第48話 【身体強化】
風の3の月、3の週の陽の日。
大晦日まで残り3週ほどに迫った寒い日。
ミカは元気に森を駆け回っていた。
「”石弾”!」
飛び掛かってきたソウ・ラービの頭部に”石弾”を叩き込み、すぐさま身をひるがえす。
(0時方向”1”、2時”1”、9時”2”)
ミカは即座に判断して、正面の一匹に突っ込む。
すれ違い様、ソウ・ラービに”石弾”を撃ち込むと、そのままスピードを落とすことなく2時方向にいた一匹に突撃する。
十分に距離を縮め、躱されることのない距離まで近づいてから”石弾”を撃ち込む。
(残り”2”!)
魔力範囲で気配を探ると、2匹のソウ・ラービは二手に分かれていたが、一匹がミカのすぐ横まで来ていた。
大口を開けて飛び掛かるソウ・ラービの口に、身体を捻って躱しながら”石弾”を撃ち込む。
ミカはバランスを崩した体勢を整えながら、残った一匹を正面に捉える。
ソウ・ラービは低く飛び掛かりミカの右足を狙うが、足を持ち上げて躱し、そのまま踏みつける。
「”風刃”。」
踏みつけたソウ・ラービの頭を切り落とし、「ふぅ……」と一息つく。
周辺には六匹のソウ・ラービの死骸が転がっている。
ミカは運悪く、お食事中のソウ・ラービたちに出くわしてしまった。
ソウ・ラービは餌を横取りされると思ったのか、はたまた食べ足りなかったのか、ミカに一斉に襲い掛かってきた。
それを返り討ちにしたのだが、いきなりの六匹のソウ・ラービとの戦闘はさすがに緊張を強いられた。
ミカは三匹ずつソウ・ラービの死骸を森の外に放り投げ、六匹分のソウ・ラービを回収するのだった。
「ん、んーーー……っ。」
湖岸に着いたミカは大きく伸びをし、【身体強化】を打ち切る。
途端に身体が重く感じる。
軽く身体を捻ったり回したりして、怠さを振り払う。
さすがに【神の奇跡】で身体能力が引き上げられていなければ、六匹のソウ・ラービとの戦闘は厳しかった。
だが、強化された運動性能にも慣れてきていたので、思ったよりも楽に倒すことができた。
「【身体強化】に慣れておいて良かった……。 さすがに素の状態じゃ死んでたわ。」
珍しくミカは自らの幸運に感謝した。
ミカが【身体強化】を初めて発現させてから10日近く経っている。
その間にミカは、このどうしようもないポンコツの【神の奇跡】を使いこなすことだけを考え続けた。
初めての魔法に続き、初めての【神の奇跡】まで勝手に発現してしまった。
この時の絶望感は今も忘れることができない。
悪夢の再来かと自室に籠り、頭を抱えた。
そして、なぜそんなことになってしまったのか、その原因を考えた。
ミカも”制限”の状態なら問題はなかった。
”制限解除”にしてしまったから起きた事故である。
では、なせ”制限解除”にすると勝手に発現してしまうのか?
これはミカ・ノイスハイムの仕様というか、性能というか、特性が関わっている。
ミカは呪文の詠唱中に自分の中の魔力が勝手に動いていることに気づいたが、まずこれが普通じゃない。
普通は気づかないのだ。
極端に魔力に敏感なミカだから気づくことができた。
そして、この勝手に動きだした魔力を、ミカは”引っ張られた”と感じた。
おそらく、あの呪文には元々そういう効果が備わっているのだ。
それが呪文によるものなのか、神様とやらによるものなのかは知らないが。
普通はそれでも何も起きない。
魔力を”捧げて”いないからだ。
魔力を自分の意思で留めることができる場合、意図的に”捧げよう”としなければ、勝手に持って行かれるようなことは起きない。
だからみんなは、あんな呪文を詠唱しただけでは何も起きないのだ。
ミカも”制限”中なら、特に意識しなくても何も起きなかった。
だが、”制限解除”状態のミカは、この”魔力を留める”ということが極端にできない。
おそらく、自分の意思で魔力を留めることのできる人は、”捧げる”時もその魔力量を自分で制御できるのだ。
ところが、”制限解除”中のミカはそんなことはできない。
いくら抵抗しようが、ミカの性能的に魔力を持って行こうとする動きが素通りになってしまう。
だから根こそぎ持って行かれてしまうのだ。
普通は保有する魔力の100%を持って行こうとしても、「だめだよ、ここまでだよ」と10%だけを”捧げる”ことができる。
もっとも、普通はそもそも持って行かれる動きに気づかないし、ほとんど動くこともないのだから、自ら”捧げよう”としない限りは魔力は留まったままだ。
だが、”制限解除”中のミカの場合は100%を取られそうになって、「だめだめ、あげないよ」と抵抗しても、ごっそり100%奪われてしまう。
これが勝手に【神の奇跡】が発現してしまったメカニズムだとミカは予想した。
極端に魔力に敏感で、極端に魔力が動きやすく、極端に魔力を留めることができない。
そんなミカだから起きてしまった事故だ。
では、そんなミカが【神の奇跡】を使いこなすにはどうすればいいのか?
なにせ、魔力をごっそり持っていかれたら魔力不足で気絶してしまうのだ。
これではロクに試すこともできない。
ミカはこれを”吸収”で解決した。
奪われて魔力不足になるなら、不足分を回復してやればいい。
単純というか、かなりの力技である。
【身体強化】を発現する前に、先に”吸収”を使用状態にする。
それから【身体強化】を発現する。
一瞬だけ魔力がほぼ空っぽになるが、”吸収”が全力で動いているので魔力はすぐ回復していく。
気絶する前に、気絶する限界ライン以上に魔力が回復していれば、気絶しないで済む。
という訳である。
我ながら強引過ぎると思わなくもないが、これしか方法が思いつかなかったのだ。
これを試すのに一つだけ懸念があった。
それは「回復した分まで奪われたら……。」ということだ。
だが、これは杞憂だった。
どうやら、最初に持っていく分が”発動時に必要な魔力”で、以降は”常時消費する魔力”の分だけで済んだ。
”常時消費する魔力”は自分の意思で消費量を制御可能なので、最低限にコントロールしてやればあっという間に魔力を全回復することができる。
これにより【身体強化】の使用が可能になったが、2点ほど問題が残っている。
1.魔力が空っぽになるので、一瞬だけすごく胸焼けみたいな、気持ち悪い感じになる。すぐ治まるのだが、これについては慣れるか我慢するしかない。
2.こちらがかなり問題なのだが、”発動時に必要な魔力”が強制的にほぼ全賭け状態なので、基本の出力がめちゃめちゃ高い。アクセル全開のベタ踏み状態が基本なのだ。それをクラッチ=”常時消費する魔力”の加減で速度のコントロールをするような感じが、今のミカの【身体強化】である。
ピーキー過ぎて頭がおかしくなりそうだが、受けられる恩恵はかなり大きい。
脚力も持久力も瞬発力も跳ね上がるのだ。
これを魔獣との戦闘に使わないなんてありえない。
こうして、ひたすら”出力”の制御に慣れさせる数日が過ぎ、今日はその実戦投入。
いきなり六匹のソウ・ラービとの戦闘になったのは驚いたが、それ以上に驚いたのが実戦での【身体強化】の有用性だ。
戦闘での安定感が段違いだった。
「ここまで使えるとはね。」
ミカはちらりと少し離れた所に置いたソウ・ラービの死骸を見る。
六匹のソウ・ラービは、二本の棒に紐で吊るしている。
棒も含めれば総重量は80キログラムに近いだろう。
以前なら絶対に持ちあがらなかった。
だが、【身体強化】で3倍ほどに”力”を底上げしたミカなら持ち運べなくもない。
決して楽というわけではないが。
ナポロが言うには、【身体強化】で能力を引き上げるのにも限界があるらしい。
これは得られる効果に限界があるのではなく、身体の方の限界だという。
際限なく引き上げれば、どこかで必ず”引き上げられた耐久力”すら超えてしまう。
普通はそこまでの強化を得ればあっという間に魔力が枯渇するが、ミカの場合はこの限りではない。
基本出力がほぼ全開で、消費する魔力も回復させ続けることができる。
やろうと思えば10倍でも20倍でもおそらく可能だ。
間違っても、やろうとは思わないけど。
なので、ミカは可能な限り”常時消費する魔力”を少なくして、出力を小さく、つまりは強化される割合を抑えようとしている。
今のところ、それでコントロール可能な下限が強化2~3倍だ。
下限が2~3倍とか、いくら何でもでか過ぎじゃボケ!と悪態をつきたくなる。
様々な能力がピーキー過ぎて自分でも呆れるが、配られた手札で勝負するしかない。
使いこなせば、この【身体強化】はミカにとって二枚目の切り札にも成り得る。
それだけの力を秘めている。
ちなみに、”出力”を抑えるのに失敗して、ここ数日で3回ほど指と腕を骨折した。
すぐに癒しの魔法で治したが。
(案外脆いな、俺の骨……。)
カルシウムが足りないのか?
この【神の奇跡】の制御がどれくらい大変か、お分かりいただけるだろうか?
ユンレッサは両手で持った紙を、顔がくっつくんじゃないかというほどに凝視している。
なぜかその手はぷるぷると震えていた。
「…………ソウ・ラービ、6体……?」
今日ミカが持ち込んだ査定の結果を見ているようだ。
「ええ、間違いありません。 いくらくらいになりましたか? 二万ラーツを超えてくれると嬉しいんですけど。」
ミカはにっこりと答える。
ユンレッサが鬼のような形相でばっと顔を上げる。
「ちょっと、ミカ君っ!」
「ぅひ!?」
ミカはびくっと身を竦める。
「相手は魔獣なのよ!? それを6体も相手して! 大怪我じゃ済まないのよ!?」
ユンレッサが身振り手振り、台パンしながら捲し立てる。
「そう言われましても、遭遇するかしないかは運ですし。 遭遇してしまったら、あとは倒すか逃げるかしかないので。 逃げるのも容易ではないですし、それなら倒してしまった方が……。」
ミカがそう言うとユンレッサは引き攣ったような顔をして、「はぁ~……。」と大きな溜息をついて頭を抱える。
そんなユンレッサに、ミカも溜息をつきたくなってしまう。
正直、少し煩いなあ、と思わなくもない。
だけど、それを面倒だとか迷惑だと思ってはいけない。
子供が冒険者の真似事をするのを、「危ない。 止めた方がいい。」と思うのは普通のことなのだ。
魔獣に遭遇し、「よし倒そう。 どうやって倒そうか。」などを考える子供の方がどうかしている。
ミカの方が異常なのだ。
そのことを忘れてはいけない。
ミカのことを心配してくれる人を大切にしなければいけない。
そうした人がいたからこそ、今のミカがいるのだということを忘れてはいけない。
決して自分の力だけで”今”があるなどと思ってはいけない。
思い上がってはいけない。
「……ユンレッサさん。」
ミカが声をかけると、ユンレッサはそろりそろりと顔を上げる。
ユンレッサはなんだか、いじけたような表情をしている。
この人は、本当にミカのことを心配してくれているのだ。
そのことに、感謝しなければならない。
「心配かけてごめんなさい。 それと、心配してくれてありがとうございます。 でも僕は、自分にできることを精一杯やるだけですから。」
「ミカ君……。」
ミカの思いをそのまま、真っ直ぐ伝える。
ユンレッサは一瞬だけ痛みを堪えるような表情をして、それから諦めたように軽く溜息をつく。
ユンレッサが少しだけぎこちない笑顔を作る。
「本当にもう、しょうがないわね……。 でも、本当に気をつけるのよ? お願いだから、ね?」
「はい。」
ミカが真面目な顔をして頷くと、ユンレッサが自分の頬をパンパンと叩く。
よしっ、と気合を入れて査定の紙に手を伸ばす。
「えーと……、今回の査定金額は二万二千七百ラーツよ。 いつも通りカードにプールでいい?」
ミカは頷いてギルドカードをユンレッサに差し出す。
ユンレッサはカードを受け取ると、カウンターの上で何かしている。
いつものことなのだが、ミカにはカウンターの上が見えないので何をやっているのか分からない。
「はい、ありがとう。 残高は七万六千八百三十ラーツよ。」
ユンレッサが残高を教えてくれる。
もうすぐ十万ラーツを超えそうだ。
ミカは今、鋼のナイフを買おうと思っている。
とりあえず革の胸当てと手甲、ブーツを揃え終わり、次に何を買おうか考えた。
鉄製の胸当てと手甲などはめちゃくちゃ高い。
軒並み十万ラーツを超える。
安全には代えられないとも思うが、ミカにはもう一つリスクがある。
成長というリスクだ。
いくら高価な装備を揃えても、身に着けられなくなっては意味がない。
身長はなかなか伸びてくれないが、それでも成長自体はしているのだ。
最初に買った革の手甲はまだ使えるが、これもそのうちサイズが合わなくなるだろう。
革の胸当てやブーツもそうだ。
それらを考えると、今あまり高価な装備を整えるのは得策ではないと思った。
ナイフならば既製品の普通のサイズを買って、少し大きくともそのサイズに慣れさえすれば長く使える。
若しくは少し小さいサイズのナイフでもいい。
身体に身に着けないといけない装備品よりは遥かに長く使うことができると考えたのだ。
その目標の鋼のナイフが十万ラーツ。金貨一枚だ。
最初に見た三万ラーツのナイフはどうやら鉄製で、ナイフとしてはあまりいい物ではないようだ。
まあ、最安値のナイフだし。
ミカがナイフの購入を再検討するために店に行った時、そんなことを話している冒険者たちがいたのだ。
一人がどうやら駆け出しらしく、先輩の冒険者がそんなことを説明していたのを盗み聞きしてしまった。
ミカは素知らぬ顔で店を出て、候補からそっと外したというわけだ。
(これなら来月中には買えそうだな。 今のところは必須なわけじゃないけど、いつまでも森にばかり行っててもね。)
ミカはソウ・ラービとの戦闘も考えて森に行っていたが、そろそろ森は卒業かな?とも思う。
採集の買取単価の高い物は他にもあるし、そろそろ別の魔獣との戦闘も経験すべきだ。
森に出る主な魔獣はソウ・ラービで、稀にクート・バイパーがいるが、クート・バイパーは現在冬眠中である。
他の魔獣はあまりいないので、次の採集場所をそろそろ考えようと思う。
次の採集場所を決める前に、できれば一揃えの装備としてナイフくらいは持っておきたい。
(【身体強化】で移動が楽になったのが一番大きいけど。)
移動にも戦闘にも使える。
【身体強化】は本当に便利だと思う。
ユンレッサからギルドカードを返してもらい、ギルドを後にするミカだった。
■■■■■■
風の3の月、5の週の土の日。
簡単に言ってしまえば大晦日。
こんな日でも学院はあり、午前の座学が終わって今日も森林でのリムリーシェの特訓である。
最初はリムリーシェの泣いている所に遭遇してしまい、何となくここで特訓をすることになったが、すでに周知の事実だ。
森林でやる意味はない。
なのに、なぜか森林での特訓が続いている。
正直、寮とか校舎でも良くね?と思うが、リムリーシェはあまり人に見られたくないようだ。
魔力操作で他の子供たちに大きく差をつけられてしまっているリムリーシェが、人の目にあまり触れる所でやりたくないというのは分からなくもないので、ミカもそれに合わせている。
めっちゃ寒いけど。
いつも通りの時間に森林に着くが、いつもの場所にリムリーシェがいなかった。
と思ったら、少し離れた所でしゃがみ込み、何かをしている。
何をしているのだろう?とミカは後ろから覗き込むと、リムリーシェは何やら雑草をいじっていた。
「どうしたのリムリーシェ。」
「わあっ!?」
ミカが声をかけると、リムリーシェは飛び上がらんばかりに驚く。
「ごめんごめん、急に声をかけて。 いつもの所にいないから、どうしたのかと思って。」
「う、うん、いいの。 早く来すぎちゃったから。 遊んでたの。」
そう言ってリムリーシェは手の中の雑草を見せる。
「遊ぶ?」
ミカはリムリーシェの手を見るが、どう見ても雑草である。
それは、瑞々しく、青々とした草。
この気温の下がりまくった大晦日にも関わらず、だ。
「この草は生命力が強いから冬でも枯れないの。 薬草……お薬の材料にもなる草なんだって。」
「へぇ……。」
ミカはリムリーシェの手の中にある草をまじまじと見る。
どこからどう見ても、その辺にいくらでも生えていそうなただの草だ。
「どこにでも生えてるからあまり重宝されないんだけど。」
確かにどこにでもあるような草にしか見えない。
リッシュ村でも見かけたような気もする。
よく憶えていないが。
「見てて。」
リムリーシェはそう言うと、ミカをしゃがませる。
地面は落ち葉で覆われ、その隙間から茎を中ほどで千切られた草がピンと一本立っている。
おそらくリムリーシェの手の中にある草の本体部分だろう。
リムリーシェは手の中の草と、地面から生えている草の千切れた部分をくっつける。
そして、そのままじっとしている。
(…………ん?)
何となく、既視感を感じる。
以前にもこんな光景を見たような?
リムリーシェはそのまま1分くらいじっとしていたが、そっと摘まんでいた草から手を離した。
草は折れることも落っこちることもなく、くっついている。
「すごいでしょ。 生命力が強いから、あっという間にくっついちゃうんだよ。」
誇らしげにリムリーシェが微笑むが、ミカはその光景を見て冷や汗が止まらなかった。
(……この草って、もしかしてあの時の草?)
ミカには、これとまったく同じ光景に憶えがあった。
ミカが右手に火傷を負った時、魔力で治せるか試すために使った草。
(あの草がくっついたのって、元々の草の治癒力のおかげ? もしかして……、俺の魔力関係なかった?)
ミカはあの草がくっついたのを自分の魔力の効果だと思い込み、火傷の治療という人体実験に踏み切ったのだ。
「……ミカ君?」
リムリーシェは首を傾げ、固まってしまったミカに声をかける。
「う、ううん、何でもないよ。 すごい草なんだね……。」
「うん。」
一年の締め括りに、過去のとんでもない自分の「やらかし」を掘り起こしてしまった。
(無茶はほどほどにしような、うん。 …………今年は。)
それでも、やっぱり懲りてないミカなのだった。




