第92話 ウィルオーウィスプ?
火の1の月、5の週の風の日。
だいぶ暑くなって、夏らしい日が続く今日この頃。
ミカは放課後、お化け屋敷に来ていた。
…………ちなみにこのお化け屋敷。本物である。
「どこにあるんだ……?」
腕を組み、顎に手を添えて考え込む。
王都の第二街区にある大きな豪邸。敷地もかなり広い。
このお屋敷の呪いを排除してくれ、という依頼が何年も前から出されている。
年に数件残る、諦めないで依頼を出し続けた”呪い系”の依頼だが、屋敷の呪いの原因が特定できないでいた。
ミカは女性使用人の呪いを解いたクエストから、ずっとこの”呪い系”に的を絞ってクエストを受けている。
報酬の相場が「金貨四枚~」と大きく、何年も放置されてきた依頼なので競争相手がいない。
王都内で、寮から割と近い場所に絞り込んでも、十件くらいは手つかずになっていた。
放課後の二時間半くらいで寮と依頼現場を往復し、探索の時間が二時間くらい確保できる場所を選んで受注する。
平日に呪いの原因を見つけておいて、休日に朝から解呪に挑む。
以前のように娯楽としてではなく、なるべく早く解呪するために、全力でパズルに挑戦していた。
こうしたクエスト受注の方針変更により、すでに”呪い系”は最初の使用人の呪いを含めて四件達成している。
四件の報酬総額、百七十五万ラーツ。
一カ月半くらいでこれである。
ミカが王都に来てから稼いだ報酬は、すでに三百万ラーツに近い。
ぶっちゃけ、十歳の子供が稼いでいい金額ではない。
しかし、これだけ稼いでもまだ、ミカの装備は革の胸当てや手甲のままである。
”幽霊”が相手では物理的な防具は意味がないし、魔力範囲を纏うことでノーダメだ。
装備を更新する意味がなかった。
ミカは薄暗い屋敷の中を、エントランスから順に回り直すことにした。
すでにこの屋敷に通って三日。
一階、二階、地下、屋根裏部屋と隈なく探し、様々な物に触れてきた。
それでも、呪いの特定に至っていない。
最初に受けた”女性使用人の呪い”は、視認できるほどに呪いが強くなっていたが、あんなのはあれだけだ。
以降に受けたクエストでは、呪物に触れることで特定してきた。
「部屋は、これで全部だよなあ……。」
ミカは首を傾げる。
この屋敷にも”幽霊”が集まって来ていたので、呪われているのは確定と見ていいだろう。
だが、肝心の呪物が見つからない。
ミカは”地獄耳”の音量を高め、何かヒントになるものはないか探して回る。
……カシャ……、……カツン……。
一階の廊下を歩いている時、微かな物音に気づいて立ち止まる。
周囲を見回しても動く物はない。
廊下に面している、どこかの部屋から聞こえるのか?と耳を澄ます。
……コン……、……カラン……。
音は聞こえるが、どこの部屋なのかいまいち見当がつかない。
近くの部屋を回り、耳を澄ますが音は聞こえなくなる。
そして、廊下に出るとまた聞こえてくる。
「……廊下?」
天井や床も含め、よく観察してみるが音の発生源が分からない。
”地獄耳”を更に強め、自分の足音はカットする。
そうして、廊下をうろうろと歩き回る。
「ここか。」
ミカは物音がもっとも大きく聞こえる場所を特定した。
だが、そこには何もない。
各部屋のドアからも離れ、両側は壁で、壁に絵画が掛けられていたりもしない。
ミカは床に手を触れる。
床には絨毯が敷かれているが、何年も放置されていたため汚れている。
特に呪いや魔力を感じたりはしない。
「…………地下……?」
倉庫として使われている地下室はあったが、それとは別の地下室があるのかもしれない。
確かめるためには絨毯をどかす必要があるが、この絨毯は大き過ぎる。
廊下の端から端まで、一枚なのではないだろうか。
「これは、……要相談かな。」
ミカは立ち上がると手をぱんぱんと払い、今日の探索を打ち切るのだった。
ミカは、広い庭園を門に向かって歩いていた。
さすがに今ミカが振り向いても、それに気づくことはできなかっただろう。
ほんの小さな、ビー玉のような光の粒が、二階のバルコニーにふよふよと漂っていたことなど……。
■■■■■■
火の2の月、1の週の陽の日。
ミカは朝から、再び大きな屋敷にやってきた。
「”風刃”。」
ミカは”風刃”で廊下に敷かれた絨毯を適当な長さで切り、どかす。
地下に何かありそうだと見当をつけた日、ギルドに寄って依頼者に許可を取ってもらったのだ。
だが、絨毯をどけても石の床があるだけだった。
「完全に塞いでいるのか……。」
ミカはギルドを通じ、絨毯だけでなく、壁や床を必要に応じて壊すかもしれないと依頼者に確認を取ってもらっていた。
そして、一緒に屋敷の地下室についても聞いてもらったのだ。
依頼者はこの屋敷の所有者なのだが、そんな地下室は知らないという話だった。
そして、このままでは住めないし、もし呪いが排除できたらどうせ改装が必要になるだろうから、と必要に応じて壊す許可も貰っている。
石の床は繋ぎで使っているコンクリートにヒビが入っており、僅かにだが割れて崩れている箇所もあった。
厚手の絨毯が敷かれていたので分からなかったが、そのうち崩れてしまうところだったのではないだろうか。
「……聞こえるな。」
絨毯をどかしたことで、音が通りやすくなったのだろう。
”地獄耳”を使ってはいるが、先日ほど強めなくても物音が聞こえていた。
ミカはひび割れている箇所をダンッ!ダンッ!と何度も強く踏む。
すると、ひび割れが広がり、崩れている箇所が少し広がった。
一応、いきなり床が抜けてもいいように、すぐに飛べるように覚悟をしておく。
だが、隙間から見える感じだと、床の下は階段になっているようだった。
「これはちょっと…………自力で抜くのは骨が折れるな。」
ミカはその場で"低重力"と”突風”を使って天井まで飛び、ホバリングする。
「”石弾”。」
そして、ボーリングの球のような”石弾”を一発一発撃ち出し、地下へ続く階段を塞ぐ床をすべて壊す。
地下へと続く階段は、十メートル以上先に行った所で左に折れ曲がり、どこまで行くのか分からない。
ミカは”火球”を先行させながら慎重に進み、時折現れる”幽霊”を倒す。
そうして階段を下りた先に、石室というか、広くなった空間に辿り着いた。
石室には数体の”幽霊”と、二十体ほどの”骸骨”がいる。
”幽霊”と”骸骨”は石室が自分の領域なのか、ミカが階段から中を見ていても襲って来ない。
「……なんだ、ここは。 地下墓所……?」
石室の壁には棺が埋め込まれており、その壁が崩れて棺がいくつも出ていた。
おそらく、”骸骨”はこの棺の中に入っていたのだろう。
(……昔、こんな映画あったね。)
有名なホラー映画なのだが、ミカの好きな映画の一つである。
新興住宅に引っ越してきた家族が心霊現象に見舞われる、というストーリーだ。
その新興住宅が元墓地だった場所に建てられ、住宅を建てる際に墓石だけ移動させて、埋葬されていた遺体は残されていたのだ。
ミカはその映画を、家族愛をテーマにしたヒューマンドラマのように思っているのだが、そのことを他人に話すと変な顔をされる。
(いいお話なんだけどなあー。)
制作・脚本に超大物監督も関わっており、非常に素晴らしい作品だと思っている。
依頼者がこの地下を知らないということは、奇しくもあの映画と同じで、知らずに墓地の上に家が建っていたということになる。
例え呪いが解かれても、もうこの家には帰って来ないのではないだろうか。
まあ、依頼者がどうするかなど、俺の知ったこっちゃないけどね、と石室内の”骸骨”たちを見る。
”骸骨”たちはガシャガシャと音を立て、落ち着きなく動いている。
廊下に漏れ聞こえたのは、おそらくこの音だろう。
「うーん……、どうしようかな。」
”骸骨”は初めて見る。
眼窩に赤く輝く目があるのは”幽霊”と同じ。
”幽霊”と違うのは、物質としての骨があり、胸の真ん中に赤い魔石が浮いていることだ。
肋骨に守られるように、まるでそれが心臓であるかのように、胸の中心に魔石が浮いていた。
一応”骸骨”も、トリュスに教えてもらった【神の奇跡】があるので、おそらく倒せる。
だが、折角の機会だ。いろいろ試させてもらおう。
ミカはとりあえず石室の外から”石弾”をマシンガンのように乱射する。
速度重視のライフル弾タイプで。
バシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュッ!!!
グシャグシャグシャッガラングシャッガランゴンガシャシャングシャッゴシャッガラガラガランガランッ!!!
”骸骨”は呆気なく吹き飛び、バラバラになって飛び散る。
ミカは一通りの”骸骨”を吹き飛ばした後、そのまま少し様子を見る。
「定番通りなら……、この後があるよな?」
”骸骨”はただ倒しただけでは、また元に戻ってしまう。
そんなのは割とよくある設定だ。
なので、ミカはばらばらになった”骸骨”たちの様子をじっと見る。
「お、やっぱ起き上がった。」
だが、元に戻ったわけではなないようだ。
”石弾”の勢いで吹っ飛ばされただけの”骸骨”が、肩を飛ばされたり、頭が割れた状態で立ち上がる。
腰骨が壊れた”骸骨”は、上半身だけで地面を這っていた。
「単に壊れ方が甘かっただけか?」
再びミカは”石弾”を乱射し、地面に倒れた”骸骨”にも念入りに撃ち込む。
すると、見た感じは動く”骸骨”はいなくなった。
「念入りに壊す必要がある、てとこかな?」
このまま放っておいたら、元に戻るのだろか?
「まあいいや。」
ミカは魔力範囲を纏っているので、そのまま石室に突っ込み”幽霊”も狩る。
あっという間に石室の中が静かになった。
ミカは”地獄耳”を高め、まだ微かに動こうとする”骸骨”を見つけ出し、”石弾”で止めを刺す。
「さて、探すか。」
念のため魔力範囲は纏ったままにし、”地獄耳”を有効にして周囲を警戒。
呪いの元を探している時に、不意打ちを受けないように注意する。
石室は奥行き三十メートル、幅十五メートルくらいとかなり広い。
おそらく壁の中にはまだ棺がたんまり残っているだろうから、”骸骨”や”幽霊”のお代わりには注意しなければならない。
石室の一番奥まで行ってみると、そこには祭壇があった。
光神教のシンボルである”六つ輪”。
その”六つ輪”を中心に、左右に光の神や闇の神などの六神の像が並ぶ。
だが、神像のいくつかは倒れている。
元々倒れていたのか、”石弾”が近くに着弾して倒れたのか。
ミカは神像を綺麗に並べ直した。
「こうして見ると、怪しげな宗教儀式の祭壇みたいな感じだけど…………たぶんまともな祭壇だよな、これ。」
薄暗い石室に祭壇。
怪しげな雰囲気満点ではあるが、これは悪魔崇拝のようなものではなく、おそらくごく真っ当な光神教の祭壇だ。
半年ほどミカも教会に通っていたので、祭壇そのものには見覚えがある。
教会にある物と比べて簡易版みたいな感じだが、祭壇自体はおそらくまともな物。
なぜ地下墓所などがあるのかは不明だが、この場所自体は普通に死者を弔うためのものだろう。
念のために”六つ輪”や六神の像に触れてみるが、呪いはなかった。
「これも違うのか……。 じゃあもう、どれだよぉ……。」
さすがにこんな不気味な雰囲気の石室に、できれば長居はしたくない。
だが、原因を特定できないまま切り上げる訳にもいかない。
救いなのは、出てくるお化けがぶっ倒せることか。
これで逃げるしか手がないのなら、最初から近づこうとはさすがのミカでも思わない。…………たぶん。
ミカが祭壇前から石室内を見回すと、壁に埋め込まれた棺の中に、一つだけ他の棺よりも大きく立派な装飾のされた棺があることに気づいた。
何となく嫌な感じのする、その立派な棺に近づく。
崩れたり開いたりしていないので、おそらくはまだご在宅だと思われる。
「……頼むから、いきなり出て来たりしないでくれよ……。」
映画などでは定番の演出だ、
ミカはいつでも後ろに飛び退く心積もりで棺に触れる。
(……これだ。)
指先に伝わる、呪いの禍々しい波動。
ミカはびっくり演出がなかったことに安堵しつつ、早速パズルに取り掛かる。
(安心したところで、ていうのも定番のやり方だからな。 気を緩めちゃいけない。)
棺から何か飛び出してこないか警戒しつつ、周囲にも気を配り、ミカは神経をすり減らしながら解呪を試みる。
「ふぅーー……。」
ミカは棺から手を離し、大きく息を吐き出す。
薄暗い石室に”火球”の赤橙の光が揺らめく。
いつも以上に疲労感が強い。
解呪には成功したが、何時間くらいかかっただろうか。
集中しにくい状況だったので、結構時間がかかってしまった。
ミカは石室を出て階段を上がろうとして、ふと立ち止まる。
(ここを開けたままはまずいか?)
おそらくはもう大丈夫だとは思うが、もしまた”骸骨”が出てきた場合、開けっ放しでは上に上がってくる可能性がある。
気休めでも、一応は塞いでおいた方がいいか。
ミカはその場にしゃがみ、足元の地面に触れる。
「”土壁”。」
石室の入り口を土の壁で塞ぐ。
所詮は土の壁なので簡単に崩せるだろうが、出ようとしなければ崩されることもないだろう。
一応ギルドにも状況を説明するので、ちゃんとした対応はギルドや依頼者に丸投げする。
ミカはこれまでも”呪い系”の依頼をこなしているが、すべてその場で解呪している。
そのため、ギルドが『呪いは排除された』と判断するまでに、いろいろと調査を行うのだ。
いつも「なぜ呪いが解かれているのか」と聞かれるが、すっとぼけている。
さすがにもうバレているだろうが、証拠などない。
ミカも「自分が解いたという証拠」はないが、ギルドも「ミカが解いたという証拠」がない。
なので、とぼけられる間はとぼけ続けようと思っている。
ミカが重い足取りで階段を上がると、廊下の先に光の粒が浮いているのが見えた。
埃に光が当たったのかと思ったが、その場所は外からの光が入る位置ではない。
(”幽霊”……?)
しかし、”幽霊”にしては小さすぎる。
光の粒はふよふよと浮かび、その動きは埃に見えなくもない。
ミカは慎重に近づきながら、全身にしっかりと魔力範囲が纏われていることを確認する。
【身体強化】も四倍になっている。
これで不測の事態にも、ある程度は対応できるだろう。
ミカがゆっくりと近づくと、光の粒の方もミカに近づいてきた。
ビー玉くらいの大きさだろうか?
ふよふよと漂いながら浮かぶそれは、意思があるのかミカの目の前で漂っている。
「鬼火……?」
何だか見ているだけで気の抜ける様な、そんなふわふわ感で漂っている。
(”幽霊”だったら、これで消えるよな?)
ミカはゆっくりと、慎重に光の粒に左手を伸ばす。
魔力範囲を纏ったまま。
正体の分からないふよふよ浮かぶ光だが、”幽霊”のような類でも何でも、魔力濃度がミカよりも薄い場合は触れれば霧散するはずだ。
(……え?)
だが、触れた際に霧散したのはミカの魔力の方だった。
慌てて手を引っ込め、数歩下がる。
「……何だ、これ!?」
光の粒は相変わらずふよふよ漂っている。
だが、先程と違い、今度は若干の明滅をし始めた。
光が弱まったかと思うと、少し強くなり、また弱まる。
それの繰り返しだ。
(まずいのかっ……? 逃げるべきか!?)
光の粒の変化が、良いのか悪いのか判断がつかない。
ミカはもう一度光の粒の消滅を試みる。
今度は強烈な呪いに挑む時のように、可能な限りの魔力を左手に籠める。
これで霧散させられなければ、今のミカでは手も足も出ない。
ミカがゆっくりと手を伸ばすと、光の粒もふよふよと寄って来る。
光の粒に、触れた。
瞬間――――。
カッ!
まばゆい光に視界を奪われた。
「クッ!」
ミカは瞬時に後方に飛び、魔力範囲を十メートルに広げる。
これで視界を奪われても、周囲の動きをある程度は把握できる。
ミカは腰を落とし、身構えたまま魔力範囲で周囲を警戒し続けた。
だが、特に動きはなかった。
少しずつ視力が回復し、自分の目で周囲を把握できるようになったが、先程の光の粒はいなくなっていた。
(どうなってる? 何が起きたんだ? ……大丈夫なのか?)
正体が不明過ぎて、どうすべきなのか分からない。
ミカの身体には、特に変化があるわけではない。
攻撃?はさっきの光だけ。
視界を奪って何かしてくるかと思ったが、そういうこともなかった。
「とりあえず、一旦離脱か。 …………すっきりしないけど。」
今が何時か分からないが、とっくに昼は回っているだろう。
(ギルドの前に昼食だと、報告の時に眠くなるか?)
さっさとギルドに報告して、それから遅い昼食にしようか。
そんなことを考えながら、ミカは屋敷を後にするのだった。
左肩の後ろに、小さな小さな、光の粒をくっつけたまま……。




