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第57話 1週間遅れの帰寮




 ミカは空を見上げる。

 良く晴れた、気持ちのいい朝。

 ミカはようやく解放され、レーヴタイン侯爵の屋敷の前で大きく伸びをする。

 10日振りの自由。

 頭の中では、「勝訴」と大きく書かれた紙を広げて走ってくる、定番のシーンが再生されていた。







 ミカは昨日の侯爵との二人だけの面談の際、オールコサ子爵の屋敷では開示しなかった賊たちの会話などを伝えた。

 ミカが賊たちを殺害した可能性に気づきながら、そのことには触れずにミカの解放を決めた侯爵への、せめてものお礼のつもりだった。


 ミカが改めて伝えた情報は、


 1.誘拐を実行した賊たちについて

   ・シャクサーラで誘拐を生業としていたらしい

   ・報酬は大金貨五十枚

   ・無傷で誘拐できれば報酬は倍

   ・顔に傷をつけても回復薬(ポーション)で治せば無傷と考えていた


 2.依頼人から賊に情報提供があったこと

   ・ボゲイザなら簡単に引き込める

   ・スラムに抜け道がある

   ・門を封鎖しても街を脱出できる


 3.ボゲイザの殺害

   ・殺害現場の場所

   ・木箱にボゲイザの遺体を隠し、馬車の中に入れた

   ・目の下に大きな傷のある男がボゲイザを後ろから斬った

   ・ボゲイザを斬った男はレーヴタイン家の騎士らしい


 これらを侯爵に伝えると、侯爵の怒気が凄まじいことになった。

 正直、伝えたのは早まったかと焦ってしまった。

 侯爵は情報提供に礼を述べるとミカを部屋に戻らせ、自分はまた騎士や官吏を招集して会議を行うという。

 新たな情報を基にし、捜索などを練り直すらしい。







 ミカが部屋に戻ると来客があった。

 ミカが助けたクレイリアという女の子が、どうしてもお礼が言いたいと訪ねてきたのだ。

 どうやら、これまでは侯爵が許可をしなかったらしいが、ミカの解放を決めたことで、短い時間ならと許可をしたのだという。


 クレイリアはハニーブロンドの長く美しい髪をしっかりと整えた、紫がかった大きな青い瞳の美少女だった。

 瞳の色に近い宝石の付いた髪飾りを着け、綺麗なドレスを纏っている。


「どうしてもお礼が言いたくて、突然押しかけてしまいました。」


 そう言ってクレイリアははにかんだ。

 ミカの見たクレイリアの姿は憔悴しきってぼろぼろだったので、「ああ、本当はこういう子だったんだねぇ」と、そんな感想が浮かんだ。

 ミカにはクレイリアの後ろに控える、ピンクの長い髪の女騎士にも見覚えがある。

 たぶん、ヤウナスンでクレイリアが抱きついて泣きじゃくってた相手がこの女騎士だ。


「もう、耳は良くなったのですか?」


 クレイリアが心配そうに尋ねる。

 そういえば、あの時は耳鳴りがひどくて会話ができない状態だった。

 そのことをずっと心配していてくれたようだ。

 ミカが「もう大丈夫です。」と答えると、ほっとしたように微笑む。


「貴方に助けていただいたおかげで、こうして無事に帰ってくることができました。 本当にありがとうございました。」


 クレイリアは丁寧に頭を下げる。

 その所作の一つひとつがとても美しく、「生粋の上流階級って、こういうのを言うんだなあ」などとつい思ってしまう。

 あまりに丁寧な礼に、ミカの方が照れくさくなる。


「お父様から、あなたが学院生だと聞きましたわ。 今年2年生になる、私と同じ歳なのだと。」


 どうやら、クレイリアも同じ歳らしい。


「私も魔力に恵まれ、今は家で修行中なのです。 残念ながら、学院に通うことは許してもらえなかったのですが……。」

「そうなのですか?」


 この子も魔力に恵まれ、魔法学院の対象だったようだ。

 じゃあ、何で学院に通ってないのだろう?

 学院に通う義務とやらは、貴族は例外なのか?


「ですが、来年の王都の学院には私も通うことになります。 貴方とともに同じ学び舎に通い、机を並べる日を楽しみにしています。」


 凛々しい、勝気なクレイリアの目が真っ直ぐにミカを見る。


「また、王都でお会いしましょう。」

「はい。」


 ミカがクレイリアの言葉にしっかりと頷くと、クレイリアが弾けるような笑顔になった。

 大人びた雰囲気を纏った子だが、笑うと年相応のごく普通の女の子だった。

 女騎士が何かを耳打ちすると、クレイリアは名残惜しそうにしながら、ミカの部屋を出る。


(やっぱり、助けてあげられて良かったな。)


 いつも無茶ばかりするミカだが、さすがに今回は自分でも無茶し過ぎたと言わざるを得ない。

 それでも、クレイリアのあの笑顔を見れたことで、やって良かったと思ってしまう。

 あんまり懲りてないミカなのだった。







■■■■■■







「たっだいまーっ!」


 ミカは寮に着くと、元気に挨拶をする。

 今日は水の1の月、2の週の陽の日。

 丁度1週間遅れでの帰寮である。


「ミカ君っ!」


 階段を下りて来ていたリムリーシェがミカに駆け寄る。

 ツェシーリアとチャールも階段を下りる途中だったようで、三人でどこかに出掛ける予定だったようだ。


「大丈夫だったの? 学院が始まってもミカ君全然帰って来ないから、心配したんだよ。」

「あははは……、ごめんなぁ。 いろいろあってさ。」


 ミカは頭を掻く。

 侯爵には、今回のことは口外しないように言われている。

 学院にも侯爵の方から連絡が行き、余計な詮索をされないようにするという。

 上には何が起こったのか詳らかに報告すると言っていたが、公には一切公表しないらしい。


(侯爵の上って、それって国王なんじゃ……?)


 爵位や役職などの詳しい上下関係は分からないが、おそらく侯爵はこの地方のトップ。

 その「地方のトップ」の上となると、すべての地方を統括する立場。

 国王か、大臣クラスのどちらか。もしくは両方だろう。


(俺のことは秘密にしてくれるらしいけど、どこまでアテになるやら……。)


 侯爵の伝える報告は、基本的にはオールコサ子爵にミカが伝えた「ミカのシナリオ」に沿ったものだ。

 それ以外のミカが開示した情報は、事件後の捜査で新たに判明したこととして報告するらしい。

 ミカとしては、侯爵の手腕に期待するしかない。


「とりあえず、もう大丈夫だから。 そんなに心配しないで。」


 まるで雨の中で震える子犬のような目をしたリムリーシェに笑いかける。


「良かったね、リムリーシェ。 ミカが戻って来て。 ずっと心配してたもんね。」


 ツェシーリアがにやにやしながら寄ってくる。

 お前は来んな、ツェシーリア!

 余計なことしか言わないんだから!


「ほらミカも! 気が利かないわね。 そこは熱~い抱擁で、感動の再会の喜びを――――。」

「篤い法要だあ? そんな言葉は知らん! つーか、部屋に行かせろ。 荷物を置きたいんだよ。」


 しっしっ、とツェシーリアを手で追い払う。

 完全に喧嘩友達である。

 いいのか、俺?

 女の子にこんな扱いして。


 ツェシーリアは「ちっ」と舌打ちして、足元の砂を蹴っ飛ばす。


「おま!? 砂がかかったじゃねえか!」

「ミカのおたんこなす! 行こ、リムリーシェ。 チャールも。」


 ツェシーリアはリムリーシェの手を引いて、学院の正門に向かって歩き出す。

 リムリーシェは何度もミカの方を振り返りながら、ツェシーリアに手を引かれて行ってしまった。


(……おたんこなすって、お前……。 すごい言葉知ってんな、おい。)


 ミカがリムリーシェの後ろ姿をぽかーんと見ていると、すぐ傍にチャールがやって来る。


「……おかえり……。」


 相変わらず前髪で目元の見えないチャールが、ぼそりと呟く。


「う、うん……。 ただいま。」


 ミカが挨拶を返すと、チャールはにんまりと口元を緩ませ、ツェシーリアたちを追いかけて走って行った。


(こわ~。 やっぱ、こわ~。)


 ミカはクラスメイトの女の子三人組を見送りながら、ミカにとっての日常に帰って来たのだと実感していた。







■■■■■■







 水の1の月、5の週の陽の日。

 ミカはいつもの枯実草を採集している森を越え、その先にある岩場に来ていた。

 里帰りをした際、ミカの持っているお金のほとんどを家族に渡したため、最近は少々金欠に悩んでいたのだ。

 枯実草の採集やソウ・ラービの毛皮よりも稼ぐ方法はないかと、定額クエストのリストを精査してみた。

 すると、少し距離はあるが、上手くすればこれまで以上に稼げる可能性のあるクエストに気づいた。

 これまでもソウ・ラービを沢山倒して回収できれば、結構な稼ぎになった。

 ただし、ソウ・ラービに遭遇するかどうかは運次第。

 一匹でも遭遇すればそれを持ち帰る必要があるため、たまたま複数のソウ・ラービに遭遇する幸運に期待するしかない。

 だが、この岩場なら運任せではなく、毎回それなりに稼げる可能性がある。


「うわぁ……、確実に稼げるのは助かるけど、これは……。」


 ミカの目の前に広がるのは、真っ赤な岩場。

 岩自体は普通の岩なのだが、無数の赤い点が目立ち、印象としては真っ赤な岩場。

 この、無数の赤い点が採集のターゲット。


 赤蜥蜴石。

 太古の昔、赤蜥蜴というのがいたらしい。

 そして赤蜥蜴は何と岩を食べたのだとか。

 この赤い岩場は、その赤蜥蜴の巣なのか餌場なのかは知らないが、現在では無数の化石が採れるポイント。

 この化石を赤蜥蜴石といい、ギルドに持って行くと一個二百ラーツで買い取ってくれる。

 百個集めれば二万ラーツ。

 相当に美味しい採集だ。

 だが、この採集はあんまり人気がない。

 なぜか?

 理由は簡単。街からはちょっと遠いから。

 ミカのように【身体強化】を使って、移動を苦にしないという人はほとんどいない。

 一日で往復することを考えれば、普通なるべく近くで採集をしたいはずだ。

 以前のミカのように。


 森を突っ切れば多少は早く往復できるが、森には魔獣がいる。

 ミカのように定額クエストしかしない冒険者は他にもいるが、そういう人は基本的に魔獣と戦わない。

 戦う術のない一般の人が、日銭を稼ぐために冒険者登録をして採集しているからだ。

 遭遇した魔獣だけ狩ってランクアップするような変人…………優秀な冒険者はミカくらいだ。


 そういう訳で、この岩場は現在は放置気味になっている。

 稼ぐなら今しかない。

 そのうち資本家が資金を投入し、簡易拠点を作って一気に採集に乗り出すと思う。

 人を雇って採集させ、荷馬車を用意して大量に街に運ぶ。

 そうなれば値崩れは必至。

 取り尽くされてしまえば、この定額クエストは無くなってしまうだろう。


「おっし、まずはさっさと集めるか。」


 とりあえずの目標は百五十個。三万ラーツ。

 遠目には真っ赤に見えるほどごろごろその辺に落ちている。

 採集そのものは簡単だ。







 1時間もしないで目標を越える百六十個を集め終わった。

 正直、こんな簡単でいいのだろうかと思ってしまう。

 まあ、移動の時間がそこそこかかっている。

 採集の時間は短いが、それでももう昼を過ぎる頃だろう。

 あまり欲張っても仕方ないので、さっさと切り上げることにする。


「これを持って帰るのか……。」


 ミカはぱんぱんになった雑嚢を見て溜息をつく。

 百六十個の赤蜥蜴石でいっぱいになった雑嚢を持って帰ることを考えると、ちょっとげんなりする。

 というか、重さで雑嚢が破れるんじゃないのか、これ?

 運搬方法は今度までに考えるとして、とりあえず今日はこのまま持ち帰るしかない。


 もう一度溜息をつき雑嚢を肩にかけ、サーベンジールに戻るためにミカは歩き出した。







 ギルドで赤蜥蜴石を引き取ってもらい、ミカは裏通りをぷらぷら歩いていた。

 水の月になり、最近はまた大通りに人が溢れている。

 ミカは移動のメインに裏通りを活用するようになった。

 まあ、裏通りと言ってもそこまで奥に入った道ではなく、大通りより一本二本入っただけの道だ。

 そうして歩いていて、少し先に冒険者が出入りしている店があることに気づいた。


「あんなとこに店なんかあったっけ?」


 憶えがない。

 この道はたまに通るが、何か店があったとは思えなかった。

 ミカが店の前に行くと看板は出ていない。

 と思ったら、足元に薄汚れた看板が立て掛けてあった。

 吊るしていた部分の木が腐り、修理せずにそのまま看板を地面に置いて使っているようだ。


「……なんか、やばそうな気がするのは俺だけか?」


 だが、こうした寂れた店にわくわくしてしまう自分もいる。

 所謂、町中華などの寂れた店で、意外に美味いランチやセットを出していたりする。

 そんな店に出会ったようなわくわく感だ。


「ちょっと、覗くだけ覗いてみるか……?」


 そもそも、ミカには何の店かも分かっていない。

 看板らしき物が置かれてはいるのだが、年季が入り過ぎて絵柄が分からないのだ。

 少しだけどきどきしながら、ミカはドアを引く。

 店の中は少しだけ薄暗く、いよいよ不安になってくる雰囲気だ。

 店に入ってすぐにカウンターがあり、そこにくたびれたお爺さんが一人。

 その奥には棚が並び、小物や本、よく分からない物が所狭しと並べられている。

 店の中には個人の客がちらほら。

 明らかに冒険者のような客ばかりだが、パーティーで来ている客はいない。


(入ってみたけど、それでも何の店か分からん。 何だ、ここ?)


 とりあえず、ミカは棚に並んだ物を順番に眺める。

 水晶、手のひらサイズの髑髏、蝋燭、懐中時計、古びた本、何かの液体や飴みたいな物が入った小瓶、などなど。

 他にも山ほどあり、種類が多すぎてとてもじゃないが把握しきれない。

 見慣れた物として、回復薬(ポーション)なんかも置いてある。

 道具屋だろうか?

 カウンターの奥を見ると、ベルトが付いて腰に巻くタイプの布の袋が壁にかけてあった。

 あれは何だろう?と見ていて、ミカはぎょっとする。

 思わず声が出そうになった。

 あの布の袋の値段が大金貨一枚。百万ラーツだった。


(はぁあ!? ()っけーっ! なんじゃそりゃ! あんなんで大金貨一枚!?)


 ミカが驚いた顔をして袋を見ていると、カウンターにいるお爺さんが声をかけてきた。


「ふぉふぉふぉ、坊やはあれが何か知らんようじゃね。」


 人の好さそうなお爺さんが、驚いて固まっているミカを楽しそうに眺める。


「あれは、『魔法具の袋』って言うんじゃよ。 見かけよりもずっと多くの物が仕舞える。 一人前の冒険者の必需品じゃね。」


 前にニネティアナに教えてもらった気がする。

 あれがあれば移動に何日かかろうが、着替えの心配をしなくて済むと言っていた。


「あれがそうなんだ……。」

「おや? 聞いたことがあったのかい?」


 ミカが頷く。


「坊やが持つにはまだ早いだろうがね。 いずれは必要になるさ。 その時は、どうぞご贔屓に。」


 そう言ってお爺さんが笑う。


(あれを持ってれば、赤蜥蜴石も取り放題じゃないか? 元を取るには…………赤蜥蜴石、五千個……。)


 そう頭の中で算盤を弾き、現実の壁の高さを思い知るミカだった。







■■■■■■







【ルバルワルス・レーヴタイン視点】


 ミカが魔法具の袋の前で算盤を弾いていた頃、ルバルワルスは執務室で国王宛の報告書を書いていた。

 例年なら春になる前後で王都に出向いて直接報告しているのだが、今年はまだ王都に向かう目途すら立っていない。


 クレイリア誘拐事件。

 誘拐を実行した賊たちが使ったとされる『抜け道』がまだ見つかっていないのだ。

 すでに事件の詳細などは官吏を送って報告をさせているが、肝心の『抜け道』が見つからないのでは事件が解決したとは言えない。


 何より、今回の事件は王国の盾たるレーヴタイン侯爵家の急所を突いてきた。

 クレイリアのことではない。

 ボゲイザの裏切りだ。

 ボゲイザの家は代々レーヴタイン侯爵家に仕えてきた家系。

 その譜代の臣の裏切りは、レーヴタイン侯爵家を支える柱を粉々に打ち砕くような衝撃をルバルワルスに与えた。

 ボゲイザだけを考えれば、然程重要な者ではない。

 まだレーヴタイン侯爵家に出入りするようになって数年の若輩だ。

 だが、譜代の臣から裏切りが出たという事実は、非常に重い。

 レーヴタイン侯爵家を揺るがしかねないほどに。


 今回の誘拐が何者かに依頼されたのだとしたら、その依頼主の黒幕は間違いなくグローノワ帝国。

 国境を守護する、エックトレーム王国の盾の結束に楔を打ち込むことこそが最大の目的。

 クレイリアの誘拐は、そのための手段だと思っていいだろう。


 ルバルワルスは、譜代の臣たちに全幅の信頼をおいてきた。

 そうやってレーヴタイン侯爵領は保たれてきたのだ。

 そこに、例え爪の先ほどでも傷などあってはならない。

 だが、今回の事件はその”傷”になりかねないものだ。


 これだけで今すぐに何かがあるわけではない。

 あとは『抜け道』さえ見つかれば、今回の事件は一応の解決をみることになる。

 だが、今後重要な場面で、この”傷”が広がっていく可能性がある。

 少しずつ少しずつ、ルバルワルスの心を蝕んでいく。

 これまでなら「任せる。」と一言で済んだことも、こいつは裏切らないだろうか、と疑念が生まれかねない。

 その疑念の種が、この”傷”によって埋め込まれてしまった。


 ルバルワルスはペンを置き、背もたれに寄りかかる。

 そうして、大きく息を吐き出す。

 自らの内の、不信の陰とともに。


「何を馬鹿なことを……。」


 どのような優れた家系にでも、愚者は生まれる。

 ルバルワルスが信じるのは、自らが見てきた為人(ひととなり)だ。

 血筋だけで信頼しているのではない。

 ボゲイザを、「若いが見どころがありそうだ」と見た、自らの不明を猛省すればいい。


「見どころ、か。」


 果たして、あの少年はどうだろうか。

 クレイリアを卑劣な賊から救い出した少年。

 ”学院逃れ”を見逃したことで、まさかクレイリアの危機を救われることになるとは夢にも思わなかった。


 ルバルワルスはキャビネットに行くと、グラスに蒸留酒を注ぎ一息に呷る。

 熱さが喉を通り、腹に落ちる。

 ふぅ……、と熱い息を吐き出す。


 少年は何らかの【神の奇跡】を使い、七人もの賊を殺害した。

 それ自体は別に罪に問われるようなことではない。

 通りがかりの冒険者が誘拐に気づき、賊を殺して侯爵の令嬢を救い出した。

 むしろ美談、英雄譚と言ってもいい。


 だが、あまりにも方法が異常だった。

 六人は頭が吹き飛び、一人は全身が焼かれていた。

 こんなことは相当な手練れが、余程上手く不意を突かなければ無理だ。

 それを、学院に通ってまだ1年ほどの子供がやった?

 誰も信じないだろう、こんな話は。

 ルバルワルスでさえ、自分が導き出した答えでなければ一笑に付していただろう。


 だが、これは間違いなく”真実”。

 少年にそうと確認したわけではないが、あの目が雄弁に語っていた。


(相当な覚悟を持って戦い抜いた経験がなければ、あの目はできん。)


 見捨てたくなかったと語った、あの目。

 燃え盛る工場に飛び込み、村人を救い出した。

 七人もの賊にたった一人で立ち向かい、クレイリアを救い出した。

 あの小さな身体のどこに、それほどの勇気と覚悟が詰まっているのか。


 ルバルワルスは執務机に戻り、目を閉じる。

 少年には面談の際に、一応褒賞の話も振ってみた。

 だが、即答で断ってきた。


「そんな物のために助けたんじゃない。」


 金貨五十枚だと伝えると、


「い、いいい、いりません。」


 とそっぽを向いた。

 ルバルワルスには少年が意地を張っているのが分かったが、その意地を好ましく感じた。


 ルバルワルスはその時のことを思い出し、つい笑ってしまった。

 少年の持つ、年齢に不相応な大き過ぎる力に多少の懸念がない訳ではないが、このまま真っ直ぐに進んでほしいと思った。


 コンコン。


 執務室のドアがノックされる。


「入れ。」


 ルバルワルスは表情を引き締め、ノックの相手に入室を許可する。

 部屋に入ってきたのは、ハイデン・レーヴタイン。

 レーヴタイン家の長男であり、騎士団で隊長を任せている20代前半の男。

 ハイデンは執務机の前まで来ると、完璧な敬礼をしてみせる。


「父上、執務中失礼します。」

「どうした。」

()()()()。」


 ハイデンは厳しい顔をして、それだけを伝える。

 ハイデンには『抜け道』の捜索を命じていたのだ。

 そのハイデンが()()というのだから、何が出たかなど聞くまでもない。


「どこだ。」

「17区。 わざわざ街壁から少し離れたごみの山を入口にしていました。 偽装も完璧です。」


 板で入り口を塞ぎ、ごみを盛ればまずバレないだろう。


「どこに通じてた。」

「バラック街です。」


 ルバルワルスの眉間の皺が深くなる。

 机の上で強く握った拳が震えた。


 サーベンジールの街壁の外側に、バラック街と呼ばれる難民の集まった集落があることはルバルワルスも把握していた。

 あまり良いことではないと思いつつ、それでもルバルワルスは様々な理由で難民にならざるを得なかった者たちを不憫に思い、これまでは目こぼししてきたのだ。

 だが、その目こぼしにつけ上がり、サーベンジールに穴を穿つならばもはや容赦はせん。


「バラック街は確か……、五つあったな。」

「大きいものは五つですが、小さいものはおそらく誰も把握できていません。」


 ルバルワルスは大きく、ゆっくりと息を吸い、そして吐く。

 そうして、自らの内に湧き上がる怒りを鎮める。


「すべて排除する。 すべてだ。 本部に掃討作戦をすぐに検討させろ。 明日、会議を行う。 外が片付けば、すぐに中もやるぞ。」


 ハイデンは敬礼すると、すぐに執務室を退室する。

 ルバルワルスは書きかけていた国王宛の報告書を握り潰す。

 『抜け道』が見つかったことで、報告書は一から書き直しだ。

 それでも、見つけられない言い訳を書き連ねるよりは、幾分ましな気分だった。


「来月中には掃除を終え、陛下に拝謁したいものだ。」


 ルバルワルスはそう呟き、新たな紙を用意し、報告書を書き始めるのだった。





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― 新着の感想 ―
ちなみに「おたんこなす」は花魁言葉で「お短 子茄子」。茄子は男のアレ。でも茄子ほど立派じゃないから子茄子。つまり現代風に言うなら「短小包〇野郎!」となる。良い子のみんなは使うんじゃないぞ!
貴族はメンツを大事にすると思いますが、それに合う報酬がないという事は何か理由づけをしないと成立しないと思います。
[一言] 侯爵サマ流石太っ腹だな。 娘の報奨はお前の命だ(ペッ)ってことか、権力者と懇意にする意味は突然特に理由もなくぶち殺されないってレベルかな? まあ、おさるさんの群れのなかではそれも大きなアドバ…
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