第42話 祝福と呪い
ミカは鑑定屋から寄り道することなく、真っ直ぐに寮に戻った。
自室で一人、二つのお守りを机に並べ、よーく見比べる。
どちらもごく普通のお守りに見える。
特に違いがあるようには見えない。
あえて言えば、森で拾った方には小さな傷が少しついているくらいか。
誰かが普通に持ち歩いていたのなら、多少の傷くらいはついて当たり前だろう。
ミカは先程買ってきたお守りに指を触れる。
特に何かを感じたりしない。
だが、意識を集中して魔力を送り込むと、微かに感じるものがある。
はっきりとした手ごたえがある訳ではない。
本当に微かに、何かに触れたかも?くらいしか感じない。
ミカはもう一つの、森で拾ったお守りに指を触れる。
こちらは触れた瞬間に、ぞわぞわしたものを感じた。
鳥肌が立つような、落ち着かない感じ。
だが、この感覚は肌で感じるものではない。
ミカの”魔力を感じる力”が反応しているのだ。
ミカはお守りから手を離すと、足と腕を組み、顎に手を添えて考え込む。
このお守りの本来の効果は”気つけ”らしい。
商品を買ったのだから、その効果を教えるのは当たり前のこと。
そう言って、鑑定屋の老婆が教えてくれた。
ただし、効果の方はそれなり。
値段が値段なので、要は気の持ちよう程度の効果だ。
それでも気力が萎えた時に、「もうひと踏ん張り」と自分を奮い立たせる一助になるのだとか。
お守りとはそういう物だ、と言われればそれまでの効果でしかない。
それでも――――、と思う。
確かに何かが宿っている。
そして、その何かの正体はおそらく魔力だろう。
ミカは二つのお守りを見る。
どちらも同じお守り。
だが、もう一つ共通点がある。
それは、どちらも魔力によって効果が発現しているという点だ。
ミカは椅子の背もたれに寄りかかる。
祝福と呪い。
本来、真逆と言ってもいい二つの現象。
だが、この二つは魔力によって何某かの効果をもたらすという点では同じ。
つまり、本質的にはこの二つには違いなどない、同じものなのかもしれない。
「…………論理が飛躍しすぎか……?」
祝福。
魔力によって、対象に何らかの利をもたらす。
呪い。
魔力によって、対象に何らかの不利をもたらす。
要は主観や客観で、利であれば”祝福”であり、不利であれば”呪い”と言われる。
それだけのような気がする。
ミカが考え込んでいると、ドアがガチャッと開く。
「あれ、珍しい。 今日は早いんだね。」
メサーライトが戻ったようだ。
どこかに買い物に行っていたらしい。
手には紙袋を持っている。
「おかえり。 メサーライト、ちょっといい?」
ミカは机の上のお守りを素早く手の中に収める。
「いいけど、何?」
メサーライトは紙袋を机に置いて、ミカの方に来る。
ミカはにっこりと、完璧なスマイルでメサーライトを見上げる。
「ちょっと両手出してくれる?」
「え……、やだ。」
メサーライトは何気なく出そうとした手を慌てて引っ込める。
「…………なんでさ。」
「なんとなく。 ……嫌な予感がする。」
ちっ、勘のいい奴め。
仕方なく、ミカはネタ晴らしを先にすることにした。
手に持っていたお守り見せる。
「これを試しに、ちょっと持ってもらいたかっただけだよ。」
メサーライトは覗き込むように、ミカの手にある二つのお守りを見る。
「お守り? 何で同じの二つ……?」
「一つは森で拾ったんだけどね。 僕にはちょっとした違いがあったんだけど、メサーライトにも分かるのかなーって。 ちょっと試してもらいたいんだよ。」
メサーライトは怪訝そうな顔をするが、物がお守りだと分かって警戒が薄れたようだ。
訝しげながらも両手を出してくれた。
ミカが何てことのない様に、ポンポンとそれぞれお守りをメサーライトの手に置く。
「どう?」
「…………。 見た目の違いとかじゃなくて、持った感じってこと?」
「そう。」
メサーライトは二つのお守りを見比べるが、よく分からないという顔をする。
「分からないならいいんだ。 ありがと。」
そう言って、ミカはお守りをメサーライトの手から回収する。
「うー……ん。」
メサーライトは何か考え込んでいる。
「何かあった?」
「いや、僕には分からないんだけど……。 気になるなら鑑定屋に見てもらえば? まあ、ちょっとお金が勿体ない気もするけど。」
「鑑定屋ならもう行ったよ。」
「あ、そうなんだ。」
メサーライトは自分の椅子に座り、買ってきた紙袋を開ける。
「それで、どうだって?」
「うん。 呪われてるって。」
ビリビリビリィィッ!
紙袋が破れる音がした。
「はああぁぁああ!?」
目玉が零れ落ちそうなほど驚いた顔をして、すごい勢いでメサーライトが振り向く。
自分の両手を凝視し、擦り合わせて何かを払い落とすような仕草をする。
「ちょっと! 呪いって――――。」
「そんな大したもんじゃないよ。 鑑定屋には『その辺に投げ捨てな』って言われた。」
「だったら捨てなよ!」
「やだよ、勿体ない。 銀貨四枚もかかってんだから。」
「さっき森で拾ったって!」
「鑑定料と、同じお守り買って銀貨四枚。 元を取らなきゃ大損じゃないか。」
メサーライトは呆れたような顔して、それから盛大に溜息をつくと額を押さえる。
「頭痛いの? 横になった方がいいよ?」
この世界には、頭痛薬なんてないからな。
いや、頭痛に効く薬草みたいのはあったっけ?
あいにく俺は持っていないけど。
「……君が変なのはもう十分分かってたつもりだったけど。 これはちょっと……、僕の理解を超え過ぎて。」
メサーライトががっくりと項垂れる。
変とはなんだ、変とは。失敬な。
「どこが変なのさ。 というか、その口ぶりだと前から思ってたってこと? それはちょっと失礼じゃないかね君ぃ?」
「ちっとも失礼じゃない。 むしろ僕には、ミカに自覚がない方がびっくりだ。」
メサーライトが「君は変だ。」と、ビシッと指差して断言する。
やっぱり失礼だな、こいつ。
何でも思ったことを口走ってしまうのは、メサーライトの欠点だろう。
この日、入寮以来初めてメサーライトと口喧嘩した。
お互いの主張は平行線のまま。
そして、お守りは必ず鍵のかかる所に仕舞うように約束させられた。
これにより、使い道のなかったタンスの一番上の引き出しの使い道が決まった。
それと、それまでタンスに頭を向けて寝ていたメサーライトが、その日から逆を向いて寝るようになった。
…………ただの魔力だよ?
気にし過ぎじゃね?
■■■■■■
翌日、午前中の座学が珍しく王国史の授業だった。
どうやら、時々あるこの王国史の授業は、2年生が訓練部屋を使う日に行うようだ。
エックトレーム王国。
建国から1532年の、大陸の半分近くを支配する西の雄だ。
最初は大き目の部族を率いる首長だったらしいが、二つの小国が争う隙に見事乗っ取りに成功。
授業では相手が「どうぞ、どうぞ。」くらいの勢いで王権を譲ってくれたように言っていたが、そんな訳がない。
きっと授業で言えないくらいには、えげつない手を使って両王家を手中に収めたのだろう。
そして両王家の血筋は、男は赤ん坊から年寄りまで例外なく排除。
はっきりとは言わなかったが、おそらく全員処刑したのだと思う。
かなり苛烈な治世だったようだと推察する。
国土拡大派の王が続いたエックトレーム王国は、周辺国を次々に飲み込み、支配した国の王家は例外なく断絶。
エックトレーム王国が、帝国ではなく王国を名乗っているのは、『王の中の王』ではなく、『唯一の王』という強い意志の表れのようだ。
だが、普通はこんな苛烈な治め方をすれば反乱が起きる。
勿論、エックトレーム王国でも反乱は頻発した。
そして、そのすべてを鎮圧してみせた。圧倒的で容赦のない武力行使で。
勿論、授業では『王のご親征により、その大軍を見ただけで反乱は鎮まった』とか言っていたが、そんな訳あるか。
大軍をもって蹂躙したのだろう。
その土地の民もろともに。
周辺の大国が手も足も出ないほどに大きくなった頃、国土拡大派の続いた王の継承に異変が起きた。
内政を得意とする穏健な王が即位したのだ。
となれば、積年の恨みが爆発するのは当然。
またもや、あちこちで反乱が起きた。
だが、これも見事に鎮圧してみせた。
卓越した知略によって。
偽情報や捏造、買収、時に武力や暗殺をちらつかせ、反乱を起こした集団同士を争わせたり、分裂させたりと「どこの天才軍師様ですか?」とツッコミたくなるほど、反乱を起こした集団を翻弄してみせたようだ。
当初は反乱集団を応援していた民たちも、各地で勝手に暴れるだけでちっとも王家に向かって行かない反乱に嫌気が差す。
むしろ、反乱によって世は乱れ、家や家族を失った民が溢れかえった。
そんな民たちに王は積極的に手を差し伸べた。
そして、反乱集団こそが悪だ、と民に骨の髄まで刷り込んでみせた。
こうして穏健と思われた王が、実は権謀術数が大好きな王で、その卓越した内政手腕も加わり国内を一代で平定してしまった。
その後も国土拡大派と内政派(知略派)の王が割と交互に現れ、国土を拡大しつつもその後は足場固めが行われるという、非常に手堅い強大な王国が誕生した。
エックトレーム王国の国民にとって幸運なことは、所謂”愚王”のような王がほとんどいなかったことだろう。
軍拡主義で国民の生活が苦しくなることはあるが、それは国土拡大というしっかりとした目的があってのこと。
優秀な臣下も多かったようで、そうした目標は概ね達成されてきた。
そして、国土拡大派の王であっても、国民の生活を顧みないというほどではなかったようだ。
建国から300年くらいまでは急速な国土拡大が行われてきたが、その後はかなり緩やかなペースで、文化の発展もあり国民の生活水準は少しずつ上がっていった。
ところが、今から331年前。
王国歴1201年に現在のヘイルホード地方を支配下に置くことで、ついにグローノワ帝国と平地で国境を接することになった。
これまでも国境自体は接していたのだが、山脈が両国を分断するように横たわっていたため、大きな武力衝突は起きなかったのだ。
だが、平地で国境を接するようになればそうもいかない。
お互いに、大陸の半分を支配しようかという大国同士。
その後200年かけて5回の戦争状態に突入する。
だが、どちらも相手が相当の国力を維持していることが分かっているため、全面戦争にまでは発展しないで済んでいた。
そして王国歴1427年。今から105年前。
グローノワ帝国との6回目の戦争状態に入る。
だが、この戦争がこれまでの戦争と違ったのは、教会の”強い介入”があったことだ。
翌1428年、グローノワ帝国に居る光神教の教皇が「エックトレーム王国を亡ぼすことが神々のご意思である」と言い出したことで事態は一変。
グローノワ帝国が本気で戦力を投入するようになり、それに対抗するためエックトレーム王国もこれまでにない戦力を投入するようになる。
世に言う”五十年戦争”の幕開け。
――――全面戦争の始まりである。
というのが、今日までの王国史の授業で習ったことだ。
まあ、どこまで本当の話かは分からないし、例え嘘があっても何十年も前のことならミカにとってはどうでもいい。
教師が黒板に板書しながら説明する王国史を、ミカは適当に聞き流していた。
魔法学院の試験では年号の暗記などは必要ないようだ。
どんなことが起き、どうなったか。
大まかな歴史の流れを憶えればそれで良く、『鳴くよウグイス』とか『いい国作ろう』とか憶える必要がない。
(ん? 1192年じゃなくなったんだっけ?)
歴史の研究が進み、確か違う語呂合わせになったような気がする。
(まあ、どうでもいっか。)
ミカは授業中、右手に握りこんだお守りを魔力を使っていじくり回していた。
今持っているのは、勿論”呪われたお守り”の方だ。
ミカは祝福や呪いに興味が湧き、午前中はずっと隠れてお守りに干渉し続けていた。
正常な方のお守りでは、あまりにも手応えがなさすぎて面白くない。
呪われたお守りの方が、はっきりと反発してきたりするのでいろいろ試すのに適していたのだ。
「ミカ君、授業終わったよ?」
リムリーシェが、授業が終わっても動こうとしないミカに声をかけてくる。
見れば、みんな席を立って寮に戻ろうとしている。
この後はお昼を食べて、午後の運動の時間だ。
(ちょっと夢中になっていじりすぎたか。)
意識が右手にいき過ぎて、授業が終わったことに気づかなかった。
見えてなかったわけでないのだが、教師が教室を出るのを見ても、それが意味することを考えずただ眺めてしまった。
「ごめんごめん。 じゃあ、行こうか。」
「うん。」
リムリーシェには、魔力を感じる力の訓練をするうちに、すっかり懐かれてしまった。
リムリーシェは、今でも授業の魔力感知の魔法具では魔力を感じることができない。
教師もすっかりお手上げといった感じで、特に工夫をすることもなく、同じことを繰り返させている。
そんなんでいいのか?と思わなくもないが、まあサラリーマン教師ならこんなもんだろう。
だが、リムリーシェは以前のように思い悩むようなことはなくなった。
魔法具では出力が足りなくて、リムリーシェの魔力を揺らがせないだけだと理解しているからだ。
土の日に学院の森林で行っているミカの特訓では魔力を感じることができるし、そのために必要な魔力はだいぶ少なくなっている。
特訓を繰り返すうちに、リムリーシェの魔力は揺らぎやすくなったのだ。
最悪、魔法具での魔力感知がこのままできなくても、自分の意思で自分の魔力を動かせるようになれば、それは感じとることができるはずだ。
そうしたこともリムリーシェには説明しているので、以前のように焦らなくなった。
廊下に出るとメサーライトとポルナード、ツェシーリアにチャールがミカたちを待っていた。
ムールトはタイミングがあえば一緒に寮に戻ったりすることもあるが、今日は先に行ってしまったようだ。
たった七人しかいないクラスメートだ。
2カ月も経てば、それなりにみんな仲良くなるもんだ。
「遅いよミカ。」
「悪い悪い。 先に行っても良かったのに。」
ツェシーリアが声をかけてきた。
「あたしが待ってたのはリムリーシェだもん。 ミカだけだったら置いてくに決まってんじゃん。 ねー。」
ツェシーリアはリムリーシェに笑いかける。
「だったら何で僕に言うんだよ。 リムリーシェに言いなよ。」
「リムリーシェが遅くなった原因ミカじゃん。」
ぐぬぬ…………。
(……ああ言えば、こう言う。)
メサーライトとさえ引き分けにしかならないミカの口喧嘩スキルでは、とてもツェシーリアに勝てる気がしない。
「はいはい、そりゃ悪うございました。」
ミカはあっさり白旗を上げるのだった。
午後の運動の時間。
最近では歩いたりジョギングをするだけではなく、グラウンドの端の一画にあるアスレチックのような所を使うことが増えた。
ロープに掴まって急斜面を上ったり、ネットを登らされたり、雲梯やジャングルジムのような物もある。
下半身の運動から、全身運動にシフトしていた。
「だぁー……、ハァ……ハァ……負けたぁーー……。」
ミカは地面に大の字になり、荒い呼吸を繰り返す。
「へっ……てめえ、なんかに……、ゼェ……ゼェ……負ける、かよ……。」
ムールトも地面に座り込み、足を投げ出して肩で息をしている。
「ハァ……ハァ……途中、ハァ……抜かれた、くせに……ハァ……ハァ……。」
「ちょっと、ゼェ……譲って、やっただけだ……ゼェ……ゼェ……。」
「あ……? 『待てコラ』とか、……ハァ……ハァ……言ってたのは……どこのどいつだ……?」
「耳、イカレてんのか……? ゼェ……いらねえ、だろ。 ……ゼェ……ゼェ……取ってやろうか? お……?」
大の字で寝っ転がったままのミカと、座り込んだムールトが睨み合う。
そこにトップ争いをしていた二人に大きく離された、メサーライトがようやくゴールする。
メサーライトもその場に座り込むと、荒い呼吸を繰り返す。
「ハァ……ハァ……おかえりー。 ハァー……、メサーライト、早くなったじゃん。」
ミカが声をかけるが、とても返事をするような元気はなさそうだ。
肩で息をして、項垂れている。
「次は、ゼェ……ツェシーリアか? ゼェ……何だかんだ、みんな……、早くなってんな。」
ムールトがアスレチックコースを見て、残りのメンバーの状況を確認する。
ツェシーリアが最後の障害物の所まで来ていて、そこから大きく離された所にポルナード、リムリーシェ、チャールが団子状態。
午後の時間は、このアスレチックで競争をさせることが増えた。
ただ行進をさせられるよりはマシだが、疲れは行進の時の比ではない。
特にミカとムールトは、毎回トップ争いをするので、最初から最後まで全力だ。
まあ、毎回ムールトが1番でミカが2番なのだが。
(体格が違い過ぎるってのはあるけど、そんなのは言い訳にもならんしな。)
ミカとムールトの身長差は頭一つ分ある。
年齢の割にがっしりしているムールトに比べると、ミカはどちらかと言うと痩せっぽちだ。
寮に入って栄養も量もある食事が摂れるおかげで、だいぶ肉もついてきたが元々の差がある。
さすがに2カ月程度で追いつくことはできなかった。
むしろ、この体格でよく2番になれると言っていいだろう。
体重が軽い分、アップダウンの激しいコースでは有利だが、残念ながらスタミナがない。
もっと体力をつけないとムールトに勝つのは難しいのが、目下の課題だ。
全員がゴールした後、ダグニーにグラウンドに行くように指示され、グラウンドではナポロに棒を渡された。
ミカは60センチメートルほどの棒を見る。
持ち手の20センチメートルくらいは剥き出しの木だが、その先には布が巻きつけてある。
(竹刀の代わり……?)
ミカには、それが何らかの武器を模しているような気がした。
その日はずっと、その棒を使ってナポロの動きを真似する、ということをやらされた。
(これは、”型”なんだろうな。)
何の説明もない。
ただ真似しろ、と言われるだけ。
一つの動きを十回二十回と繰り返しやらされ、ナポロやダグニーに「もっと腕を上げろ」「腰を落とせ」と指導される。
ただアスレチックで遊んでいるわけじゃない。
ここが将来の軍人を養成する場所で、自分たちは領主軍の末端に組み込まれている。
そのことを再認識した、そんな午後だった。




