第91話 名誉顧問
火の1の月、3の週の水の日。
暦の上ではすでに夏となって二週間経つが、今年はあまり気温が上がらない。
非常に過ごしやすくて助かる。
なにせクーラーのない世界だ。
”突風”で涼をとれるとはいえ、あまりあからさまにするわけにもいかない。
ミカは教室で、ぼけ~……としていた。
メサーライトとポルナードが、他領出身の男の子数人と談笑している。
ムールトにも他領出身の男の子が何事か話しかけ、少々ぶっきらぼうに対応していた。
ちらりと教室を見回す。
リムリーシェとツェシーリアが他領出身の女の子と、楽しそうに話をしていた。
チャールの所には数人の女の子が集まり、何やら顔を寄せ合って話し込んでいる。
ミカはちらりと左を向く。
クレイリアが護衛騎士と、何やら屋敷のことで相談していた。
ミカは腕を組み、うーむ……と考え込むのだった。
「みんな、他領の子と仲いいね。」
昼食を食べ終わった後、食堂でくつろいでいる時にミカがそんなことを呟く。
一緒に昼食を食べていたレーヴタイン組の皆とクレイリアが、顔を見合わせる。
「ん? 普通じゃない?」
「まあ、普通かな? 特別仲がいい訳じゃないと思うけど?」
ツェシーリアとメサーライトが、ぽかんとした様子で答える。
「みんな他領出身の子たちと友達になってるよね? どうやってんの?」
「どうって、普通だよ?」
「毎日寮とか学院で顔を合わせてるんだもん。 そりゃ話くらいするわよ。 ねえ?」
ツェシーリアがリムリーシェに言うと、リムリーシェも「う、うん……。」と躊躇いがちに同意する。
「毎日顔を合わせてるんだから、挨拶でも何でも話するでしょ?」
「僕、目も合わせてもらえないけど?」
ミカが言うと、レーヴタイン組の皆が気まずそうな顔になる。
王都の魔法学院に入学して早三カ月経つが、ミカはレーヴタイン組以外とは誰一人友達になっていなかった。
ルームメイトのバザルとは部屋にいる時は話すが、それ以外ではほとんど顔を合わせることがない。
ミカは寮でも学院でも、誰にでも普通に挨拶をしている。
だが、相手も挨拶は返すが、そのままそそくさと逃げてしまうのだ。
ぶっちゃけ、ぼっち率がめっちゃ高かった。
「私も、皆さん以外にはお話をする相手がいませんけど……。」
クレイリアが首を傾げる。
「クレイリアはしょうがないでしょ。 僕たちだって、本来なら話しかけられるような立場じゃないよ?」
ミカの無慈悲な返答に、クレイリアがしゅんとなる。
侯爵家の令嬢に普通に話しかけられるような命知らずは、いなくて当たり前だろう。
ミカたちのクラスにはクレイリアの他にも貴族の三男坊だか四男坊だかというのがいるが、そいつですらクレイリアには話しかけてこない。
「まあ、そういう意味じゃミカも人のこと言えないけどね。」
「え、何で?」
メサーライトの呟きに、思わず聞き返す。
「あんたねえ。 初日に何やったかもう忘れ――――。」
「はいはい、それね。 その話はもう分かったから。」
ツェシーリアの言葉にかぶせる。
どうやら初日のインパクトが強すぎて、普通の学院生にとってミカは畏怖の対象になってしまったようだ。
(たぶん、それだけが原因じゃないんだろうけど……。)
現在、クレイリアはレーヴタイン組と行動をともにすることが多い。
こうして一般用の食堂を使って、一緒に食事をするくらいだ。
そして、そのクレイリアがなぜレーヴタイン組と一緒にいるかというと、やはり一番の理由はミカだろう。
(侯爵家の令嬢に特別扱いされている奴……。 そんな奴とは、普通は関わろうとしないよな。 俺だって、自分のことじゃなければ近づこうなんて思わん。)
危うきには近寄らず。
ミカが廊下を歩くと、上級生すら道を譲るのだ。
どれだけ危険人物だと思われているのか。
「……でも、人気ある……。」
「う、うん。 そうだよ。」
チャールの呟きに、リムリーシェが相槌をうつ。
「普段のミカ君はどんな感じなの、とか。 寮でもいろんな人に聞かれるよ。」
リムリーシェが一生懸命にミカを励まそうとしてくれる。
その必死さが反って悲しくなってしまうのは、少々ナーバスになり過ぎだろうか。
「……みんな、話したいけど……話せないだけ……。」
「そうそう。」
チャールとリムリーシェのフォローに、目頭が熱くなりそうだ。
「まあ、いっか。 ……そろそろ行かないと。 今日は午後が運動の時間になってたろ?」
「あ、そうだった。」
普段は水の日の午後は教室で授業なのだが、今日は運動の時間に変更になった。
というか、実はこういうのがよくある。
時間割では週に二回しか運動の時間がないのだが、前日とかに「変更します。」とか言われるのだ。
ぶっちゃけ、時間割の意味があまりない。
レーヴタイン組の皆と教室に戻り、運動着を入れてきた雑嚢を持ってくる。
これで、運動の後にわざわざ教室に戻る必要がなくなる。
更衣室で着替えたら、そのまま寮に戻ればいい。
午後のホームルームがないのは、王都の学院でも同じだった。
ミカを先頭に、両側にクレイリアとリムリーシェが並ぶ。
その後ろにレーヴタイン組の皆が続く、いつもの集団で纏まって廊下を歩く。
こうして歩いていると、それだけで注目を浴び、皆が道を譲る。
まあ、この場合はクレイリアがいるから当たり前なのだが、これにクレイリアが抜けた状態でも結果は同じだ。
(なんか、どう考えても腫れ物扱いな気がするけど……。)
ちなみに、ミカが一人で歩いていても似たような感じである。
どうやら近寄りがたい存在として、イメージが固まってしまったらしい。
ミカがそっと溜息をついていると、リムリーシェが話しかけてくる。
「ミカ君。 今日も相手お願いしていい?」
「ミカ、私もお願いします。」
クレイリアもにこにこと話に乗ってくる。
「うっ……。 まあ、別にいいけど……。」
ミカがげんなりしていると、突然後ろから声がかけられる。
「あっ、名誉顧問!」
何だ?と思って振り返ると、高等部らしき女の子が後ろの方から走って来て、最後尾を歩いていたチャールに話しかける。
「新作素晴らしかったです! まさか、あんなカップリンg……うぶっ!?」
声をかけてきた上級生の顔面に、チャールが雑嚢を投げつけた。
(ちょーっ!?)
あまりの驚きに目が丸くなる。
(チャール、おま!? 上級生相手に何やってんのっ!!!)
チャールはミカたちに背を向け、顔を抑えて蹲る上級生ににじり寄る。
「……その肩書を、外で呼ぶなと……あれほどっ……!」
「すいません! すいませんっ!」
どす黒いオーラを纏っているような気がするチャールに、上級生が平身低頭で謝っていた。
全員がぽかーんとする中、ツェシーリアとリムリーシェが真っ先に我に返る。
「チャ、チャールは忙しいみたい。 先に行きましょう、先に。 あ、あははは……。」
「そ、そうそう。 そうしよう、ミカ君。」
そう言って、ミカの腕をぐいぐい引っ張るリムリーシェ。
(何? 何事? 名誉顧問……?)
新作がどうとか言ってたか?
状況がさっぱり理解できない。
ただ、凄まじい怒気を滲ませるチャールに、決して話しかけてはいけないことだけは分かった。…………本能的に。
そして、ちょっとだけ腐臭を嗅いだような気がしたのは気のせいだろうか?
チャール、まじ何やってんだ?
■■■■■■
「いやあ! たあ!」
「はい! やあ!」
気合のかけ声とともに、リムリーシェとクレイリアが短剣を振り下ろし、薙ぎ払う。
ミカは迫る剣を上体を反らしたり、左右に揺らして器用に躱していく。
武器を使った戦闘の訓練も、運動の時間に組み込まれている。
魔法士が魔力を使い切った後、無抵抗で敵に殺されることがないように「せめて逃げ出せる隙を作れるようになれ」と本物の武器を使ってやらされるのだ。
勿論、刃は潰してあるが、刃物が鈍器に変わっただけである。
当たれば怪我をするし、過去には命を落とした者もいるそうだ。
ミカはこの訓練を、【身体強化】なし、魔力範囲の展開なしで受けている。
授業の前提が「魔力が尽きた時」なので、それに倣ってだ。
ミカには”吸収”があるので、魔力が無くなった場合という前提自体がそうそうあることではないが、相手は同じ年齢の子供。
自分だけあれこれ小細工するのも何だし、皆と同じに素の状態でやってみるか、という訳だ。
入学して割とすぐに短剣、小剣、鎚矛のうちの一つを選び、それらの扱いや型を教わることになる。
基本の型については皆も地方の学院で教わっているようで、そこで叩き込まれた型はこれらの武器に共通の動きのようだ。
というか、武器無しの体捌きだけでも通用しそうな基本的な動きを、これまでは繰り返しやらされていたという訳だ。
そして、王都に入ってからは各々の武器に細分化された型を教わり、より実践的な動きを叩きこまれる。
最近になって、更に寸止めの試合のようなことをやらされるようになった。
一回、十分間の試合。武器は刃を潰してあるが、金属製の本物なので、毎回授業中に数人は怪我をする。
教師によって【癒し】を与えられるため、怪我をしてもすぐに治してもらえるのだが、治せばいいというものではないだろう。
いつも思うのだが、この世界はやたらとスパルタ過ぎる。
元の世界がぬるま湯過ぎたのか、この世界が厳し過ぎるのか、最近はちょっと自信を持って答えられないのだけど……。
まあ、そんな訳で三種類の武器のうち一つを選ばなければならなくなったが、ミカは自分の使う武器に短剣を選んだ。
ミカと同じ短剣を選んだのはリムリーシェとクレイリア。
鎚矛を選んだのはムールト、メサーライト、ツェシーリア。
小剣はポルナードとチャールだった。
ミカが短剣を選んだ理由はムールトに言った通りだ。
大きな血管を傷つけることができれば、それでほぼ勝ち確。
鎚矛では打撃で相手にダメージを与えなければならないので、ミカの体格では不利だ。
より身体の大きい者の方が、高い位置から振り下ろせる。
体格に恵まれた者が、更に重力と遠心力を味方にして打撃を繰り出してくるのだ。
同じ土俵に上がっていけば、命がいくつあっても足りないだろう。
大きな血管を狙うという点でいえば、小剣でも構わないということになる。
こうなると完全に好みの問題になってくるが、自分の扱える武器の中で、少しでも長い方が有利かな?という理由で短剣の方にした。
あえて小剣を選ばなかった理由をもう一つ挙げるなら、ミカは別口でナイフも装備するつもりだからだ。
長さは小剣の方がやや長いが、大き目のナイフなら大した違いはない。
だけど扱い方は結構違う。
なので、主武器と副武器をはっきりと分けるために、小剣を選択肢から外した。
ミカは自分が器用な方だとは思っていないので、似たような武器を持つと、扱い方もごっちゃになりそうだったのだ。
カシンッ!
ミカはクレイリアの振り下ろした剣を自分の剣で軽くいなし、側面に周り込む。
そのついでにクレイリアの肩に手をかけて体を流す。
ミカに押されたクレイリアは踏鞴を踏み、背中ががら空きになった。
そのクレイリアの背中に剣を当てようとした時、
「たあっ!」
ミカの右側からリムリーシェの剣が振り下ろされる。
その剣を軽くバックステップをして躱すと、剣を振り下ろした体勢のリムリーシェの腕にポンポンと二カ所、軽く剣を当てる。
手首と肘の内側。
筋を斬られれば剣を振れなくなるし、大きな血管もあるので止血しないとじり貧になる。
これでリムリーシェはリタイア。
(……ていうか、剣の振り下ろし方に遠慮がないな。)
容赦がないのか、恨みでも晴らすつもりなのか、はたまた絶対に躱すという信頼の表れか。
前の二つではないことを願いつつ、ミカは残ったクレイリアに迫った。
(まあ、期待には応えましょうかね。)
クレイリアは体勢を整え、真っ直ぐにミカを見据える。
構わずミカは正面から突っ込み、クレイリアを誘う。
「はっ!」
ミカの心臓目掛けた突き。
(――――訓練では突きも禁止なんだ、ぞっ!)
ガキンッ!
その突きを斜めに跳ね上げ、そのまま横を駆け抜け、背後を取る。
(寸止めの意味を百遍読み返してこい!)
という思いで、クレイリアの首の横にポンと軽く剣を当てる。
「はい、ここまで。」
「あーっ、また負けてしまいましたー!」
クレイリアが悔しそうに声を上げる。
「ミカ君、強過ぎだよ……。」
リムリーシェが唇を突き出して、悔しそうに言う。
リムリーシェのこんな表情はちょっと珍しい。
本気で悔しがっているのだろう。
いい傾向だ。
どういう訳か、ミカはこの武器を使った授業で、二人を相手に訓練を行っている。
最初はちょっとおふざけで、二人がかりでミカに不意打ちを仕掛けてきたのだ。
おそらく唆したのはクレイリアだろう。
初めのうちは二人も遊び半分という感じだったのだが、ミカがあまりにも軽く躱すものだからちょっとずつ本気になってきた。
段々と剣にも力が籠るようになり、ついには本気の訓練へと至るまでに、それほどの時間はかからなかった。
「……二人とも、寸止めする気ないでしょ。」
ミカがジト目で二人を見ると、気まずそうに目を逸らす。
先日からこんな感じで訓練をしているのだが、どんどんエスカレートしている。
「そ、そんなことはありません。 ねえ、リムリーシェ?」
「う、うん。」
ミカは、はぁ~……と大きく溜息をつく。
「二人とも、そんな調子で他の子とやったら相手に怪我させちゃうよ?」
「そんなことしませんわ! 他の子にはちゃんと寸止めでやりますもの!」
おい。
自白ったな?
「ク、クレイリア、それは……。」
「あっ……!」
リムリーシェがクレイリアの失言に気づき、注意する。
ちなみに、クレイリアはレーヴタイン組の皆にも『様付け』を禁止している。
皆、最初は顔を真っ青にしてたよ。当然だけど。
ミカが何も言わずにじぃーと見ていると、クレイリアが頭を下げる。
「その……ごめんなさい、ミカ。」
「ごめんなさい、ミカ君。」
リムリーシェも頭を下げ、二人揃ってしゅんとなる。
「ミカがあんまりにも綺麗に躱すものですから、つい……。」
「私の剣なんかじゃ、ミカ君には当たらないって思って……。」
犯行動機は分かった。
とりあえず、何かの仕返しとかじゃなくて良かった。
「僕だって常に万全って訳じゃないし、躱せないこともあるよ? 防具もしてないこんな訓練で、本気になって打ち込むのはだめです。」
「「はい……。」」
ミカの注意に、二人は素直に返事をする。
「いや、そのまま続けろ。」
そこに、短剣担当の教師、”体育会系”ことケフコフが入ってくる。
各武器に数人の教師が担当としてつくのだが、ケフコフは短剣担当の中で一番の使い手らしい。
所謂、部門長といった感じのようだ。
「ミカは一人で八人を伸した実績がある。 今も見たところまだまだ余裕がありそうだし。 本気でやれ。 俺が許す。」
「ちょ!? 何言ってんすか!」
防具なしの訓練で正気か!?
ていうか、殺す気か!
「ああ、あとお前はラストの一分まで手を出すの禁止な。」
「はぁ~~~っ!?」
「反撃してもいいが、『やられた』判定はしなくていい。 そっちの二人は、時間いっぱいまでフルで攻撃しまくれ。」
「「え?」」
ケフコフに無敵モードを授かり、リムリーシェとクレイリアがきょとんとする。
「ちょっと、今の段階の訓練じゃ、正直ミカの訓練にならん。 何とか本気を出させろ。 ……ああ、二人は『やられた』の判定はしなくていいが、ちゃんと反撃は躱すんだぞ。 どうしても敵わなければ、また教師に相談しろ。」
そう言って、ケフコフは他の子供たちの指導に行ってしまう。
「…………嘘だろ……。」
茫然。
死の宣告をされた気分だった。
「えーと……、ミカ君。 ……どうするの?」
先程までミカの言っていたことと真逆の指示が出され、リムリーシェが困惑する。
「せ、先生の指導です。 従うしかありません。 そうですね、ミカ?」
真面目だからなのか、他に理由があるのか分からないが、クレイリアはやる気のようだ。
「リムリーシェも聞いたでしょう? 今のままでは、ミカの訓練にならないそうです。」
クレイリアが、リムリーシェを誑かそうとしている!
「いやいやいや、そんなことな――――!」
「これはミカのためなのです! いいですね、リムリーシェ!」
「う、うん!」
リムリーシェがまんまと口車に乗ってしまった!
君のそんな素直な所は割と好きだけど、今はそれが恐ろしいよ!
それから、十分間をフルに動き回る訓練を強いられた。
何回も、何回も。延々と。
「ハアッ! ハアッ! ハア……ッ!」
そうして、久々に運動の時間の後に、ミカは大の字になってぶっ倒れた。
(……死ぬ! こんなの続けてたら、まじ死ぬ!)
クレイリアはさすがに座り込むだけだったが、リムリーシェもミカと同じように地面に寝っ転がっている。
「ハァ……ハァ……これでも、勝てないなんて……。」
「……ミカ君……、やっぱり、強過ぎ……ハァ……ハァ……。」
そんな三人を見て、ケフコフは「うむ。」と一人頷いていたのだった。




