第83話 ケーリャとトリュス
水の2の月、3の週の火の日。
元の世界で言えば、五月の中旬くらい。
今年はちょっと暖かくなるのが遅く、最近まで少し肌寒い感じの日が多かった。
すでに王都の魔法学院が始まって一カ月半経っている訳だが、授業は基本的な魔力訓練ばかりで、ちっとも新しい【神の奇跡】を教えてもらえない。
というのも、レーヴタイン領の学院に通っていた子供たちは皆それなりに【身体強化】を使えるが、他の学院出身者はまだそこまで使えないからだ。
ミカたちのいる初等部一年の一組は、全員が【身体強化】を発現できる。
ただ、それは発現できるというだけであって、まだ使えるというレベルではない。
逆を言えば、発現できるだけで一組に所属することになり、地方の学院に通っていたがまだ発現できない子供というのがもう一クラス分いる。
どれだけレーヴタイン領の学院が異常か、これだけで分かろうと言うものだ。
(要求水準が高過ぎだろ! もう少しバランスを考えろよ、侯爵!)
ただ、これはミカが誤解をしているのだが、レーヴタイン領の学院でも毎年そこまでのレベルに達する子供ばかりではない。
秋の遠足に参加できない子供は毎年必ず数名はいるし、参加しても途中でギブアップする子供も多い。
魔力の回復薬をがぶ飲みしても、国境の防護壁まで歩き切れる子供は半分程度。
同行した騎士に馬がいたのも、いざという時の伝令のためだけではない。
そうしたギブアップした子供を乗せるためでもあるのだ。
ナポロが遠足で騎士の隊長に、
「今年は稀に見る豊作です。」
とミカたちのクラスを評していたが、あれは誇張でも何でもない。
クラスの全員が参加して、参加した全員ががぶ飲みでも何でも国境まで歩き切るなど、レーヴタイン領の学院が開院して以来初の出来事である。
そして、その初の快挙の原動力は何か?
言うまでもなく、ミカの存在が最大の原因だろう。
教師たちの設定する目標を常に高水準でクリアし、できないことも全力で挑み続けて乗り越える。
ミカのそうした姿勢が、口に出さなくても他の子供たちに伝わっていった。
できない子を笑ったりせず、リムリーシェのような極端に落ちこぼれた子の面倒もよく見ていた。
そしてついに、そのリムリーシェの才能も開花させてしまったのだ。
それまでは、「リムリーシェがいるし」と心のどこかで自分に言い訳できていたものが、できなくなってしまった。
このままでは、自分が一番下になってしまう。
そうした危機感もあり、レーヴタイン組の皆はかなり必死になって、前を行くミカやリムリーシェに食らいついていた。
何のことはない。
レーヴタイン領の学院で、置いて行かれる子が出ないように振る舞っていたミカが、勝手に水準を上げていただけなのだ。
個人個人で能力の差があるのは当たり前、できる子とできない子の区別を肯定する学院。
自分の価値観や倫理観により、できれば子供のそんな区別を肯定したくないミカ。
それが全員を「できる子」側に引き上げるという、快挙とも暴挙とも言えるような結果に繋がった。
…………ミカは気づいていないが、レーヴタイン組の子供たちは、それはもう本当に、必死になって頑張ったのだ。
「中々効果が上がりません……。 私には才能がないのでしょうか。」
昼食を食べ終わり、クレイリアが落ち込んだ様子で呟く。
クレイリアは貴族用ではなく、一般用の食堂で昼食を摂るようになっていた。
レーヴタイン組の皆のように猛烈な食べ方はできないが、自分のペースで食べている。
「先生は、『これで上位の成績は間違いありません』とおっしゃってくださったのですけど……。」
クレイリアはレーヴタイン領の学院に通わず、屋敷に【神の奇跡】の教師を招いて教えてもらっていた。
そして、【神の奇跡】を発現し、そこそこ使いこなしている。
だが、それはミカから見ればそこそこだが、普通なら相当なレベルと見られる水準だ。
「まさか、サーベンジールの学院がこれほど高いレベルの教育をしていたなんて……。 先生もお父様も嘘つきです。」
レーヴタイン侯爵は「学院に通うよりも高い教育ができる。」と、クレイリアが学院への通学を希望した時に言っていたらしい。
そして、意気揚々とやって来た王都の学院で、クレイリアは愕然としたという。
今のクレイリアの【身体強化】は、二倍近い出力を二時間維持できる。
これは現在のポルナードと同等くらい。
そしてポルナードは、レーヴタイン組の中では残念ながら最下位だ。
「実際、上位の成績なのは間違いじゃないよ? クラスの中でも上位の十名には間違いなく入っているんだから。 そんなに落ち込むようなことじゃないって。」
そうミカは慰めるが、クレイリアは納得いかないようだ。
「ミカには敵わないだろうと思ってはいたのです。 ですが、他の皆までこれほどまでに使いこなしているなんて……。」
「そうは言っても、僕たちは遠足があったからなあ。」
「まあ、そうね。」
ミカがしみじみ言うと、向かいのツェシーリアもがっくりと肩を落とす。
あの時の苦労を思い出しているのだろう。
ポルナードも思い出しているのか、何やら遠い目をしている。
「お父様が驚いていましたわ。 今年は全員が参加して、脱落者も出なかったって。」
「驚く? 何で?」
「毎年、参加できない子が何人かは出るそうです。」
そう言えば、ナポロもそんなこと言っていた気がする。
遠足の後は、参加できない子は仲間外れになる、と。
「それだけでもすごいのに、誰も脱落しなかったと感心していましたわ。」
「脱落しなかったって言っても、あんな所で脱落したらその後どうなるのさ。 進むも戻るもできないで、置いて行かれる方が困るでしょ。」
「そのために騎士を同行させていたと聞いておりますけど? 途中で動けなくなったら、馬に乗せてくれるのでしょう?」
なんですと!?
ミカが驚いて固まっていると、皆も同じように固まっていた。
リムリーシェだけが「そうなんだぁ。」と納得している
「脱落しときゃ良かった……。」
「ちょっと! ミカがそんなこと言わないでよ! ミカがそんなこと言ったら、あたしたちはどうなるのよ!」
思わず零れるミカの呟きに、ツェシーリアが抗議の声を上げる。
様々なことに容赦のないあの学院が、そんな温情を用意していたとは夢にも思わなかった。
ポルナードは力なくテーブルに突っ伏して、しくしく泣いていた。
(そうだな、お前は泣いていいぞ、ポルナード。)
ぼろぼろになりながらも何とか防護壁に辿り着き、大声で泣くポルナードの姿を思い出して、ミカも目頭が熱くなる思いだった。
「ですが、遠足とはどちらに行かれたのですか? お父様や他の方にも聞いたのですが、誰も教えてくださらないのです。 私だけ仲間外れだと、いじけてしまったのを憶えていますわ。」
おいおい、侯爵よぉ。
俺達にはあんな地獄を科しておいて、自分の娘には教えもしないって、それは一体どういう了見だ?
まあ、実際には毎年不参加の子供がいるから、クレイリアだけを特別扱いしたつもりはないのだろうけど。
「別に知らなくてもいいんじゃないかなぁ。 知ってもいい事なんか別にないよ。」
「そんな! ミカまでそんなことを言うのですか!」
その後、クレイリアは周りにいるレーヴタイン組の子供たちにも「教えなさい!」と迫った。
侯爵が教えなかったことを勝手に教えていいのかどうか判断がつかず、苦しそうにするレーヴタイン組の皆を庇って、仕方なくミカは教えることにした。
そうして、五十キロメートルもの死の行軍を知り、
「……十歳にもならない子供に、何てことを……!」
自分の父の、あまりに無体な仕打ち?を知り、顔を青くするクレイリアだった。
「ミカ君、少し汚れてるよ。」
食堂から教室に戻る途中、そう言ってリムリーシェがミカの制服の腰の辺りを軽く叩く。
今日の午後は運動の時間なので、教室から運動着を取って来て、更衣室で着替えて来なくてはならない。
「ん、どこかにぶつけたかな? ありがと、リムリーシェ。」
思い当たることがない。
「しかし、やっぱり黒は汚れが目立つなあ。 もう少し目立たない色にしてくれればいいのに。」
「そう? 格好いいよ?」
確かにデザインはミカも恰好いいとは思う。
しかし、こんな格好で何日も行軍なんかしたら汚れが目立ってしょうがない。
カーキ色やオリーブ色などを組み合わせた迷彩柄でも、軍のお偉いさんに提案でもしようか?
そんな繋がりがあったら、だけど。
「…………。」
そこでふと、横を歩くクレイリアを見る。
侯爵軍のトップの娘。
ミカ自身も面識があり、コネがまったくないという訳ではない気がしないでもない。
(でもなー、今更かー。)
現在のミカたちは準軍属という軍に所属する立場だ。
ただし、サーベンジールに居た時はレーヴタイン侯爵軍所属の準軍属だったが、王都にいる現在は王国軍所属の準軍属だ。
同じ準軍属という立場だが、所属先が違う。別組織の人間だ。
今ミカが侯爵に提案して、万が一採用されても、それは侯爵軍の魔法士の制服が変わるだけ。
今のミカたちの制服が変わる訳ではない。
魔法学院の初等部に通う子供たちは、全員が王国軍の準軍属だ。
地方の学院の幼年部に通う子供たちが領主軍の準軍属になるのは、初等部に準じる扱い、という考えからのようだ。
そして、二年後に中等部に上がると軍属。
その二年後に高等部に上がると予備役となる。
予備役。
予備役動員令の発令により、正式に国から戦場へ行くことを命じられる立場。
これを拒否することは基本的にはできない。
拒否すれば即”強制収容所”だ。
言い訳はそこで聞き、正当な事由と認められれば解放されることもある。
――――という噂。
どこまで本当かは分からないが、メサーライト情報ではそういうことらしい。
つまりミカたちは、最短で四年後に戦場に送られる可能性がある。
まあ、ほぼゼロに近い可能性だろうが。
だが、ほぼゼロに近いかもしれないが、法的根拠を持った、立派にありえる可能性の一つ。
この話を王都に来てからメサーライトに聞かされた時、大きなショックを受けた。
ミカは学院修了後の軍人コース以外の抜け道を考えていたが、下手をするとそれがまったく役に立たない可能性があるのだ。
法で強制されて学院に所属しているうちに、予備役動員令で戦場に送られる。
最悪中の最悪の予想になるが、高等部に所属している二年間に戦争勃発、戦況悪化という流れになれば、問答無用で戦地に送られるかもしれないのだ。
それが嫌なら、高等部に上がる前にさっさと退学するしかない。
今のところどうすれば退学になるのかすら分からないが、”強制収容所”送り以外の退学の方法も模索しておいた方がいいかもしれない。
さすがに退学したいがために女子寮侵入というのは不名誉すぎる。
行き先が”強制収容所”では意味がないので、しっかりと、正しい退学の仕方を調べておきたい。
そんな後ろ向きなことを考えながら、ミカは雑嚢を肩にかけて、更衣室に向かうのだった。
■■■■■■
水の2の月、3の週の土の日。
土の日のお約束でリムリーシェの特訓をしていたが、リムリーシェが珍しく魔力の使い過ぎでダウンした。
魔力枯渇で気絶、というほどではないが、気分が悪くなったというので寮に帰したのだ。
(リムリーシェが魔力のほとんどを使い切るってのも、本当に珍しいな。)
どうやら最近【身体強化】で最初に捧げる分の魔力を、大幅に引き上げて練習しているらしい。
基本の出力を決める魔力なので、ここで大きく捧げておくメリットは大きい。
だが、魔力を捧げ過ぎてしまい、すぐに魔力不足になってしまった。
どうやらリムリーシェは、魔力の細かな制御が苦手なようだ。
最初に捧げ過ぎたなら、常時消費する魔力を減らしてやればいいのだが、これが上手くいかない。
そのために今日はダウンしてしまった、という訳だ。
その逆に、ミカは細かな魔力の制御は得意と言っていいだろう。
【身体強化】を発現する時、強制全賭けになってしまうミカは、常時消費する魔力をどんどん減らしていっている。
ただし、ミカの中の魔力総量も日々増えていっているので、最初に捧げる魔力量はどんどん増えているのだ。
それでも強化の割合を二~三倍に留めておけるのは、常時消費する魔力を何とか減らしていっているからだ。
もしも常時消費する魔力を減らすことができなければ、ミカの魔力総量の増加に合わせて基本出力も増加していく。
そうすると、強化の下限でさえ五倍を超えてしまうという事態さえ起きかねない。
そうなってしまえば、もはや強化に身体が耐え切れず、【身体強化】を発現させることができなくなってしまう。
せっかくの素晴らしい【神の奇跡】が、大き過ぎる出力で使えなくなる。
そうならないために、ミカは日々魔力の制御にはかなり真剣に取り組んでいる。
そんな訳で、予定の空いてしまったミカは王都の探索に来ていた。
3区はだいたい把握できたので、次は南東の大通りを挟んだ反対側、4区の探索である。
まずは4区内の比較的大きな通りをざっと流すように走り回り、大まかに見て回る。
そうしてたまたま通りかかり、それを見つけてしまった。
如何わしいネオンがチカチカする……というのは、元の世界のイメージ。
この世界には勿論ネオンなど存在しない。
しかし、ネオンなどなくても、その雰囲気だけでミカには分かる。
ミカの大人の嗅覚が「そうだ」と言っている。
そう、ここは歓楽街だ。
まだ昼間だというのにやや薄暗い通りに、酒場や宿屋が立ち並ぶ。
そして通りの端には、あられもなく肌を露出した幾人ものお姉様方。
そんなお姉様方を値踏みする、昼間っから酒を飲んで顔を赤くした男たち。
「…………。」
そんな光景を、まるで賢者にでもなったかのような面持ちで眺める一人の少年。
(いやいやいや、何見てんだ、俺!? 入れる訳ないだろ!?)
思わず立ち止まり、つい見てしまった。
だって、興味あるんだもん!
サーベンジールでは、基本的にお上品な北の区画や大通りで活動していたので、ついぞそういうお店を見つけられなかった。
まあ、見つけたからといって入れる訳ではないのだけど、興味があるのは仕方ないじゃないか。
こちとら、通算年齢で五十歳のおっさんやぞ。
ということで、早速通りを歩いてみる。
基本的には、お姉様と一緒に楽しくお酒を飲むお店がメインのようだ。
ここにある宿はおそらく連れ込み宿。
通りに立つお姉様は、飲むお店のキャッチか、立ちんぼ。所謂、娼婦のどちらかだろう。
そのうち誰かに「子供の来る所じゃない。」と摘まみ出されるかと思ったが、通りをただ歩くくらいなら誰も何も言ってこなかった。
何人かのお姉様が笑顔で手を振ってくれたので、ミカも笑顔で手を振り返す。
(いやあ、こういう雰囲気は本当に久々だな。)
ミカは元の世界で夜のお店に通っていた訳ではないが、職場や友人と飲み歩くということはそれなりにあった。
そんな時に、大きな歓楽街のお姉様がお酌をしてくれるお店に行くことも多少はあったのだ。
(どんな世界、どんな時代になっても、こういう場所の雰囲気ってのは変わらないね。 懐かしいなぁ。)
ミカが機嫌良く歩いていると、少し先で雰囲気の変わる場所があった。
そこから先には飲み屋はなく、通りの端に立つお姉様方は、先程までよりも更にあられもない恰好をしている。
おそらく特殊な宿だけが並んでいると思われる一画。
娼館街だ。
(……さすがに、ここから先はまずいか。)
ちょっと昔の懐かしい雰囲気を、というだけで入って行くのは良くないだろう。
若干の興味はありつつも、さすがに将来も含めて娼館のお世話になるつもりはない。
(中世以降の病気の罹患率を考えれば、命がけで遊ぶことになるからな。)
病気が【神の奇跡】の【癒し】で治せるのか分からないが、例え治せるにしても罹りたくはない。
雰囲気を楽しむのは歓楽街までに留め、ミカは4区の探索に戻ることにした。
そうして4区の探索を適当なところで切り上げると、ミカは冒険者ギルドに向かった。
明日のクエストを探すためだ。
依頼書の張ってある掲示板を見上げ、いつもの様に一つひとつ確認していく。
(……Dランクで魔獣討伐が二つ残ってるな。 どっちにしようか?)
例によってどんな魔獣か分からないが、受注できるランクのクエストなら情報担当の職員から、もう少し詳しい話が聞けるだろう。
報酬や達成の条件をよく確認し、職員に話を聞きに行こうかと並んだ列を見ていたら、突然ミカの身体が持ち上げられた。
「わわわっ!?」
「なんだぁ? このちんまいの?」
よく焼けた肌、燃える様な真っ赤な髪と瞳をした大女が、自分の顔の前までミカを持ち上げて凝視する。
年齢は二十代の半ばくらいだろうか。
どうやらこの大女がミカのローブの首元を掴み、持ち上げたようだ。
ローブは前を開けていたので首が絞まることはないが、ミカは完全に宙ぶらりんの状態。
(お? お? やんのか、こら?)
シャドーボクシングの様にパンチを繰り出すが、まったく届かない。
首根っこを掴まれた猫状態である。
ミカを持ち上げた大女は本当に大きく、周りの冒険者よりも頭一つ分以上飛び抜けていた。
そして、これでもかと言うほどに肌を露出した、真っ赤なビキニアーマーを着ている。
何と言うか、女版ヤロイバロフという感じの筋骨隆々の女戦士だった。
「子供がこんなとこ来ちゃ危ねえぞ? 母ちゃんの手伝いでもしてきな、嬢ちゃん。」
女戦士は真顔でそんなことを言う。
誰が嬢ちゃんだとぉ?とミカが顔を引き攣らせていると、ローブを着た、二十代半ばの細身のあんちゃんが慌てた様子でやって来た。
「ちょ、ケーリャ!? ダメだって! 何やってんのさ!?」
「あー? 何って、危ねえから注意してただけだぞ? なあ?」
……何でそこで俺に同意を求める?
ミカがじとっとした目でケーリャと呼ばれた女戦士を見るが、ケーリャはローブのあんちゃんと言い争いを始めた。
(いいから降ろしてもらえませんかね、いい加減。)
早く降ろすように言うあんちゃんと、あーうるせー!となぜか逆ギレするケーリャ。
そして、忘れ去られたかのように宙ぶらりんにされたままのミカ。
周りも何事かと、騒めき出した。
「いいからその手を離しなさい。 その子は貴様の餌ではないぞ? 腹が減ったなら森にでも行って、野犬でも何でも好きに食べて来なさい。」
そこに、凛とした雰囲気を纏った、青い髪の女騎士が冷めた目をしてやって来た。
ミカにシザ・モールのことを教えてくれたお姉さんだ。
「なんだとぉ!? もういっぺん言ってみろや、ズベがぁ!」
ケーリャが額に青筋を立てて、女騎士を睨む。
目の前にケーリャの顔があるミカは、その迫力に正直ちびってしまいそうだ。
そんなケーリャを見て、女騎士は溜息をつく。
「やはりゴリラに人の言葉は理解できないか……。 仕方ない。 その手を切り落とすしかないな。」
そう言って女騎士は細身の長剣に手をかける。
「大丈夫だからね。 すぐに助けるから、もう少しだけ我慢して頂戴。」
女騎士が優しい顔でミカに笑いかける。
(そう思ってんなら、挑発すんのやめて!?)
挑発されたケーリャの手がぷるぷる振るえているのが、掴まれたローブ越しに伝わってくる。
ケーリャの手が背中に背負った戦斧の柄に伸びたところで、騒然とし始めたフロアに大声が響き渡った。
「いい加減にしなさーーーいっ!」
騒ぎに気づいたユンレッサたちギルド職員数名が、冒険者たちを掻き分けてやって来た。
「また貴女たちですか! ケーリャさん! トリュスさん! ギルド内での刃傷は御法度! 分かってて、その手をかけているんでしょうね!」
ユンレッサはキッ!とケーリャと女騎士を見る。
女騎士はトリュスというらしい。
ユンレッサは腰に手をあて、一カ月前の弱々しい姿など想像もつかないほどに毅然とした態度だ。
怒られたケーリャは「ちっ!」と舌打ちをして、戦斧から手を離す。
だが、それでもトリュスと呼ばれた女騎士は剣の柄から手を離さない。
「お言葉だがユンレッサ。 冒険者ギルド規約、第八条三項十一号には、ギルド内に現れた魔物・魔獣に対しての冒険者の――――。」
「その言い訳は査問会でお願いします。 ……よろしいですね?」
真剣な顔でトリュスが何かを言いかけたが、ユンレッサの冷えた言葉で封じられる。
ていうか、ギルド規約ってあったんだね。
それを暗記しているトリュスには素直に感心するが、ここで「ギルド内に現れた魔物・魔獣」なんて話を持ってくる神経に一番感心するよ!
トリュスが剣の柄から手を離したのを確認してから、ユンレッサがケーリャの方を見る。
「ケーリャさん。 その子を離してください。」
「わかった。」
「うわぁ!?」
「ミカ君っ!?」
いきなりぱっと手を離され、ミカは慌てて体勢を整える。
自分の身長よりも高い所からいきなり落ちることになり、心臓が一瞬きゅっと縮み上がった。
驚きで目を見開いたユンレッサだが、ミカが無事に着地したのを見て安堵の息を漏らす。
胸を撫でおろしたユンレッサが、キッ!とケーリャを見る。
「こちらに来てください! お説教です!」
そう言ってユンレッサは踵を返し、カウンターの横にある扉に向かう。
ミカの入ったことのない部屋だ。お説教部屋だろうか?
ユンレッサにお説教宣言されたケーリャが顔をしかめた。
ローブのあんちゃんはやれやれと首を振っている。
「ユンレッサ。 確認のために一応聞いておくが、私はいいよな?」
「馬鹿言ってないでさっさと来なさいっ!」
一喝されたトリュスは意外そうな顔して「なぜだ……。」と呟くが、大人しくユンレッサの後をついて行く。
あの状況で、自分はお説教の対象じゃないと本気で思っているのか?
「えーと、ミカ君も悪いんだけど、少しお話を聞かせてもらえる?」
ギルドの職員が、カウンターに向かうユンレッサたちを見送っていたミカに声をかける。
明日のクエストの目星をつけに来ただけなのだが、何やら変な騒動に巻き込まれてしまったミカなのだった。




