209.脳筋家族
「ラウル殿下、よくお越しくださいました」
筋骨隆々のたくましい男は、ラウルの前に跪いて挨拶した。
「師匠、ご無沙汰しております。ガイ、よく来たな」
イヴァンとガイにも律儀に頭を下げる。男は、ラウルの隣のハリソンに訝しげな目を向けた。
「エドワード・ハーディソン、イヴァンの弟子であったな。しばらく世話になるぞ。彼はハリソンだ。余の友人だ」
「友人」
エドワードは少しだけ目を大きくして、ハリソンをじっくり見る。小柄な女性が、大男のエドワードの後ろから現れた。
「お兄さま、皆さまを客間にご案内いたします。ラウル殿下、お初にお目にかかります。領主代行のミシェル・ハーディソンでございます」
「対外的には私が領主ということになっていますが、実務はほぼ妹に任せっきりなのです。私は頭の中まで筋肉だと評判ですから」
エドワードは臆面もなくあっけらかんと言い、妹に腰をはたかれている。
「申し訳ございません。兄は、思ったことがそのまま口から出てしまう悪癖がございまして。無視していただければ幸いでございます」
微妙な笑いを浮かべながら、客間に入り、各々席につく。エドワードはソワソワしながら、師匠ににじり寄った。
「師匠、稽古をつけていただけないでしょうか」
「エド、お前は相変わらずバカだな」
「お兄さま、いい加減にしてください。お茶もお出ししておりませんのに」
イヴァンと妹がため息まじりにジロリと睨んだ。
「イヴァン、お茶を飲んだら、稽古をつけてやれ。久しぶりなのであろう? 護衛はガイがいるから大丈夫だ」
ラウルが、しょぼんとしているエドワードを見て、イヴァンに取りなした。途端にエドワードは目を輝かせる。
「ラウル殿下、さすがでございます。話が分かる王族という評判は伊達ではありませんね」
「お兄さまー」
パッカーン ミシェルはお盆でエドワードの頭を叩く。
静まり返る部屋。イヴァンが困った顔で立ち上がる。
「殿下、こやつは剣の腕は超一流なのですが。貴族としての言動ができませんで。このままでは失礼無礼を積み重ねます。お茶はご遠慮して、しごいてまいります」
「うむ、手加減しなくていいのではないか」
ラウルは重々しく頷いた。イヴァンは、満面の笑みのエドワードを引っ立てると、背中を蹴り上げながら出て行った。
「誠に申し訳ございません」
ミシェルはガバッと机に頭をつける。
「よい。気にするな。お忍びの旅だから、無礼講ということにしよう。そなた、苦労しておるな」
ラウルは同情の目でミシェルを見た。ラウルにも頭のおかしい異母姉がいるので、なんとなく気持ちは分かる。
「扉の陰からのぞいておる子どもたちも、中に入れてやれ」
ラウルの言葉に、ミシェルは青くなったり赤くなったり、大汗をかいている。
「兄の子どもたちです」
ミシェルは使用人に合図して、子どもたちを中に入れた。男子が三人、女子が二人。ウキウキとした様子で、足取り軽く入ってくる。五人はラウルの前にさっと整列し、ざざっと跪いた。
「ラウル殿下。殿下の剣となり盾となります。側近にしてください」
ミシェルはクラリと倒れそうになり、ガイに支えられた。
「親父にそっくりだな。つまり、バカ」
ガイはボソリとつぶやく。
「うむ、いずれ側近とするかもしれぬが。今は即答できない。王太子になるまでに、考えておこう」
ラウルはさらっと流した。五人は心底傷ついたといった表情でラウルを見上げる。
「ラウル殿下、その子は殿下の側近ですか?」
長男とおぼしき少年が、ハリソンを指差して問いかける。
「側近ではない。友人だ。余が王になるときには、そばにいて欲しいと思っておる」
「うっ、考えとくね」
五人は息を呑み、ハリソンをにらみつける。
「勝負してください。僕たちがその子に勝ったら、側近入りを考えてください」
ザバアッ ミシェルが五人の頭に水をかける。
「あなたたち、いい加減にしなさい。今すぐ自分の部屋に戻って、私が許可するまで出てこないこと。さあっ、さっさと行きなさい」
使用人たちがワラワラと集まり、水浸しの子どもたちを外に出す。
「申し訳ございません」
ミシェルは平伏した。
「責任を取って、自害いたします」
ミシェルは足首から短剣を取ると、自分の首に向ける。ガイがすぐさま短剣を叩き落とした。
「お前もバカだな。殿下の前で死ぬな。死ぬなら、こっそりやれ」
「いや、死ななくていいから」
ラウルはすっかり疲れた顔になっている。とんでもない領地に来てしまった。
そんなわけで、ハリソンは五人につきまとわれることになった。ハリソンは仕方がないので、つき合っている。ハリソンが相手にしないと、五人はラウルにまとわりつこうとして、ミシェルがブチ切れるのだ。毎日、とても騒がしい。
「まずは剣の勝負よね」
元気いっぱいの女の子が、木剣をハリソンに投げる。
「ええー、僕、あんまり剣って得意じゃないんだけどなー。犬も一緒に戦ってもいい?」
「いいわけないじゃないの。バカじゃないの。正々堂々、勝負しなさい」
どう見てもハリソンより年下の女の子が、声を張り上げる。ハリソンはため息を吐いた。ここに来てから、ため息の数が増えている。
「では、どちらかが降参と言うか、気絶するまで。始めっ」
長男の号令で、少女が木剣を構える。ハリソンはピョーンと飛び上がると、少女の頭上を飛び越えながら、少女の首筋に木剣を当てる。
ドサッ 少女は気絶した。
呆然と、少女を見つめる四人。
「容赦ないな」
ガイは青ざめ、ラウルはニコニコ笑顔で拍手をしている。
「ハリー、剣もできるのか。知らなかったぞ」
「まあ、父さんに鍛えられたから」
「クッ、やるわね。さすが、殿下が認めた男。次は弓よ」
長女が弓と矢筒をハリソンに渡した。
「うわー、こんな勝負に弓矢を使うの? もったいないよー。石でいいじゃない」
「なーに貧乏くさいこと言ってるの? 弓矢なんていくらでもあるから。あそこのリンゴをたくさん射落とした方が勝ちよ」
長女は遠くのリンゴの木を指す。長女はキリキリと弓を引き絞り、さっさと矢を放つ。ハリソンも慌てて弓を射た。
長女の赤い矢羽と、ハリソンの青い矢羽。次々と放たれ、矢筒が空になったところで、終了の声がかかる。使用人が全速力で駆けていき、落ちたリンゴに刺さった矢を数える。
「ど、同数です。引き分けです」
使用人が戻って来て報告すると、長女が真っ赤になった。
「ウソ、そんなわけない。弓は誰にも負けたことないのに」
「いや、事実だ。ハーディソン家の者なら、負け惜しみはやめろ」
長男が長女をいさめた。
「そうね。カッとしてみっともないことを言ってしまったわ。ごめんなさい」
長女は潔くハリソンに頭を下げる。ハリソンは、使用人が回収した矢を調べるのに必死でそれどころではない。
「うーん、半分ぐらいはまだ使えると思うよ」
眉間にシワを寄せて残念そうなハリソンに、子どもたちは口をあんぐりと開けた。
「け、ケチくさい」
「だって、これ、税金で買ってるんでしょう? もったいないよ。弓矢は領民の血ってことだよ。無駄にしたら領民がかわいそう。だったらその分、税金を安くするとかさ。領民のための薬とか買う方がいいじゃない」
子どもたちはガックリとうなだれた。そんなこと、考えたこともなかった子どもたち。
「その通りです。ごめんなさい。僕たち、バカでした」
五人は揃ってハリソンとラウルに詫びる。
「石投げ教えてあげる。石ならタダだからね」
「石では、敵を殺せないのでは?」
長男は不思議そうに聞き返す。
「殺せるよ。頭か首を狙えばいい。生かすも殺すも簡単だよ。父さんは、いざ戦争となったら、敵はなるべく殺さない方がいいって言ってた」
「どうして?」
「ケガしてる仲間を、置いていけないでしょう。怪我人は隊の動きを鈍らせる。死なない程度のケガにするとね、敵は動きがどんどん悪くなって、最後は全滅できるって」
「あなたの父君は、えげつないな」
五人はドン引きだ。
その日から、脳筋家族たちへの石投げ指導が始まった。




