第85話 神童現る
水の3の月、1の週の風の日。朝。
「創造の火種たる火の大神。 すべてを包みし、その大いなる御力よ。 万物を焼き払う業火、灰燼へと還す力を、今ここに。 集、極、烈、爆。 炎。」
ズドドォーーーーーーーーーーーーンッ!
ミカの呪文の詠唱によって爆音が響き渡り、魔法演習場の建物全体が震えるような振動と、突風のような風がやってくる。
爆発地点には炎が渦巻き、天井にまで黒煙が吹き上がっていた。
ここは学院の中の魔法演習場。
体育館のように見えた建物は、実際に魔法を使って練習をするための場所だった。
決められた場所から、決められた場所に向けて【神の奇跡】を放つと、建物に仕掛けられた特殊な力により、周囲への影響を抑え込んでくれるらしい。
つまり、この建物全体が一つの大きな魔法具のような物、ということだ。
「ミカ君、すごーーい!」
「さすがです、ミカ!」
ミカが実際に【爆炎】を使うということで見学に来たリムリーシェとクレイリアが、ぱちぱちと手を叩き、きらきらとした目でミカを賞賛する。
その横にいるメサーライトやムールトは、唖然というか、呆れたような顔をしていた。
(……そうだな、お前たちの反応の方が正しいと思うぞ、俺も。)
周囲には他にも多くのギャラリーがいて、皆はメサーライトたちの反応に近い。
担任のコリーナが、ミカが本当に【爆炎】を習得しているか確認するために、演習場の使用申請を急遽行った。
演習場を授業で使うのはスケジュールが結構埋まっているらしく、少々無理をしてねじ込んだらしい。
周りのギャラリーは、「今年入ったばかりの新入生が、どうも【爆炎】をすぐに習得したようだぞ」と聞きつけ、「おいおい、そんな訳ないだろ」と冷やかしに来たのだ。
中等部や高等部の、元々魔法演習場を使っていた学院生や、演習場で指導を行う教師たちが面白がって「今年の新一年生の使えるようになった【爆炎】を見てやろうじゃないか」と集まった訳だ。
おかげで百人を超えるギャラリーの前で、初お披露目を行うことになった。
(暇人ばっかか? 自分の練習があるだろうに。 こっち来んな。)
と思いつつ、勿論そんなことを言える訳がないので、そのまま【爆炎】を使うことになった。
ミカはにっこりと愛想笑いを振りまいて、担任のコリーナの所に行く。
「こんな感じですが、如何でしょうか?」
「……そ、そうね。 大変素晴らしいと思うわ。」
呆気に取られていたコリーナが、ミカに話しかけられて我に返る。
「次からは、もう少し威力を抑えることを心がけましょう。 どのくらいの魔力で、どのくらいの威力になるかはこれで分かったでしょう?」
「はい。」
無理っす。
(全賭けしかできないんで。)
などとは勿論言えないので、「分かりました。」と素直に応じておく。
(心がけはしよう。 …………できるとは思えんがな。)
内心で開き直りつつ、リムリーシェたちの所に行く。
周囲のギャラリーがざわついているが、放っておくしかない。
「お帰り、ミカ君。 すごかったよ!」
「お疲れ様です、ミカ。 本当に【爆炎】も習得してしまったのですね。」
羨望の眼差しでミカを見るリムリーシェとクレイリア。
何だろうな、この二人の全肯定感。
普通引くだろ、こんなの。
ミカは周囲の様子を見る。
ミカたちを囲んだギャラリーの騒めきは、まだまだ収まりそうになかった。
■■■■■■
【爆炎】の習得を指示された日、ミカたち【爆炎】習得組は、【癒し】習得組とは別の部屋に連れて来られた。
その場で少々武骨な腕輪を渡され、身につけさせる。
黒っぽいその腕輪には装飾などは何もなく、幅十五センチ、厚さ一センチくらいの結構重量のある腕輪だった。
手首の辺りにつける物らしく、ほとんどリストウェイトのような感じだ。
この腕輪は”判定の腕輪”というらしい。
”判定の腕輪”には【神の奇跡】の発現を阻害する機能が備わっていて、【神の奇跡】が発現しようとするとそれを阻害し、その分の魔力が腕輪に貯えられる。
その際に、腕輪が光って発現に成功したかどうかを教えてくれるのだという。
【身体強化】や【癒し】なら暴発したところで周囲に影響はないが、【爆炎】ではそうもいかない。
そのために、こうした魔法具を使って、発現したかしないかを確認しながら練習するらしい。
「この”判定の腕輪”は【神の奇跡】の練習でよく使われている腕輪です。 これを身につけている時以外は、【爆炎】の呪文を口に出すことを禁じます。」
コリーナが鋭い目つきで子供たちを見渡す。
「状況にもよりますが、仮に寮での食事中にこの【爆炎】が発現すれば、少なくとも数十名は死傷するでしょう。 百人を超えても不思議はないですね。」
コリーナが何気ないことのように言う。
それを聞いた子供たちが、ごくりと喉を鳴らした。
「そんなことをした学院生がどうなるか。 一から説明しなくても、皆さんならもうお分かりですよね?」
そう、いっそ優しいくらいの口調でコリーナが言う。
ここにいる子供たちは全員が地方の学院出身だ。
噂でも何でも、問題を起こした学院生の行く末は耳にしたことがあるだろう。
「希望する子には、この”判定の腕輪”を在学中ずっと貸与することも可能です。 ……そんな自制心のない子が、このクラスにいないことを願いますが。」
この腕輪さえしていれば、万が一の暴発は防げる。
だが、腕輪をしていない時は呪文を口にするなと言っているのだから、それに従ってさえいれば腕輪など不要。
そんなことも守れない子供は、「まさかここにはいませんよね?」とコリーナは言っているのだ。
もしかしなくても、これは脅し以外の何物でもないだろう。
希望すれば貸すと言いながら、実際は貸す気などなさそうだ。
(学院を出たら、こんな腕輪なんか無しでいるのが普通だしな。 腕輪に頼らなくてはならないような間抜けはいらないとか、本当に思っていそうで怖い。 ……皆、まだ子供なのに。)
ミカはちらりと右隣を見る。
リムリーシェは腕輪の着け心地が気になるのか、頻りに腕輪に触り、手首を動かしている。
今度は左隣を見る。
クレイリアはコリーナの話を真剣に聞き、時折うんうんと頷いている。
他の子供たちは少々怯えているようだが、それでも覚悟が決まったのか、真剣に話を聞いている。
どうやら、学院の方針にぶーたれているのはミカだけのようだ。
(子供のうちに教育する理由は、こういうところにもありそうだな。)
そういうものだ、と叩き込めば、そういうものか、と簡単に受け入れるのだろう。
大人になって価値観が固まってしまってからでは、中々こうはいかない。
性根を叩き直すのは、本当に多大な労力と時間を要するのだ。
今のミカのように。
そうして全員に腕輪をつけさせ、呪文の音読が始まった。
ミカは現在、”制限”中である。
【身体強化】の時のようにいきなり発現してはまずいと思い、念を入れて”制限”状態であることを確認した。
(しっかし、変な呪文だよな。 最後の『集、極、烈、爆。 炎。』って何だ? 乱数調整か?)
乱数調整は冗談だが、この部分は何らかの調整のために配置されているのではないか、と感じる。
ミカは、呪文そのものに、効果に関わる何かが組み込まれていると考えている。
文章部分だけでは思ったような結果が得られなかったために、辻褄合わせで後からくっつけたのではないだろうか。
(後からつけるとか、そんなことができるのか? それって、今使ってる【身体強化】も改変が可能ってこと……?)
何だか、いろいろ調べてみたい気もするが、ちょっと興味のあることが増えすぎだ。
【神の奇跡】の仕組みの解明には、呪文の仕組みと解析が不可欠。
だけど、とてもそこまでは手が出せない。
こんな呪文の仕組みよりも、ミカの優先すべきは錬金術。
同じ情熱を注ぐなら、錬金術で一攫千金を目指したい。
そんなことを考えながら呪文の音読をしていると、ずしりとした腕輪の重さに意識が向く。
(……この”判定の腕輪”。 阻害するのは【神の奇跡】だけなのか?)
ミカの使う他の魔法も阻害されるのか、非常に気になる。
(呪文を声に出してるだけで、自分の中の魔力が動こうとしてるのが分かる……。 今”制限解除”にして詠唱したら、間違いなく腕輪が反応するな。)
しかし、すっごく気になる。
ということで、ちょこっと試してみることにした。
(お前、そういうとこやぞ!)
と自分にツッコミを入れつつ、それでもやることはやってしまう。
(もしも【爆炎】とやらが発現したら大惨事だろうが、腕輪をしてれば大丈夫なんだろ? なら、あとは腕輪が光るのだけ誤魔化せばいいだろう。)
”制限解除”中に呪文を読み上げなければいいだけだ。
ちょこっと解除して、軽く”突風”を使って確認すればいい。
もしも腕輪が反応しても、腕輪をつけた右腕を懐に入れてローブで隠していれば周りにはバレない。
「”制限解除”。」
皆が呪文を読み上げるのに合わせ、小声で準備する。
「”突風”。」
懐に入れた右手から風が出ているのを感じる。
どうやらこの腕輪で阻害するのは【神の奇跡】だけのようだ。
ミカは懐を覗き見て、腕輪を確認する。
(光ってないな。 本当に【神の奇跡】だけを阻害するのか……?)
それはそれで不思議な効果だ。
ただ集まった魔力を吸い取るのではなく、きちんと【神の奇跡】で捧げる分というのを判別した上で吸い取るらしい。
一体、どうやればそんなことができるのだろうか。
仕組みの見当がさっぱりつかない。
(本当に判別してるんだよな?)
ミカの魔法では反応しなかった。
では、本当に【神の奇跡】で反応するのか。
(試してみるか。)
”吸収”も使い、これで準備はオーケー。
ミカは右手を懐に入れたまま、黒板に書かれた呪文を皆と合わせて読み始める。
「創造の火種たる火の大神。 ――――。」
【身体強化】の時と同じように、すぐに魔力が引っ張られる。
(やっぱり、こういう仕組みなんだろうな。 どうやっているのかは分からないけど。)
そして、最後まで読み終わると同時に魔力を根こそぎ奪われる。
即座に”吸収”が魔力をかき集め、気絶する限界ライン以上まで魔力を回復する。
一瞬の気持ち悪さに身体が強張るが、大きく深呼吸して気持ちを落ち着かせる。
(何度やっても、この瞬間だけはどうも慣れないな……。)
そんなことを思いながら懐を覗き見ると、確かに腕輪が光っていた。
ちょっと予想以上の光り方だが、黒いローブのおかげで周りに光が漏れることはない。
(【神の奇跡】を使うと魔力を全賭けしてしまうのも同じか。 そういうものとしてやっていくしかないな。)
ミカが懐の腕輪を見ながらそんなことを思っていると、
「あ……。」
という声が聞こえた。
声の方を見ると、リムリーシェがミカが右腕を入れている辺りを見て、驚いた顔をしている。
(やべ。 光が漏れてたか。)
どうやら、ローブの隙間から光が漏れてしまったらしい。
リムリーシェに小さく首を振り「それ以上言うな。 黙っててくれ。」と目で訴える。
「ミカ! 何ですか、それは!?」
反対側から、クレイリアが驚きの声を上げた。
リムリーシェに気づかれたことに焦り、隠し方が甘くなってしまったようだ。
リムリーシェの声に気づいたクレイリアに、腕輪が光っているところを見られてしまった。
「あれ、光ってる?」
「光ってるよね。」
「え、嘘。 本当に?」
「すっげー、本当に光ってるぞ。」
クレイリアの声に気づいた子供たちが振り向き、腕輪が光っているところをばっちり見られてしまった。
(…………こ、こいつ。 あとでぜってー頬っぺた引っ張ってやる。)
クレイリアが声を上げなければ、と心の中でお仕置きを誓うが、これは完全にミカの自業自得だろう。
ミカが好奇心に負けず、余計なことをしなければこんなことにはならなかったのだから。
【神の奇跡】が発現したら腕輪が光るとは言っていたが、ミカは一瞬だけだと思い込んでいた。
だが、実際には吸い取った魔力量に応じて光っている時間は延び、また光る強さも変わる。
ミカのほぼすべての魔力を吸い取った腕輪はしばらく光ったままだった。
そして、当然それはコリーナにも見られた。
こうして、ミカが【爆炎】を習得したらしいということは完全にバレてしまった。
腕輪が本当に光るか【身体強化】で試した、と誤魔化すこともできたが面倒なのでやめた。
誤魔化したところで、それでメリットがある訳でもない。
ならばさっさと習得してしまった方が、メリットを得られるかもしれない。
だが、実際にどんな【神の奇跡】なのか使ってみないことには実感も湧かない。
ということで、腕輪が反応するようになったら、普通はそれからどうするのかを聞いてみた。
するとコリーナが、魔法演習場という施設が学院にはあることを教えてくれた。
予約でスケジュールが埋まっているが、何とか上級生のクラスと交渉して、一回だけでもミカに使わせてもらえるようにすると、コリーナは興奮したように言っていた。
まあ、ミカからするとこの結果はある程度予想していたので驚きはない。
だが、こうして指示通りに【爆炎】を習得したのだから、【癒し】も習得したい。
そうコリーナに言ったらかなり驚いていたが、特に反対することもなくミカの言う通り【癒し】の習得も許可してくれた。
そして【癒し】についても、呪文を詠唱すればすぐに発現したのは、もはや言うまでもあるまい。
習得難度?
そんなものはなかった。
呪文を口にすれば勝手に発現するのだから、難度もへったくれもない。
しかし、ミカのそんな思いとは裏腹に、この「事件」は学院中に轟くことになる。
教わったその日のうちに二つの【神の奇跡】を習得したなど前代未聞。
数日後に何とか魔法演習場の使用許可を取り、実際に使わせたら初めてとは思えないほどに威力も十分。
天才だ神童だと、何やら周囲が騒がしくなった。
(十で神童、十五で才子、二十過ぎれば只の人……。)
そんな言葉が頭をよぎるミカなのだった。
■■■■■■
朝一に魔法演習場で【爆炎】を使い、その後はいつも通りに魔力操作の訓練。
魔力操作の訓練は元々結構頑張っているが、そんなに根を詰めてやるようなものでもない。
なので、ほとんど【爆炎】習得組の発現の練習と、魔力操作の訓練を眺めていただけ。
そうして午前の訓練も終わり、昼食を食べに来たのだが……。
「落ち着いてメシも食えねー……。」
ミカがスプーンを咥えたまま呟く。
「……皆、見てる……。」
「そりゃ見るわよ。 これだけ噂になってれば。」
チャールとツェシーリアが、ちらちらと周囲を見て呟く。
「……ミカ君、元々有名人……。」
「え、なんで?」
チャールの呟きに、思わず聞き返す。
「何でじゃないわよ! あんた自分が初日に何やったか忘れたの!?」
「あ、ああー……。」
馬鹿どもをぶっ飛ばしたことだろう。
「……あれで、ファンになった人が……。」
「なんだそりゃ!? 意味分かんねーよ!?」
何でもミカのこの可愛らしい女の子のような容姿と、容姿からは想像もつかない凶暴性が、一部の学院生の性癖に刺さったらしい。
ミカは普段、割と大人しい。というか、普通だ。
ところが、一度牙を剥いたら手が付けられない、というギャップが堪らないとか何とか。
そういうお姉様が、女子寮にそこそこいるらしい。
「……これで、また増える……。」
チャールがそんなことを呟き、にたぁーと笑う。
(いや、普通に怖いからな。 お前も、そのお姉様たちも。)
どれだけ疲れても失われない食欲が、今はだいぶ失われていた。…………食べるけど。
「あら、才能ある者が注目を集めるのは当然ですわ。 私も友達として鼻が高いです。」
クレイリアは常に注目される対象なので、人から見られることに慣れているのだろう。
特に気にした風もなく、普通にしている。
「……俺はひっそりと生きたいのに。」
気ままにお気楽に生きたい。
そんな思いで呟いたが、レーヴタイン組の皆が呆れたような顔をしてミカを見る。
「ミカ……あんたそれ、本気で言ってんの?」
ツェシーリアが、いっそ憐れんでいるかのような目でミカを見る。
「断言できるけど、ミカにそんな生き方は絶対に無理。 ひっそり生きる人はね、目の前に壁があってもぶち壊して進んだりしないの。 あんた、迂回することなんか思いつきもしないで、目の前にある壁全部ぶち壊して進むでしょ。 絶対に。」
「う……。」
なんか、前にキフロドにも似たようなこと言われたな。
普通には生きられないとか、何とか。
ツェシーリアに目を逸らしたい真実を突きつけられ、思わず溜息をつく。
その時、隣のリムリーシェが大人しいことに気づいた。
「どうしたの、リムリーシェ?」
リムリーシェの表情は暗く、俯いている。
朝、魔法演習場ではいつも通りだった。
その後に何かあったのだろうか?
「ううん、何でもないの。」
そう言ったリムリーシェは何となく、出会ったばかりの頃のような感じがした。
自信なさげに俯く、あの頃のような。




