第67話 低重力
【クレイリア・レーヴタイン視点】
「そちらのドレスは置いていきます。 おそらく王都では、それを着る機会はないでしょう。 新しく仕立てた分はちゃんと届くのかしら? 確認してちょうだい。」
侍女たちに指示をしながら、クレイリアは引っ越しの準備を少しずつ進めていた。
王都の魔法学院初等部が始まるのはまだ二カ月ほど先だが、王都にあるレーヴタイン侯爵家の別邸になるべく早くに入り、クレイリアの過ごしやすい環境を整えなければならない。
清掃などがされているのは当然で、クレイリアが早くに別邸に入ろうとしている理由はそんなことではない。
クレイリアの好みを把握させ、王都の使用人に身の回りの世話の仕方などを仕込まなくてはならない。
サーベンジールからも数人は連れて行くが、クレイリアの世話に慣れた侍女や客間女中らが、王都の使用人たちに教え込む時間をある程度確保する必要がある。
学院が始まってから、そんなことに煩わされるのは避けたいからだ。
これまでも王都の別邸には何度も行ったことはあるが、それほど長い期間の滞在ではない。
精々二~三週間程度。
それが、王都の魔法学院に通うようになると六年も滞在することになる。
学院にも寮はあるが、あれは平民のためのもの。
貴族や富豪の血縁者は王都の別邸などから通うのが普通だった。
毎年、冬の終わりか春の始め頃に、父でありレーヴタイン侯爵であるルバルワルスは、王都に数週間滞在する。
国王陛下への謁見や、大臣たちとの会談、様々な会議を精力的にこなし、夜にはパーティーや社交にも顔を出す。
国境防衛のためとはいえ、いくら侯爵でも一貴族にしては大き過ぎる兵力を抱えるルバルワルスは、国王陛下からだけではなくその他の貴族からも要らぬ疑念を抱かれないように心を砕いている。
そのために必要な社交ではあるが、今年は王都入りの予定を早めることにした。
クレイリアが早めに王都に行き、王都での生活に慣れたいと言ったからだ。
どうせ同じような時期に王都に行くなら、とルバルワルスはクレイリアと一緒に王都まで行くことにし、様々な予定を繰り上げた。
これにはレーヴタイン侯爵領中の様々な部署に多大な負担を強いることになり、クレイリアは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
まさか自分の王都入りが、領主軍や官所に甚大な影響を与えるなど微塵も考えなかったからだ。
「そこまでなさらなくて、普通に行けば良いではありませんか!」
護衛騎士が噂しているのをたまたま耳にし、慌ててルバルワルスに言ったが、時すでに遅し。
一度言い出したことをそうそう引っ込めるルバルワルスではない。
それに、新たなスケジュールで様々なことが動き出してしまったのだ。
今更それを変更する方が、反って混乱を招く。
というわけで、現在はレーヴタイン侯爵領中の官吏たちが絶賛奔走中である。
領主軍の方も影響は大きいらしいが、騎士団長を務めるマグヌスの尽力により被害は最小限に済んでいるそうだ。
「クレイリア様。」
護衛騎士のヴィローネがクレイリアの横に立ち、声をかける。
ヴィローネのピンク色の髪は綺麗に梳かれ、とても騎士とは思えないほどに美しい。
クレイリアのハニーブロンドも美しさに自信があるが、時々ヴィローネの髪も羨ましいと思ってしまうことがある。
「本日はこのあたりで。 そろそろ午後の訓練の準備をお願いします。」
現在、クレイリアには従者が付けられていない。
一年前の、思い出すのも恐ろしい事件をきっかけに廃してしまった。
その代わりとして、護衛騎士のヴィローネが従者の代わりのようなことを務めている。
昔からクレイリアの護衛騎士として傍にいたので、クレイリアの日課についてはよく把握していた。
事件をきっかけに護衛騎士を大幅に増員したので、ヴィローネは半分従者、半分護衛騎士というような中途半端な立ち位置になってしまった。
ただ、本人は然程気にしていないのか、これまで以上にクレイリアの傍にいられることを喜んでいるような節がある。
お休みの日までクレイリアの傍にいるので、隊長が苦言を呈しているほどだ。
クレイリアも、そんなヴィローネには単なる護衛騎士以上の親しみを感じている。
厳し過ぎるほどに厳しい、お父様に叱られて落ち込んだ時など、昔からよくヴィローネが慰めてくれていた。
二人きりの時、クレイリアはヴィローネを「ヴィーネ」という愛称で呼び、甘えることがある。
「もうそんな時間? 分かりましたわ。 着替えます。」
クレイリアは侍女に声をかけ、部屋の中央に立つ。
そうして、数人の侍女たちに午後の乗馬用の服に着替えさせる。
着替えが終わるまでの、ほんの僅かな時間。
「最近とても機嫌がいいですね、クレイリア様。」
「あら、どうして?」
クレイリアの着替えをじっと待っていたヴィローネが話しかけてくる。
「笑みが零れてます。」
そう言い、ヴィローネも微笑む。
ヴィローネの指摘に、クレイリアの方が驚く。
「あら、私。 今笑ってました?」
「ええ、とても嬉しそうに。」
「いけないわね。 気を引き締めないと。」
クレイリアは緩んだ頬に力を入れる。
これから乗馬の訓練なのだ。
真剣に取り組まないと大怪我に繋がる。
でも――――。
(もうすぐ、王都に行ける。 そうすれば……。)
まだ王都の学院が始まるまでには二カ月もある。
それでも、一日一日と近づいている。
(また、お会いできる……。 ミカ・ノイスハイム様。)
クレイリアよりも背の低い、まるで年下の女の子のようにも見える男の子。
それでも、誰よりも強い意志と勇気を持っていた。
悪夢のような恐怖と絶望から、クレイリアを救い出してくれた。
「また、王都でお会いしましょう。」
あの日の約束を胸に、ここまで頑張ってきた。
早く今のクレイリアを見てほしい。
すごいね。
頑張ったんだね、と言ってほしい。
もうすぐ訪れる再会を夢想し、クレイリアの頬はやっぱり緩んでしまうのだった。
■■■■■■
土の2の月、1の週の陽の日。
いつも通りに森でソウ・ラービを相手に”石弾”の練習をしてから、岩場で赤蜥蜴石の採集。
そして、いつもなら採集が終わった後はそのままサーベンジールに帰るのだが、今日はある実験のために居残りである。
「……正直に言おう。 不安しかない。」
自分に嘘をついてもしょうがない。
素直な気持ちを吐露して、溜息をつく。
「命をかけるほどの価値があるとは思えないけど、それでもそろそろ決着をつけないとな……。」
考えに考え、考え抜いた。
頭の中でぐるぐると考え続け、もはや実証実験をしないと一ミリも前に進めない段階まできた。
まあ、ミカの頭で考えつく程度など高が知れているが、それでも実験して新たな手掛かりでもない限りは、これ以上考えても無駄だろう。
それはもう、ただの逃げである。
「逃げて何が悪いってところではあるけど……。 さすがにこのままってのは気持ちが悪いしな。」
ミカは目を閉じ、深呼吸して心を鎮める。
緊張しいのミカの心臓は、これから起きるかもしれない最悪の結果に警鐘を鳴らすように早鐘を打つ。
緊張しないわけがない。
命がかかっているのだから。
それでも――――。
「よし!」
ミカはゆっくりと目を開いていく。
そして、覚悟を決めて呟く。
「"低重力"。」
重力。
今更考えるまでもなく、万物に働く力であり、林檎が落ちたことで発見されたというあれだ。
天才物理学者アイザック・ニュートンによって発見されたとされる万有引力は有名な話だが、実際には別にニュートンだけがこの力に気づいたわけではない。
ニュートンだけが林檎が落ちるのを目撃した訳ではないのだから。
当たり前過ぎて誰も気にも留めなかったことに着目し、法則としてまとめた。
これこそが偉業。科学という学問の本質は、ここにこそあると言える。
現在では、この重力という力は重力子という素粒子によるものではないかと考えられている。
ただ、元の世界でも重力子は未発見だった上、そもそも理論すら完成していなかった。
そんな物に手を出して空を飛ぼうというのだから、自分のことでなければ正気を疑うレベルだろう。
……いや、自分ですら正気を疑うレベルかもしれないが。
ミカが空を飛ぼうとした場合、重力は無い方が飛びやすいのは言うまでもない。
ただ、まったく重力が働かない状態というのはバランスが取れない。
空気抵抗まで無くなる訳ではないので、宇宙空間で錐揉み状態になるよりはマシだろうけど。
それでも、重力があることが当たり前の環境下で慣れているので、無重力状態というのはできれば避けた方がいい。
いきなり一切の重力が働かなくなるというのは恐怖でしかないので、重力を低下させていく方向でまずは考えた。
さて、この重力子は何にどう作用して、我々に”重さ”を与えているのだろうか?
重力や重さの定義をいろいろ考えると、質量がどうだのヒッグス粒子がこうだのと話が大きくなりすぎる。
俺は学者になりたいのではない。
ただ空が飛びたいだけだ。
なので、細かい話は無視して重力子にのみスポットを当てる。
重力子が作用しているのは、おそらく他の素粒子群に対してだ。
個々の素粒子に対して作用しているのか、陽子や中性子のようにある程度まとまった単位に対して作用しているのかは分からない。
まあ、重力は”4つの力”という素粒子に働く力として定義されているので、おそらくは個々の素粒子に対して働く力と考えていいだろう。
では、この重力子。
一斉に俺の身体から取り除いたらどうなるだろうか?
完全に重力が無くなる?
やったね!
と、単純になるだろうか?
俺の身体を構成するすべての細胞。
その細胞を構成する原子。
その原子を構成する陽子や中性子。
その陽子や中性子を構成する、素粒子に働いている重力子。
その重力子が一斉に無くなったら何が起こる?
これに論理立てて答えられる人がいれば、今すぐノーベル賞を五個でも六個でも貰った方がいい。
何が起こるかなんて分かる訳がない。
だからこれまで考えるだけ考えて、それでも躊躇っていたのだ。
火傷の治療どころではない。
下手に素粒子同士の繋がりが崩れれば、俺という存在が素粒子に還ることになるのだから。
とはいえ、そこまで恐ろしいことにはならないだろうという予想もしている。
実際に人類は宇宙へ行き、無重力の状態で無事にいるのだから。
宇宙空間でも完全に重力がゼロになっているわけではないだろうが、限りなくゼロに近いはずだ。
そうした例すらなければ、さすがに実験してみようという気にはなれなかった。
むしろ、ミカがもっとも恐れたのは、重力子に干渉しようとして、他の力に変に干渉してしまうことだ。
すべての力が元々は一つだったということは、下手な重力への干渉は、他の力にも干渉しかねない。
強い力が解かれれば、それこそ本当に素粒子に還ってしまう。
想像するだけで働いてしまう魔力という力。
頼むから余計なことはしないでくれよ、と切に願うばかりである。
ミカは自分の身体を見る。
特に目に見える変化は起きていない。
身体が軽くなったような感じもない。
「……失敗か?」
そもそも、重力子に干渉できない可能性もある。
ミカの作り出す”石弾”や”水球”は空中に浮いているし、癒しの魔法で自分の身体に干渉できた。
だからと言って、自分の重力に干渉できるとは限らない。
いきなりすべての重力子を排除するのも怖いので、重力を低下させる方向でまずは実験をしてみることにしたのだが……。
ミカはその場で軽くジャンプしてみるが、特にジャンプ力が上がったような感じは受けない。
「出力が小さすぎた可能性もあるか……?」
ビビリ過ぎたかもしれない。
ミカは魔力を集中して、自分の重力に対して少し強めに干渉する。
魔力がごりごり減っていくので、何かに干渉しているのは確かだ。
「よっと!」
少し強くジャンプする。
軽く十メートル以上ジャンプしていた。
「うわぁ!?」
驚きのあまりバランスを崩す。
緩慢な動きでぐるぐると身体が回転した。
「ちょっ!? まっ!? とっ、とと……!」
何とか身体を捻ったりしながらバランスを取るが、そのまま頭から落ちそうになる。
「よっ、と!」
地面に手をつき、受け身の要領で転がる。
そのまま地面に座り込み、目をしばたたかせる。
心臓がばくばくしていた。
「……で、きた……?」
身体の震えが止まらない。
高く飛び過ぎたせいで命の危険を感じたのか、それとも"低重力"成功の歓喜か。
「できたぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
思わず飛び上がる。
しかし、その衝撃で再びミカの身体は浮き上がる。
「うわあっ! …………ととぉ。」
下手な動き方をすると、簡単に地面から足が離れてしまう。
そうすると、途端にバランスが崩れる。
まるで自分が風船にでもなった気分だ。
「これはちょっと、練習しないと危なすぎるぞ。」
その日は夕方になるまで、ずっと岩場で低重力下での動きの練習をした。
出力を変えながら、どのくらいの出力で、どのくらい重力が低下するのかを感覚で覚えていく。
自重を減らせば速く走ることもできる。
ただし、減らし過ぎれば反って走りにくくなる。跳ね過ぎるからだ。
そうしたことを思いつく限りどんどん試し、ほんの数時間でだいぶ使いこなせるようになっていった。
■■■■■■
土の2の月、3の週の陽の日。
ミカがサーベンジールに居るのも来週までになった。
「こんにちはー。」
「今日はないよ。 分かったら、ほら帰った帰った。」
鑑定屋の老婆が手元に視線を向けたまま、手だけで犬猫でも払うようにしっしっとやる。
(……扱いがぞんざいなのにも程がある。)
ミカはじとっとした目で老婆を見るが、老婆は一切気にしない。
どうやら、手にしている物に気が向いているようだ。
「……今日はいつもの件ではないんですが。 いや、まあ、同じ件とも言えるかな。」
「何だい? ”呪われた物”を見に来たんじゃないのかい? じゃあ、鑑定の方?」
老婆はようやく顔を上げてミカを見る。
「鑑定もしてほしいと言えば、してほしいんですけどね。」
そう言って、ミカは手にしていた箱をカウンターの上に置く。
「これは……、そこの店のお菓子かい? まさか、これを鑑定しろってんじゃないだろうね。」
「違いますよぉ、これは手土産みたいな物です。 これまでのお礼というか、ご迷惑をおかけしてきたお詫びというか。」
「手土産ぇ……?」
老婆がいよいよ胡散臭い物を見る様な目でミカを見る。
どれだけ信用ないんだ、俺は?
「あんた、今度は一体何を企んでいるんだい? ロクでもないことだったら――――。」
「本当に何にもないですって! こちらに来れるのも今日が最後になりそうだから、お土産を持ってきただけです!」
ミカが一息に告げると、老婆はきょとんとする。
「何だい、今日が最後って。 どこか行くんかい?」
「サーベンジールの魔法学院を修了するんですよ。 水の月には、王都の学院に通うことになります。」
「あー……、そういやあんた、魔法学院の学院生だったね。 すっかり忘れてたよ。」
忘れてたのかよ!
なんか、こんなやりとりだけでちょっと疲れてきたぞ。
「まあ、そういうわけで。 これまでのお礼とお詫びを兼ねて、どうぞお納めください。 結構評判みたいですよ、ここの。」
メサーライト情報だから、俺は食べたことないけど。
「中々気が利くじゃないさね。 そういうことなら、遠慮なく受け取るよ。 いいお茶請けができたさね。」
老婆はそう言うと、にこにこしながらミカのお土産をカウンターの下に仕舞う。
老婆が箱を仕舞うのを確認してから、ミカは本命の用件を切り出す。
「それと……、これを。」
ミカは肩にかけていた雑嚢を下すと、中に入っていたいろいろな物をカウンターに乗せていく。
ブレスレット、ネックレス、指輪、ブローチ、ナイフ、銀杯、コイン、置物、神像などなど。
計三十一点。おまけでミカの拾ったお守りも付けて、締めて三十二点。
ミカの並べるそれらの品を、老婆は驚いた顔をして見つめる。
「これは……。 あんたに渡してた”呪われた物”さね。 律儀に返しに来たって訳かい。 ……まあ、返されても少々困るんだけどね。」
そう言って老婆は苦笑する。
「不要になったらお返しする約束でしたので。 ありがとうございました。」
ミカは丁寧に頭を下げる。
「おかげで、とても勉強になりました。」
「”呪われた物”が一体何の勉強の役に立ったか知らないが、まあ約束だったからね。 確かに返してもらったよ。」
そう言って老婆は手近にあったブローチをひょいと手に取ると、すぐに怪訝そうな顔になる。
指輪やブレスレットなどを次々に手にし、唖然とした顔でかつて呪われていた品々を見る。
「何だい、これは……? どうして、こんな…………なんで。」
老婆の声が、少しだけ震えていた。
まあ、驚くのは無理もない。
ミカに呪いは解けないと教えてくれたのは、他ならぬ老婆なのだ。
(しっかし、本当に【技能】てのはあるんだね。 手に取っただけで呪いが消えたことを見抜くんだから。)
そんなことを考えながら、驚きに固まる老婆を見つめる。
これでミカが呪いを解くことができると、第三者が知ることになった。
ミカには秘密を守るためだからと、老婆との約束を反故にするつもりはまったくない。
どうせミカは王都に行ってしまうし、いずれは誰かにバレることだ。
それならば、筋を通すためにも最初に老婆に話すべきだろう。
「お婆さんのおかげで、こんなことができるようになりました。」
ミカがにっこりと微笑むと、老婆は信じられないような顔でミカを見た。
「……あんたが、やったのかい? これを……?」
ミカがこくんと頷くと、老婆が光神教のお祈りの仕草をする。
やはり、この老婆は光神教の熱心な信者のようだ。
「あんたは……あ、いや、貴方様は、……聖者様の御力を……?」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ。 やめてくださいよ、そんなこと!」
老婆がミカに向かって祈りを始めそうになり、慌てて止める。
「たまたま! 本当にたまたまこんなことができるようになっただけなんですから! 落ち着いてくださいっ、ね?」
いつもの老婆の悪態にはそれなりに慣れたが、祈られたり拝まれたりは勘弁してほしい。
「でもねぇ……。」
「お婆さんにはお世話になったので伝えました。 ”呪われていた物”を返すのに、隠したままにはできませんから。 でも、僕はただの学院生です。 なので、これまで通りにしてもらえると助かります。」
ミカが真剣に伝えると老婆はしばらく考え込み、ふぅー……と大きく溜息をつく。
「分かったさね。 でも、何であんたが”呪われた物”を欲しがったのか、ようやく本当の理由が分かったよ。 ……こんなことやってたんだねえ。」
老婆はしみじみと呟き、力が抜けたように苦笑する。
「こんなこと、いくら本当のことを話されたからって、とても信じられるようなことじゃないさね。 本当のことを話せず、それでも真っ直ぐに自分のやるべきことに進む。 中々できることじゃないさ。 大したもんだよ、あんた。」
老婆のミカを見る視線が、とても温かいものになった。
見直された、といったところか。
(……まあ、これまでは”呪われた物”を欲しがる変人だったしな。 視線が冷たくなるのも無理はない。)
”呪われた物”が入るたびに土下座して、拝み倒して譲ってもらっていたのだ。
視線が氷点下まで冷え込むのも、まあ理解できる。
できれば、もう少し温かく迎え入れてほしかったが、それは贅沢な望みというものだろう。
「それでは、僕はこれで。 どうか、これからもお元気で。」
「ああ、あんたもね。 きっとすごい魔法士になれるよ、あんたなら。 機会があったらいつでも顔だしな。 次からはお茶くらい出してやるさね。」
「それじゃあ、その時はまたお茶菓子を持って来ますね。」
ミカは店の入り口まで行くと振り返り、姿勢を正す。
そして、老婆の姿をしっかりと見てから一礼をする。
老婆は、そんなミカにしっかりと頷いて見送ってくれた。
ミカは、その日のうちにヤロイバロフの宿屋や、魔法具屋のお爺さんの所にも顔を出して別れの挨拶を済ませる。
寮母のトリレンスにも、使用人のおばちゃんたちと一緒にどうぞとお茶菓子を渡す。
これでミカの挨拶周りは終了だ。
そうして週明けから始まった試験も無事に終え、ついにレーヴタイン侯爵領の魔法学院幼年部を修了した。
二年間つけていた左手のブレスレットも外し、束の間の自由の身となる。
「さてと、帰るか。」
雑嚢に背負子にと荷物を抱え、ミカは街壁の西門を潜るのだった。




