第46話 怖いルームメイト
【メサーライト視点】
風の2の月、1の週の風の日。
メサーライトは寮の自室で自分の机に向かったまま、後ろを窺う。
同室の相手であるミカはブレスレットを左手に乗せ、右手で紙に何やら書き込んでいる。
メサーライトはそんなミカを後ろからそっと覗き込む。
その紙にはびっしりと何かの記号が書き込まれ、所々図形のようなものも書き込まれていた。
何が楽しいのか、ミカは毎日学院が終わると食事や湯場以外はずっとそうしてブレスレットを手に持ち、紙に何かを書き込んでいる。
そんなことをもう1カ月もずっと続けている。
以前も”呪われている”と鑑定されたお守りを毎日握りしめ、同じ様に紙に書き込んでいた。
今持っているブレスレットも「タンスの一番上の引き出し」に仕舞っていることで、あのお守りと同様に何かヤバい物なのだろうと想像がつく。
メサーライトからすれば、正直「こいつ頭おかしいのか?」と思わなくはないが、普段のミカはいたって普通だ。
学院で習っている魔力の操作は感覚に頼る部分が大きいため、自分の感じているもやもやしたものを他人に上手く説明することができない。
だが、メサーライトがそのもやもやを拙いながらも伝えると、ミカは熱心に耳を傾け、いろいろ質問をしてくる。
その質問に答えていくうちに自分でもよく分かっていなかった部分が徐々に明確になっていき、正解かどうかはともかく、一応自分の中で納得のいく理解に辿り着く。
基本的に、ミカはすごく頭がいいのだ。
口頭の説明だけでメサーライトの中で何が不明瞭なのか的確に指摘し、その部分を掘り下げていくことで自分で解答に辿り着ける。
そうなるように、要点を絞って質問を投げかけることで誘導して行くのだ。
魔力を感じることができずに悩んでいたリムリーシェにも、なぜ魔力を感じることができないのかを突き止め、ついに魔力感知を習得させてみせた。
教師のダグニーやナポロでさえ匙を投げていたというのに。
そのミカが毎日怪しげなブレスレットを手にし、よく分からない記号を書き込んでは、またじっと動かなくなる。
メサーライトは、同室の相手が”天才”なのか”狂人”なのか、判断がつかなかった。
(……まあ、悪い奴ではないんだけど。)
入学してすぐ、ムールトとポルナードの間にトラブルがあった。
ムールトは身体が大きく、粗野な性格もその顔を見れば分かるというものだ。
わざわざ自分からトラブルに巻き込まれるなんて馬鹿のすること。
メサーライトはそう考えていた。
だから仲裁しようなどといったことは考えず、そのまま傍観するつもりだった。
この考え自体はごく当たり前のことで、トラブルに下手に首を突っ込めば斬り捨てられるようなこともありえる。
さすがに子供同士のトラブルでそこまでになることはないだろうが、基本的には誰でもトラブルに巻き込まれるのは御免だと考えるだろう。
善意で助けようとして逆恨みされることもある。
それならば、始めから関わらなければ良い。
だが、ミカは違った。
自分からそのトラブルに首を突っ込んだのだ。
(あーあ、思ったより馬鹿な奴だな、こいつ。)
メサーライトはそう思った
学院が始まる少し前に知り合ったばかりだが、もう少し考えて行動する奴だと思っていた。
案の定、ミカはムールトに殴られた。
(ほーら、やっぱり。)
メサーライトはミカの愚かさを内心笑っていた。
これでこいつも少しは懲りるだろう、と。
願わくば、これをきっかけにミカがムールトに目をつけられることがなければ、と思った。
同室の相手だ。ミカが目をつけられれば自分も巻き込まれる可能性がある。
(とばっちりは御免だ。)
そんなことを考えていた。
ところが、次の瞬間メサーライトの目を疑うようなことが起きた。
ミカの胸倉を掴んだはずのムールトが吹っ飛んだのだ。
(…………は?)
人が何メートルも吹っ飛ぶ光景など初めて見た。
ミカは自分よりも頭一つも大きい相手を吹っ飛ばしたのだ。
メサーライトは商会の跡取りとして父に連れられ、いろいろな街に行き、いろいろな人を見てきた。
それなりに人を見る目が備わってきていると思っていたが、そんな自信は粉々に砕かれた。
自分よりも遥かに小さく、まるで女の子のような外見のミカが”暴力を持つ”側だとは思いもしなかったのだ。
メサーライトが「関わりたくない」「自分に矛先が向いてほしくない」と思ったムールトをあっさり跳ね除ける”力”を持っていた。
その後もミカはメサーライトが想像もしないことを度々やらかす。
冒険者の真似事を始めた時は、本当に誰かと部屋を交代してもらいたいと思った。
ある日突然、ミカがぼろぼろになって寮に帰ってきた。
メサーライトがどうしたのかと尋ねてもミカには聞こえていないのか、ギラギラとした目で足元を睨み、ぶつぶつと何か言っている。
校舎にある図書室に籠り文献を読み漁ったり、椅子に座って考え事をしているかと思えば、身体を震わせて歯を喰いしばっていたり。
メサーライトは、ミカがいつ暴れ出すかとヒヤヒヤしていた。
正直、こんな状態のミカと一緒にいるくらいなら、ムールトと同室になった方がまだマシだと本気で思った。
1週間ほどでそんな状態は解消され元に戻りはしたが、「こいつ、本当に大丈夫か?」とメサーライトは本気でミカが怖くなった。
ただ、ミカは人を簡単に傷つけ、それを何とも思わないような人間ではない。
それだけはメサーライトにも理解できた。
頭の良さ故か、はたまた狂人故か、ミカの物の考え方が突拍子もなさ過ぎて、メサーライトにはついていけないだけだ。
その最たるが先日のお守りであり、今回のブレスレットだ。
何を好き好んで怪しげな物を手に入れてくるのか知らないが、とりあえず約束通りタンスの鍵のかかる引き出しに仕舞っている間は何も言わないでおこうと思った。
実害があるまでは……。
■■■■■■
ミカは左手のブレスレットに魔力で干渉していた。
最初に手に入れたお守りとは段違いに強い”呪い”だ。
干渉するための魔力が大き過ぎて、”吸収”を使い続けないとすぐに魔力が枯渇してしまう。
”呪い”の影響で、持っているだけでも手が震える。
ミカは最初、このブレスレットの”呪い”に干渉することにさえ苦労していた。
だが、何事もやっていれば少しずつ慣れていくものだ。
手の震えは自分の魔力で”呪い”からくる波動を押さえつけてやることで、抑えることができる。
波動によりミカの魔力はガリガリ削られるが、構わず魔力を注ぎ込み集中させ、無理矢理に押さえつける。
こうすることで、ようやく手の震えは治まり、干渉する準備が整う。
ここまで辿り着くのに、1週間もかかっていた。
また、”呪い”自体も非常に強大で強固だった。
干渉できる場所を探るだけでも魔力を削られ、干渉するにも”石弾”を作るような魔力を使わないとまともに干渉することもできない。
”吸収”でかき集めた魔力を湯水のように使い、ようやくこの”パズル”に挑戦できるようになったのだ。
ミカは「ふぅー……。」と大きく息を吐き出し、ようやく探り当てた干渉できる箇所を紙に書き留めていく。
その紙にはすでに、びっしりと様々な記号が書き込まれている。
RT・R45?やPL、PSなどだ。
ミカはアルファベットとアラビア数字を使い、回転・右45度くらい?、引く、押すなどの手順を紙に書いているのだが、元の世界を知らない人に分かる訳がない。
ミカが何をやっているのかなるべく知られたくないので、誰に見られてもいいように、理解されることのない記号を用いて手順を書き記しているのだ。
ミカはようやく探り当てた箇所をどうやって「緩ませる」かを考えるが、とりあえずやることは総当たりだ。
押したり引いたり捻ったり、他の干渉できる箇所と連携していたりするので、やることは多い。
だが、とりあえずこれまではそれで「緩ませる」ことができているので、同じように干渉していくだけだ。
干渉の一回一回に大量の魔力を必要とする以外は、特に問題になることはない。
やっていること自体はお守りの時と然程変わりはなかった。
ミカが魔力を使って押してみてもびくともしないので、今度は引いてみるかと魔力を操作する。
すると、いとも簡単にその箇所は「緩んで」、ふわっと魔力が霧散した。
ミカは「PL」と手順を書き込もうとして、その手が止まる。
「……ん?」
ミカはブレスレットを見る。
見た目はただのブレスレット。
これは”呪われた”状態でも同じだ。
だが、ミカの波動を押さえつけるための魔力に、反発するような感覚がなくなった。
もしかして……、とミカは集中させていた魔力を解放する。
手が震えない。
波動を感じない。
ビシビシ伝わってきたあの感じがなくなっていた。
(…………もしかして、解けた……?)
ミカはブレスレットを両手で持ってみる。
だが、それで何かが分かる訳ではない。
「んーー……。」
ミカはブレスレットを机に置き、目を閉じて考え込む。
鑑定屋の老婆は「呪いは解けない。」と言っていた。
だが、このブレスレットの状態はもう”呪われた”状態だとは思えない。
魔力で探ってみても、”何か”があるような感じが一切ない。
空っぽだと思った。
このブレスレットを見せれば、おそらく老婆も同様だと鑑定するだろう。
だが、これを老婆に見せるわけにはいかない。
「どうやってこんなことしたんだい! 呪いが無くなってるなんて!」
そう言われるに決まってる。
ミカとしては、”呪い”が解けることを誰かに話すつもりはない。
少なくとも、今はまだ。
”呪い”が解けたという客観的な証明が欲しい。
老婆以外の鑑定屋に持ち込んでみるか?
そこで”呪い”について何も言われなければ、呪いは解けたと考えてもいいのではないか?
(……いや、それはだめだ。)
一番確実だし、手っ取り早い方法ではある。
それでも、ミカはこの方法を取りたくはなかった。
(このブレスレットは正規に手に入れた物じゃない。 いわば横流しのような物だ。 本来、老婆が教会に持ち込むべき物を、俺は不正に入手したんだ。 不承不承で老婆が譲ってくれた物を外に持ち出したくない。)
これはミカにとって最低限の礼儀というか、もっとも根本的な考え方の話だ。
理屈ではない。
老婆は「良くないこと」と分かっていながら、それでもミカが拝み倒し、お願いすることで譲ってくれたのだ。
これを外に持ち出し、他の鑑定屋に見せるのは、その老婆の思いを踏み躙る行為のような気がする。
それならば、素直に老婆に見せるべきだ。
客観的な意見も聞けるし、老婆の協力のおかげでこんなことができました、と胸を張って言うべきだろう。
ミカは「ふぅ……。」と椅子の背もたれに寄りかかる。
そこで、後ろから覗き込むメサーライトに気がついた。
「…………何してんの?」
「いや……、何してんのかなって。」
微妙な空気が流れる。
一瞬、「こいつにブレスレットを着けてやろうか?」と思いつくが、さすがにそれは冗談では済まない。
「……よし。」
ミカはブレスレットに手を伸ばし、自分の左手首に着けてみる。
「それ、着けて平気なの……?」
「何で? ただのブレスレットだよ?」
「じゃあ、なんで『よし』とか言ったの?」
「…………。」
メサーライトのツッコミを無視して、ミカは黙ってブレスレットを着けてみる。
留め金が固く、ちょっとやり難くて苦戦する。
もしも”解けた”と思っていたのが勘違いだった場合、呪われるのは自分だ。
自分の愚かな行動のツケを自分で払う分には、まあ仕方ない。諦めよう。
老婆との約束は破ってしまうことになるが、呪いが解かれているなら問題ないはずだ。
(……こういうところが、『分かってるなら破るんじゃない!』って言われるところなんだろうな。)
キフロドに散々言われてきた言葉を思い出し、思わず苦笑する。
カチッと固い音がして、ブレスレットの留め金が嵌る。
「………………………………。」
「どうしたの?」
メサーライトが聞いてくる。
「いや……何も起きないなって。」
「何か起きるはずだったの?」
ジトッとした目でメサーライトがミカを見る。
「やだなー、そんな訳ないじゃーん。」
意識して明るく答え、ミカはブレスレットの留め金を外す。
――――つもりが、固くて上手く外れなかった。
(呪いで外れないとかじゃないよ! ちょっと固いだけだし!)
ミカは爪の先で留め金を引っかけるが、本当に固い。
「そっちの落書きは何?」
メサーライトが机の上の紙を指さす。
ミカがブレスレットの呪いを解除するために記録していた「手順書」だ。
よく分からない記号が並ぶその手順書は、メサーライトには落書きにしか見えないようだ。
まあ、ミカも自分で書いたのでなければ、落書きと評するだろう。
「何って、ただの落書きだよ。」
そう言ってミカは、紙をぐしゃぐしゃと丸めてぽいっとゴミ箱に投げる。
ブレスレットの”呪い”の解除が済んだ後なら、これはミカにとっても落書きでしかない。
「ふーん。」
納得したのかどうか分からない顔でメサーライトはゴミ箱を見る。
そんなメサーライトにミカは左手を差し出す。
「…………何?」
「固くて外せない。 外して。」
ブレスレットの留め金が固すぎて、片手では上手く外せなかった。
「自分で外せない物を着けるなよ!」
「こんなに固いと思わなかったんだよ!」
はぁ……と溜息をついて、メサーライトがブレスレットを外す。
メサーライトは簡単にブレスレットを外してミカに渡す。
ミカはブレスレットを受け取ると、椅子を動かしてタンスの前に移動する。
椅子の上の乗り、一番上の引き出しにブレスレットを仕舞う。
この引き出しの中には最初にミカが”呪い”を解いたお守りとブレスレット、そして――――。
「そのネックレスは何?」
先週、老婆から譲ってもらった”呪われたネックレス”が入っていた。
ミカがブレスレットの”呪い”を解いている間に、もう一つ”呪われた物”が持ち込まれたのだ。
当然、ミカは拝み倒して譲ってもらった。
その時の老婆の呆れたというか、諦めたような表情をミカは一生忘れないだろう。
本当に、心底呆れていた。
ただ、そうして苦労?して入手したこのネックレスだが、”呪い”はブレスレットほどは強くない。
手に持っても波動らしきものは感じるが、手が震えるほどではなかった。
ミカはネックレスを手に椅子から下りる。
「……本当に知りたいの?」
そう言って、ミカはにっこりと笑顔を作るのだった。
■■■■■■
風の2の月、4の週の火の日。
かなり気温が下がって来て、そろそろ手袋やマフラーが欲しいなあと思う今日この頃。
ミカは元気に走っていた。
「ぅおっしゃぁぁああーーっ! 勝ったぁぁああーーーーーーーっ!!!」
グラウンドの一画にあるアスレチックコースで、ミカは初めてムールトに勝った。
雄叫びを上げて大の字に寝っ転がり、大きく胸を上下させて乱れまくった呼吸を整える。
クラスの全員がアスレチックにだいぶ慣れてきているが、ミカとムールトの早さは飛び抜けていた。
同じ年頃の中ではかなり恵まれた体格をしているムールトは当然としても、それに対抗できるミカの方は少し異常といえる。
ミカの身長は相変わらずクラスで一番小さい。
だが、体つきは入学当初と比べるとだいぶ引き締まっていた。
というのも、元々ミカはあまり栄養状態が良くない。
主にノイスハイム家の経済的事情が原因だが、それが寮に入ることで一気に改善した。
何しろ「とにかく食べろ。 いいから食べろ。 食べることも仕事だ。」と言わんばかりに山盛りの食事を食べさせるのだ。
寮の食事は肉はそれほど多くないが、とにかく豆を使った料理が多い。
毎日午後の授業ではぶっ倒れるほどに運動をさせられ、寮では朝昼晩と豆を食べまくる。
学院に入学してからもうすぐ8カ月が経つ。
成長期の身体が、これで成長しない方がおかしい。
身長はあまり成長しないが、それは身長の方がどうかしているのだ。
きっとそうだ。
「ゼェ……ゼェ……ゼェ…………ッ!」
ムールトも大の字でぶっ倒れているが、いつものようにミカを挑発してくるようなこともない。
どうやら挑発する気力もないらしい。
「……ハァ……ハァ……本当に、ハァ……ハァ……勝っちゃったよ……。」
3番目にゴールしたメサーライトが、ミカを驚いたような顔で見ていた。
体格の差は歴然。
ミカがいくら成長したところで、ムールトも同じように成長するのだ。
いつもいい勝負はするが、結局ムールトには敵わないだろうと思っていたメサーライトには、ミカが勝ったことが信じられなかった。
「……ゼェ……次は、……ゼェ……ゼェ……絶対、負けねえ……。」
ムールトがミカを睨む。
「ハァ……ハァ……どうぞどうぞ、ハァ……僕もう、本気出さないから。」
「……はあ? ……ゼェ……何だ、そりゃ。 ……ゼェ……ふざけんな、てめえ。」
「……僕、……百回負けても、最後に勝てば……ハァ……いい主義だから。 ……ハァ……本気の勝負は、僕の勝ちで、……ハァ……終わり。」
「……ゼェ……ゼェ……て、てめえ……。」
ムールトは本気で怒っているらしい。
こめかみの血管がぴきぴきいっている。
まあ、勿論冗談なわけだが。
いつも煽られ、挑発されているのだ。
これくらいの意趣返しは許されるだろう、うん。
その後、ムールトは学院が終わり寮に帰っても、食堂などでミカと顔を会わせるたびに「勝負しろ!」としつこく言ってきた。
ミカはそれを「嫌なこった。」と躱し続けるのだった。
もしかして俺、ちょっと性格悪くなった?
そんなことないよね?




