第89話 呪いの家3
エントランスを制圧したミカは、一階の探索に乗り出した。
ケーリャとトリュスは、基本的には手を出さない、と約束してついて来ることになった。
さすがにどこから”幽霊”が襲ってくるか分からない。
一切手を出すな、では二人は自分の身を守ることもできない。
しかし、ケーリャは「”幽霊”は殴れないから嫌いだ」とぼやいていたが、攻撃手段はあるのだろうか。
「トリュスさんは【神の奇跡】がありますけど、ケーリャは”幽霊”を倒す方法があるんですか?」
「ない。」
ミカの質問に、胸を張って言い切るケーリャ。
それはそんな堂々と言うことじゃないよ?
「図体ばっかでかくて、正直邪魔でしかないわ。 お外で遊んでなさい。」
「……あぁんっ!?」
「喧嘩するなら、外でお願いしますねー。」
すぐ険悪になる二人を連れ、一階を見て回るのは疲れる。…………精神的に。
ミカは時々出くわす”幽霊”を倒しながら、屋敷内の探索を進めた。
屋敷内は床に置物が落ちていたりするが、壁に穴が空いていたりはしない。
少々埃が溜まっているが、それほど荒らされている感じではなかった。
壁には明るい雰囲気の風景画などが掛けられ、調度品なども中々センスがいい。
住んでいた家族はそれなりに裕福で、中々趣味のいい人たちだったのだろう。
ダイニングルームに入り、ミカが中にいた三体ほどの”幽霊”を倒すと、ケーリャとトリュスも後に続く。
「私は”幽霊”を相手にするのに【神の奇跡】は必要ないぞ。 これがあるからな。」
そう言ってトリュスが腰に佩いた長剣を、ぽんと叩く。
「剣で斬れるんですか? ”幽霊”を?」
「ああ。 そういう効果を【付与】させている。 ”不浄なる者”にはよく効くぞ。」
トリュスは鞘から長剣の剣身を少し引き出し、ミカに見せる。
剣身は白っぽく、光沢は青い。そして、何か文字が刻まれていた。
思わず溜息が出るほどに美しい剣だった。
「ちょっと気になってたんですけど、トリュスさんの鎧ってもしかして”銀系希少金属”ですか? その剣も?」
「その通りだ。 よく知っているな。 ……とはいえ、混ぜ物は結構入っているがな。 純”銀系希少金属”製の装備など、伝説や神話の中だけの代物だ。」
やはりトリュスの装備は”銀系希少金属”製のようだ。
しかも、【付与】でアンデッド系に対して効くようにしているらしい。
それ、めっちゃ欲しいんですけど。
ミカが「いいなぁー。」とトリュスの鎧や剣を見ていると、ケーリャが横に来る。
胸を逸らし、ドンッ!と効果音がしそうなほどにその真っ赤なビキニアーマーを見せつける。
「”金系希少金属”だ。」
「へ?」
ミカは目をしばたたかせる。
もしかして、その赤いビキニアーマーって”金系希少金属”製なの?
ミカが目を丸くしてビキニアーマーを凝視していると、背負っていた戦斧を手に取る。
「”銅系希少金属”。」
「うそ!?」
希少金属のオンパレードじゃないか!?
ミカは探索そっちのけで戦斧を貸してもらった。
(いつも戦斧を背負ってたのは知ってるけど、ちゃんと見たことはなかったな。 確かに黒っぽい。)
【身体強化】で四倍にしているミカですら、重く感じるほどの重量。
こんなの使ってどうやって戦うのだろうか?
膂力が半端ないな、ケーリャ。
(……しっかし、希少金属製の装備がこんなに出回ってるってどうなんだ? 大して貴重じゃないのか? それとも、この二人がすごいのか?)
いまいち判断がつかない。
相当に腕が立つようなことを、チレンスタは言っていた。
この二人が稼ぎまくっているのか、希少金属の価値がそれほど高くないのか。
ミカは戦斧を肩に担ぐ。
ビキニアーマーはよく見ると、確かに本来光沢が浮くはずの場所が黒くなっている。
ケーリャに窓際に立ってもらい、窓にかけられた板から漏れ入ってくる光の反射の仕方を確かめる。
(ほぇ~……。 確かに光沢が黒い。 なんか不思議な感じがする。)
ミカが「へぇー、ほほぉー。」と、いろんな角度から目の前にあるビキニアーマーのパンツ部分を観察していると、トリュスが軽く咳払いをする。
「のんびりしていていいのか? まだ一階の探索すら終わっていないぞ。」
「いけね、そうだった。」
ミカはケーリャにお礼を言って戦斧を返すと、ダイニングからキッチンへと移動する。
(触らないと呪われているかどうか分からないから、結構手間だなあ。 今のところ、それっぽいのも見当たらないし。)
とりあえず、目についた物を片っ端から指でつんつん突いているが、呪いの原因らしき物は見つからない。
そうして一階の探索も終わり、地下に行ってみる。
だが、地下は物置や倉庫に使われているだけのようで、こちらも空振りだった。
棚に仕舞われた沢山の物に触れるが原因らしき物はない。
遭遇した数体の”幽霊”を倒し、倉庫を出る。
どうやら”幽霊”には自分の領域のような概念があるのか、そこに踏み込まなければ目の前にいても「ぼぉ~……」とつっ立っていることが多い。
だが、少しでもその領域を侵せば敵意剥き出しで襲い掛かって来る。
エントランスに足を踏み入れた途端に襲い掛かって来たのは、どうやらそういうことのようだ。
ただし例外もあり、それが壁を抜けてきた”幽霊”だ。
屋敷内を徘徊している”幽霊”もいて、そいつらは視認されなければ襲って来ない。
”幽霊”にも個性があるということだろうか?
「キミは【鑑定】の【技能】も持っているのか?」
地下から一階に戻る階段を上がっていると、トリュスが聞いてきた。
ミカが片っ端からいろんな物に触っているので、そういう【技能】を持っていると思ったようだ。
「【技能】はありません。 でも、呪われている物は触れば分かります。」
「そうなのか?」
トリュスは不思議そうに首を傾げるが、それ以上は何も言って来なかった。
一階、地下と探し、残りは二階だけになった。
エントランスに戻って階段を上がる。
二階に上がると左右に通路が伸びているが、それはすぐに分かった。
「……あそこか。」
見た瞬間、ミカはげんなりしてしまう。
天井から漏れ出る、それ。
右側の通路に入ってすぐの天井に何かがある。
黒い靄と言うか、渦と言うか、得体の知れない”何か”があるのは間違いない。
(こんなん、呪いの原因に決まってんだろ! 何で今まで特定できなかったんだよ!)
見るとケーリャもトリュスもそこを見上げている。
ミカだけが見えている訳ではない。
誰でも見えるようだ。
「何でこれで、今まで原因が特定できなかったんですかね?」
「おそらくだが……、ここまでひどくなったのは最近なのではないか? さすがにこれを見逃すなどあり得ないだろう…………しかし。」
ミカが二人に聞くと、トリュスが苦々し気に答える。
「……やはり、ここまでにしておくべきだろう。 あれは手を出していいレベルを超えている。 ……あんな禍々しいものは見たことがない!」
”不浄なる者”との戦闘経験がそれなりにあると言っていたトリュスでさえ、ここまでのものは見たことがないらしい。
正直、ミカもいくつも呪いを解いてきたが、ここまでひどいのはお目にかかったことがない。
というか、ここまでひどいと鑑定屋に持ち込むことすらできないだろう。
視認できるような呪いがあるなんて……、と驚きが隠せない。
ケーリャを見ると、ケーリャもそれを見上げたまま冷や汗を掻いていた。
ミカは少し考え、二人に声をかける。
「二人は外に出ていてください。 ちょっとこれは、僕にも何が起こるか予想がつかないので。」
「ばっ!?」
そう言うと、トリュスが激高したように声を荒げる。
「馬鹿なことを言うな! あんなものに手を出すなど自殺行為だ! 君は何を考えている!?」
トリュスの説得に、ケーリャも真剣な面持ちで頷く。
「ダメそうなら諦めます。 ですが、試しもしないで『退く』という選択肢はないです。 ただ、手を出せば周囲にどういう影響があるか分からないので、二人は外に…………できれば敷地の外まで避難していてください。」
ミカが強い意志を感じさせる目で言うと、トリュスがぐっと息を詰まらせる。
そうして、何かを堪えるように拳を震わせる。
ケーリャは険しい表情でミカを見るが、何かを言ったりはしなかった。
ミカとトリュスがしばらく睨み合うが、そのうちトリュスが「はぁー……。」と溜息をつく。
「君はつくづく…………私の言うことを聞かんな。」
そう言ってトリュスが長剣を抜く。
その美しい剣身は、淡く発光しているようだった。
「ならば好きにするがいい。 私も好きにさせてもらう。」
トリュスは抜き身の剣を持ったまま、その場を動く気がないらしい。
ケーリャもどっしりと腕を組み、その場を動かない。
ケーリャは”幽霊”と戦う術がないというのに、どうするつもりなのか。
ミカはがっくりと肩を落とし、溜息をつく。
「馬鹿じゃないですか? こんなロクでもないことに付き合って。 正気とは思えない。」
「馬鹿に馬鹿と言われても何とも思わんな。 『ああ、また馬鹿なこと言ってる』以外に感想はないぞ。」
トリュスが真顔で言い返し、ケーリャがうんうんと頷く。
(……案外、気が合ってるじゃないか。)
ミカはじとっとした目を二人に向けるが、まったく意に介さない。
面倒見の良すぎる二人に、これ以上の説得は無意味だろう。
(二人を巻き込まないためには退くしかないのか? でも、絶対に受注の取り消しをするまで確認してくるだろうなあ。)
ミカとしては、目の前の呪いの攻略を後日に回してもいいが、さすがに受注の取り消しまでするつもりはない。
そして、ミカが受注を取り消さなければ、ケーリャはともかくトリュスは納得しないだろう。
(ギルドの規約を丸暗記してる人だぞ? 正規の手段で何か手を打ってくる可能性もなくはない。 どんな方法かは想像もつかないが。)
ミカはケーリャを見て、窓を指さす。
「ケーリャ、そこ開けて。」
「んん……?」
ケーリャは怪訝そうな顔をするが、かけられていた板を外して窓を開ける。
こっちは玄関の反対側。窓を開ければ外の光は入るが、日光は入って来ない。
窓の下の地面は土で、雑草も生えている。
飛び降りても、運が悪ければ怪我はするかもしれないが、命を落とすまでではないだろう。
「いざという時はそこから飛び降りてください。 僕もそうします。 下は湿った土の上に雑草が生えていますので、余程変な落ち方をしない限り死ぬことはないでしょう。」
ミカは窓を開けた意図を二人に説明する。
「”幽霊”たちが外まで来てしまった場合は…………ご愁傷様ですが。」
そう言って肩を竦めて苦笑する。
こればっかりはどうしようもない。
普通は外に出て来ないが、普通じゃない状況になる可能性もある。
ミカの説明に二人も苦笑する。
「分かった。 後は君の思うようにやってみなさい。」
トリュスの言葉に頷き、ミカは天井から漏れる”何か”に意識を向ける。
周囲をよく観察すると、天井に点検口のような四角い穴を見つける。
ただし、上に板を置いて塞がれているようだった。
「屋根裏部屋? どうやって入るんだ……?」
梯子も階段もない。
折り畳み式の梯子が降りてくる仕掛けの物などもよくあるが、塞いでいる板はただの板にしか見えない。
どうしたものかと見上げていると、ケーリャがミカを持ち上げる。
そうしてミカを、自分の頭を跨ぐように肩の上に立たせる。
「ありがと、ケーリャ。」
「ああ。 気をつけるんだよ、坊や。」
ミカは穴を塞いでいる板をそっと持ち上げた。
その瞬間。
「「「ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”アァァァアアアァァッッッ!」」」
「「「オ”オ”オ”オ”オ”ォォォオオオォォオオオッッッ!!!」」」
何十何百の呻き声。
屋根裏部屋から、屋敷全体を震わせるような大量の呻き声が降って来た。
「ケーリャ!」
ミカが声をかけるよりも早く、ケーリャはミカを肩に乗せたまま階段付近まで後退する。
屋根裏部屋を塞いでいた板が廊下に落ち、そこから何十体もの”幽霊”が降って来る。
天井を見ると、数は少ないが天井を突き抜けてくる”幽霊”もいる。
「チィ!」
トリュスが舌打ちをしながら、天井から降ってくる”幽霊”を斬り刻む。
瞬く間に数体の”幽霊”が魔石に変わる。
ミカはあえて”幽霊”に突っ込んで行き、狭い廊下を利用して床を蹴り、壁を蹴り、更には"低重力"さえ使って、天井も利用する。
狭い空間を縦横無尽に飛び跳ね回り、”幽霊”たちを削り、抉り、弱点の魔石を奪い取る。
そうして、数える気にもならない無数の”幽霊”から、瞬く間に魔石を奪い尽くす。
「ふぃーー……、びっくりした。 結構焦ったね。 ちょっとだけ『ひゅん』となった。」
どこが、とは言わないが。
とりあえず、見える範囲の”幽霊”を狩り尽くし、一息つく。
魔力範囲を纏った状態なので、少なくとも”幽霊”が相手ならやられることはない。
ミカの魔力範囲以上の魔力の塊の”幽霊”がいたら少々困ったことになるが、そうでなければ無傷なのは確定だ。
ミカはケーリャとトリュスの所に戻ると、二人に【癒し】を使う。
二人は何度か”生気奪取”を喰らってしまったようで、少々お疲れ気味だ。
「すまない。」
「ありがとう、坊や。」
二人はミカにお礼を言うが、ミカの無茶に付き合ってこんな目に遭ったのだ。
本来ならお礼を言われるようなことではないだろう。
「しかし、君の動きはすごいな。 あんなのは見たことがない。 これだけの”幽霊”に襲われたら、余程腕のいいパーティでもない限りは逃げの一手だろう。 私でも普段だったらそうする。」
トリュスの言葉にケーリャが頷く。
"低重力"まで使った三次元機動はやり過ぎだったか。
とりあえず、あはは……と笑って誤魔化しておく。
「それでは、僕はちょっと屋根裏部屋を見てきますね。 あれはまだそのままなので。」
ミカはそう言って天井を指さす。
そこには、黒い靄のようなものが、変わらず渦巻いていた。
「……やめろと言っても聞かんのだろう? 好きにするがいいさ。」
トリュスが諦めたような顔をする。
「だが、一流の冒険者は引き際も弁えているものだ。 それが分からない者は絶対に一流にはなれない。 ……その前に命を落とすからな。」
真剣なトリュスの言葉が、胸に刺さる。
ミカはどうも、この『引き際』というのが苦手だ。
どちらかというと、
「行くとこまで行ってやれ。」
「後は野となれ山となれ。」
みたいな考えに行き着いてしまう。
自覚はしてるが自重はしない、もっとも性質の悪いタイプと言っていいだろう。
(昔はこんなじゃなかったんだけどなあ。)
とも思うが、これが今の俺だ、と半ば開き直った感じになっている。
だが……。
(今日はこの二人に付き合わせちゃってるからな。 いつもみたいな感じは良くないな。)
とりあえず、確認して無理そうなら諦めよう。
そう心に決め、点検口みたいな穴の真下に来る。
そうして、"低重力"で体重を軽くしたままジャンプして、縁に手をかけて屋根裏部屋に上がった。
だが、中は真っ暗で何も見えない。
”火球”で光源を確保する。
そこは、誰かが生活してたらしき痕跡のある、天井の低い部屋だった。
大変残念ながら、その低い天井の部屋ですら普通に立てますが何か?
ミカは気を取り直して周囲を確認する。
板を置き、その上に草を敷いたベッド。机代わりの木箱。女性の物と思われる継ぎ接ぎだらけの衣服。
そして、女性の使用人が着る粗末なメイド服が置いてあった。
(使用人の部屋……?)
この屋敷に仕えていた使用人にあてがわれた部屋だろうか。
黒い靄は、継ぎ接ぎだらけの衣服の置かれた辺り。
ミカは警戒しながら近づき、慎重に衣服をどかしていく。
(……これは……木箱?)
服の下にあったのは小さな木箱。
菓子折りに使われるくらいのサイズだ。
ミカは魔力を左手に集中し、そっと木箱に触れる。
ドクンッ!
と、一瞬強い波動を感じるが、更に魔力を集中することで何とか抑え込む。
(これだ……!)
ミカは木箱の中身が気になったが、ここではいろいろやりにくい。
”火球”も出しっ放しでは、何かに引火しかねない。
ミカは気合を入れて木箱を持つと、廊下に飛び降りた。
「よっと。」
「良かった。 大丈夫だった…………うっ!?」
「坊や……。 いくら何でも、そんな物を持って来るのは……。」
二人はミカが呪物を持って下りて来たことで、顔を引き攣らせている。
一旦木箱を床に置く。
「さて、どうしましょうかね、木箱? さすがにこれ持って街中うろうろするのは僕も避けたいんですけど。」
依頼内容は呪いの特定と排除だ。
とりあえず木箱を屋敷から排除すれば依頼達成。
依頼達成をスムーズに認めさせるには、指定の鑑定屋に木箱を持ち込むのがベストだろう。
だが、こんなの持ち込まれて、その鑑定屋大丈夫か?
”幽霊”がめっちゃ寄ってきますけど。
「私としては教会にそのまま封印してもらうことを勧めたいが…………ここまでの呪物を果たして引き取ってもらえるかどうか。 金貨を積んでも拒否される可能性が高いと思う。」
そういえば、王都には光神教の総本山があるんだった。
しかし、さすがにこのレベルの呪物は引き取ってもらえるか怪しいようだ。
(視認できるような呪いだからなあ。 持ち歩くのは避けたい。 となれば……。)
ミカは木箱の横に座り込み、解呪を試みることにした。
幸い、まだ昼にもなっていない。
急げば何とかなるかもしれない。
(呪いが排除されたことさえ認められれば、後から依頼達成として認めてくれる。 ……説明が大変だろうけど、これをそのまま持ち歩くよりはマシだ。)
ミカはトリュスを見る。
「すいません、これから”幽霊”が出たら対処をお願いします。 僕は呪物の対応に手一杯になると思うので。」
「それは構わんが、…………何をする気だ?」
ミカはそこで一瞬言い淀む。
この二人に、解呪について話していいものかどうか。
しかし、二人にはこれだけ付き合わせてしまったのだ。
あまり不義理なことはしたくない。
「解呪を試します。」
「……は?」
ぽかんとした二人を放っておいて、ミカは呪いへの干渉を始める。
(とんでもない魔力量が必要だな、これは。)
考えるまでもなく、過去最高の呪物。
必要になる魔力が、これまでの呪物とは比べ物にならない。
だが、ミカの魔力量もどんどん増えているし、呪いへの干渉も慣れたものだ。
”吸収”を全開でぶん回せば、削られた魔力もすぐに回復する。
ミカはまるでタイムアタックでもするかのように、この初挑戦のパズルに挑んだ。
ミカが座り込み、じっと動かなくなってから四時間ほどが経過した。
その間、特に”幽霊”がやって来ることもなく、ケーリャとトリュスはその場でミカを見守りながら周囲を警戒していた。
その時、それまで木箱に纏わりついていた黒い靄が突然霧散した。
「何だ……?」
「何?」
そんな様子を間近で見ていたはずの二人だが、何が起こったのかまったく理解できていなかった。
「はぁーーーーーっ、疲れたぁーーーーーーーーーーーっ!」
それまでロクに身じろぎもしなかったミカが、いきなり大の字になって寝っ転がった。
そのまま大きく息を吸い込み、もう一度「はぁーーっ。」と大きく息を吐き出す。
「何が……? え? さっきの黒い靄はどうしたんだ?」
「坊や、大丈夫かい?」
状況の理解ができない二人が心配そうに、寝っ転がったミカを覗き込む。
「とりあえず、これでもう大丈夫です。 ……これだけが原因だったら、ですけど。」
ないとは思うが、これ以外にも原因がある可能性もなくはない。
「この木箱の呪いは解きましたから。」
ミカは笑って言うが、ケーリャはぽかんとした顔をしている。
「解いた? ……呪いを?」
「はい。」
「……んん?」
それでもまだよく分からないのか、ケーリャは首を傾げている。
まあ、普通は信じられないだろう。
「…………ディス……ペル……?」
トリュスはミカを見つめたまま驚いた表情で固まり、何事かを呟くのだった。




