第54話 侯爵令嬢救出
薄暗い森の中。
ミカはゆっくりと、慎重に身体を起こした。
「ようやく起き上がれるようになったか……。」
すでに痩身の男を倒してから2時間くらい経っている。
全身の骨折を癒しの魔法で治し、何度か起き上がろうとして、その度に激痛に悶えた。
修復の足りない部分を個別で治し、やっと起き上がれるようになった。
開放骨折がなかったのは、本当に不幸中の幸いだ。
【身体強化】で耐久力が上がったおかげだろうか?
もしかしたら、どこかズレてくっついてしまった骨もあるかもしれないが、気にしないことにする。
贅沢を言ってはいけない。生きて、こうして動けるだけでも感謝すべきなのだから。
慎重に、慎重に、確かめながら立ち上がる。
そうして、ゆっくりと全身を伸ばしていく。
「ん、んーーーー……っ。」
大きく身体を伸ばしても、特に痛む箇所はない。
その後もしばらく身体を捻ったり回したり、異常がないかを確認する。
「はぁぁーー……、やっと治った。」
首をゆっくりと傾げると、こきっと鳴った。
「あとはこいつだけか。」
ミカは耳を穿る。
特に血が出ていたりはしないが、2時間経過してもひどい耳鳴りが治まらない。
試しにパンッ!と手を叩く。
が、まったく聞こえなかった。
「……治るのかね、これ。」
癒しの魔法も耳にやってみたのだが、耳鳴りは治まらなかった。
なんとか鼓膜の損傷などはなかったようだが、最後に無茶をし過ぎて聴力に関わる神経がイカレてしまったらしい。
いっそ鼓膜が破れた方が癒しの魔法の効果対象で、耳鳴りの治りも早かったかもしれない。
「まあ、それを言ってても仕方ない。 切り替えていくか。」
ミカは【神の奇跡】の【身体強化】を発現する。
”吸収”はもうずっとフル稼働状態だ。
本当に役に立つな、これ。
魔力範囲の10メートルも展開し、これで準備万端。
耳が馬鹿になってしまったので、この魔力範囲を利用した知覚だけが、視覚外を知る唯一の手掛かりだ。
耳が聞こえないって、それだけですっごい不安になるな。
ミカは慎重に痩身の男に近づく。
幸か不幸か、ミカの倒れていた場所からは木に遮られ、痩身の男の姿は見えなかった。
だいたいどんな状態か想像はつくが、一応この目で絶命していることは確認しなくてはなるまい。
「うげぇ……。」
予想どおり、痩身の男は大変ひどいことになっていらっしゃる。
まあ、無数の小さな刃で全身を散々に切り刻まれ、周囲にもいろいろと飛び散っているのだ。
詳細はわざわざ説明するまでもあるまい。
「ふむ。」
しかし困った。
大変猟奇的だが、そのせいでこの死体の異常さが一目で分かる。
”風千刃”以外のどんな方法を使えば、こんな真似ができるというのか。
ミカとしては”風千刃”は切り札だ。
その存在はなるべく秘匿したい。
リッシュ村での伐採作業でも”風千刃”を使っていたが、村の伐採作業とこの死体では、知られる相手、知られる意味がまったく違う。
「よし、隠蔽しよう。 ”火炎息”。」
熱エネルギーも操作し、なるべく高火力で痩身の男の死体を焼く。
裏側は焼けないだろうが、ぱっと見た印象だけ”焼死”になってくれればいい。
どうせこの世界ではロクな検死などしないだろう。
痩身の男がミカとの遮蔽物にしようとした木も、表面の一部が”風千刃”で削られている。
これも”火炎息”で表面を少し焼き、”水飛沫”ですぐに消火。
死体の方はざっと焼き、とりあえず燃えたまま放置。
他を確認してからまた消火に来よう。
ミカは焚火の傍に行き、男たちの死体を確認する。
すべて頭が吹き飛んでいた。
身体に穴が開いたり、腕がもげてる死体が転がっている。
全部で六体。
ミカが仕留め損ない、逃げられたりはしていないようだ。
「こっちも随分スプラッターだね。 まるでホッケーマスクを被った男が暴れたみたいな現場だな。」
あの映画のロケーションも森の中のキャンプ場だったし、ホッケーマスク男がやったことにならないだろうか?
「俺は何も見なかった。 うん、そうしよう。」
焚火を”水球”で消し、痩身の男の火も消して、ミカは馬車に向かう。
光源が何もないと本当に真っ暗だ。
”火球”を一つ作り出して傍らにふよふよと漂わせ、とりあえずの明かりを確保する。
馬車の荷台に上がると、いくつかの木箱や樽があるだけで、女の子はいなかった。
また木箱の中に閉じ込められているのだろうか?
ミカは女の子に呼びかけようとして、…………やめた。
今のミカでは耳が聞こえず、例え返事があっても分からないからだ。
片っ端から開けていくしかない。
ミカは溜息をついて、一つ目の木箱に手をかけた。
「どこにもいないぞ?」
ミカは苦労して、六個あった木箱のすべてを開けた。
だが、女の子はいなかった。
さすがに樽の蓋は開けられなかったが、栓を抜いて中身は確認した。
中は何かの液体。
たぶん酒だろう。
(女の子はどこにいった? 自力で脱出したか……?)
ミカは2時間くらい回復に専念していた時間があり、その間は馬車から目を離していた。
ミカの倒れていた場所からは位置的にも見えなかったので、その間に脱出した可能性はある。
(こんな時のための”地獄耳”だっていうのに、使えないなぁ。)
使えないのはミカの耳の方なのに、しれっと”地獄耳”のせいにする。
腕を組み、顎に手を添えて考える。
女の子が馬車に乗せられたのは間違いない。
自力で脱出した可能性はあるが、そうだと決めつけるわけにはいかない。
”脱出した”と分かる痕跡があるならともかく、思い込みで切り上げてもしも女の子を置き去りにしていたら、悔やんでも悔やみきれない。
馬車の隅々まで確認し、絶対にいないと確信するまで捜索をやめるべきじゃない。
だが、どうすれば?
「……そうか。」
ミカは展開してる魔力の濃度をどんどん上げていく。
元々、馬車はミカの魔力ですっぽり包まれている。
だが、荷台に使われている木材の穴や、板と板の隙間などにまで魔力を送り込んでいるわけではない。
ミカは徹底してこの荷馬車をスキャンすることにした。
どんな僅かな隙間も見逃さないように。
そうして馬車の構造を把握することで、女の子のいる場所はすぐに分かった。
荷台の一番奥。
御者台と組み合わせ、不自然な空間が床板の下に作られていた。
ミカは【身体強化】を5倍まで引き上げ、邪魔な木箱をどかす。
そうして床板をよく観察して、どこかに外せる場所がないかを探した。
ほとんど隙間などないくらいにしっかりと板が嵌められているが、奥の一枚だけ端に隙間がある。
その隙間に指を入れて板を外す。
一枚でも外せば、あとはどんどん外していける。
2枚目の板を外したところで、女の子の手が見えた。
後ろ手に縛られているようだった。
(一応、”火球”は背中で隠すか。)
”火球”を移動させ、ミカの身体で”火球”が見えないようにする。
それからさらに板を外し、女の子をしっかりと確認する。
女の子は怯えた目でミカを見て、身を捩っている。
おそらくミカを悪党集団の仲間だと思っているのだろう。
ミカは女の子を起こし、口を縛っていた布を解く。
それから手足を縛っている紐も解く。
何か女の子が必死に話しかけているようだが、生憎ミカの耳は休業中だ。
読唇術でもできれば会話も可能なのだろうが、そんな技術は勿論ない。
ミカは必死の形相で話しかけてくる女の子の目を真っ直ぐに見て、自分の口に人差し指を立てる。
女の子は憔悴しているが、それでもこれだけ話す元気があれば、すぐに命に関わるような状態でないことは分かる。
それが分かっただけでも、ミカは安堵した。
しばらくは必死に何かを訴えていた女の子だが、ミカが口に指を当てるだけで反応を返さないことで、とりあえず口を閉じてくれた。
ようやく話ができる状態になった。
とはいえ、会話はできない。
ほぼ一方的にミカが話すだけだ。
「ごめんね。 今、僕の耳は聞こえないんだ。」
ミカはなるべく優しく話しかけた。
ミカは身振りを交えて、まずはこちらの状態を伝える。
ここを理解してもらわないと、今後のコミュニケーションが難しい。
「だから、君は頷くか首を横に振るかで答えて欲しい。 いい?」
女の子は驚いたような顔をするが、すぐに表情を引き締めてこくんと小さく頷く。
気丈な子だ。
こんなひどい目に遭ったのに、すぐにこんな顔を作れる。
現実逃避し、ずっと泣き喚いていてもおかしくないのに。
「信じられないかもしれないけど、君を助けに来たんだ。 君はレーヴタイン侯爵の娘なのかい?」
ミカが聞くと、女の子は怯えた表情をする。
見ず知らずのミカが、自分のことを知っているのが怖いのだろう。
それはそうだ。
悪党集団の仲間でないなら、なぜミカがそれを知っているのか疑問が湧くのは当然だ。
だが、この確認の結果次第で、今後の行動に変化が必要になるかもしれない。
すぐに必要な情報ではないが、予め確認しておくことが不慮の事態に備えることになる。
ミカは目を逸らさず、真っ直ぐに女の子の目を見る。
女の子は正直に答えるべきかどうか、悩んでいるようだった。
だが、しばらくするとミカとしっかり目を合わせ、躊躇いがちながらこくんと頷く。
(やっぱりレーヴタイン侯爵の娘か……。)
元々絶対に助けるつもりだったが、これで失敗は許されなくなった。
無事にこの子を侯爵に引き渡さないと、ミカが冤罪で誘拐犯の一味にされかねない。
極端な話。
今、この瞬間に誘拐犯の仲間がやって来てミカを殺したとする。
女の子は再び攫われる。
残ったのは怪しい馬車に子供の死体。
周りには明らかに悪党と思われる死体がごろごろ。
普通に考えれば、ミカは巻き込まれただけと考える。
だが、悪党の仲間として処理することも可能なのだ。
政治的思惑が絡んだ誘拐なら、事実などいくらでも捻じ曲げて、自分たちの都合を優先するだろう。
それが単なる時間稼ぎ、目くらましの一つに過ぎなくても。
そしてもしもミカが誘拐に関わったとされれば、その累は家族にも及ぶ。
この『高度に政治が絡んだと推測される誘拐』に関わってしまった以上、ミカが嫌疑をかけられないためには、侯爵に無事この子を渡すことが絶対条件。
それでさえ、犯人に仕立て上げられるという可能性はゼロではないのだ。
政治には関わらないのが一番。
ミカが一瞬でも『見捨てようか』と考えてしまった理由もこれだ。
誰が企んだことか分からない以上、侯爵本人以外に引き渡すことは、それだけでリスクが生じると覚悟しないといけない。
まあ、現実問題としてミカが侯爵に直接会えるわけがないので、どこかである程度のリスクは取らざるを得ないのだが。
(とはいえ、さすがにそこまでひどい事態にはならないだろう。 それなりに面倒なことにはなりそうだけど……。)
ミカはそっと息を吐く。
相当に困った事態だが、いつまでもここにいるのも危険だ。
早々に行動に移さないといけない。
「サーベンジールに早く戻りたいとは思うけど、ここからだと遠すぎるんだ。 だから、僕はヤウナスンに行こうと考えてる。 ヤウナスンなら走ればたぶん1時間くらいで着く。 どう?」
ミカが聞くと、女の子は迷うことなく頷く。
ヤウナスンのある領地は、確かオールコサ子爵領と言ったか?
侯爵の娘なら、もしかしたらオールコサ子爵と面識があるのかもしれない。
「わかった。 じゃあ、ヤウナスンに行こう。 立てる?」
ミカが立ち上がると、女の子が急に怯え始めた。
(ん? なんで?)
後ろを振り返っても何もない。
魔力範囲を展開しているので、誰かが10メートル以内にくればすぐに分かる。
女の子がなぜ怯えているのか分からない。
女の子はしきりに周囲を気にしている。
(あ、いけね。)
ミカは大事なことを伝えるのを忘れていたことに気づいた。
怯える女の子の前に行き、微笑みかける。
「大丈夫。 今はあいつらはいないから。 でも、なるべく早くここを出たいんだ。 いい?」
ミカの言葉を聞いても信じられないのか、女の子はいやいやと首を振り、耳を塞いでしまう。
この事態は想定外だ。
自分で走れるなら自分で、走れないならミカが背負って脱出すること考えていたが、馬車の外に出ることを拒否されるとは思わなかった。
だが、女の子の受けた仕打ちを考えれば無理ないかもしれない。
連中に見つかったらと思うと恐ろしくて、とても勇気が出ないのだろう。
(仕方ない。)
今のミカでは説得は不可能。
なら、強引にいくしかない。
(俺って、いつもこんなのばっかだな。)
思い通りにいかないことを、強引に何とかしてしまおうとする姿勢は考え直した方がいいかもしれない。
…………今後は。
「はい、ちょっとごめんね。」
ミカは女の子を横から抱え上げる。
そう、所謂「お姫様抱っこ」である。
ミカは女の子が驚いて固まっているのをいいことに、そのまま一気に荷馬車から飛び出す。
荷台を出る時に”火球”を消す。
”火球”を漂わせてうろうろしていたら目立ってしょうがない。
視界が一気に暗くなり、ほとんど何も見えない。
ミカは薄っすらと見える木の輪郭と、魔力範囲による知覚で前方の状況を確認して、なるべく急いで脇道に戻る。
女の子の救出に邪魔になるので、雑嚢は脇道に置いていたのだが、特に獣に荒らされることもなく回収できた。
悪党集団が周囲にいないことが分かったのか、女の子は少し落ち着いたようだった。
だが、自分で走ってヤウナスンまで行くのは難しそうなので、背負っていくことにした。
ミカとしても完全に両手が塞がるお姫様抱っこは避けたかった。
雑嚢を首に下げ、女の子を背負ってミカは街道を目指して走り出した。
すでに日付が変わっているような時間だ。
街道を行く来する物など、人も馬車もまったく見当たらない。
ミカはヤウナスンを目指して街道をひた走った。
女の子はミカの肩をぎゅっと掴んで大人しくしている。
ミカの予想よりも早く、1時間もかからずにヤウナスンが見えてくる。
【身体強化】を5倍にしているおかげで、想定よりも早く走れたようだ。
だが、ヤウナスンの街は門が閉じられ、中には入れなかった。
サーベンジールほど立派でも頑丈でもないが、ヤウナスンの街も石を組んだような壁で囲まれている。
(さて困ったぞ。)
とりあえずミカは門を叩く。
中の人に聞こえないと困るので、ばんばん手のひらで叩きまくる。
「すいませーん。 開けてくださーい。」
声を上げながら門をばんばん叩きまくると、女の子がミカの肩を叩く。
ミカが振り向こうとすると、女の子が上を指さした。
見上げると門の横、壁の上から兵士らしき男がこっちを見ていた。
兵士は何か言っているようだが、まったく分からん。
ミカの耳は現在休業中である。
「すいません。 耳が聞こえないので。 とりあえず門を開けてもらえませんか?」
こちらの要求を一方的に伝える。
だが、兵士は入れるつもりがないのか、追い払うような仕草をする。
(……子供がこんな時間に街の外にいるのに見捨てるのか?)
これが、この世界の常識なのだろうか?
確かに子供をダシに門を開けさせ、敵意を持つ者が侵入する可能性はあるかもしれない。
だが、それなら昼間のうちにさっさと侵入してるだろう。
ヤウナスンは、サーベンジールほど厳しく検問をしているわけではないのだから。
ここで子供を見捨てることに、意味があるとは思えない。
(……こいつらは、信用に値するのか……?)
女の子の素性を明かせば、門を開けてもらえる可能性はある。
だが、こちらの話を信用するだろうか?
そもそも、まともに話を聞くだろうか?
(だめだ。 こいつらは信用できない。)
ミカは見切りをつけた。
すでに肉体的にも精神的にもきつい。
食事も昨日の昼に食べた糧食が最後だ。
疲労と空腹で、すでに限界を感じ始めていた。
ミカは女の子が悪党集団に捕まり、極限の状態で大変な思いをしてきたと考えていたが、それはミカにも言えることだった。
極度の緊張状態で神経をすり減らしながら馬車を追い、自分はどう行動すべきかをひたすら考えていた。
自分では敵わないと思う相手に、自分の命だけではなく、女の子の命まで背負って戦いを挑んだ。
女の子を絶対に助ける、守り切るという重圧に、たった一人でずっと耐え続けた。
それら影響で、今のミカの心は相当に荒んでいる。
本人に自覚はないが、かなり短絡的になっていた。
「ごめん。 やっぱりサーベンジールに向かうよ。」
女の子に声をかけ、ミカはさっさと門を離れる。
女の子がミカの背中で、何度かヤウナスンの方を振り返るのが分かった。
それを無視して、ミカはサーベンジールに向かって歩き出す。
実際には、目指すのはサーベンジール方面にある一つ目の休憩所だ。
ミカ自身も休憩を取らないと、とてももたない。
サーベンジールとヤウナスンの間にある休憩所には、店が数軒ある。
交易路ということで、それなりに人の行き来があるからだろう。
朝まで休憩所で休み、店で何か買って食べれば、また動けるようになる。
そう自分に言い聞かせ、しゃがみ込みたくなる自分に活を入れる。
その時、女の子がミカの肩を叩いた。
「どうしt――――っ!」
ミカが女の子に返事をしようとした時、何者かが魔力範囲に侵入した。
ミカの真後ろ。
咄嗟に横に飛び、女の子を庇うように身体の向きを入れ替える。
侵入者を睨み、いつでも魔法を発現できるように左手を突き出す。
侵入者は兵士だった。
さっき壁の上から顔を出していた兵士とは別の兵士が追いかけてきたらしい。
兵士は驚いた顔をして、その場で固まっている。
ミカは警戒を解かず、じりじりと兵士との距離を開ける。
兵士が何事かを話しかけながら近づくが、ミカは同じ分だけ後退する。
「今さら何の用だ! お前たちが街に入れないから行くんだろう! 邪魔をするなら――――!」
ミカは射抜く様に兵士を睨みつけ、左手で狙いを定める。
兵士は慌てたように両手を上げて、何かを言っている。
が、ミカに聞こえるわけがない。
女の子はミカの肩を何度も叩き、兵士に向かって手で制止するような動きをしている。
ミカが警戒を解かないので、兵士もそれ以上は進もうとしなかった。
だが、更にヤウナスンの兵士が三人ほどやって来て、ミカと睨み合うことになった。
「僕たちに構うな! さっさと戻れよ!」
ミカは近づく素振りを見せる兵士に向かって、左手を向けてけん制する。
兵士たちに、ミカが何をする気なのかなど分かるはずがない。
兵士たちはただ、興奮状態のミカを落ち着かせようと、説得を試みているだけなのだ。
残念ながら、それすらミカには届かないのだが。
耳が聞こえないというこの状況も、ミカを精神的に追い詰める要因になっていた。
(お前らなんかに、この子を任せられるか!)
仔を守る野生の獣のように、ミカは必死になって兵士たちを威嚇する。
その時、兵士たちの視線がミカから外れた。
兵士たちの視線はミカの後ろ、街道の先に向けられる。
(何か来たのか? 兵士たちの仲間だったらまずい。 完全に挟まれる。)
ミカも振り向いて確認したいが、兵士たちから視線を外せない。
どうするか悩んでいると、急に背中の女の子が暴れ出した。
「ちょ!? いきなりなに――――!?」
じたばた暴れる女の子を下ろすと、女の子は街道の先に向かって駆け出した。
こちらに向かっているのは、どうやら騎馬の一団。
松明を持ち、十人以上がこちらに向かって来ていた。
そのうちの一人が馬から降りると、女の子はその人に飛びついた。
女の子は、馬を下りた髪の長い女騎士らしき人と親しいようだ。
女騎士の腕の中で泣きじゃくっているのが見えた。
正確な状況は分からないが、おそらくこの騎士の一団はサーベンジールからの捜索隊なのかもしれない。
女の子の様子から、この騎士たちに預けるのが最善と判断してもいいのではないだろうか?
(ようやく、終わった……。)
ミカはどっと脱力してその場に倒れるように座り込むと、大きく息を吐き出した。
精も根も尽き果てるとはこういうことを言うんだな、とミカはそんなことを思った。
それでも、「役目は果たした」とその場で大の字になり、満足して目を閉じるのだった。




