第93話 ケーリャのパーティ
ミカは大きな屋敷にあった地下墓所で呪いを解いた後、冒険者ギルドに報告に来ていた。
おそらくもう呪いは無くなったこと、地下墓所の入り口を土の壁で簡単に塞いでいること、などを報告してきた。
”幽霊”や”骸骨”は遭遇した分に関しては倒したが、撃ち漏らしがないとは言えないので十分気をつけるようにも警告しておく。
また、よく分からない光の粒についても一応は報告をしておいたが、そもそもミカ自身がよく分かっていないので、「こんなのも見ました。」くらいしか忠告のしようがない。
「はぁ~……、しつこいったらないね。 ったく……。」
ミカは今出てきた応接室を振り返り、溜息をつきながら思わずぼやく。
最初は普通にカウンターで報告を行っていたのだが、途中でお説教の時に使われた応接室に呼ばれたのだ。
そこでは、前に厭味ったらしく説教してきた、あの神経質そうな男が待っていた。
なぜ呪いが解かれているのか、どうやって呪いを解いたのかなどをしつこく聞かれたが、ミカは当然すっとぼける。
ミカの態度が気に入らないのか、神経質そうな男はイライラを隠そうともせずに圧力をかけてきた。
「そんないい加減な報告では、依頼達成とは認めない。」
「何か、隠さなければならない疚しいことでもあるのか。」
そんなことを延々としつこく言われた。
そんな態度では、冒険者登録を取り消すことになるかもしれないぞ、などと頭の悪い脅迫をしてきたのは、完全にミカを舐めきっている証拠だろう。
ミカが「腹減ったなあ。」「早く終わんないかなあ。」と聞き流していたところで救援が登場。
応接室にユンレッサがやってきた。
「ミカ君の報告を元に、依頼達成の調査をすることにしたわ。 今日はもう帰ってもいいわよ。」
どうやら、ユンレッサがチレンスタに話をつけてくれたらしい。
「君っ、勝手なことをするな! こんないい加減な報告、私は認めないぞ!」
「結果的に解決しているのなら、それで問題ないとの副支部長のご判断です。」
「だから! なぜそこで、いちいち副支部長に話を持って行くんだ! 私は自分の職責を果たしているだけだぞ!」
「その辺りについても、よく副支部長と話し合ってください。 ……さ、ミカ君。」
神経質そうな男の剣幕にも負けず、ユンレッサは毅然とした態度で反論する。
ユンレッサが、応接室から出るようにミカを促す。
神経質そうな男は顔を真っ赤にして、わなわなと震えていた。
(こわ~……。)
くわばらくわばら。
”幽霊”や”骸骨”なんかより、生きてる人間の方がよっぽどおっかないね。
「ありがと、ユンレッサさん。」
応接室を出る時、こそっとユンレッサにお礼を言う。
ユンレッサは優しく微笑み、「気をつけて帰るのよ。」と返事を返した。
ギルドの出入り口に向かって、何食べに行こうかなあ、と考えながら歩く。
「おや? 君は確か……ミカ君、だったかな?」
ミカが男の人の前を通り過ぎた時、声をかけられた。
振り向くと、そこにはローブを着た、二十代半ばの細身のあんちゃんがいた。
「あー……、確かケーリャの……?」
ミカが初めてケーリャと会った時、吊り下げられたミカを降ろすように言ってくれた人だった。
まったく言うこと聞かなかったけどな!
「ケーリャのパーティでリーダーをやってるサロムラッサだ。 あの時は迷惑をかけたね。 すまなかった。」
そう言ってサロムラッサは苦笑する。
あのケーリャのパーティでリーダーをやっているのか。
それはさぞかし苦労されていることだろう。
「いえ、最初はびっくりしましたけど。 悪気はないのは分かりましたから。 それに、結構いい人みたいだし。」
ミカのことを心配して、わざわざ朝早くにミカの依頼に付き合ったくらいだ。
ちょっとぶっきらぼうで、破天荒な部分があるみたいだが、悪い人ではないだろう。
「そう言ってもらえると助かるよ。 ケーリャはあの通りだから、結構誤解…………でも、ないんだけど……。 ま、まあ、いつもあんな感じなんで。 トラブルはしょっちゅうでさ。」
サロムラッサはそう言うと、少々疲れた顔になる。
ミカとしても、「あははは……。」と乾いた笑いしか出てこない。
「そういえば、ケーリャに奢ったんだって? かなりかかってびっくりしたろう? すまなかったね、お金は返すよ。」
「いえ、いいですよ。 ちょっとびっくりしましたけど、あれはケーリャに対してのお礼なので。 気にしないでください。」
ミカが申し出を断ると、サロムラッサが「ふむ……。」と考える。
そして、
「ミカ君、この後時間あるかい?」
そんなことを言うのだった。
「さ、じゃんじゃん食べて。 ここは安くて美味い、うちのパーティもよく使う店でね。 遠慮はいらないよ」
サロムラッサが、大量に注文した串肉やら何やらをミカの皿にどしどし乗せる。
ミカが「お金を返す」というのを断ったら、「じゃあ代わりに奢らせてよ」と強引に連れて来られたのだ。
ギルドからは少し離れた、大きな通りからも外れた酒場。
少々寂れた感じの、昼間も料理メインで営業している店らしい。
「あの、やっぱり奢ってもらうわけには……。」
「まあまあ、僕と君の仲じゃない。」
……どんな仲だよ。
ミカが遠慮していると、サロムラッサが聞いてくる。
「君、魔法学院に通ってるんだろ?」
ケーリャが話したのか?
あの日のことは誰にも話さないと約束はしたが、まあこれくらいは構わないか。
「心配しなくても、ケーリャは何も話してないよ。 ケーリャは約束したことを破ったりはしないさ。 ……ただ、『約束したから話さない』とは、正直に言っちゃうからね。 話せないことがあるのはバレバレなんだ。」
なるほど。
だが、そうなるとミカのことをどこで聞いてきたのか。
学院のことは別に秘密でも何でもないが、自分の知らない所で話が流れているのはあまり気持ちのいいものではない。
ミカが若干の不信感を滲ませると、サロムラッサが笑いかける。
「君のことはギルドの中じゃそこそこ有名なんだよ。 子供が冒険者登録していることは、ままあるけどさ。 ランクアップしてる例は普通ないだろ? ケーリャのことで騒ぎにもなったし、『あの子は何だ?』ってね。」
そう言えば、ロズリンデが大声でランクアップを暴露してくれたおかげで、結構な騒ぎになったのだった。
前回応接室でお説教を喰らったのも、それが原因だ。
「だから、君が学院生だって話も、どこからか流れてきたって訳。」
サロムラッサが串肉にかぶりつく。
「てな訳でさ、後輩に奢るくらいは別に普通のことだろ?」
サロムラッサのその言葉に、ミカはきょとんとなる。
「僕も学院出身なんだよ。 まあ、僕が学院に通ってたのはもう十年以上前だけどね。」
「えっ!?」
まさか、先輩!?
ミカは驚き、目を丸くしてサロムラッサを見る。
(そりゃ先輩くらいいくらでもいるだろうけど、学院修了から冒険者って、理想通りのルートじゃないか?)
正にミカが思い描く理想像である。
自分の理想が目の前にいると分かり、ミカは胸が熱くなっていくのを感じた。
「それじゃあ、サロムラッサさんは兵役上がりなんですか?」
「そそ。 王国軍に十年勤めて、義務が解消されたんで辞めてきたんだよ。」
ミカは、サロムラッサから少し詳しい話を聞かせてもらうことにした。
どうやらサロムラッサは、ミカの考えている「学院修了、即冒険者」というルートではなく、きちんと兵役を勤め上げてきたのだという。
学院を修了して正式な魔法士になると、今度は十年の兵役の義務が課せられるらしい。
ちょっと、魔力を持った者に課せられる責任が重すぎませんか、この国?
「ミカ君の言う、学院後すぐにリタイアというのも不可能ではないんだけど……。」
そう言ってサロムラッサはエール酒を飲み干す。
串肉を食べていたら、どうしてもエール酒が飲みたくなったのだとか。
ミカも詳しい話を聞かせてもらいながら、サロムラッサに勧められるままに串肉やらソーセージやら燻製肉を腹いっぱいに食べた。
ていうか、本当に冒険者って肉ばっかだね。
「貴族が家督を継ぐのに、魔法学院か騎士学院を修了していなくてはいけないというのは、もう習ったかな?」
ミカはこくんと頷く。
「事情により、貴族の嫡男が学院修了後、すぐに家督を継ぐというケースはまあ稀にあるんだ。 そのために、兵役の義務に関してはちょっとした抜け道がある。」
サロムラッサは通りかかった店員にエール酒のお代わりを注文する。
「大金貨六枚を積めば、兵役を免除してもらうことができる。 確かこれは貴族でなくてもできたはずだよ。」
「大金貨六枚……。」
六百万ラーツ。
大金といえば大金だが、今のミカなら支払いの目途を立てることは可能だ。
今すぐに必要なのではなく、あくまで六年後に必要になるのだから、それまでになら用意することは可能だろう。
なにせ、すでにその半分近くがカードに入っている。
このままのペースで稼ぎ続けられるとは限らないが、なるべく早くこの金額をクリアできるようにすれば、あとは憂いなく冒険者としての活動に重点を置くことができる。
ミカはこの学院修了後の軍人ルート回避をずっと考えてきたが、それを誰かに話したり、尋ねたりをしてこなかった。
学院の教師に聞けばすぐに教えてもらえることかもしれないが、「こいつは修了後に軍に行く気がないのか?」と思われることを避けたかったからだ。
魔力を持った者にこれほど優しくない国だ。
わざわざこちらの考えを、先に教えておくことはないだろう。
しかし、大金貨六枚はちょっとボリ過ぎではないだろうか。
ミカたち学院生は準軍属、軍属、予備役という立場にあり、毎月給料が出ているはずだ。
寮費や学費などを天引きした残りが、準軍属の幼年部、初等部で毎月銀貨五枚。
いくら天引きしてるのか知らないが、幼年部から高等部までの八年間で結構な金額が跳ねられているはず。
それにプラスして「大金貨六枚も支払え」というのだから、ちょっと阿漕過ぎではないだろうか?
「まあ、まだ初等部の一年なんだから、今決めることはないさ。 それに成績上位者は宮廷魔法院って選択肢もあるし。」
「宮廷魔法院?」
そういえば、ミカとリムリーシェに【爆炎】を習得しろと言ってきた、候補の一つが宮廷魔法院だ。
はっきりどこからの指示なのかは分からないが、クレイリアがそんなことを言っていた。
「【神の奇跡】の研究が主な目的らしいけど、宮廷魔法院が相当なエリート集団なのは間違いない。 もっとも、僕みたいな平凡な魔法士には、何やってるのかすらさっぱり分からないけど。」
サロムラッサは届いたエール酒を一口飲むと、燻製肉を口に放り込む。
(【神の奇跡】の研究、か……。)
少しばかり興味があるのは確かだ。
だが、ミカは自分が研究職に向いているとは思っていない。
極端な話、ミカの気になることを誰かが解き明かしてくれるなら、それで構わないのだ。
「これ、どうなってるんだと思う? 分からないよね? 不思議だよね? じゃあ、解明しておいてね。」
で済むなら、それが一番。
難しいことは、できれば考えたくない。
成果だけを得られれば、それに越したことはないのだ。
ソーセージにかぶりつきながら、サロムラッサからもたらされた新たな情報に、頭を悩ませるミカなのだった。
そうして、話はケーリャたちのパーティの話題になった。
「サロムラッサさんは賞金稼ぎギルドにも入っているんですか?」
「そうだよ。 二足のブーツで結構忙しい身なんだよ、これでも。」
二足のブーツというのは、二足の草鞋ということだろうか?
何でもサロムラッサは、冒険者としての活動をメインに、応援の要請があれば賞金稼ぎとしても活動しているらしい。
賞金稼ぎギルド。
冒険者ギルドから分離した組織で、元々は冒険者も賞金稼ぎも区別はなかったそうだ。
依頼がギルドに出され、報酬や賞金を稼ぐ。
どちらも似たり寄ったりのものとして扱われていたらしい。
だが、賞金首というのは主に犯罪者などの人間を指す。
人間を相手にするのは、魔物や魔獣を相手にするのとはだいぶ違う。
そのため大雑把に、魔物や魔獣を相手にする冒険者、人間を相手にする賞金稼ぎという感じに分かれることになったらしい。
賞金首の中でも大物になると冒険者ギルドにも依頼書、この場合は手配書とも呼ばれるらしいが、それが張り出される。
だが、そこまで大物でなければ普通は賞金稼ぎギルドだけで対応するのだという。
「まあ、賞金稼ぎだけで食ってくのは結構大変なんでね。 ほとんどの賞金稼ぎが冒険者と兼業だよ。」
賞金稼ぎは、それだけでやっていくのは中々に大変なのだとか。
「例えどこどこの街にいるって分かっても、そこから実際の潜伏先を探すのも大変だろ? それで大銀貨五~六枚じゃとても割に合わないよ。」
そう言ってサロムラッサが苦笑する。
「うちのパーティの、もう一人のメンバーが情報屋ギルドに入っててね。 そいつが情報を拾って来たり、賞金稼ぎ仲間から声をかけられたりして、僕は大捕り物に参加するって訳。」
大物には大抵の場合、子分や取り巻きがいる。
そうした小物たちにも賞金がかけられていたりして、賞金稼ぎたちは数人、若しくは十人以上が協力して一党を捕えるのだという。
「ここ一年くらいは賞金稼ぎの方がボーナスタイムでさ。 かなり忙しかったんだよね。」
串肉にかぶりつき、サロムラッサは大きな肉を頬張る
「ほおはふ…………ごくんっ……、落ち着いてきたんだけどさ。」
「そうなんですか?」
ボーナスタイム?
何かあったのだろうか。
ミカは燻製肉を口に入れる。
「一年くらい前、サーベンジールでバラック街とスラムの掃討作戦をやってさ。 そっちから結構流れてきたんだよ。」
「ぶふっ!?」
ミカは思わず咽てしまい、慌てて口を手で押さえる。
「ごほっごほっ! こほっ…………な、流れてきたって?」
ミカは何とか落ち着きを取り戻し、サロムラッサに話の続きを促す。
「サーベンジールのスラムとかに潜伏してた賞金首たちが、大慌てで逃げ出してきたもんだからさ。 これまで足取りがさっぱり分からなかった大物もわんさか出てきたって訳。」
まさか、あの誘拐事件の影響がこんなところにまで及んでいたとは思いもしなかった。
ミカは額の汗を拭う。
「……ケーリャもやってるんですか? その賞金稼ぎ。」
「いや、賞金稼ぎをやってるのは僕だけさ。 賞金稼ぎをやるには、それなりに判断力を必要とするからね。 初めて顔を合わせる仲間との協力や連携も必要だ。 こう言っちゃなんだけど、ちょっとケーリャには無理かな。」
如何にも猪突猛進タイプだもんなあ、ケーリャ。
敵味方入り乱れた乱戦とかに、絶対いて欲しくないタイプだよね。
目の前にいる奴、全部ぶっ倒せばいいんだろ?とか普通に言いそう。
「そういえばミカ君と食事に行った時、ケーリャがトリュスを担いで帰って来たんだって? うちの使用人が驚いていたよ。」
「うちの……?」
サロムラッサさんの家?
「うちのパーティの拠点。 管理のために使用人を雇っているんだよ。 酔い潰れたトリュスを担いで来たもんだから、使用人がびっくりしてさ。」
サロムラッサがエール酒を呷る。
「その話を聞いて、僕もびっくりさ。 あのケーリャが? あのトリュスを? 何が起きた!?って。」
あの二人、犬猿の仲っぽかったしね。
でも、トリュスのことは任せろって言ってたけど、拠点に連れて行ってくれたんだ。
使用人って人がどんな人かは分からないけど、ケーリャが見ているよりは安心だろう、きっと。
(……それに、酔い潰れた訳じゃないしな。 まあ、これは黙っておいた方がいいか。 トリュス本人にも。)
ミカからの救援要請によって、ケーリャがあの拳骨を繰り出したのだ。
責任の一端がミカにもあると言えなくもない。
……いや、たぶんないけど。
サロムラッサとの食事は、非常に有意義だった。
これまではっきりとしなかった学院終了後についても、貴重な話が聞けた。
「ありがとうございました。 すみません、奢ってもらっちゃって。」
「いいよいいよ。 僕も楽しかったよ。 また今度、一緒に食べよう。」
「はい。」
ミカがサロムラッサと別れて寮に向かおうとした時、サロムラッサから声がかかる。
「あ、そうそう、ミカ君に聞きたいことがあったんだ。」
「はい? 何ですか?」
「ミカ君……、呼んだらすぐ来れる?」
「はい?」
ミカが怪訝そうな顔になる。
「ケーリャとトリュスがおっぱじめたら、呼んでいい? 僕じゃ止められないんだよ。」
「僕だって止められませんよ、そんなの!」
何言ってんだ、この人。
だが、サロムラッサは首を横に振る。
「ギルドでも一回止めて見せたんだって? それに、三人で食事にも行ったんだろ? とてもじゃないけど、僕にはそんな真似できないよ。 しかも、そんな地獄から君は生きて帰って来た。」
サロムラッサが情けない顔をしてミカに縋りついてくる。
「君しかいないんだよぉ~。」
頼むから勘弁してくれ。
チレンスタに続き、サロムラッサからも無茶振りをされるミカなのだった。




