第95話 酒は飲んでも飲まれるな
ミカはアグ・ベアの振り下ろす腕を掻い潜り、素早く側面に周り込む。
「”石弾”。」
バシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュンッ!!!
至近距離からの、連射による数十発の”石弾”を喰らったアグ・ベアが、そのまま横倒しになる。
倒れたアグ・ベアは立ち上がろうとするが、身体を支えていた腕が崩れてドサッ!と倒れた。
グゥウ……グゥウウ……。
弱々しく喉を鳴らし、緩慢な動きで藻掻くだけで、もはや立ち上がる力もなさそうだ。
「もう終わり?」
ミカは動けなくなったアグ・ベアを観察しながら呟く。
【爆炎】で一体のアグ・ベアを倒した後、残った方のアグ・ベアにミカは近距離での戦いを挑んだ。
アグ・ベアの手が届く範囲。
普通の冒険者が戦うのと同じ距離だ。
アグ・ベアの攻撃を誘い、それを躱して”石弾”を撃ち込む。
そんなことを、もう十分以上も続けていた。
「”風刃”。」
無数の”風刃”でアグ・ベアの頭を斬り落とし、ミカは大きく息を吐き出す。
「ふぃーーーっ……。 中々の迫力だったな。 これが冒険者のやってる距離かぁ。」
ミカは残った方のアグ・ベアも【爆炎】で倒そうかと思ったが、やめた。
実戦テストは一回で十分。
魔力量が増えればまた変わってくるだろうが、とりあえず今がどんな感じなのかだけ分かればいい。
なので、当初の目的を思い出して、アグ・ベアに挑むことにした。
あえてアグ・ベアの攻撃の届く距離に身を晒し、普通の冒険者たちが戦ってる雰囲気を体験してみた。
「ディーゴとかは、【身体強化】なしでこれをやってたんだろ? まじ化物だね。」
さすがに【身体強化】なしは怖すぎて試せなかったが、中々楽しめた。
あとはアグ・ベアの魔石を回収すれば今日の目的は完了だ。
魔石は、魔物や魔獣が必ず宿している。
そして、それをギルドに持ち込めばそこそこの値段で買い取ってくれる。
ただし買取対象は”生きている魔石”に限る。
”生きている”と言ってはいるが、別に呼吸をして心臓が動いて、という訳ではない。
魔獣の赤く輝く目と同じように、輝いている魔石のことを”生きている魔石”という言い方をするらしい。
そして、この”生きている魔石”を加工して、ミカたちの持つギルドカードに埋め込まれた魔石のように利用するのだという。
これまでミカは”幽霊”から何百という魔石を奪い取ってきた。
だが、それらはすべて”死んだ魔石”で売り物にはならない。…………”幽霊”だけに。
ソウ・ラービなんかの小型の魔獣の持つ魔石も”死んだ魔石”だ。
魔獣の場合、中型以上が宿している魔石が、大体この”生きた魔石”らしい。
魔物の場合はあまり大きさには関係ないようで、小さくても”生きた魔石”を持つ物もいれば、それなりに大きいのに”死んだ魔石”を持つ物もいる。
「とりあえず【身体強化】中の【爆炎】も試せたし、収穫は中々だったな。」
【身体強化】は常時魔力を消費する。
では、その【身体強化】中に、魔力をすべて奪ってしまう別の【神の奇跡】を使ったら?
答えは、どちらも普通に使える。
【身体強化】は継続するし、別の【神の奇跡】もちゃんと発現する。
これはすでに呪いの家のクエストで、【癒し】をケーリャやトリュスに使うことで試している。
念のため【爆炎】でも同じか試してみたが、どうやら同じらしい。
これで安心して【身体強化】中でも【神の奇跡】をぶっぱできる。
「”吸収”で魔力を供給し続けているし、消費する魔力が少ないから何とかなってるってとこか。」
まあ、理由は何でもいいだろう。
特に気をつけなくてはならない不都合な仕様さえなければ、普通に使っていくだけだ。
「……身体には、あまり良くなさそうだけど。」
【神の奇跡】を使うたびに気持ち悪くなり、胸焼けがするのはどうにかならないだろうか。
魔力が枯渇して、気絶しそうなのを”吸収”で無理矢理踏み止まっているのだから、仕方がないと言えば仕方がないが。
「まあ、愚痴っててもしょうがないか。 さっさと回収しよう。 ……………………すっげー嫌だけど……。」
ミカは肩を落とす。
このアグ・ベアの巨体の中から、魔石を回収しなくてはならない。
魔石は大抵の場合、胸の真ん中にあるらしい。
つまり、このアグ・ベアの死骸を解体して取り出さなければならないのだ。
「グロ耐性はそこそこあるつもりだけど、見るのとやるのじゃ大違いだ……。」
それでも普通の冒険者たちはこれを剣やナイフで行っている。
ミカの持っているナイフは高品質な物ではないので、おそらくアグ・ベアの皮を切るのにも苦労するだろう。
なので、”風刃”で行うことにする。
「…………それでも、やっぱやだなあ……。」
そんな、泣き言を零すのだった。
「結構かかっちゃったな。」
ミカは現在、王都近くの森に向かって飛行中である。
すでにアグ・ベアに襲われた村に近い、少し大きい街に寄って、アグ・ベア討伐の報告を行った。
おそらく破壊された家屋の中に先着した冒険者の遺体があるだろうが、天井が崩れているので確認はできなかった。
なので、近場の冒険者ギルドに行って「おそらく先に着ていた冒険者はやられただろう。」との報告を行った。
「アグ・ベアが二体いましたが、ギルドは把握してましたか?」
やられた冒険者がこの情報を得ていたのか確認したくて、ミカはアグ・ベアが二体いたことをギルドにも伝える。
証明するのは簡単だ。
ミカのギルドカードには二体分のアグ・ベアの魔力が溜まっている。
また、アグ・ベアの魔石も二つある。
バレーボールよりも少し小さいくらいの魔石を二つ、ギルドの引き取り窓口に出しておいた。
ミカの主張はあっさりと受け入れられたが、それで何かがある訳ではない。
予想外の事態が発生するのは、別に珍しいことではないからだ。
初めから二体いたのを、討伐報酬を抑えるために一体だと偽って依頼書を出していたのであれば重大な違反だが、あとから別の個体がやって来た可能性も普通にある。
もしも後からやって来たのであれば、「運がなかったね。」で終わりだ。
それすら問題なく倒せるだけの実力があれば、「一体だと思ったら二体いたぜ、ラッキー。」と言える程度のイレギュラーなのである。
要は、弱いのが悪い、ということだ。
非常にシビアな世界だが、そうして実際にミカはアグ・ベアを倒し依頼を達成してきた。
もしもミカがあそこで
「アグ・ベアが二体いる。 話が違う!」
とアグ・ベアを倒さずにギルドに報告していれば、依頼書の内容が更新され、依頼者次第だが報酬が引き上げられたりする。
だが、多少のイレギュラーは起こって当たり前。
どんな状況になっても生き残れるように備えろ、自分を鍛えろ、というのが冒険者の世界だ。
ミカは森の上空について、ゆっくりと高度を下げる。
そして、地上まで残り十メートルを切ったくらいの所で”突風”を止める。
【身体強化】で耐久力が上がっているのでこのくらいの高さなら問題なく着地できるし、砂埃もそこまでひどく舞い上がらないで済む。
「よっ、と。」
「きゃっ!?」
ミカが着地したと同時に小さく悲鳴が上がる。
(見られた!?)
やっべー……、と恐るおそる振り向くと、そこには大きな雑嚢を肩に提げた一人の女の子がいた。
丁度ミカからは見えない、近くの木の裏側あたりに女の子はいたらしく、落ちてきたミカを見て驚いている。
が、すぐに我に返ったのか少し慌てた様子で駆け寄り、ミカの前にしゃがみ込む。
「まあ、大変。 あんな高い所から落ちたの?」
女の子はミカの頭上の枝を見上げた。
今のミカの位置からだと、候補になりそうな枝はいくつかあるが、すべて六~七メートルくらいはありそうだ。
普通なら骨折していてもおかしくない。
「怪我はしてない? どこか痛い所はない?」
「あ……、大丈夫、です。」
ミカは、飛んでいたところを見られてないよな?とびくびくしながら女の子の様子を窺う。
女の子は慌てている様子だが、しゃべり方はふんわりしていた。
ミカより二つ三つ上に見える。
肩の辺りで整えた、プラチナブロンドのふわふわの髪。
弟の心配する姉のような感じで、どこか怪我をしていないか、ミカの身体のあちこちを確認している。
「本当に、大丈夫ですから……。 どこも怪我はないです。」
ミカが再度伝えると、女の子はほっと胸を撫で下ろす。
「そう……、良かったわ。」
そうして、本当に嬉しそうに笑顔になる。
が、すぐに眉を寄せて、
「でも、もうあんまり危ないことをしてはだめよ? 怪我をしたら大変なんだからね。」
と、ミカの姉のように叱ってくる。
まるでロレッタと話しているようだ。
「あ、はい。 ごめんなさい。」
何だろう、逆らえない。
というか、逆らう気が起きない。
この女の子の”お姉ちゃんオーラ”の特殊効果か?
これも【技能】なのか?
ユンレッサも姉のように叱ってくるが、ユンレッサとはまたちょっと違うタイプだ。
女の子はじぃー……とミカを見て、それからにっこりと微笑む。
「誰かと来たの? お家の人とか、お友達と一緒?」
ミカが首を横に振ると、女の子は少し驚いた顔になる。
「一人で来たの? こんな所まで?」
「まあ……。」
ここは、森に入って大体二百メートルくらいの場所だ。
まだ獣や魔獣の出るような深さではないが、子供が一人で来るにはちょっと深すぎる。
それは目の前の女の子にも言えることだが。
「そう……。」
女の子は少し眉を寄せて考えると、またにっこりと微笑む。
そうして立ち上がると、ミカと手を繋ぐ。
「うん。 それじゃあ、お姉ちゃんと一緒に帰りましょう?」
そう言ってミカの手を引いて歩き出す。
「あ、いや、ちょっと……。」
ミカは突然のことに驚くが、何となく手を振りほどく気にもなれず、そのまま女の子と並んで歩く。
お姉ちゃんオーラ、恐るべし。
横を歩く女の子を見上げると、何やら鼻歌を歌って楽しそうにしている。
(うーん、困ったな……。)
この後はギルドに寄って、明日以降の”呪い系”のクエストの受注をするだけだから、多少戻るまでに時間がかかっても問題はないけど。
時間もまだ昼過ぎ。
走って行くのを、歩いて行くのに変更したところで大した問題ではない。
「あなたはどこに住んでるの? 第二街区? 第三街区?」
「第三街区、です。」
学院は第三街区にある。
「そう、お姉ちゃんと同じなのね。」
そう言って笑いかけてくる。
ナチュラルに一人称が「お姉ちゃん」である。
おそらく、実際に弟か妹がいるんだろう。
「あの、手……。」
あまり強く言うのは気が引けるが、手を繋いだままというのはちょっと……。
そう思って声をかけると、女の子はきょとんとした顔になる。
それから、にっこり微笑む。
「お姉ちゃんが心細いから、手を繋いでてもらっていい?」
あくまで自分が心細いから、手を繋いでいて欲しいと言う。
(小さい子の自尊心を傷つけず、でも手は繋いだままにする。)
年少者の扱いに慣れてるね、この子。
というか、どんだけ年下に見られてるんだ?
(まあ、変に荒立ててもしょうがないし、どうせ第三街区に着くまでだし。)
そこまで行けば、さすがに手を離しても何か言ってきたりはしないだろう。
ミカは女の子に気づかれないように、そっと溜息をついた。
ミカは第三街区に着くと、「もう大丈夫だから。」と手を離してもらい、走ってギルドに向かった。
(なんか、ふんわりした独特の雰囲気の子だったな。)
見ず知らずの子ではあるが、小さい子を放っておけないと思ったのだろう。
随分と面倒見のいい女の子である。
手を繋いで歩いている時、終始にこにこしていた。
年少者には笑顔で接するというのが、身についているのだろう。
そんなことを考えながら南東の大通りを走っていると、すぐに冒険者ギルドに着いた。
まずは掲示板に新しい”呪い系”が出ていないか確認し、出ていなければ放置された”呪い系”をカウンターで斡旋してもらおう。
ミカが掲示板の方に向かうと、すぐに見知った後ろ姿を見かける。
「トリュスー。 久しぶり。」
”銀系希少金属”の鎧を身につけ、凛とした雰囲気を纏ったトリュスだった。
トリュスはミカの声に気づいて、すぐに振り向く。
「ああ、君か。 久しぶりだね。 前に会ったのは……もう二カ月くらい前か。」
「そうですね。 また機会があったら食事に行きましょう。」
「そうだな。 あの時はご馳走様。 すまなかったね、結局ミカ君に奢ってもらうことになってしまって。」
トリュスが苦笑する。
ミカはそこで、おや?と首を傾げる。
「どうにも飲み過ぎてしまったようで、ミカ君にも随分と迷惑を――――。」
「ミカちゃん。」
トリュスがしゃべっているのを遮るように、ミカは呟く。
「あー……、ミカ君だけじゃなくあのゴリラにまで――――。」
「ミカちゃん。」
トリュスがバツの悪そうな顔をして黙り込む。
沈黙が流れる。
「ミカちゃ……うぁ!?」
ミカがもう一度言おうとしたところで、トリュスに手を掴まれ壁際に連れて行かれる。
「この通りだ。 あの時のことは忘れてくれ。」
トリュスが手を合わせ、頼み込んできた。
そこまでするようなことか?
というか、大の大人が、こんな子供に手を合わせて拝み倒すとか、周りがびっくりしてますよ?
まあ、別にミカも「ミカちゃん」と呼ばれたい訳ではないが、トリュスがあんまり露骨に無かったことにしようとするものだから、ちょっと揶揄っただけだ。
酒の席の失敗って、本当に恥ずかしいよね。
勿論、俺にはそんな失敗談ないけどな!
「いいじゃないですか。 あの時のトリュスも楽しかったですよ。」
ミカはにっこりと笑いかける。
(絡み酒とは言うけど、本当に絡みついてきた時はびっくりしたけどさ。)
トリュスは唇を引き結び、いじけたような、困ったような、微妙な表情をする。
「ケーリャの拠点で休ませてもらったんでしょ? 僕は門限があったから帰らないといけなかったんだけど、大丈夫だった?」
そう尋ねると、トリュスは崩れ落ちた。
「……あのゴリラの世話になるなど……一生の不覚。」
もう二カ月も前の話なのに、どうやら未だにショックを引きずっているらしい。
「僕はまだケーリャに会ってないんだけど、トリュスは会った? ちゃんとお礼を言った?」
「うっ……。」
どうやら、言っていないようだ。
「まあ、酒の席のことだし、ケーリャも気にしてないと思うけど。 でも、お世話になったのは事実なんだから。 面と向かってお礼は言えなくても、そのことに感謝は忘れないようにね。」
ミカが諭すと、トリュスはもはや魂の抜けた、抜け殻のようになっていた。
(そこまで大袈裟なことでもないんだけどなあ。)
この二人は、本当に犬猿の仲のようだ。
素直にお礼を言うのは、中々難しいものがあるのだろう。
そこを他人のミカがあまり責めるのも酷というものだ。
「トリュスはお酒好きなの? 確か、あんまり外では飲まないんだっけ?」
そんなことを言っていた気がする。
「そ、そうだな……。 好きでよく飲んではいるが、いつも家で飲むようにしていた。 ……正直言えば、あそこまで飲むのも初めてだった。」
初めて深酒をしてしまったらしい。
確かに、あーいう席だと、妙に飲んじゃうことってあるね。
(まあ、自分の限界が分かって良かったじゃない。)
いくつになっても自分の限界が分からず、みっともない姿を公衆に晒す人もいる。
それを思えば、これもいい経験だろう。
「でも、憶えてはいるんだ? どこまで憶えてる?」
「う……それは……。」
トリュスが顔を赤くして言い淀む。
自分の醜態を思い出しているのだろう。
ということは、結構憶えているんだな。
「いいですよ、言わなくても。 でも、これに懲りずにまた食べに行こうね。」
ミカがそう笑いながら言うと、がっくりと肩を落とすトリュスなのだった。




