第51話 1年振りの里帰り
土の3の月、2の週の水の日。
ミカは綿花畑に挟まれた街道を、大荷物を背負って歩いていた。
綿花畑と言っても、まだ種も蒔かれていない剥き出しの土。
ミカの視界に入る風景は、『何もない』と評していいほどに何もない平地を、真っ直ぐな街道が一本延びるだけ。
「懐かしいなあ。」
この一年ほどは人が多すぎるサーベンジールにいたため、この何もない感じに懐かしさを覚える。
ミカは無事に年度末の試験を終え、リッシュ村に里帰りをしているところだ。
ミカの魔力は1年前の薄い黄色から、澄んだ青に変わっていた。
おそらく入学当初のリムリーシェと同じくらいだろう。
正直、入学時で今のミカと同等の魔力量を持っていたと考えると、リムリーシェの魔力量がどれほど多かったのかと空恐ろしいものがある。
そのリムリーシェの魔力はミカには同じ青のように感じたが、実際には濃い青に成長しているらしい。
もっとも、それが学院にある測定の魔法具の限界らしく、実際の魔力量については『測定不能』という判定だった。
その他にもいろいろ試験が行われたが、ミカのクラスメイトたちは全員が無事に試験を終えている。
数回のやり直しをさせられている者も、若干名いなくもなかったが。
子供たちはみな、4週間の長期休暇に里帰りをするらしい。
ただ、リムリーシェだけは里帰りせずに寮に残るのだとか。
長期休暇中でも寮では普段通りに食事が出る。
毎年、里帰りをしない学院生が一人二人はいるらしく、残っても問題ないということだった。
寮の子供たちの世話をしている寮母や使用人たちは、今年受け入れる子供たちの部屋の準備などをしているらしく、学院生が長期休暇中だからといって寮を閉めるということはないそうだ。
ミカはリムリーシェのことが気にはなったが、あまり無神経に踏み込むのも気が引けて、普通に挨拶だけして寮を出てきた。
家庭の事情は人それぞれだ。
ミカの家も決して裕福ではない。
学院への入学をこれ幸いと、口減らしのように受け取る家があってもおかしくはないだろう。
ミカは街道を歩きながら空を見上げる。
前にこの街道を歩いたのは、ミカ少年と入れ替わった直後だ。
あの時は容赦のない日の光に焼かれ、熱中症になり半死半生だった。
今は、暦の上ではまだ春と言うには少し早い。
例年よりは暖かくなるのが少し早いらしいが、それでもあの時の死の行進と比べれば天国と地獄だ。
「それでも…………重いものは、重い……。」
ミカは背負子を背負い直し、歩きながら軽く伸びをする。
ミカは今、自分の背丈と変わらないような背負子を背負っている。
積んでいるのはサーベンジールで買ってきたお土産だ。
ミカの学院入りの時にお世話になった人たちへ、何かお返しがしたいと思い買ってきたのだ。
重いし嵩張るしで大変ではあるが、頑張ってここまで運んできたのだった。
「ぶっちゃけ、まじ大変だったけど。」
何が大変かと言うと、やはり嵩張ることが一番だろう。
ただでさえ狭い荷馬車にこんな物を持ち込むのだ。
被害妄想かもしれないが、周りの視線が痛いような気がした。
そしてこれは完全に失念していたのだが、湯場の問題もあった。
ニネティアナに「宿の部屋や脱衣所に荷物を置いたままにするな」と言われていたが、さすがにこんな荷物は湯場に持ち込めない。
湯場の中にある、蓋の閉まる棚に入る訳がないのだ。
困り果てたミカだが、ここは素直に人に頼ることにした。
宿の人に「湯場を使っている間だけ、荷物を預かって欲しい。」と頼んだのだ。
面倒そうにしたり、素直に受け入れたりと対応に若干の違いはあったが、どこでも引き受けてくれた。
子供だし仕方ない、とでも思ってくれたのだろう。
ミカは今回の道中、安宿を使った。
とても乗り合い馬車の停留所にあるボロ小屋で、一晩過ごして無事でいる自信がなかった。
起きている時ならともかく、寝入ってしまっては魔法も【神の奇跡】も関係ない。
大事な人たちへの、大事なお土産を抱えているのだ。
お金で解決できるのなら、素直にお金で解決しようと思った。
そして、このお土産や旅費で、鋼のナイフの購入は延期になった。
元々「持ってれば役に立つかも。」くらいのつもりだったので、延期になったことは別に構わない。
むしろ購入する前に長期休暇のことを知れて良かったと思っている。
もしもナイフを購入した後なら、旅費は何とかなっても、お土産までは予算が回らない可能性が高い。
装備以外にはまったくと言っていいほどお金を使わないミカが、珍しくお土産では四万ラーツを散財した。
定額クエストばかりとはいえ、毎週一万ラーツ前後を稼ぐことができているので、思い切って奮発したのだ。
年に1度だけのことだし、「ここで使わずしていつ使う」と考えた。
ミカが街道を歩いていると、綿花畑で何かを啄んでいた鳥たちが一斉に飛び立った。
「……飛べるのって、楽そうでいいよなあ。」
重い荷物を抱えていると、余計にそんな考えが浮かんでしまう。
ミカは里帰りの道中、あえて【身体強化】を使っていない。
疲れてきたら素直に使うつもりではあるが、1年間も学院の運動で鍛えられてきたのだ。
これも修行!と思って素の状態でここまで来た。
空を飛ぶ魔法。
これまでも、実は考えたことがある。
ミカの作り出す”水球”や”石弾”は難なく空中に浮いている。
なら、自分だって浮くことができるのでは?と。
飛ぶ方法もいくつか考えはしたが、まだ試していない。
少々躊躇う理由があるのだ。
もっとも単純な飛ぶ方法は”突風”でミカが浮くほどの風を生み出してやればいい。
そのまま推進力にもなるので、すごい速さで飛べそうだ。
ただし、そんなことをすれば着地の際に悲惨なことになる。
上手く制御できればいいが、下手をすれば地面に叩きつけられてそのままお陀仏。
この案は当然却下だ。
もう一つは重力に働きかけること。
”水球”や”石弾”が浮いているのだ、自分の重力も減らすか拮抗するようにしてやればいい。
重力を大きく減らせれば、あとは”突風”で推進力を得て飛ぶことができる。
この方法なら着地などもそれほど危険はないと思う。
だが、ミカはこの方法にも躊躇いを覚える。
4つの力。
素粒子の間に働く、強い力、弱い力、重力、電磁気力。
これらに自分の意思で直接働きかけるのは、失敗した時の影響が大き過ぎるのでは?と考えているからだ。
さすがに重力の操作に失敗したところで、いきなりブラックホールを作り出すようなことにはならないだろう。
だが、もしも重力を減らすつもりで逆に増大させてしまった場合、ミカの体重が10倍100倍になることもありえる。
自重で潰れて、やはりお陀仏である。
空を飛ぶために試してみたいとは思いつつ、まだそこまで勇気がないのだった。
「着いたぁーー。」
ミカは村の北門に辿り着き、大きく伸びをする。
コトンテッセからリッシュ村まで歩いて、何とか昼前に着くことができた。
結局、途中で疲れたので【身体強化】を使っての到着だ。
門から村の中をざっと見渡すが、まるで時間が止まったかのように変わりがない。
ちらほらと村人を遠くの方に見かけるが、相変わらず人口密度が極端に低い村だ。
サーベンジールに居たことで余計にそんな風に感じる。
ミカはそのまま村の大通りを進み、まずは教会に向かう。
教会ではキフロドが入口を掃除していた。
「こんにちはー。 お久しぶりです、キフロド様。」
「ん? おおぅ、ミカ! しばらくじゃのぉ。 元気にしておったか?」
「はい、何とか元気にやっています。」
そうかそうか、とにこやかにミカの姿を眺めるキフロドだが、不意に眉を顰める。
「ミカよ、その恰好……。 まさかお前さん、冒険者になったのではあるまいな……?」
「あ、あはははは……。」
ミカの今の恰好はフル装備だ。
革の胸当てに革の手甲、革のブーツを身に着けている。
道中を警戒していたニネティアナを真似て、ミカもとりあえず装備してきた。
「まったく……。 相変わらずのようじゃのぉ。」
キフロドが呆れたように呟く。
ミカは少々バツが悪く、話題を変えることにした。
「シスター・ラディは? 村人の所を周ってるのかな?」
「そうじゃな。 昼には戻ってくると思うが、ラディにも顔を見せてやってくれ。 随分と心配しておった。」
「はい。 ああ、それと……。」
ミカは背負子を下した。
括りつけていた箱の一つを取ると、キフロドに手渡す。
「お土産です。 美味しいって評判なんですが、お口に合えばいいのですが。」
ミカはメサーライトに聞いて、評判の店をいくつか教えてもらった。
そして、お土産で持って行くなら燻製肉がいいかな?とソーセージとの詰め合わせを買って来た。
他にも酒やお菓子も候補にあったが、ミカが食べて一番美味しいと思った物を選んできたのだ。
お酒はキフロドやラディが飲むか分からないのでやめた。
「おおーっ。 これはすまんのぉ。 有難くいただくぞ。」
満面の笑みでキフロドがお土産を受け取る。
「それでは、また来ます。」
ミカは背負子を背負い、キフロドと別れて中央広場を抜ける。
次は通り道にあるニネティアナの家に寄る。
「こんにちはー。 ニネティアナさーん。 いますかー。」
ミカはドアをコンコン叩きながら声をかける。
だが、返事がない。
デュールと散歩にでも行っているのかもしれない。
また後で来てみようと踵を返す。
「ぅわあっ!?」
「やっほー。 久しぶりだねー。 元気してたぁ?」
すぐ真後ろにニネティアナが居た。
デュールを抱えたニネティアナは普通に挨拶してくる。
デュールはミカの大声にも特に反応せず、ニネティアナの腕の中ですやすや眠っている。
「いるんなら声かけてください! びっくりしたなあ、もう。」
「声かけたらびっくりさせられないじゃない。 何言ってるのよ。」
いや、あんたこそ何言ってんだ?
ミカはジト目でニネティアナを見るが、当然ニネティアナがそんなのを気にする訳がない。
ミカの姿を上から下までジロジロ見る。
「……ミカ君、その恰好。 やってんねぇ?」
ニネティアナがニヤリと笑う。
思わずミカもニヤリとしてしまう。
キフロドでも気づいたのだ。
ニネティアナが気づかない訳がない。
「それだけ装備を揃えてるってことは、それなりに稼いでるわけだ?」
「そうでもないです。 生活するのにお金がかからないから買えてるだけで。 定額クエストしかやれてないです。」
「あー、そうなんだぁ。 いつからやってんの?」
「学院に通うようになって、割とすぐに登録して。 次の週にはもう採集に行きましたね。」
「そっかぁ。 それじゃあ、まだFランクのままか。」
「いえ、ランクは上がりましたよ?」
そう言ってミカは自分のギルドカードを見せる。
「定額しかやってないのに何でランクが上がるのよ。」
ニネティアナはミカのギルドカードをまじまじと見る。
「遭遇した魔獣は倒すようにしてるので。 まあほとんどがソウ・ラービなんですが。」
「倒すようにしてるって……。」
ニネティアナは顔を引き攣らせる。
元冒険者のニネティアナなら、ソウ・ラービの凶暴さもよく分かっているはずだ。
「まあ、立ち話もなんだし。 ちょっと寄って行きなさいよ。 その辺の話、詳しく聞かせてみなさい。」
「あー……、すいません。 一度家に戻っていいですか? まだ荷物も置いていないので。」
「ああ、まだ帰っていないのね。 それじゃあ、また顔出しなさい。 どうせしばらくはいるんでしょ?」
「ええ、2週間くらいはいるつもりです。 それじゃ、デュールもまたね。」
ミカはお土産を渡して、眠っているデュールに声をかけるとニネティアナの家を後にした。
村の南西の端を目指しててくてく歩いて行くと、すぐに懐かしの我が家が見えてくる。
こうして改めて見ると、ノイスハイム家は本当に小さく、そしてボロい。
それでも、久しぶりに見る我が家にミカの心は弾んでいた。
思わず早足になり、意識して留めないと駆け出してしまいそうなほどだ。
「たっだいまーっ。」
ミカはドアを開け、元気に帰宅の挨拶をする。
だが、家の中から「おかえり。」といったミカを迎える声は返ってこない。
当たり前だが、アマーリアもロレッタも工場に仕事に行っているので、家の中には誰もいない。
ミカは里帰りは手紙で伝えていたが、大まかな時期だけで、はっきりとした日付までは伝えていなかった。
道中に何があるか分からないので、もしもはっきりと「いついつに戻るよ」と書いて、それが狂ってしまったら余計な心配をかけてしまう。
なので、手紙には「土の3の月、2の週あたりで里帰りするよ。」とだけ書いたのだ。
ミカは荷物を下すと、いつもの席に座る。
ミカがサーベンジールに行っていても、ミカの席はノイスハイムの家にちゃんとあって、掃除もきちんとされている。
埃が積もっていたりもしない。
いつものミカの席に座り、そこから見える見慣れた家の中の風景を見回す。
「……本当に、何にも変わってないな。」
テーブルに手を置き、懐かしい手触りを楽しむ。
早く家族に会いたいなあ、と思うが仕事の邪魔をするのも悪い。
「……そうだ。」
ミカはお土産の箱とお金を入れた布袋を持って家を出る。
目的地は織物工場だ。
工場に着くと、一番端の事務所の入っている建物に入る。
「失礼しまーす。 ホレイシオさんいますかー?」
声をかけながら入ると、すぐに通路に並ぶドアの一つが開く。
「はいはい、どうした…………ミカ君じゃないか!」
ホレイシオがどすどすと床を踏み鳴らしてミカの所にやってくる。
「お久しぶりです、ホレイシオさん。」
「ミカ君も久しぶりだね。 そうか……もう1年も経つのか。 元気にしていたかね?」
「はい。 あ、これ、お土産です。 おつまみにどうぞ。」
ミカは燻製肉とソーセージの詰め合わせの入った箱をホレイシオにも渡す。
とりあえず、これでミカが「お土産を届けたい」と思っていた人たちすべてに渡すことができた。
ミッションコンプリートである。
「ありがとう。 早速今夜にでもいただくとしよう。 もうアマーリアさんたちには会ったのかね?」
「いえ、さっき着いたばかりなので。 でも、仕事の邪魔をするのも悪いかなと思って。 あ、ホレイシオさんのお仕事の邪魔をしてしまってますね。 すいません。」
「はっはっはっ。 そんなこと気にすることはないよ。 ただ……、確かにアマーリアさんたちにミカ君のことを伝えると、この後は仕事にならんだろうね。 最近もちょっと、落ち着かないというか、浮かれているというか……。」
どうやらミカの里帰りを知ってから、すでに仕事に支障をきたしているようだ。
「すいません……。」
「ミカ君が謝ることじゃないよ。 勿論、アマーリアさんたちが謝るようなことでもない。 二人はよくやってくれているよ。 この1年も、元気に過ごしていた。 まあ、少しは落ち込んでいた頃もあるけどね。」
どうやら、アマーリアたちは問題なく1年を過ごせていたようだ。
「ありがとうございます、ホレイシオさん。 これからもよろしくお願いします。」
「ああ、任せておきなさい。 ミカ君が戻ったことは、仕事が終わったらアマーリアさんたちに私の方から伝えてあげよう。」
「お願いします。」
ミカは工場を後にして、再び教会に向かった。
「こんにちはー。」
「おお、ミカ。 早速来たな。 ラディも、もう戻っとるぞ。 おーい、ラディ。」
出迎えてくれたキフロドが、奥に向かってラディを呼ぶ。
たぶん、昼食の準備をしているのだろう。
「はい、キフロド様。 なんでしょう…………ミカ君! まあまあまあ、立派になって。 元気にしていましたか?」
「シスター・ラディもお元気そうで。」
ラディはミカを見ると驚いた顔をするが、すぐに満面の笑顔でミカを迎えてくれる。
相変わらずの”笑う聖母”っぷりにミカは安心した。
「キフロド様から聞きました。 お土産までいただいて。 ありがとうございます、ミカ君。」
「いえ。 ……それと、これを届けに来ました。」
そう言ってミカは銀貨五枚の入った布袋をラディに渡す。
「少ないですが、寄付します。 お納めください。」
「寄付って……。」
ラディが目を丸くして驚く。
キフロドも驚いているようだった。
ミカは自分を助けてくれたラディやキフロドに、何かお礼がしたいとずっと思っていた。
だが、この二人はミカの手など必要としない。
ならばせめて、これくらいは、と寄付をすることにしたのだ。
今のミカの持ち金で、『余裕のある範囲で』というとこれしか出せないのだが、今後も続けていけたらいいなと思っている。
「ミカ君、とても有難いのだけれど、本当に大丈夫なの? 無理してない?」
「勿論です。 ちゃんと考えた上なので、安心してください。」
「……分かりました。」
そう言うとラディは、布袋を恭しく目の高さまで上げ、祈りの仕草をする。
「ミカ君に、慈悲深き神々のご加護があらんことを。 どうか、迷い子に温かき手を。」
ラディは大袈裟なほどしっかりとお祈りをして、ミカの寄付を受け取る。
見ると横にいたキフロドも同じようにしている。
「ちょ、ちょっと、そんなに大した額でもないのに大袈裟ですよ!」
ミカが慌てて言うと、ラディはにっこりと微笑む。
「寄付というのは、金額の多寡ではありませんよ? ミカ君の尊い気持ちに感謝しているのです。」
ラディの言葉に、キフロドも頷く。
「そうじゃ、どうせ来たんじゃ、昼食も一緒に食べて行きなさい。 用意できるの?」
「勿論です。 少しお待ちください。」
ラディは嬉しそうに奥に行ってしまった。
どうやら、ミカは1年ぶりに教会でお昼をいただくことになるようだ。
(しまったな……来る時間が悪かった。)
なるべく早くラディに寄付を渡したくて、そろそろ戻るだろうと教会に来たのだが、ラディが戻るのは昼食のためだ。
考えが足りなかった。
ミカは、寄付はラディに直接渡したいと思っていた。
ミカの命を救ってくれた恩があるが、それはあくまでラディであって教会ではない。
ミカは別に信心に目覚めたから寄付をしたかったのではなく、ミカの手を必要としないラディに、どういう形で感謝を伝えるのが良いかを考えた結果が”寄付”だった。
ラディには、こうするのが一番喜んでもらえるのではないだろうかと考えた。
こうして、久しぶりに昼食をラディやキフロドと食べ、学院や寮での生活のことを話した。
そして、食べ終わったらキフロドに「久しぶりに揉んでやろう。」とブアットレ・ヒードの相手をさせられた。
相変わらずのキフロドのガチガチの守りの前にミカは呆気なくやられ、勝ち誇るキフロドにはちょっとだけイラッとさせられた。
こうして楽しい時間を過ごして、夕方になる前に教会を出て、家に帰った。
「「ミカッ!」」
アマーリアとロレッタが、揃って家に駆け込んで来た。
「あ、おかえr……むぐ!?」
ミカが「おかえり。」と言う前に二人に抱きしめられ、揉みくちゃにされる。
「ミカァ~~……ッ。」
「ふぇーーーーーん。」
二人とも工場から走って帰って来たのだろう。
息も整わぬうちから、ミカを揉みくちゃにしてむせび泣いている。
これにはミカも苦笑しかできない。
ミカは二人が落ち着くのを大人しく待って、それからサーベンジールから苦労して持ってきたお土産の数々を披露した。
みんなに贈った燻製肉とソーセージの詰め合わせや焼き菓子などを、二人は大袈裟なほどに喜んでくれた。
1年ぶりの一家の団欒にミカは心から安らぎ、アマーリアの手料理を堪能するのだった。
そして、また間借りをして眠ることになった。
自分のベッドがあるんだから嫌だよ、と言ったのだが二人に押し切られた。
(……何も泣くことはないだろう、こんなことで。)
泣いて頼まれ、一回ずつ添い寝することを約束させられたのだった。
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【ボゲイザ視点】
サーベンジールの街の南西地区。
そこには、所謂スラムのような場所がある。
スラムにほど近い場末の酒場には、見るからに怪しげな男たちが集まり、思い思いに酒を飲んでいた。
適度に騒がしく、周りに興味を持つような命知らずもいない。密談にはおあつらえ向きの場所だ。
ボゲイザは酒場に入ると軽く店の中を見渡して、端の方のテーブルに座る男に近づく。
男は目の下に大きな傷があり、一目見て鍛え上げられた身体をしているのが分かる。
ボゲイザは何も言わず男の向かいの席に座ると、皿に盛られていたチーズを摘まんで口に放り込む。
「……おい、勝手に食うんじゃねえ。」
向かいの男の声には、本気の怒気が含まれていた。
「こんなことで怒るんじゃねえよ。 また頼めばいいだろう。」
ボゲイザは店員を呼ぶと樹酒と燻製肉の盛り合わせを注文する。
店員が注文をした酒とつまみを持ってくるまで、二人は口を噤む。
ボゲイザは酒が届くと、樹酒を一息で半分ほど飲み、燻製肉を三つ口に放り込む。
向かいの男はチーズをちびちびと齧っていた。
(そんな食い方して旨いのかねえ?)
ボゲイザは、旨い物はがっつり口に入れて、頬張るようにして食べないと食べた気がしないタイプだ。
「……それで、向こうは何て言ってた?」
やや声を落とし、ボゲイザは向かいの男に尋ねた。
もっとも、今さら声を落とすまでもなく、肝心の部分は言葉に出したりはしない。
すでに、そうしたことを確認するような段階ではないからだ。
「変更はない。」
男はエール酒をちびりと飲みながら呟く。
「……仕方ないか。 すでに餌は撒いちまったからな。 この状態で待たされるのは困るんだが。」
ボゲイザは溜息をつく。
「……お前が勝手に早まったんだろうが。」
男が非難めいた視線をボゲイザに向ける。
「こういうのはタイミングが大事なんだよ。 餌撒いても食いつかなきゃ意味ねえだろ。」
ボゲイザは樹酒を呷り、店員におかわりを注文する。
店員が酒を持ってくるまで、再び二人は口を噤んだ。
運ばれてきた酒をボゲイザが受け取り、店員が下がると男が口を開く。
「……大丈夫なんだな?」
「何とかするさ。 たまにそれっぽいことを言って焦らしてるからな。 あの様子なら大丈夫だろうよ。 ……そっちはどうなんだ?」
ボゲイザが男に尋ねる。
「こっちは元から問題はない。 むしろ、今さら変更する方が無理だ。」
ボゲイザは肩を竦める。
怪しい光を宿した二人の視線が交差する。
「……ようやくか。」
「……ああ。」
それを最後に、二人は言葉を交わすのをやめた。
ボゲイザは燻製肉を食べ、樹酒を飲み干すと席を立つ。
チーズを一摘みし、口に放り込むとそのまま店を出て行くのだった。
男の怒声など、まったく意に介さずに。




