第66話 挨拶回りには早過ぎました
土の1の月、4の週の火の日。
年が変わり、いよいよミカたちがサーベンジールの魔法学院に通うのも、残り一カ月余りとなった。
サーベンジールから王都までは乗り合い馬車で八日。
余裕をもって二週間前にサーベンジールを出ることになるが、馬車は学院が用意してくれるらしい。
その前に四週間の休暇もあるので、学院に通うのは土の2の月、4の週の土の日までだ。
ミカは薄暗い部屋で、机に向かっていた。
左手に持った30センチメートルほどの女神像の置物を机に置く。
先日、鑑定屋の老婆に譲ってもらったいつものである。
そこそこ強い呪いを宿していたが、二日でパズルが解けてしまった。
最近では、老婆が強く止める様な呪いでも数日で解けてしまうため、少々手応えがない。
それでも、解けるまでそれなりに楽しめるのはパズルの良いところだろう。
簡単すぎて飽きた、と言っても新しいパズルがあれば挑戦したくなる。
元々パズルは結構好きな性質なので、何だかんだ言っても新しい物を入手するとちょっと嬉しい。
そして、解けてしまうとちょっと惜しく感じてしまう。
ミカは椅子を動かし、タンスの一番上の引き出しに女神像を仕舞う。
引き出しの中にはごろごろといろんな物が入っている。
ブレスレット、ネックレス、指輪、ブローチ、ナイフ、銀杯、コイン、置物、神像などなど。
何だかんだと三十点ほどが仕舞ってあり、すべてがかつてパズルだった物である。
(寮を出る前に、これも返しに行かないと。 お礼に手土産の一つも持って行くか?)
譲ってもらったとはいえ、不要になったら返却する約束である。
それを一方的に反故にするつもりはない。
呪いが解けることを知られないようにするため、これまではまったく返さないでいたが、そろそろいいだろう。
里帰りする少し前に、お茶菓子の一つも持って返しに行こうと思う。
椅子を元に戻し、足と腕を組み、顎に手を添える。
1年半以上”呪われた物”をいろいろいじくってきたが、結局はよく分からない現象だな、と思う。
魔力で干渉できるので、呪いも魔力で発現しているのでは?とミカは予想したが、結局は確証がない。
魔法具屋のお爺さんの言っていた「含まれている魔力を調べる」方法を試せば、少しは証拠固めの足しにはなるかもしれないが、そんな道具は当然ながら持っていない。
まあ、ミカが興味があるのは呪いそのものというより、「魔力ってそんなこともできるんだ?」ということだ。
思いついた魔法を思いつくまま実現してきたが、呪いという発想はなかった。
実際には呪いの方ではなく、祝福の方がより興味があるのだが、強い祝福を宿すような物は見たことがない。
どこかに”聖剣”でもあれば、強い祝福を宿しているかもしれないが。
もしかしたら、祝福も呪いと同じように解いてしまうことができるのだろうか?
(…………怒られるじゃ済まないだろうな、そんなことしたら。)
聖剣をただの剣に戻してしまったら、持ち主に死ぬほど恨まれるだろう。
ちょっと触ってみたい気がするが、例え機会があってもほどほどでやめておこうと思う。
しかし、なぜ祝福や呪いの効果は永続的に続くのだろうか?
魔力は効果を発現したらそのまま霧散してしまう。
少なくとも、ミカの魔法はそうだ。
だが、呪いはその効果をずっと維持している。
そして、なぜ皆は呪いを解除できないのだろうか?
ミカよりも魔力の多い者はおそらくごろごろいるはず。
感知する力に優れた者なら、他にも誰か気づいていてもおかしくない。
(気づいても魔力が足りないからか?)
ミカは”吸収”で魔力を回復しながら強引に解除を試みる。
魔力の回復薬なんて物もあるが、わざわざ一本一万ラーツもする薬をがぶ飲みしながら挑戦するような物好きはいないのだろう。
干渉できることには気づいていても、実際にその干渉をした先に何が起こるかは知られていないということか。
(この辺りに詳しい人、どこかにいないものかね?)
自分一人でやるには限界がある。
何より、今は学院を中心にした生活を送らざるを得ない。
やりたいことだけに集中する訳にいかないのだ。
(そもそも、何でみんな【神の奇跡】にこだわるんだ? 好きに魔法を作ればいいじゃないか。)
これだけ自由に作成・変更できるのに、誰もやろうとしていない。
勿論、ミカが知らないだけで普通に行っているのかもしれないが、授業や文献でもまったく取り上げられていなかった。
校舎にある図書室でいくつか文献を読んでみたが、どれも「神々に祈りを届かせなければ【神の奇跡】は発現しない」と書かれている。
(いやいやいや、祈りとか関係ないし! もっとこう仕組みというか、仕掛けみたいなものでしょ、あれは!?)
呪文を詠唱することで、勝手に魔力を持って行かれる。
そう組み込まれているのだ。
言霊という概念が元の世界にもあったが、言葉にすることで力が働く仕掛け。
こんなことができるのは、この不可思議な世界でも原因は一つしか思いつかない。
魔力。
魔力を持った言葉。
それが、呪文の正体だろう。
なぜそんなことができるのか理屈はさっぱり見当もつかないが、誰かが気づいたのだ。
言葉そのものに魔力を乗せられる。
だから、そんな物が存在する。
【神の奇跡】を発現する、呪文なんて物が。
【神の奇跡】は、あれこれ自由にならないとキフロドが言っていた。
それは、文献を見てもそう感じた。
おそらく、呪文によって効果が定められているのだ。
いじれるパラメータは威力…………たぶん出力だけ。
消費する魔力量で威力は変えられるが、それ以外は呪文により効果が固められているのだろう。
(まるでDLLだな。)
プログラマーがDLLファイルから必要な処理を呼び出すように、魔法士とは【神の奇跡】という名の処理を利用しているだけ。
呪文で呼び出し、引数を与えて、戻り値を得る。
要はそれだけだ。
(……誰かが【神の奇跡】を設計し、今の形に限定したのだろう。 でも、なぜだ……?)
自由すぎて反って使いにくいというのはよくあることだ。
そのために、一定の形を用意するというのは理解できる。
ミカの行っている”条件付け”の一つ、”魔法名”を導入する時にも同じようなことを考えたからだ。
(でも、それだけになってしまったのは何でだ? 【神の奇跡】以外の魔法の可能性を、何で皆考えない?)
もしも普通に魔法が存在するなら、文献に少しくらいは記述があってもおかしくない。
だが、一切なかった。
まったく、その可能性にすら触れていないのだ。
【神の奇跡】以外の魔法が、まるで存在しないかのように。
学院が作られる前、口伝のように【神の奇跡】が伝えられてきたというのは、授業の王国史で教わった。
その長い歴史の中で【神の奇跡】以外の魔法は、完全に廃れてしまったようだ。
その存在すら認知されないほどに。
(皆が思いつかない理由としては、あとは信仰か?)
生まれた時からそう教え込まれているのだ。
すべては神々のおかげ、【神の奇跡】も神々の御力だ、と。
ミカのようにいきなり魔法が発現したとか、そうしたきっかけがないと、いきなり価値観を引っ繰り返すことはできないのかもしれない。
(それでも一人二人のへそ曲がりが、やらかしても不思議はないんだけどな。)
どこにでも押し付けられる価値観に反発する者はいる。
そうした者が自力で魔法を発現させていてもいいと思うのだが。
ふぅー……と息を吐き出す。
二年もかかったが、サーベンジールの魔法学院で学んだことは無駄ではない。
無駄ではないどころか、得難い【身体強化】という【神の奇跡】を習得できたのは大きい。
王都では六年もの時間を拘束されるのだ。
それに見合った何かを得られることを願う。
(……でも、いきなりSSR引いた可能性も無きにしも非ず?)
例え一万分の一の確率であろうと、最初の一回目で当たりを引くこともある。
ミカのクジ運ではとても期待できないが、確率である以上そういうことはありえる。
王都でこれ以上の物が、必ず得られるなどと夢を見るのはやめておこう。
むしろ【身体強化】ほど有用なものが得られたことの方が幸運過ぎたのだ。
(王都と合わせて八年分の幸運を使い切った、くらいに考えておいた方がいいかな?)
そんなことを考えながら、ミカはベッドに上がって行く。
ここで眠るのも、残り一カ月余り。
目の前にある見慣れた天井を見上げながら、布団に潜り込む。
(……トリレンスとか、寮で働いてる使用人のおばちゃんたちにも何かお茶菓子でも買ってくるか。)
毎日ベッドを整え、掃除に洗濯、食事の用意までしてくれていた。
サーベンジールでお世話になった人たちに、少しずつ挨拶してくるか…………と考えながら目を瞑るのだった。
■■■■■■
土の1の月、5の週の陽の日。
ミカは森の中で”石弾”の改良をしていた。
エン・バタモスを相手にした時、まったくと言っていいほどに当てることができなかったからだ。
それまではソウ・ラービの頭を潰すのに丁度いい大きさと威力として、拳大のサイズを基本の大きさにしていた。
だが、エン・バタモスにはまったく通用しなかった。
なので、徹底して速さを追求していくことにしたのだ。
体積は変わらないが、形状をライフル弾のようにし、音速越えを目指す。
正直、あまり威力を上げ過ぎるとソウ・ラービの毛皮を綺麗な状態で回収できなくなる。
しかしそんなことを言っていられない事態が起きた。
侯爵の娘が誘拐された時も、痩身の男には不意打ちでも”石弾”を当てる自信がなかった。
すべては速さが足りないからだ。
そのことをもっと早く考えていれば、エン・バタモスはもっと楽に倒せたかもしれない。
まあ、あの猿の場合はミカの悪い病気が最大の原因ではあるのだが。
ミカは”地獄耳”で周囲の音を拾い、そこそこ近くにいると思われるソウ・ラービの気配に”石弾”を撃ち込んでいた。
そうして自分の存在を知らせ、突っ込んでくるソウ・ラービを相手に長射程で狙い撃つ練習をしている。
「……これは百メートルくらいかな?」
わざと撃ち込んだ”石弾”に反応して突っ込んで来たソウ・ラービに狙いを定める。
「”石弾”。」
バシュンッ!と空気を裂く音がして、ソウ・ラービが破裂する。
速度が上がり、”石弾”の衝撃でソウ・ラービの身体が砕けてしまう。
おそらく、材質が石なのでぶつかった衝撃で”石弾”が砕けるために起きる現象だろう。
意図せずしてソフトポイント弾やホローポイント弾のような効果が得られているようだ。
これでは、残念ながら毛皮の回収は不可能だろうが。
「うー……ん。 突っ込んでくるだけじゃ、あんまり練習にならんな。」
単に的が小さく見えるというだけで、横方向の動きがないので当てるのは簡単だ。
「まあ、そこまでは贅沢を言っていられないか。」
今はとにかく速度を上げることを優先する。
できればライフル弾の形状のままサイズを大きくしていき、更なる威力の向上も目指したい。
そうして1時間ほどソウ・ラービを使った射的で”石弾”の練習をして、赤蜥蜴石の採集に向かうのだった。
赤蜥蜴石をギルドで換金して、ユンレッサに少し早いが別れの挨拶をする。
「こちらに来れるのは来月の3の週か、4の週の陽の日までになります。 ユンレッサさんにはいろいろ教えていただいて助かりました。 少し早いですけど、一応お伝えしておきます。 お世話になりました。」
ミカは丁寧に頭を下げる。
まったく経験のないミカに、詳しくいろいろ教えてくれた。
ちょっと口煩いところもあったが、ミカのことを本当に心配してくれていたのだ。
きちんと挨拶はしていきたい。
「もうそんなに経つのね。 ……そっか、今度は王都に行くのね。」
しんみりとユンレッサがミカを見つめる。
「それじゃ! 王都でもよろしくね、ミカ君!」
そこに、黒髪ショートのいつかのお姉さんが、シュタッと手を上げて割り込んできた。
ユンレッサを「ミカの担当」と言っていた人だ。
「ちょっと、ロズリンデ! それはまだ正式な辞令が出てないでしょ!」
「ええー? 今さら引っ繰り返る訳ないじゃん。 すぐに来てくれって言うのを、何とか引き延ばしてるくらいなんだから。」
「だからって、まだ言っちゃだめでしょ!」
ユンレッサが黒髪のお姉さん、ロズリンデに注意する。
(そうだね。 内示の話をバラしちゃだめだね。)
しかし、このロズリンデという人も王都に行くのだろうか?
「ロズリンデさんも王都に行くんですか? 異動? というか、栄転?」
地方都市勤務が王都勤務になるのだから、栄転の可能性が高い、ような気がする。
「栄転なんてとんでもない! …………単なる火消し要員よ……。」
ミカの質問に、ロズリンデが力なく答える。
……火消しって、王都のギルドで何があったんだ?
先程までの元気が一瞬で消え去り、ロズリンデの目から光が失われた。
「それじゃあ、王都ではよろしくお願いしますね。 ロズリンデさん。」
とりあえず気を取り直してミカが声をかけると、ロズリンデは急ににんまりとする。
「あら。 ミカ君の担当はユンレッサよ。 前に言ったでしょ?」
そう言ってウィンクする。
(あの話、まだ有効だったのか……。)
ユンレッサには信じてはいけないと言われた。
しかし、そう言われてもミカは春から王都に行くのだ、当然担当とやらは交代だろう。
もし担当などというのが本当にあるのだとしたら、だが。
ミカが「よく分からん」と顔に張り付けていると、ロズリンデがユンレッサの腕を取る。
「ミカ君が行くんだから、勿論ユンレッサだって王都に行くわよ! ねぇー!」
「は?」
何言ってるんだこの人は?
訳が分からない。
ロズリンデは楽しそうににんまりしているが、ユンレッサは何やら慌てている。
どういうこと?
「カウンター業務の要員としては、サーベンジールからは私たち二人が王都に行くの! だから王都でも、引き続きミカ君の担当はこのユンレッサが行います! 良かったね、ミカ君!」
「ロズリンデ!」
ユンレッサがロズリンデに注意するが、ロズリンデはまったく気にしていない。
ここまで人の話を聞かない人も珍しいな。
本当にこんな人を引き抜いて大丈夫なのか、王都のギルドは。
それとも、それほどまでにひどい状況なのだろうか?
「随分騒がしいと思ったら、また君かロズリンデ。」
奥から口髭の渋いおじさんが、眉間に皺を寄せてやってきた。
(『また君か』ってことは、いつもこんな感じなんですか、ロズリンデは?)
それは上役としては大変だろう。
「ちなみに、こちらのチレンスタさんも王都に行きます。 こっちは本当の栄転ね。 副支部長に内定してるから。」
上役の前で堂々とバラしたよ、この人。
怖い者なしか?
唖然とするミカとユンレッサ。
チレンスタと呼ばれた口髭のおじさんは、諦め顔で溜息をつく。
「あー……ミカ君。」
チレンスタがミカを呼ぶ。
「この話は、できれば然るべき時期が来るまで、君の胸の内に留めておいてもらえると助かる。 まあ、知られたからといって、どうということのない話ではあるがね。」
ミカはこくこくと頷く。
「協力に感謝する。 そうそう、王都では数年前に新しく支部が立ち上げられたのだよ。 我々が異動するのもそこだ。 魔法学院からだと、おそらくその支部が一番近いだろう。 王都でもよろしく、ミカ君。」
「はい。 あ、ご栄転おめでとうございます。」
ミカがそう言うと、チレンスタは苦笑する。
「あまり栄転という感じではないのだがね。 まあ、ありがとう。」
そうチレンスタは応じ、表情を引き締める。
「さて、この話はこれで終わりだ。 それではロズリンデ、君はこちらに来たまえ。」
チレンスタはロズリンデを一瞥すると、奥の部屋に向かう。
この期に及んでロズリンデは、何やらぶーぶー言っている。
これは完全にロズリンデが悪いだろう。
「あ、あははは……。」
ユンレッサが乾いた笑いを零す。
「まあ、そういう訳で、これからもよろしくねミカ君。」
「はい。」
これはちょっと、ミカが挨拶するのが早すぎたかもしれない。
しかし、気になる話もちょっと出てきた。
「王都ってギルドの支部があるんですか? 本部は王都ですよね?」
サーベンジールも大きな街だが、ギルド支部はここだけのはずだ。
「前は本部だけだったんだけど、冒険者の数が増えて手狭になったの。 それで本部機能はそのままで、カウンター業務とか引き取り窓口用の大きな支部を作ったの。 ところがそれでも間に合わなくて、数年前にも新たに支部を作ったって訳。」
「そんなに王都には冒険者がいるんですか?」
「ええ、多いわよ。 そんな訳で、王都への異動は正直あまり乗り気じゃないのよね。 だって、忙しいのが分かりきってるんだもん。」
支部を増やして対応しているが、それでも手が足りなくて地方から人員を集めているのか。
だから『火消し要員』と言っていたのだろう。
言い得て妙だ。
というか、どこでも言うんだね、大変な現場に投入する人員を『火消し要員』って。
「それでは、今は王都には本部と支部二つってことですか?」
「そうよ。 王都は広いからね。 支部を増やして分散するのはいい方法だと思うわ。 むしろ、一つひとつの支部を小さくして、数を増やすとかした方がいいんじゃないかしら。 人手は余計に必要になるんだろうけど。」
そんなに王都は広いのだろうか?
サーベンジールだって縦五キロメートル、横四キロメートルとかなり広い。
「サーベンジールだって、そんなに人を割けるほど余裕がある訳じゃないんだけど……。 陽の日はこうして少しお話しできるくらいには余裕あるけどね。」
どうやら、冒険者も陽の日はお休みという考えの人が多いようだ。
確かにミカがギルドに来る時は、そこまで混んでいる印象はない。
王都でも、同じような傾向だと助かるのだが。
少しだけ、王都のギルドがどんな所なのか気になってきた。
新しくできた支部がもっとも魔法学院からは近いらしいという情報を得て、ちょっとわくわくしながら寮に戻った。




