第41話 呪いのタリスマン
じっと耳を澄ます。
静かな森の中とはいえ、結構いろいろな音がするものだ。
風で草木はさざめき、虫の声や小鳥の囀りが聞こえる。
そんな中、明らかに異質な音が耳に入る。
ガサ、ガサガサッと耳障りな音を立てて、茂みの中を何かが動く音。
ミカの斜め後ろ、7時の方向。8メートル、いや7メートルあたりか?
ミカが頭上に待機させた拳大の”石弾”を撃ち込もうとしたところで、もう一つの音の発生源に気づく。
カサカサと、それまで聞こえていた音と比べてかなり小さい。
3時の方向。距離は6メートルくらい?
どうやら、ミカの側背を二方向から突く作戦のようだ。
(……頭のいい魔獣がいるとは自警団の人も言ってたけど。 まさかこいつらがそうだったとはね。)
ミカは苦笑して、魔獣がどれくらいやるのか、試してみたくなった。
ミカがそのままじっとしていると、それまで聞こえていた耳障りな音が同時に止む。
そして――――。
ビイィィッ!!!
ミカの背後にいたソウ・ラービが大きな鳴き声を上げて茂みから勢いよく飛び出した。
その鳴き声にミカは一瞬顔をしかめる。
そして、一拍置いてから側面にいたソウ・ラービが静かに飛び出す。
こちらは鳴き声を上げていない。
ミカは頭上の”石弾”二個をソウ・ラービが躱せないほどの高速で撃ち出す。
ゴシュゴシュッ!
鈍い音が響き、二匹のソウ・ラービは”石弾”に頭を潰されてゴロゴロと転がる。
ミカはそれらに素早く視線を送って確認すると、再び周囲の音に耳を澄ます。
草木のさざめきや小鳥の囀り以外に、ソウ・ラービの胴体から血がぴちゃぴちゃ流れ出す音が聞こえる。
だが、それ以外には他に音を発する物はなさそうだ。
ミカは若干耳鳴りのする耳に顔をしかめながら、周囲への警戒を続け、ゆっくりとソウ・ラービの死骸に近づいた。
「はぁー……、ようやく一息つける。」
ミカは湖岸に荷物を置くと、大きく伸びをした。
ミカの横にはいつもの雑嚢。
そして、少し離れた所にソウ・ラービの二つの死骸があった。
ソウ・ラービの死骸は尻尾を紐で縛り、長めの棒と結んでいる。
ミカは割と最近になって知ったのだが、ソウ・ラービの毛皮はギルドの買取の対象のようで、大きさや色、状態にもよるが一匹あたり三千ラーツ以上で引き取ってもらえる。
ソウ・ラービの討伐記録があるのに、引き取った記録がないことに気づいた冒険者ギルドの金髪もっさりお姉さんが、親切に教えてくれたのだ。
その時、なるべく胴体部分は傷つけない方が高く買い取ってもらえることなどを教えてもらい、いろいろと試行錯誤を重ねた。
結果、今のような戦い方になったわけだが。
「しっかし、まじ頭良かったな。 どうやって連携なんかとってるんだ?」
二匹のソウ・ラービは、ミカの側背の二方向に分かれていた。
しかも、背後の一匹はわざと大きな音を立ててミカの気を引き、側面の一匹は音を立てず、しかも一拍置いてから襲い掛かってきた。
人間でもこれだけの連携をとろうと思えば、事前に打ち合わせをした上で訓練が必要だろう。
「こいつらと最初に当たらなくて本当に良かった……。 絶対死んでたわ、こんなの。」
ミカはしみじみ呟く。
今日は水の3の月、1の週の陽の日。
元の世界でいうところの6月1日。
春の最後の月ということで、もうだいぶ暑くなってきている。
ミカが冒険者の真似事を始めて2カ月近く経ち、これまでにそこそこ実戦の経験も積んで、試行錯誤しながら戦い方を考えてきた。
ミカはようやく耳鳴りが治まった耳を指先でトントンと叩く。
「”地獄耳”は便利だけど、いきなり大きな音がするとこっちが不利になるな。 これも対応を考えないと。」
ミカはいろいろ戦い方を考えた結果、耳に届く音を増幅させる魔法を開発していた。
ちなみに、この魔法名については正式なものではなく、あくまで仮でイメージに合った呼び方をしているだけである。
ミカの年代では、どうしてもこのイメージが強くなってしまうのだ。
ちょっと憧れだったのだ、あの悪魔男が。アニメ版は格好いいし。
……原作はグロいけど。
それはともかく、魔獣が茂みに潜んでしまうとミカには位置を探る有効な手段が乏しく、何か方法はないかと考えた。
ニネティアナのように気配を探る能力を磨くのが一番だが、残念ながらそう簡単には身につかない。
ミカとしては、できれば魔法でさっさと解決したい問題だった。
そこで指向性マイクのように、小さな音を拾えないかと考えた。
音とは大気の振動。
ならば、特定の方向からの大気の振動を増幅させることができれば、魔獣の位置を探ることができる。
だが、”突風”ができなかったように、大気の振動を増幅させることは残念ながらできなかった。
”吸収”が使えるようになった今のミカなら、大気への干渉も可能かと思ったが、そう甘くはなかったようだ。
そこで、耳孔に魔力で大気を作り出し、その中に入ってきた音だけを増幅させる。
これは思ったよりも簡単にできたし、狙い通りこれまで聞こえなかった微かな音にも気づけるようになった。
だが、弱点もある。
突然大きな音がすると、その音も増幅されてしまうのだ。
先程のソウ・ラービとの戦闘では、背後にいたソウ・ラービが大きな鳴き声を上げた瞬間、ミカにはかなり大きな音となって聞こえたのだ。
おかげで先程までずっと耳鳴りがしていた。
だが、改良点があるのはいつものこと。
目的が達せられているのなら、まったく構わなかった。
この辺りの考え方が、自分はつくづくプログラマーだなあ、と思う。
仕様通りの結果が得られているなら、多少の問題など後で修正すればいい。
どうせ、どんなに丁寧にプログラムを組んだところで、絶対にバグは出る。
バグがあるなら直せばいい。
いきなり完璧な物など、始めから目指していないのだ。
また、今回は”風千刃”の精度の訓練も同時に行っていた。
ミカは自分で自分の魔力が見えるので、魔力は目に見えるものだと思い込んでいた。
だが、リムリーシェの魔力を感じる力の訓練に何度か付き合っていた時に聞かれたのだ。
「ミカ君はどうやって私の魔力に干渉しているの?」と。
ミカ自身、同じような問いをラディにした憶えがある。
だから見せてあげたのだ。ミカの魔力球を。
こうやって魔力を集めた物を、リムリーシェの手に押し付けているだけだよ、と。
ところが、リムリーシェにはミカの魔力球が見えなかった。
試しにメサーライトにも見せてみたのだが、メサーライトにも見えなかった。
そこでダグニーとナポロに聞いてみたところ、「魔力とは目に見えるものではない。」との回答を得た。
そういえば、ラディもそう言っていたような気がする。
自分が見えるものだから、すっかり見えるのだと思い込んでしまっていた。
ダグミーが言うには、「昔は見える人も稀にいたらしい。」と何かで読んだ憶えがあると言っていた。
つまり、”風千刃”のもっとも懸念していた問題点が、実は問題になっていなかった。
”吸収”で魔力不足も解消している。
ということは、あとは魔力を広げていく練習と、感度を上げる訓練をしていけば、実戦にも使える。
切り札の実用化の目途が立ったのだ。
(ならば、ガシガシ特訓するでしょ。)
ということで、ミカはソウ・ラービとの戦闘の間、魔力を広げていたのだ。
茂みに潜んでいたソウ・ラービの方向と距離を把握できたのはそういう訳だ。
まだまだ広げる距離は安定せず、背後のソウ・ラービに気を取られて、側面にいるソウ・ラービにも気づくのが遅れたが、これも精度が上がれば解決していくだろう。
「しっかし、魔力を広げるのは本当に疲れる……。」
広げていきながら、それでも散逸しないように留めなければならない。
この両立が本当に難しい。
「見える範囲なら、簡単に伸ばせるんだけどなあ。」
ミカが目で見て確認できる範囲なら、魔力を伸ばすのも散らないように留めるのも割と楽にできる。
20メートルくらいなら、然程苦労しないでも可能だ。
だが、視界の範囲外になると、途端に制御が利かなくなるのだ。
それでもようやく7~8メートルくらいまでは伸ばせるようになってきたが、広げた状態を維持するだけでも魔力を消費していくため、”吸収”がなければ本当に実用化など夢のまた夢だった。
ミカは大きく深呼吸をして、今日のこれからの予定を考える。
まだ昼にもなっていない。
一応、魔獣に遭遇しなければ昼過ぎまで採集を行う予定だった。
だが、ソウ・ラービの死骸を持ってウロウロするのは嫌だし、今日はもう切り上げてしまおうかと考える。
「あ。」
そこで気がついた。
枯実草を採集した袋を置きっ放しにしてしまったことを。
採集の最中にソウ・ラービに気づき、そのまま戦いの準備に入った。
倒した後はソウ・ラービの死骸の回収と、周囲への警戒に気がいき過ぎて、すっかり忘れてしまった。
耳鳴りも気になっていたし。
「さすがにちょっと勿体ないよな。」
今日の採集分は、おそらく三千ラーツ以上ある。
捨てるには惜しい。
ソウ・ラービの死骸を森の近くに持っていくのは嫌なので、このままここに残して急いで回収してくることにした。
誰かに持っていかれたら…………、運がなかったと諦めるしかない。
無事に枯実草の袋を回収し、森を出ようと警戒しながら歩いていると、少し先に光る物が落ちていることに気づく。
木漏れ日に何かが反射しているようだ。
近づいてみると、それは金属でできた何か。
ミカの手のひらよりも遥かに小さいサイズの、平べったい物。
鋳造された人型、いやおそらく神像か何かのように思えた。
「お守りかな?」
ミカがひょいっと拾ってみると、神像に触れた手が少しだけぞわぞわした。
なんだ?と思い、その金属の神像を見るが何でもない。
「…………?」
ミカは首を傾げながら、とりあえず森を出ることにした。
ソウ・ラービの死骸2体を吊るした棒を肩に担ぎ、ミカは西門にやってきた。
1体あたり10キログラムくらいあるので、棒の重さも加味すると20キロを超える。
正直、めちゃめちゃ重かった。
「はい、ご苦労様ぁ。 こちらで預かるよう。」
ミカが門の前まで行くと、汚れた作業着を着たおじさんがミカに声をかけてくる。
このおじさんはギルドの職員で、回収した魔獣の身体なんかを引き取る、専用窓口の係の人。
偽物もいて、職員の振りをして人の獲物を横取りするような奴もいるらしいが、この人は本物のギルドの係の人だ。
「お願いします。」
ミカが荷車に、ソウ・ラービの死骸を棒についたまま乗せる。
おじさんが金属の棒を取り出して、ミカのギルドカードに軽く触れさせる。
これで、とりあえずの引き渡しの手続きが完了。
査定は街の中の引き取り専用窓口で行うことになる。
おじさんが荷車を引いて門をくぐり、ミカも後に続く。
「ミカ君はすごいなあ。 2体も持ってくるとはねえ。」
「今日は運が良かったみたいです。」
「いやぁ、おじさんでも1体ならまだ何とかなるけど、1日に2体は相手にしたくないなあ。」
そんな雑談をしながら引き取り専用窓口に向かう。
専用窓口に着くと、中の職員がソウ・ラービの死骸を回収。
査定申し込みの用紙にソウ・ラービ2体と書かれていることを確認してサインする。
このまま専用窓口で査定を待っていてもいいのだが、ミカには他に査定・引き取りをしてもらえるアテなどない。
なので、査定金額に不満があろうが、ギルドに引き取ってもらうしかないのだ。
職員にギルドの方に行くことを伝えて、大通りを歩く。
陽の日なので大通りは多くの人で賑わっているが、以前よりは人が少ない。
ニネティアナの言っていた通り、人の多さは少しだけ落ち着いたようだ。
ギルドに着くと、今度は枯実草の引き取り窓口に向かう。
ギルドはいつも通り、十組以上のパーティがいた。
枯実草を渡す時に、専用窓口でも査定中だと伝えると、少し時間がかかるかもしれないと言われた。
ミカはギルドの中で大人しく待っていることにした。
カウンターはすべて埋まっていて、いつもの金髪もっさりお姉さんもどこかの冒険者パーティの対応中だった。
まあ、いつものお姉さんとは言っても、毎回この人がミカの対応をしてくれるわけではない。
たまたま陽の日のカウンター業務にいることが多いので、ミカの対応にあたることが多いというだけだ。
ミカが、ぼけー……と待っていると、名前を呼ばれた。
今日はいつものお姉さんではなく、別の人のようだ。
ミカがカウンターに行くと黒髪ショートのお姉さんが驚いた顔をした。
ミカのことを見たことがないのだろうか?
きっと、こんな子供が?と思っているのだろう。
「あら? 貴方、ミカ君って言うの。 そういえば名前は知らなかったわね。」
どうやら、ミカのことは知っていたようだ。
お姉さんはミカをじっと見つめると、にっこりと微笑みかける。
「ごめんなんさいね、ミカ君。 ちょっとこちらに手違いがあったみたいなの。 貴方の担当に案内するからついてきてくれる?」
担当?
そんなものがあったのだろうか?
黒髪ショートのお姉さんはカウンターの中をつかつか進み、いつもの金髪もっさりお姉さんに書類を手渡s…………押し付ける。
どう見てもあれは手渡してる感じじゃない。
明らかに押し付けていた。
黒髪のお姉さんがミカを手招きする。
「ちょっと、こっちはまだ対応中で――――。」
「大丈夫大丈夫。 じゃね、ユンレッサ。 あとよろしく~。」
黒髪お姉さんはこちらに背を向け、手を振って行ってしまった。
残されたミカ、金髪もっさりお姉さん、お姉さんの対応中だったパーティたちは全員がぽか~んとする。
「え、えっと……ミカ君? ちょっとだけ待っててもらえる?」
お姉さんは引き攣った笑顔でミカに尋ねる。
「はい……、それは構いませんが……。」
ミカがそういうと、お姉さんは対応中だったパーティに謝罪して対応を続けた。
然程待たされることもなくパーティの対応が終わると、苦笑しながらミカに声をかける。
「お待たせミカ君。 ごめんね。」
「いえ、僕の方は全然。」
金髪もっさりお姉さんが黒髪お姉さんの方を見ると、いい笑顔で親指を立ててサムズアップしているのが見えた。
金髪お姉さんはそんな黒髪お姉さんに〇指を立ててやり返していた。
(いや、お姉さん? お下品ですわよ?)
そっかー、こっちの世界でも中〇立てるのはだめかー。憶えておこー。
ミカがじぃーと金髪お姉さんを見ると、お姉さんは「おほほほ……。」誤魔化すように笑った。
「こほん……、えーとミカ君の今日の用件は…………査定と引き取りね。」
書類を確認しながらお姉さんが言う。
「お姉さんはユンレッサさんって言うんですか?」
「ええ、そうよ? どうして?」
「さっきのお姉さんが、僕の担当だって言ってました。」
ガンッ!
ユンレッサが勢いよくカウンターに突っ伏した。
ミカが黒髪お姉さんの方を見ると、お姉さんはミカにウィンク付きでサムズアップしてくる。
(……いや、あんた。 今、窓口対応中ですよ?)
黒髪お姉さんが対応中の冒険者らしき男が、びっくりした顔をしてミカとお姉さんを交互に見る。
ユンレッサはカウンターに手をつき、ぐぐぐ……と力を入れて起き上がった。
「あの人の言ったこと……、信じちゃだめよミカ君。」
それってどうなのよ?
窓口で言われたことを信じるな、とか結構無茶苦茶ですよ?
あと、おでこ真っ赤ですよ?
「えーと、気をつけます?」
とりあえず、そう答えることにした。
その後はいつも通り、スムーズに手続きも終わりミカはギルドを出る。
とりあえず、今日の収支は。
枯実草 四百八十グラム 3360ラーツ
ソウ・ラービ 1体 4100ラーツ
ソウ・ラービ 1体 3300ラーツ
――――――――――――――――――――――――
合計 10760ラーツ
初めての一万ラーツ超えである。
これでようやく念願だった防具が買える。
まずは革の手甲だけではあるが。
全財産を叩けばすでに買えたのだが、あまりに余裕がなさすぎる購入計画はちょっと承認できない。
戦闘のリスクと、金銭のリスク。
これらを考えて、余裕ができるのを待っていたのだ。
ミカが防具屋に行くと、店主が驚きながらも手甲を出してくれるが、当然ながらミカのサイズに合う物などあるはずがない。
店主はミカの腕の長さや手の幅などを細かく計り、発注するとのことだった。
オーダーメイドは高くつくんじゃないかと思ったが、どうやらこれくらいのオーダーメイドは普通らしい。
受け渡しに少し時間がかかるだけで、金銭的な負担は特になかった。
(こういうのは、職人と直接やりとりするのがいいんだっけ? 職人街の店がいいって言ってたのは、こういうことか?)
以前にニネティアナに教わったことを思い出す。
だが、残念ながらミカはまだ職人街がどこにあるのかを知らない。
ツテも何もないのであれば、ギルドの近くの店で買うのは仕方ないだろう。
少なくとも、ハズレの店だけ避けられれば良しとすべきだ。
ミカは防具の作成に時間がかかるのであれば、革の胸当ても一緒に発注しておこうと考え、店主に両方の手付金を払った。
ただし、「革の胸当ての購入は1カ月くらい先になるがいいか」と確認すると、手付金さえ払っておけばそれでも構わないと言ってくれた。
防具屋を出たミカは、今度は道具屋にやって来た。
といっても、目的は道具屋ではない。
その隣の鑑定屋だ。
ミカは狭い店内に入って行った。
店の中には、カウンターに老婆が一人いるだけだ。
老婆はぼさぼさの白髪頭で、非常に胡散臭い。
どうやら、カウンターの中は隣の道具屋と繋がっているようだった。
「いらっしゃい、嬢ちゃ…………いや、坊ちゃんかい? まあいいさね。」
老婆は、見た目でミカを女の子だと思ったようだが、すぐに違うと気づいたようだ。
それなりに見る目はあると思っていいのだろうか?
「ちょっと鑑定をお願いしたいんですけど。」
そう言ってミカは、森で拾った金属の神像をズボンのポケットから取り出してカウンターに置く。
どうということはないのだが、何となくミカはこの神像が気になった。
初めて触れた時の感覚。ズボンに入れておいても、何となく心がざわつく。
それで、道具屋の隣に鑑定屋があることを思い出し、試してみようと思ったのだ。
老婆はミカの置いた神像を手に持って眺めると、テーブルを指先でコツコツと叩く。
「そうさね。 これなら銀貨一枚で十分だろう。 大枚叩いて見るほどの物じゃないよ。」
ミカがギルドカードを出して支払うと、老婆がにやりと笑う。
「こいつは、ごくありふれたお守りさね。 隣でも扱ってるよ。 ほら。」
そう言って老婆はカウンターの中から隣の道具屋の一角を指さす。
だが、当然ミカからは隣の道具屋は見えない。
壁で仕切られているからだ。
正直、ミカは少し腹が立った。
さすがに道具屋のラインナップのすべてを把握などできないが、ありふれた物なのであれば、知っていれば余計な出費をしないで済んだのだ。
今のミカにとって銀貨一枚どころか銅貨一枚だって無駄にしていいお金などない。
自分の無知でお金を無駄にしてしまったことが腹立たしかった。
「ひっひっひっ、そう怒りなさんな。 これだけで銀貨がめる程、うちも悪徳じゃないさね。 銀貨1枚分の情報はちゃんとあるよ。」
ミカの様子を可笑しそうに眺めていた老婆が、そんなことを言い出す。
「こいつはね、呪われてんだよ。 おかげで”祝福”も抜けちまってる。 持ち歩いたりせず、処分するが吉さ。」
「…………呪い?」
思いもしなかった答えが返って来た。
ミカが驚きで固まっていると、老婆は楽しそうに教えてくれる。
「こういうお守りには、弱い”祝福”がかかってんだよ。 ”祝福”なんて言っちゃいるが、本物の【祝福】とは違う紛い物さね。 まあ、それでもそれなりの効果は備わってるさ。 値段分くらいはね。」
老婆はミカの持ち込んだお守りを指で摘まむと、ミカに見せる。
「だけど、こいつには呪いが入っちまって、肝心の”祝福”の方は抜けちまってるようさね。 大した呪いじゃないが、持っててもいいことなんかないのだけは保証してやるよ。」
そう言って、カウンターの上でミカの方に押し返す。
「一応、呪われてる品なんかの引き取りもやっちゃいるが、金払ってまで処分するほど大層なもんじゃないさね。 この店出た後なら、どこでも好きなとこに投げ捨てちまいな。」
どうやらミカが拾ったのも、そうして誰かが投げ捨てた結果なのかもしれない。
ミカは、カウンターの上に手を伸ばして、神像を掴む。
やはり、少しざわざわする感じがある。
(この感じの正体は呪いだったんだ……?)
何とも驚き過ぎて、今の自分の感情が上手く表現できない。
呪いと言われて、普通なら気味悪がるべきなのだろうが、そういう感じでもない。
それよりも、むしろ――――。
「これの、正常なお守りって、隣でも売ってるんですか?」
「ああ、売ってるよ。 珍しい物でも何でもない。 どこにでもあるような物さね。」
「それ、見せてもらっていいですか?」
「ん? まあ、いいさ。 ちょいとお待ち。」
老婆はそう言うと、道具屋の店員に何か指図する。
「はいよ、これが元のお守りさ。 値段は銀貨三枚。 値段からして、元々大した”祝福”じゃないのは分かるだろう?」
老婆はにやりと笑う。
(それ、売る人が言っちゃだめでしょ。 言いたいことは分かるけど。)
ミカは苦笑する。
試しに正常なお守りも持ってみるが、変なざわざわは感じない。
(確かに変な感じはしないけど、その代わり他のも特に感じないぞ……? ”祝福”なんてのが入ってるような感じもしないんだけど。)
ちょっといじるだけでは、いまいち分からない。
ミカは、いつもの”悪い病気”が疼くのを感じる。
「お守り、銀貨三枚ですよね? 買います。」
そう言って、ミカはギルドカードを出す。
老婆は少し驚いたような顔をして、それから人の悪い顔でにやりと笑う。
「ひっひっひっ。面白い子だねえ。 一体何を企んでいるんだい? 悪さすんのもほどほどにしなよ?」
そう言いながら会計だけはしっかりしてくる。
(企むなんて人聞きの悪い。 これは”知的好奇心”って言うんだよ。)
ミカは老婆の言葉に反論せずに、ただ老婆と同じようににやりと笑うのだった。




