第56話 侯爵の取り調べ
ミカがオールコサ子爵の屋敷に監禁…………保護されてから一週間。
ミカは取り調べに次ぐ取り調べの毎日にうんざりしていた。
一週間前。
女の子をサーベンジールから来た騎士たちに預け、ミカはそこで気力が尽きてしまった。
街道の真ん中で大の字になって眠ってしまい、気がついたらこの屋敷で寝かされていた。
森の中で転げまわった泥だらけの服では申し訳ないと思ってしまうほどに真っ白なシーツ。
ミカが目を覚ました時、グシャグシャのどろどろになった寝具を見て青くなったものだ。
だが、すぐに屋敷の使用人らしき優しい笑顔の年配のメイドさんがやって来て、ミカを湯場に案内してくれた。
ミカが湯場で泥と汗を流しているうちに、そのメイドさんが着替えも用意してくれていた。
可愛らしい、ひらひらのワンピースを。
「こんなもん着れるかぁーーーーーーーーっ!」
とミカが叫び、それで初めてミカが男だと分かったらしい。
どうやら、それまで女の子だと思われていたようだ。
メイドさんに言ってミカの雑嚢を持って来てもらい、その中に入っている自分の服に着替える。
自分の服と言っても、学院の運動着なんだけど。
普段着としてすっかり着慣れてしまい、里帰り中の着替えとしても持って行っていたのだ。
その後は美味しい食事も提供され、すっかり気力と体力を回復させることができた。
だが、彼らがミカを保護したのには当たり前だが理由がある。
侯爵令嬢を救出した件だ。
どこで救出したのか。
どうやって救出したのか。
そもそも、なぜ誘拐に気づいたのか。
これらについて、しつこく何度も聞かれた。
取り調べには、常に五人くらいの騎士や官吏がやって来た。
幸い、ミカの耳鳴りも一晩寝たらだいぶ良くなった。
完全に治まったわけではないが、会話でコミュニケーションを取れるくらいには回復している。
聞かれたことには、基本的には何でも答えた。
基本的なこととして、まずミカの名前や身分の確認などが行われた。
隠してもすぐにバレるだろうから、これらには進んで答える。
サーベンジールの魔法学院に去年から通っていること、冒険者として多少の活動をしていることなどもこちらから伝えた。
(今は少しでも心証は良くしておかないとね。)
まあ、あまりミカの魔法については大っぴらにする気はないので、適当に誤魔化すことも多少はあったが。
誘拐に気づいたのも、呻き声が聞こえたから。
馬車の中にいた女の子の呻き声が本当に聞こえたのかとツッコまれるが、聞こえたものは聞こえた、で押し通す。
どこで救出したのかも、大まかに口頭で説明。
取り調べにあたった官吏が、その場で大雑把なヤウナスン周辺の地図を描き、「この辺か?」と聞くので「その辺です。」と答える。
(さーて、これで大騒ぎになるなあ。)
と内心溜息をつきながら。
案の定、その日の夕方には再び取り調べとなった。
ミカの話を聞き、すぐに確認のために騎士を送ったようだ。
そして、その現場に散乱する死体、死体、死体。
そりゃ大騒ぎにもなるね。
取り調べに来た騎士や官吏は、この時は十人を超えていた。
みな一様に強張った顔をしている。
ミカにも賊が殺されていたことが伝えられ、「ええ!? そうなんですか!?」と一応は驚いた振りをする。
取り調べにあたっている人たちも、ミカがやったとは考えていないようで、「何か見なかったか?」としつこく聞いてきた。
ミカの中のシナリオでは、賊が馬車から離れた隙に救出したことにしているので、当然しらばっくれる。
「女の子を逃がしたことで、仲間割れか証拠隠滅の口封じですかねえ?」
と、しれっと誘導してみたりもする。
その線は彼らも考えていたようで、「やっぱり、そう思うかい?」などと言われた。
(しっかし、子供に賊が殺されてたことを言うかね?)
と思わなくもないが、そんな配慮を期待するのは高すぎる望みなのだろうか。
翌日も、その翌日も取り調べは行われた。
食事は美味しいし、ベッドも草を敷いたものではなく、綿を使ったちゃんとした寝具で寝心地は抜群なのだが、部屋に閉じ込められた状況には少々うんざりしていた。
だが、ミカにはどうしても伝えなくてはならないと思っていることがあり、それをどうやって伝えるか考えているのだが、中々いいキッカケがない。
取り調べに来る官吏や騎士の関心は賊を殺害した者や、その手掛かりだ。
仕方ないので、こっちからネタ振りすることにした。
「そういえば、あいつらの話してることが聞こえたんですけど、ちょっと気になって……。」
「ほぉ、どんなことを話してたんだい?」
「スラムから、女の子を担いで街壁を潜ってきたって言ってました。 これって、サーベンジールの街壁ですかね?」
「……なに?」
ミカの向かいに座った官吏が、一瞬怪訝な顔をする。
が、その表情がみるみるうちに驚きに変わっていった。
それは、立ち会っていた他の騎士や官吏も同じだ。
ミカの言葉を聞いて最初は「何を言ってる?」と怪訝そうな顔をするが、その内容の意味に思い至り、はっきりと青褪める騎士もいた。
サーベンジールの出入りには、街に三つしかない門を通る必要がある。
そこでは検問も行い、不審な者がいないかを厳しくチェックしている。
馬車は荷台も検め、ご禁制の品が持ち込まれたりしていないかなどもチェックしているのだ。
ところが、抜け道が存在すると、その検問の意味がなくなってしまう。
女の子を担いで通れる抜け道だ。
大抵の物は好きに持ち込み、好きに持ち出すことができる。
犯罪者もわざわざ門など通らず、抜け道を使えば自由に出入りできる。
ミカのこの証言を聞けば、サーベンジールの治安に携わる者なら、青褪めもするだろう。
青褪めた騎士が慌てた様子で部屋を出て行き、ミカの向かいに座る官吏も同席していた他の官吏に目配せする。
「他に、どんなことを話していたかな? ……いや、ちょっと待ってくれるかい。 君の話を聞きたいと思う人が何人かいるんだ。 その人たちを呼んでもいいだろうか?」
「はい、どうぞ。」
それからまた、十人以上の騎士や官吏が部屋に集まり、ミカにいろいろ尋ねる。
ミカは、これで拘留される期間が延びるだろうな、と内心溜息をつくが、サーベンジールの悪党を追い払うためだ。
仕方ないと諦める。
「一年くらいスラムに潜んでいた。」
「シャクサーラに戻れば。」
この二つの情報をミカは開示する。
ミカとしては、自分の暮らすサーベンジールの治安向上に役立つ情報は提供するが、他については関わるつもりがない。
シャクサーラというのがどこか分からないので、確認の意味で開示したが、シャクサーラとはアム・タスト通商連合の首都らしい。
結果としてはミカには関係のない話だったが、まあこれくらいはサービスだ。
その後は特に伝えることもない。
いろいろ聞かれはするが、自分の中のシナリオに矛盾しないように気をつけながら答え、監禁生活の一週間が経過した。
■■■■■■
ミカはこの一週間で”地獄耳”のバージョンアップを行っている。
取り調べも一日中ずっと行われるわけではないので、結構暇な時間が多かった。
そこで、小さい音を拾おうとして、全体の音が大きくなり過ぎる問題を片付けることにした。
だが、どうすればミカの求める形にすることができるだろうか。
言うのは簡単だ。
要らない音は増幅させない、または消す。
要る音だけを増幅させる。
目に見える物だったら、簡単な取捨選択だろう。
これは要る、これは要らないと選り分けていけばいい。
だが、音でそんなことをするにはどうすればいいのか?
ぱっと思いつくのは、”音の波形”だ。
音を周波数毎に切り分ける。
そして、不要な周波数帯の音は増幅の対象から外す。
また、”ノイズキャンセラー”のように不要な音を消すか軽減できるというのも欲しい機能だ。
小さな音を拾い、増幅させながら、不要な音はノイズキャンセラーで減衰させていく。
確か、逆位相の音をぶつけてやれば、音が消えるという仕組みは聞いたことがある。
…………そんなのどうやんの?
それと、大きくなり過ぎる音が発生した場合には上限を設け、それ以上は大きくならないようにさせる。
こうすることで、突然の大きな音にも対処する。
ミカは部屋の窓を開け、籠の鳥よろしく外を眺める生活を送った。
そんなミカを見て、どうやらミカのお世話担当になったらしい、優しい笑顔の年配のメイドさんが「お外に行きたいよね。 可哀想にねえ。」と同情してくれた。
だがミカは、別に外に行きたくて窓を開けていたのではない。
外から入ってくるいろいろな音を拾い、どうやれば思い通りに操作できるか練習していたのだ。
こうしてオールコサ子爵の屋敷での捕らわれの生活が終わり、現在はサーベンジールへの移送中である。
ミカには馬車が用意されたが、しっかり壁も天井もあり、座席付きの立派な馬車だった。
ただ、護衛兼監視と思われる騎士と二人きり。
正直とても気まずい。
だが、騎士も余計な口を聞くつもりがないのか黙っているので、ミカからも話しかけたりはせず、じっとノイズキャンセル機能の訓練をしていた。
(馬車の立てる音すべてを消すのは、さすがに難しいな……。 だいぶ静かにはできるようになったけど。)
ミカは、馬車が立てるガタゴトッ、ガタゴトッ、ガタゴトッという音のすべてを消すことにチャレンジしていた。
だが、さすがにこれをすべて消すのは難しかった。
それでも馬車の音を小さくしながら、遠くの鳥の囀りを大きくしたりと、思いつくことをやってみる。
そんなことを試しながら、2日かけてヤウナスンからサーベンジールに移動する。
そして、サーベンジールに着いたら今度はレーヴタイン侯爵の屋敷に監禁である。
正直、そろそろやることもなくなったので、解放してほしいのだが。
(……何か呪われた物でも差し入れしてくれないかな。 そうしたらしばらくは暇が潰せるのに。)
だが、もしこれで本当にそんな物が差し入れされたら、それは差し入れではなく口封じが目的だろう。
侯爵令嬢誘拐の事実を外部に漏らさないため、ミカを暗殺するつもりとしか思えない。
実際のところ、誘拐が公に公表されているのかどうか、それすらミカには知らされていなかった。
もしかしたら、侯爵側もミカの取り扱いには苦慮しているのかもしれない。
このまま外に出して、余計なことをぺらぺらと話して回られたら堪らない。
だが、侯爵の娘を救った子供に手荒な真似をするのもおかしな話だ。
どうすればいいのか、と頭を抱えているのかもしれない。
そうして、ミカがレーヴタイン侯爵の屋敷に移された翌日、ついにボスキャラ登場である。
何と、ミカの取り調べにレーヴタイン侯爵本人が出てきた。
オールコサ子爵のところでは担当の官吏や騎士が取り調べを行ったが、ここでは侯爵本人が取り調べる気らしい。
ミカは朝から屋敷の中にある会議室のようなところに連れて行かれ、向かいの正面に座るのがレーヴタイン侯爵、両側には側近らしき男たちが座る。
ミカから見て右に騎士たち、左に官吏たちが並ぶ。
行われた取り調べはオールコサ子爵のところで話した内容の繰り返し。
すでに何度も話した内容で、内心うんざりしながらこれまでと同じ内容を伝える。
一通りの話が終わると、レーヴタイン侯爵は自分の隣に座る騎士以外の退出を命じる。
これで会議室の中にはミカとレーヴタイン侯爵、侯爵の右隣に座る騎士だけになった。
「さて、ミカ・ノイスハイム君。 ご苦労だったね。 改めてクレイリアの父として、君には礼を言わせてもらおう。 ありがとう。 ここから先は侯爵としての取り調べではない。 楽にしたまえ。」
レーヴタイン侯爵がそんなことを言う。
(……それ、信じる奴がいると思ってんのか?)
無礼講なんて言葉は、分かりやすい罠だ。
それで本音をさらけ出して、職場で冷や飯を食わされている奴を見たことがある。
「魔法学院での成績は中々優秀なようだな。 魔力量も豊富、感知する力にも優れ、一年目ですでに【身体強化】まで使えるようになったとは、大したものだ。」
「……ありがとう、ございます。」
侯爵が、何やらミカを持ち上げ始めた。
何かの報告書を見ながらうむうむと頷いている。
「運動の方も頑張っているな。 体格には恵まれなかったようだが、それでもクラスの中で一二を争う成績だそうじゃないか。 まだまだ身長もこれから伸びるだろう。 将来が大いに楽しみだな。」
「……………………ありがとう、ございます。」
ミカの危険察知レーダーがびんびんに反応する。
ミカの勘が、この死地からの即時離脱を勧告してくるが、懸命に抑え込む。
そもそも逃げられる場所などどこにもない。
リッシュ村でミカの処遇について話し合った集会場の時のような感じだが、ヤバさはあの時の比じゃない。
しかも、ここにはミカを助けようとしてくれたキフロドやラディはいないのだ。
肚を据えて挑まなくてはならない。
「娘を背負ってヤウナスンまで走ってくれたらしいね。 相当に【身体強化】を使いこなしているようだ。」
「……それほどでも、ないですが。」
先程のミカを持ち上げていた時とは、少しだけ侯爵の声のトーンが落ちる。
「マグヌス。 貴様は【身体強化】はどれくらいもつ? ……そうだな、自分の体重と同じだけの荷物を背負い、7キロメートルほどを1時間かけずに走り切るとして、だ。」
侯爵は隣の騎士に話しかける。
この時、ミカははっきりと自分が追い詰められているのだと確信した。
(……どこまで気づいてるんだ?)
オールコサ子爵の取り調べでは、そこまで突っ込んだことは言ってこなかった。
「女の子を背負って、あんな所から走って来たのか。」
「大変だったろう?」
それで終わりだ。
だが、レーヴタイン侯爵はそこに時間も考慮した。
おそらく、娘からいろいろ話を聞いているのだろう。
その情報はオールコサ子爵には提供せず、自分たちの手に留めた。
「その前提ですと、間違いなく走り切れませんな。 軟弱で申し訳ない。」
マグヌスと呼ばれた騎士が頭を掻く。
「安心しろ、こんな前提なら私も軟弱者だ。 威張って言うことではないがな。」
レーヴタイン侯爵とマグヌスの茶番を、ミカは内心の苦しさを隠して見つめる。
やや鋭さを増した目つきのレーヴタイン侯爵がミカを見る。
「君はリンペール男爵領出身だということだが。 私はリンペール男爵領出身の学院生に、一人憶えがあってね。」
そう言ってレーヴタイン侯爵はテーブルに肘をつき、身を乗り出す。
「一年半前、リンペール男爵から相談を受けたのだよ。 ”学院逃れ”の疑いのある子供の裁定について。 ……心当たりはあるかね?」
ミカは自分の考えの甘さを悔やんだ。
膝の上で、強く手を握り締める。
(何でそこに思い至らなかった! リンペール男爵からレーヴタイン侯爵に情報が行くのは当たり前じゃないか!)
そして、そこからなら容易に辿り着く。
正解に。
賊を皆殺しにしたのが、ミカである可能性に。
ミカの”学院逃れ”は、【神の奇跡】を使ったという疑いから始まっている。
ミカには学院に入学する前から、【神の奇跡】を使っていたという事実があるのだ。
子供だからと容疑者リストから早々に削除したオールコサ子爵の官吏たちとは違い、レーヴタイン侯爵はこの事実から”真実”に見当がついている。
「その子供は、誰にも教わらずに【神の奇跡】を使ってみせたというのだ。 信じられるか?」
やはり、レーヴタイン侯爵は気づいている。
そして、賊を殺した容疑者として、ミカを排除していない。
排除していないどころか、おそらく容疑者の上位に挙げている。
【身体強化】以外の【神の奇跡】を使って、賊を殺害した可能性を視野に入れて取り調べを行っているのだ。
「侯爵閣下が尋ねておられるのだ。 返事くらいしたらどうだね?」
「よい、構わん。」
黙り込んだミカをマグヌスが窘める。
レーヴタイン侯爵は背もたれに寄りかかり、マグヌスに声をかける。
「貴様も外に出ていろ、マグヌス。」
「なりません、閣下!?」
退出を命じる侯爵に、マグヌスが焦った顔をした。
「何だ、マグヌス。 こんな子供が怖いのか?」
「ええ、勿論です閣下。」
マグヌスはミカを真っ直ぐに見つめ、きっぱりと断言する。
「油断しなければ、やられはしません。 ですが、油断すれば失うのは手足だけでは済まないでしょう。 魔法士とは、そういう存在です。」
マグヌスは、ミカを子供として見ていない。
一人の魔法士として、油断をしてはいけないと本気で思っている。
「だが、このままでは話もままならん。 貴様の顔が怖いからだろう。 いいから出ていろ。」
「な、閣下!?」
侯爵はとんでもない言いがかりでマグヌスを会議室から追い出した。
(いや、あんたの顔の方が怖いよ、侯爵?)
何だか、さっきまでとは少し空気が変わってきた。
会議室の扉が閉まると、完全にミカと侯爵の二人だけになる。
ぶっちゃけ、重圧が半端ない。
だが、さっきまでとは違い、侯爵は何も言ってこなかった。
沈黙が重すぎる……。
「……あの。」
「何かね?」
「何でさっきの人、追い出したんですか?」
「君と忌憚なく話をするためだが?」
じゃあ、何で黙ってるんだよ。
「何か、聞きたいことがあるんですか?」
「聞きたいことはあるが、聞けば答えてくれるのかね?」
ですよねー。
これじゃあ八方塞がりだよ!
ミカには都合の悪いことが多すぎて、とてもじゃないが下手なことは言えない。
侯爵としても、事実関係をはっきりさせないと、ミカを解放するわけにいかない。
どうにもならないじゃん、これ!
ミカは肩を落とし、思わず溜息をついてしまう。
偉い人の前で途轍もなく失礼な態度だが、こんな八方塞がりどうすりゃいいんだよ。
「随分としょぼくれているな。 とても娘を賊から救い出してみせた、勇気ある少年には見えんぞ。」
誰のせいだよ。
いや、大部分が自業自得だってのは分かってるんだけど、落ち込みたくもなるわ。
「ちょっと、もう……後悔しちゃいそうで。 ……後悔してないけど。」
つい、そんな愚痴を零してしまう。
「後悔?」
侯爵が聞き返す。
ミカは、「あーもーバレてんだったらどうにでもしやがれー」とちょっと自棄っぱちな気分になっていた。
「悪党どもが話しているのを聞いて、誘拐された女の子が侯爵家の娘らしいということが分かりました。 ……その勇気ある少年は何て思ったでしょう?」
侯爵は怪訝そうな顔するが、一応は考えてくれる。
こんな子供の戯れ言に付き合ってくれるらしい。
「……褒賞が期待できる?」
侯爵が選んだのは現実的な答えだ。
夢も希望も綺麗事もない、実につまらない答え。
「……『見捨てようか。』 これが答えです、閣下。」
だが、現実はもっとつまらない。
己の保身のために、一瞬でもミカは見捨てることを選択肢に加えたのだ。
もっとも、ミカの予想では冤罪のリスクを恐れたのだが、実際は冤罪でも何でもない。
一人の女の子を救うため、七人もの命を奪った。
そのことに後悔はないが、どうしても「そのせいで今こんなことになっている」と思ってしまいそうになる。
侯爵は驚いた顔でミカを見た。
だが、すぐに表情を引き締める。
「それでも君は、娘を……クレイリアを救い出してくれたな。 なぜだ?」
ミカは目を閉じて考える。
もしもまた同じ状況になったら、ミカはどう行動するだろうか。
次はどんな選択をするだろう。
(……たぶん、何度やったって同じだ。)
ミカの選択は変わらない。
ミカの取った選択は、ミカのもっとも根源的な部分に則した行動。
「見捨てたくなかった。 ただ、それだけです。」
見捨てたくなかった。
あの状況で、見捨てるような人間になりたくなかった。
ミカ自身が、何人もの人に助けられたからこそ”今”がある。
その人たちの思いを、踏み躙るような気がしたのだ。
「だから……、火事の時も【神の奇跡】を使ったのかね?」
侯爵がミカに尋ねる。
侯爵は、リッシュ村のことも調べたようだ。
村に人でもやったのだろうか。
それなら、きっとまた大騒ぎになっているだろう。
「そうです。」
ミカは、侯爵の質問に絞り出すように答える。
助けたかった。
だから助けた。
それが罪だと言うなら、それは法の方がどうかしている。
ミカは口を引き結び、真っ直ぐに侯爵を見る。
侯爵は鋭い視線でミカを射抜く。
重い沈黙に心が折れそうになる。
だが、不意に侯爵の目から力が抜ける。
「……君には、守りたいものはあるかね?」
そんなことを侯爵が聞いてくる。
「故郷の家族とか、お世話になった恩人とか……。 沢山の人たちに僕も助けられてきましたから。 その人たちには、平穏でいてほしいなって思います。」
「ふふ……、そうか。」
侯爵が初めて笑みを零す。
「おかしいですか?」
「いや……、もうそんな風に考えているのかと思うとな。 私が君くらいの頃など、明日は猟に行こうか、魚を捕りに行こうか、そんなことばかり。 自分以外のことなどロクに考えたこともなかったわ。」
侯爵は一頻り可笑しそうに笑うと、表情を引き締める。
「凡その知りたいことは分かった。 一両日中に君が学院に戻れるように手配しよう。」
そう明言するのだった。




