての武器をメリンダに捧げた。メリンダは引きつった表情で、ありがとうとつぶやいた。
「あと、この花、メリンダに似合うかなと思って」
俺は最後に、野原で摘んできたひまわりの花束を渡した。メリンダはそこで初めて笑顔を見せた。
「か、かわいい」
「は?」
「俺と結婚してください。メリンダ、好きだ」
俺は必死で頭を下げる。
「いいよ」
「えっ?」
メリンダがひまわりに顔を埋めて、少し照れ臭そうな顔をする。
「婿に来てよ。貧乏暮らしになるけど」
「やったあ!」
俺は飛び上がった。それから、結婚の約束をして、メリンダはさっさと領地に帰った。俺は、書類仕事を覚えるために学園に残り、必死で勉強した。卒業してすぐ、メリンダの領地に行ったんだ。
ロバートとギルバート、ふたりの息子に恵まれた。婿入りしてから、毎日メリンダに花を捧げている。冬はさすがに無理だけど、毎日散歩して、花を摘んでメリンダに渡すんだ。
メリンダの笑顔を見たいからね。
フリザンテーマさまから「ミリーの祖父の人柄」のリクエストをいただきました。
ありがとうございます。




