第59話 スラムとバラック街
水の2の月、5の週の土の日。要は水の2の月の末日だ。
今日は土の日なので午前中だけで学院は終わり、昼食後はいつも通りに森林でリムリーシェの特訓をしていた。
リムリーシェは先日の遠足の話以来、以前ほどではないにしろ落ち込んでいる。
秋までに【身体強化】をある程度身につけないと、遠足には参加させないと宣言され、このままでは置いて行かれると悩んでいるのだ。
ミカからすると50キロメートルもの狂気の行軍など、喜んで不参加になりたいくらいだが、残念ながらミカはすでに参加者リストに載ってしまっている。
現在【身体強化】を発現できるメサーライト、ポルナード、チャールの三人もまだ参加させられるレベルではないという話なので、それなりにハードルは高いようだ。
まあ、9歳の子供に一日で50キロメートルも歩かせようというのだから、確かにそれなりに使いこなせなければ途中での脱落は必至。
参加メンバーの選出には、ダグニーやナポロも気を使っているようだ。
ミカは目の前のリムリーシェを見た。
リムリーシェは目を閉じ、意識を集中している。
額には汗が浮かび、その表情は少し苦し気だ。
リムリーシェの差し出した両手にミカは自分の両手を重ね、彼女の集中を邪魔しないように黙って見つめる。
長いまつげが微かに動き、引き結んだ口には力が入っているのが分かる。
そんなリムリーシェに、ミカは心の中で「頑張れ、頑張れ。」とエールを送る。
ミカはリムリーシェが魔力を上手く動かせない理由を、「魔力が多すぎるから」と考えていた。
魔力の扱いに不慣れなリムリーシェだが、その魔力量はどうやらミカすら超えているらしい。
ミカには”吸収”があるので、使用できる魔力量は実質無限のようなものだが、自身の中に貯えられる魔力量には当然ながら限界がある。
その自分の中の魔力量が、リムリーシェはずば抜けて多いのだ。
濃度と考えればいいのか、密度と考えればいいのか分からないが、とにかく魔力量が多すぎる。
ちょっとやそっとの干渉では小動ぎもしなかったリムリーシェの魔力は、不慣れな彼女には到底扱えるものではなかった。
では、その多すぎるを魔力をリムリーシェが扱えるようにするにはどうすればいいのか?
答えは簡単。
多すぎるなら減らせばいい。
リムリーシェが扱える量まで魔力を減らせば、彼女にも扱えるようになる。
それだけのことだ。
では、どうやって魔力を減らせばいいのか。
魔法や【神の奇跡】を使えば自分の中の魔力は減らせるが、リムリーシェはまだ【神の奇跡】を使えない。
【神の奇跡】を使えるようになるため、一旦魔力を減らしたいが、魔力を減らすためには【神の奇跡】を使う必要がある。
冗談のような話だが、今のリムリーシェの状態を簡単に言えばこうなる訳だ。
だが、ミカは魔力を減らすための方法をもう一つ、経験によって知っている。
魔力球だ。
別に球にする必要はないが、要は多すぎる魔力を外に出してやればいい。
ただ、自分の目で魔力を見れないリムリーシェが、どうやれば魔力を出せ、それを確認することができるのか。
魔力の放出自体は、自力で何とかするしかない。
そのためのコツというか、「こういう感じで」というのは、何日か前にすでにリムリーシェには伝えてある。
そして、魔力放出の確認には魔力検知のセンサーを使えばいい。
だが、そんなセンサーがどこにあるのか?
ここにあるではないか。
魔法具を動かす微弱な魔力すら感知できる、ミカという優れたセンサーが、ここに。
ちなみに、魔力を留める訓練で使う魔法具では、リムリーシェの魔力を吸い出せないのは確認済みだ。
ミカの魔力もかなり特殊な性質を持っているが、リムリーシェの魔力もだいぶ厄介な特性をしている。
「いいよ。 魔力が出てきた。」
ミカは、耳に響くキィー……ンという澄んだ音に意識を向ける。
手のひらからも、微かに波紋の広がりを感じる。
「まだちょっと弱いね。 たぶん、集め方が甘いんじゃないかな? 集める時は集める、押し出す時は押し出すって、分けてやった方がいいよ。」
「う、うん。」
ミカのアドバイスを聞いて、リムリーシェは更に意識を集中する。
リムリーシェの魔力が、纏まって出て来て一旦止まり、また纏まって出て来て一旦止まるというのを繰り返す。
「そうそう、その調子。 でも、もっともっと集めてみて。 大丈夫。 リムリーシェならできるよ。」
音も波紋も、どんどん大きく強くなる。
すでにかなりの音になり、そろそろ耳がつらくなってきた。
リムリーシェの大量の魔力に干渉されると、ミカの魔力はかなりぐらぐら揺らされる。
ミカはそっと、重ねていたリムリーシェの手から自分の手を離す。
すると、リムリーシェの目がぱっと開き、不安そうにミカを見る。
「大丈夫、できてるよ。 そのまま続けて。」
「う、うん。」
ミカが言うと、リムリーシェは素直に目を閉じ、再び集中していく。
たぶん、こんな魔力の放出程度ではなかなかリムリーシェの魔力は減らないだろう。
しかし、そこはもう力押しで、とにかく多くの魔力を集めることに慣れさせ、ばんばん放出させていくしかない。
ミカはソフトボール大の魔力球で慣れてしまったが、リムリーシェには花火の三尺玉や四尺玉、それ以上の量で慣れさせればいい。
こうして魔力量を減らせば、リムリーシェの魔力は扱いやすくなる、はずだ。
…………たぶん。
ただし、この方法には副作用がある。
魔力を放出すると、おそらくその後の魔力量はかえって増えることになる。
ミカは元々が無いに等しいような魔力量だったので、これにより扱いやすくなった。
だが、元々の魔力量の多いリムリーシェがこれをやると、その後は更に扱いにくくなるだろう。
ではどうするのか。
別にどうもしない。
そのまま慣れさせるだけだ。
そもそも、放っておいてもリムリーシェの魔力はどんどん増えている。
このまま何もしないで扱いが難しくなっていくよりは、放出の方法を憶えてもらい、自分の扱いやすい魔力量を感覚で分かるようにさせるしかない。
慣れていけば、そのうち放出なんかしないでも自分の魔力が扱えるようにもなるだろう。
リムリーシェには30分ほど放出を続けてもらい、一旦休憩。
いつもの木の根に並んで座る。
「疲れたでしょ。 気持ちは悪くなってない?」
「うん、平気。」
リムリーシェが額の汗を拭いながら、笑顔で答える。
最近はまた、あまり笑えてなかったが、今は手応えがあるのかすっきりとした表情をしている。
「魔力の動きはどう? 少しは変わった?」
「んー……。」
リムリーシェは目を閉じ、自分の中を魔力を確かめる。
「……………………、あんまり……?」
首を傾げ、申し訳なさそうに答える。
「さすがにそう簡単にはいかないか……。 まあ、今日はもう少し続けて。 一度に集める魔力量を、なるべく多くすることを意識してみて。」
「うん!」
弾けるような笑顔になり、リムリーシェは元気に頷く。
(ほんまにええ子や……。 爪の垢を煎じて、ツェシーリアに飲ましてやりたい。)
そうすれば、あのクソ生意気なクラスメイトも少しは素直になるだろう。
ミカがそんなことを考えていると、リムリーシェがミカをじっと見つめる。
「なに?」
だが、リムリーシェは少し眉を寄せて、何かを躊躇う。
「どうしたの?」
ミカが聞くと、リムリーシェは上目遣いで躊躇いがちに口を開く。
「ミカ君は、冒険者さんをしてるんだよね……?」
ミカは自分が冒険者登録していることを、学院では話していない。
これまで装備をつけた姿をクラスメイトに見られたことはあるが、適当に「出掛けてた」で済ませていた。
実は、ルームメイトのメサーライトにも、はっきりとは言っていないのだ。
まあ、毎週陽の日になると朝から装備を身につけ出て行くのだから、何をしているのかはだいたい察しているだろう。
人のことにあまり踏み込もうとしないメサーライトは、それでも直接聞いて確認しようとはしなかった。
だが、先週の依頼クエストで、ミカはえらい目にあった。
全身に害鳥の血肉を浴び、一応村で湯場を借りて洗い流すことはできたが、臭いまでは落ちなかったのだ。
しばらくは結構すごい臭いがしたらしく、ミカは自分の鼻が馬鹿になっててそこまで気にならなかったが、リムリーシェですらいつもよりちょっとだけ距離を開けて、微妙な表情をしていた。
地味にショックだった。
「危ないこと、してるんだよね……?」
リムリーシェが、少し悲し気な表情で聞いてくる。
実際、危ない目には何度もあっている。
とても「そんなことないよ」などとは言えない。
「まあ、少しは。」
なので、そう誤魔化した。
リムリーシェはミカの答えを聞き、膝をぎゅっと抱える。
「そっか……。」
そう呟き、何かを思い詰めたような顔をする。
「まあ、気をつけるよ。 今も気をつけてるつもりだけど。」
あんまりアテにならない、ミカの「気をつける」ではあるが。
「うん。 気をつけてね……。」
そのまま二人で並んで、しばらく無言で過ごした。
そうしてから、またリムリーシェの特訓を再開するのだった。
■■■■■■
水の3の月、1の週の陽の日。春の最後の月。
元の世界で言う6月頃か。
最近の陽の日の日課である赤蜥蜴石の採集から戻り、ミカは大通りをギルドに向かって歩いていた。
大通りには相変わらず人が溢れ、ミカは人の流れに合わせてうんざりしながら歩く。
人の多さにもうんざりするが、何よりも肩にかけた荷物の重さにうんざりする。
ミカは赤蜥蜴石の運搬のために雑嚢を新調した。
作りのしっかりした、沢山入れられる物を買ったのだ。
沢山入れられるということはその分重くなり、実入りはいいが正直往復の移動がかなり面倒だった。
いくら【身体強化】をしようが、重い物は重い。
そんな物を運ぶのだから、移動距離の長さがそれなりに深刻な問題になっていた。
(……飛行の魔法を真剣に考えた方がいいかね? でもなあー、重力をいじるのはちょっと怖いんだよなあー。)
元の世界でも重力に関わる素粒子、重力子は仮説の存在だった。
発見もされてなければ、理論すらまだ未完成だったと思う。
とりあえず、あるものとして魔力を干渉させることができれば、自分の重さを減らすことはできるだろう。
ただ、それによる影響が自重の変化だけで済むのかどうか、それすらミカでは見当がつかない。
飛行は便利。
でも手を出すのはおっかない。
そんな葛藤を抱えているのだった。
ミカが考え事をしながら歩いていると、ギルド前に着いた。
ギルドに入ろうとすると、
「「「キャアーーーーーーーーーーーーッ!」」」
そんな悲鳴が聞こえてきた。
ミカは咄嗟にギルドの入り口の端に雑嚢を放り投げると、悲鳴のした方を見る。
周囲が騒然としてばたばたと慌てているが、何が起きているのかは見えない。
(たくっ、この身長っ! まじで不便!)
ミカは大通りに戻りながら”地獄耳”を発現させ、周囲の騒ぎをカット。
それ以外の音を探す。
完全には周囲の騒ぎを消しきれないが、いろいろな音を探るうちに、他とはちょっと違う「声」に気づいた。
「どけ!どけ!どけ! どけ、おらっ! ぶっ殺すぞっ!!!」
「待て!」
「逃げても無駄だぞ!」
「止まれーっ!」
逃げる一人の男と、追いかける複数の男たち。
ミカが音を探っているうちに周囲の人は大通りの左右に割れ、通りの真ん中付近にいるミカ、向かってくる人相の悪い男、追いかける兵士たちが素通しになった。
「「「キャァーーーッ!」」」
「子供がっ!」
「早く逃げて!」
辺りが更に騒然となった。
男がミカの方に走ってくる。
(悪そうな顔してんな。 でも、ヤロイバロフさんの例もあるからね。 人を見かけで判断してはいけないな、うん。)
とは思いつつ、兵士に追われ、しかも子供のミカにそのまま突っ込んで来るのは、大きな減点ポイントだ。
「よって、有罪。 執行。」
ミカは左手を前に出し、ボーリングの球くらいの”石弾”を男の腹に撃ち込む。
貫通させるような威力ではない。
軽く、ぽーー……んと放る程度のものだ。
だが、全力で走ってきた男との相対速度は中々のものだろう。
ドス!
「ぐぇえっ!?」
”石弾”を腹に受けた男はその場ですっ転び、ごろごろと転がってくる。
その顔面を、げしっ!と蹴っ飛ばし、動かなくなった男の背中を踏みつける。
周囲が、シーーーーーー……ンと静まりかえった。
そこに三人の兵士が息を切らせてやって来た。
「あ、ご苦労さまでーす。 じゃあ、後お願いしますねー。」
それだけ言って、ミカはギルドの入り口横に置いた自分の荷物を回収する。
そのまま中に入ろうとした所で、一人の兵士がやって来て呼び止められた。
「き、君! どこも怪我はしてないか!? 大丈夫なのか!?」
「ええ、大丈夫ですよ。」
あんなの、ソウ・ラービを相手にするよりも楽だ。
「そ、そうか。 しかし、あんまり危ないことをしてはダメだ。 もしものことがあったらどうする。 次からは、ああいうのはおじさんたちに任せて。 いいね。」
「あ、はい……。」
叱られてしまった。
まあ、ミカが怪我していないか最初に気にしてたくらいだからな。
優しいおじさんなのだろう。
変に反抗したりせず、素直に従うことにする。…………この場は。
次にどうするかは、その時の気分次第だ。
周囲の人はミカを見たり、ミカが撃った”石弾”を見てざわついている。
「……あの石……? どこにあったの?」
「あの子が投げたのか?」
「怪我はしてなかったみたいね、あの子。」
周囲の目で少々居心地が悪くなり、早々にギルドの中に退散しようとして、ミカの前に立ちはだかる者がいた。
引き攣ったような笑顔をしたユンレッサだった。
何やら、ユンレッサは大変ご立腹のようである。
もっさりで豪奢なユンレッサの金髪が、立ち昇るオーラでユラユラしている。…………ように見える。
「ミカ君……。 怪我はないのね?」
「え、ええ。 おかげさまで……。」
「そう、良かったわ。 それじゃあ、ちょーっとこっちにいらっしゃい。」
すっごい笑顔なのに、何で額に血管が浮いてるんでしょうか?
あと、後ろに背負ってるオーラは引っ込めてもらっていいですか?…………こわいので。
その後、1時間に渡ってユンレッサに「危ないことはしちゃだめ!」とお説教を食らうことになった。
あの……、これでも一応、俺も冒険者なんですけど……。
(あっれれー? おっかしいなー。 いいことしたはずなのになー。)
ユンレッサのお説教を聞き流し、首を傾げるミカだった。
ちなみに、放り投げた雑嚢の中に入っていた赤蜥蜴石の一部が「状態が良くない」として買取不可になった。
なんてこった!?
採集物の引き取りも終わり、先程の捕り物の話になった。
「スラムの撤去ですか?」
ミカが聞き返すと、神妙な顔をしてユンレッサが頷いた。
「領主軍が前面に出て、街壁の外にあったバラック街の撤去を先月からやってたんだけどね。 そこで街の中に通じる抜け穴が見つかったんだって。 三つも。」
「そんなにあったんですか?」
おそらく、賊たちの会話を聞いたミカの情報を基に、抜け道を探したのだろう。
スラムに抜け道があるという話だったが、街壁の外のバラック街にでも通じていたのだろうか?
「抜け穴のうちの二つがスラムにあったみたいで。 それでバラック街の次にスラムの撤去に乗り出したのよ。」
「へぇー……。」
相当キレてるみたいだね、あの侯爵。
娘の誘拐に利用されたんだから、徹底的に潰すってのは分かるけど。
(しっかし、バラック街に続いてスラムもか。)
仕方のないこと、と理解しつつもミカとしては思うところがなくもない。
(そんな所にしか居場所のなかった人は、これからどうするんだろうな……。)
犯罪者を徹底的に探し出して捕まえるのはいい。
だが、何らかの理由により住んでいた場所を失い、スラムやバラック街にしか行き場のなかった人たちはどうすればいいのだろうか。
自分にはどうしようもないと分かってはいるのだが、どうしてもやるせない気持ちが湧いてしまう。
「そんな訳で、最近は毎日サーベンジールのどこかしらで大捕り物よ。 これまでスラムに潜伏してた表を歩けない人を、巣穴から追い出したんだものね。」
それは確かにそうなるだろう。
しかし、そんなに犯罪者を捕まえて、収容する場所とかはあるのだろうか?
(刑務所が溢れるんじゃね?)
つい、そんなことを考えてしまう。
ミカがユンレッサを見ると、ユンレッサは少し浮かない顔をしていた。
治安が良くなるのは、女性のユンレッサにとっては嬉しいことだと思うが。
「領主様は、バラック街と同様にスラムも一旦更地にしようって考えているみたい。 領主様がサーベンジールのことを考えて、バラック街やスラムを何とかしようっていうのは分かるんだけど……。 スラムの近くに住んでる知り合いもいっぱいいるから、ちょっと心配なのよね。」
ユンレッサが、そんなことを言う。
スラムの近くでも比較的治安の良い場所は家賃も安く、知り合いでも住んでいる人がいるらしい。
「冒険者でも、スラムやバラック街出身の人は結構いるわ。 こんな所から抜け出してやるって、歯をくいしばって頑張ってきた人は、今回のことをどう思って見てるのかしら。」
あんな場所は無くなった方がいいと思うのか。
あんな場所でも、あそこがあったからこそ今の自分があると思うのか。
スラムの周辺は、冒険者として中々上に這い上がれない人たちが、拠点にしているというのも多いらしい。
「でも、しょうがないですよね。 穴まで開けてたんじゃ、領主としては見過ごせないでしょうし。」
「それはそうなんだけどね。」
せめて、これを機に少しでもサーベンジールの街が良くなるようにと思う。
「それじゃ、僕はもう行きますね。」
「はい、気をつけて帰ってね。 くれぐれも危ないことは――――。」
「しませんよぉ。 もう、信用ないんだからー。」
ミカが苦笑すると、ユンレッサが可笑しそうに笑う。
ユンレッサに軽く手を振ってギルドを出る。
大通りはさっきの捕り物の混乱も落ち着き、変わらずに人が溢れている。
「さーて、新作は入ってるかなー?」
そう呟き、鑑定屋に向かって歩き出すのだった。




