263.王子の帰還
ついに、ラウルが王都近くの街にやってきた。
「ラウル、ハリー、久しぶり。元気そうでよかった」
ミュリエルがニコニコ顔でラウルとハリソンを抱きしめる。
「ミリーお姉さま、アルお兄さま、どうしてここに?」
ラウルは呆然として固まった。
「サマンサから手紙もらったよ。ラウルが王太子になりに王都に戻るけど、危ないから助けてあげてーって」
サマンサはミュリエルの後ろに控えめに立っている。
「吸血鬼から手紙が届きましたので」
気配を殺して、人混みに紛れていた吸血鬼がそっと前に出てきた。
「すみません。心配でいてもたってもいられず」
「そなたら」
ラウルはそう言って、絶句した。
「あのー、俺たちも来ちゃいました」
脳筋領主のエドワードと五人の子どもたちが、照れ笑いを浮かべながら前に出てくる。
「領地のことは妹に任せてきましたので。いつでもラウル殿下にお仕えできます。できれば今すぐにでも、ええ」
脳筋家族が力強く押し売りする。
「あのー、私たちも来ちゃいました。天馬を献上しに」
スーへと嫁と、すっかり痩せた殿様が、天馬の群れを連れて出てくる。一頭の若い天馬がハリソンにすり寄った。
「お前、あのときの。大きくなったなあ」
「天馬に乗って、王都にお帰りください。ラウル殿下の立太子に異を唱える者はいなくなるでしょう」
殿様が恭しくラウルの前に跪く。
「皆、ありがとう」
ラウルはコラーの羽でこっそり涙を拭いた。皆、見ないフリをする。
「ラウル様、お久しぶりです」
パッパが街の代表者と共にラウルの前に出た。
「明日の晴れ舞台に向けて、衣装をご用意いたしました。街の人たちが少しずつ刺繍をしてくれたんですよ」
パッパが光沢のある黒の上着を広げる。金の糸でビッシリと刺繍が施されている。
「ニワトリとヘビ、コラーだ」
ラウルが破顔し、コラーが誇らしげにコケーッと鳴く。
「サマンサさんに、やはりコラーだろうと言われましたので。皆でせっせと刺繍したのです。ミリー様も」
「少しだけだけどね」
「パッパ、皆、ありがとう」
ラウルはついに本格的に泣き始めた。ミュリエルがラウルの頭を撫で、アルフレッドとハリソンがラウルの肩を抱いた。
その夜、遅くまで宴会が開かれた。積もる話が目白押しでつきない。ラウルとハリソンは、久しぶりに子どもらしい表情を見せた。旅の間はやはり緊張していたのだ。絶対に守ってくれる頼もしい同士と再会し、ふたりはたくさん笑って食べた。
翌日、イヴァンの弟子や脳筋家族たちはひと足早く街を出た。馬で移動する者たちは、先に出ないと間に合わない。
湯浴みをし、さっぱりピカピカの王子になったラウルは、新しい衣装に着替える。
「では、行こう」
ラウルとハリソンは天馬にまたがる。ラウルと一緒に旅をしていた犬たちは、無事、羽を生やした。ミュリエルと共に現れたアカたちを見て、即座にメリメリした。
イヴァンやガイ、護衛たちも漏れなく天馬と天犬に乗り、空に舞い上がる。
昼頃、城壁の上によじ登ったラグザル王国の民たち。太陽に照らされ飛んでくる英雄を目の当たりにし、言葉を失った。
それは、次期王の帰還たるにふさわしい光景であった。
民からの静かな熱狂に迎えられ、ラウルはゆっくりと天馬で王都を一周した。人々は、天馬に乗るラウルをひと目見ようと通りに出て、そして跪いた。
ラウルたちは優雅に王宮の庭園に降り立つ。
「ラウル殿下、陛下がお待ちでいらっしゃいます」
王の侍従が、少し眩しいような目をしてラウルを迎えた。
謁見の間。入れるのは、ラウル、ハリソン、イヴァン、ガイ。そしてミュリエルとアルフレッドと護衛たちだ。コラーだけは入室を許されたが、他の動物は庭園で、人は控えの間で待機だ。
玉座には王冠をかぶったダビド王。そばには王位継承権のある王族たちがズラリと並ぶ。
ラウルはひとり、まっすぐ玉座に向かって歩む。玉座から少し離れた場所で止まり、膝をついた。
「ただいま帰りました、父上」
「よく戻った。成長したな、ラウル。ヴェルニュスに行かせたのは、よい考えであった」
ダビド王は壁際に立つアルフレッドを見て、次にミュリエルに視線をやる。
「ラウルか、ガレールか。貴族はまだ割れておる。どう思う、ラウル」
「ガレール姉上、並びに他の王族と手に手を取って、国を率いましょう」
ダビドはラウルをヒタと見つめたまま、ガレールに声をかける。
「ガレールはどうだ。ラウルと協力して国を導けるか」
「笑止。王は最も強い者。ただひとりで国を治めるべき。協調など、弱者のざれごと」
ガレールは燃えるような目でラウルをにらむ。
「父上、ラウルと闘わせてください。王は、ラグザル王国の王は、武王であるべき。父上が最もそれを体現されているではありませんか」
「木剣なら許す」
近衛が二本の木剣を高く投げ上げる。ガレールは飛び上がると木剣をつかみ、そのままラウルに打ち下ろす。
ラウルは辛うじて木剣で防ぐが、たたらを踏む。そのあとは一方的だった。ガレールは激しく振りおろし、ラウルはただ受け流すのみ。
バシュッ ラウルの手から木剣が弾き飛ばされる。ガレールはラウルの首に木剣を当てる。
「私の勝ちだ」
「いえ、まだ死んでいませんから。剣を」
ラウルの声に、近衛がまた木剣を投げる。ラウルは木剣を受け取り、ガレールに打ち込む。なんなくいなされる。ラウルは何度も何度も木剣を振った。
バシッ ラウルの手からまた木剣が飛ぶ。ガレールはためらわず、ラウルの顔を木剣で叩いた。
「私の勝ちだ」
「いえ、まだ死んでいません。剣を」
謁見の間は異様な静けさに包まれる。ミュリエルは、必死でアルフレッドの手を握り、叫び出しそうになるのをこらえる。
何度も木剣はラウルの手から離れ、ガレールはラウルを打ちすえる。ラウルは口から血を流し、あざだらけになる。
「私の勝ちだ。参ったと言え」
「いえ、絶対に言いません。私は王になりますから」
「そんなに弱くて王になれるか」
血まみれのラウルは、静かに姉を見上げる。
「私には強い姉上がいますから。剣の強さではガレール姉上には敵いません。ガレール姉上が、私を守ってくださればいい。私は、弱いながらも、民を導きます」
「黙れっ」
ガレールはラウルの頭に木剣を当てた。ラウルのこめかみから血が吹き出す。
「黙れっ」
ガレールは木剣を高く振り上げる。ラウルは目をそらさない。
「剣を」
ラウルの言葉に応えて木剣が投げられる。ラウルの剣とガレールの剣が合う。ラウルの凪いだ目と、ガレールの憤怒の目。ラウルはしゃにむにガレールのお腹に頭突きをし、そのまま抱きついて押し倒した。
「姉上、私を守ってください。私が王となり、国を治めます。弱さを知る王として、民を率います。姉上は、最強の剣士として、私を守ってください」
「黙れっ」
ガレールの目から涙がこぼれる。
「次期王は、ガレールお姉さまよ」
レイチェルが短剣を手に駆け寄り、ラウルの背中に襲いかかる。ダビド王とミュリエルが叫んだ。
「レイチェルッ」
「ラウルッ」
「コケーッ」
レイチェルの眉間に何かが当たった。少し遅れてのど、そしてこめかみに小さなガラス玉が当たる。
ドーン レイチェルは後ろに倒れる。
パリーン 石になっていたレイチェルの髪が、床に当たって粉々にくだけた。
ガラス玉を放った三人、ミュリエル、アルフレッド、ハリソンはラウルの元に駆け寄る。ボロボロのラウルを、ガレールとレイチェルから引き離す。ミュリエルの手から、魔剣が出て来た。
「ローテンハウプト王国は、ラウル殿下を支持する」
アルフレッドが凛とした表情で言った。
「アッテルマン帝国も、ラウル殿下を支持します」
扉から、フェリハとセファが入って来た。
「ぼ、私がラウルの婚約者になります」
セファはラウルに駆け寄ると、しっかりと抱きしめる。
「セファ、いいのか?」
「うん。結婚するなら、ラウルがいい」
「余も、結婚するなら、セファがいい」
年若い少年少女は笑い合った。
「決まりだ。次期王は、ラウルとする。ガレール、よいな」
ガレールはフラフラと立ち上がり、ポトリと木剣を落とした。
「はい。私が、ラウルを守ります」
ガレールの目に、もう涙はない。
「私が、ラウルの近衛隊長となり、軍も率いましょう。ラウル、でも、もう少し強くなれ」
「はい、ガレールお姉さま。剣を教えてください」
「イヴァンに教えられながらそのザマではな。先が思いやられる」
ガレールはためらいがちに手を伸ばし、ラウルの口元の血をぬぐった。
満身創痍、不屈の精神を持った王太子の誕生であった。




