第38話 初めてのクエスト
冒険者登録をした1週間後、ミカは採集系クエストの中でも、所謂”定額クエスト”と呼ばれるものに出かけた。
この1週間で、ギルドのお姉さんから貰った定額クエストのリストから、今日採りに行く候補をいくつかに絞り込んだ。
ミカは、サーベンジールの周辺であれば、リストにある草や鉱石の採集のすべてを試してみようと思っていた。
移動距離、採集の容易さ、買取金額、安全性など、これらを総合的に考えて、ミカにとって一番稼ぎやすい物を実際に採集して決めようと思ったからだ。
今日の獲物はサーベンジールの北にある湖と、その西にある森で採集できる物、3種類に絞り込んだ。
サーベンジールの街のすぐ北には、大きな湖がある。
街を囲む街壁が北側にもあるが、この街壁が湖に接する形で作られている。
もしもサーベンジールの街に大軍が攻め込む場合、北側は諦めて他の3方向から攻めることになるだろう。
そうしたことも考えて領主の館が街の最北に建てられたのだと、この採集場所の検討をしていた時に気づいた。
「……採集場所に行くのが面倒すぎるな。」
朝早くに寮を出てミカは西門に向かっていた。
街の外に出るには、街壁に設けられた3カ所の門のいずれかを使わなくてはならない。
ミカが初めてサーベンジールの街に入ったのが南門。
そして、東西を横断する大通りにあるのが西門と東門だ。
街の外に出るには、もっとも近くても寮から2キロメートル離れた大通りに出なくてはならない。
西門に着くとすでに門は開いていて、人や馬車の出入りが多少あった。
ミカは今日も学院の制服を着ている。勿論ローブなしだ。
荷物は肩に雑嚢をかけているだけ。この雑嚢は学院用に新しく買った物ではなく、家から着替えを持ってくるのに使ったやつだ。
今朝は朝食を一番に食べに行き、昼食用にパンを2つくすねて雑嚢に入れてきた。
くすねると言うと印象が悪いが、実際は山と積まれたパンを貰ってきただけだ。
寮の食事は、トレイに給仕のおばちゃんが副菜を山とよそい、パンは好きなだけ取ることができるスタイルだ。
学院の方針として、「食事は食べたいだけ食べろ!」ということらしい。
魔法士を軍人として考えているなら、それも頷ける。
特に成長期の子供に毎日運動を強いているのだから、栄養を十分に摂らせないのでは効果が薄くなる。
メサーライトが最初に量が多すぎると嘆いていたが、「食べることも仕事のうち」という考えなら、多少強引でも食べさせようとするのは理解できる。
ミカが門に入ると兵士が一人近づいて来る。
「おはよう、お嬢ちゃん。 誰かと一緒じゃないのかい? お父さんかお母さんは?」
またこのパターンか。
ミカはこっそり溜息をついて、左手のブレスレットとギルドカードを見せる。
「魔法学院の学院生で、冒険者として採集に街を出るだけです。 それと、お嬢ちゃんじゃありません。」
兵士は驚いた顔をしてミカのブレスレットを凝視し、ギルドカードを手に取る。
「……これは驚いた。 それはすまなかったね。 採集は北の湖?」
ミカが頷くと、兵士はギルドカードを返す。
「そうか、気をつけて行ってくるんだよ。 湖はまだいいが、森には入らないようにな。 小型とはいえ魔獣が出るからね。 ……本当は湖も絶対安全って訳じゃないんだが、あそこなら湖に入れば魔獣は入って来ないから。 何かあれば湖の中に逃げなさい。 それでもだめなら、運が悪かったと諦めるしかないんだけど。」
兵士は心配そうにミカにアドバイスをくれる。
湖の中は絶対ではないが、比較的安全。いい情報を貰った。
「ありがとうございます。 行ってきます。」
ミカは兵士にお礼を行って街の外に出た。
門からは北西に向かって街道が伸びていて、この街道の先に王都があるらしい。
もっとも、乗り合い馬車だと1週間以上かかるらしいが。
ミカは街道から外れて、街壁沿いに北に進む。
実は、今日の目的地である採集場所は寮からの直線距離なら1キロメートルくらいだ。
だが、街を出るための門が限られているため、まずは寮から2キロメートル南下。
西門をくぐったら2キロメートル北上するという、とんでもない大回りを強いられているのだ。
心理的に、「採集場所に行くのが面倒」だと感じるのには、こうした理由もある。
街を囲う街壁沿いには、バラック街という難民たちが勝手に集まり、掘っ立て小屋のような物を建てた区域がいくつかある。
西門から北に向かう方向にはないが、南には行かない方がいいというアドバイスをギルドで受けている。
かなり治安が悪いらしく、街壁の外を見回る警備兵もそこにはあまり立ち入らないらしい。
ミカは少し急いできたが、それでも湖岸に着くまでには、寮を出てから1時間以上もかかった。
朝早くに出て来たので時間の余裕はあるが、さすがにちょっと疲れた。
ミカは湖に着いたところで少し休憩をすることにした。
湖はとても大きく、対岸が霞んで見えるようだった。
水は澄んでいて、飲み水にも利用できそうなくらいだ。
「すごい景色だなー。 これは、夏には湖水浴ができるんじゃないか?」
海の家ならぬ、湖の家でも開業しようか?
そんなことを考えたら、焼きそばやラーメンが食べたくなった。
「あー、思い出すんじゃなかったぁー。 あんなのもう絶対に食べられないのに……。」
強いソースの匂いと味。
醤油のいい匂いが鼻の奥に蘇る。
「くぅ……っ、これがホームシックってやつか。」
猛烈に日本の味が恋しくなった。
しばらく一人で悶え、思わず「はあ……。」と溜息をつく。
「……諦めて、前を向くしかないんだけどな。」
ミカはその場でググゥ……ッと身体を伸ばした。
気持ちを切り替えて、今日の目的を思い出す。
「まずは、モモリマ石だっけ。」
湖岸によく落ちているというモモリマ石。
ようは毬藻である。
実際に元の世界の毬藻と同じ物かは知らないが、ギルドで説明を受けた時、定額クエストの実物をいろいろ見せてもらった。
これを十個以上持ち込むと、一個あたり五十ラーツで引き取ってもらえる。
ただし、あまり小さいと買い取ってもらえず、大きければ少し高く引き取ってもらえるらしい。
なるべく大きい方が効率が良くなるというわけだ。
1時間ほどかけて、大き目のモモリマ石を二十三個見つけた。
「とりあえず、こんなもんでいっか。」
寮母のトリレンスから貰ってきた、布製のボロ袋にモモリマ石を入れ、それから雑嚢に仕舞う。
複数種類の採集をするつもりだったので、小分けするためにいらない袋があれば欲しいと貰ってきたのだ。
これで、おそらく1時間で千ラーツほど。
時給換算で千数百円以上と言える。
だが、ここまでの移動時間やその労力を考えると、決して割がいいとはいえなかった。
「ま、最初はこんなもんか。」
何度も試さないと、効率の良い方法などはなかなか思いつかないだろう。
今日の目的はとにかく試す事。
とりあえずモモリマ石の採集を切り上げて、次の採集に向かうことにした。
モモリマ石を雑嚢に入れると、ずしりとした重さが肩にかかる。
精々二キログラム程度の重さのはずだが、ミカの身体にはこれがじわじわ効いてくる。
気合を入れ、湖岸を歩き出す。
30分もしないうちに、湖岸に岩がゴロゴロしている場所に着いた。
次の採集場所がここだ。
湖の中にも岩が沢山転がっていて、ここに生える水草がギルドで買い取ってもらえる。
ラズラッサ草と呼ばれる水草で、一キログラムで三百ラーツだ。
「うげ……。」
岩と岩の間に、びっしりと生えている。
試しに掴んで引っ張ってみると、ごっそり繋がっている分が採れる。
ちょっと試しただけで数キログラム分はありそうだ。
「これ、水気が取れたら何グラムになるのかね?」
今は水をたっぷり含んでいるから重量があるが、段々と水気は取れるはずだ。
「まあ、これが一キログラム以下になることはさすがにないか。」
最低買取量さえ超えてくれれば、とりあえずはいいだろう。
貰ってきた布製のボロ袋にラズラッサ草を入れる。
水に濡れてびしゃびしゃの状態の水草を雑嚢の中に入れる気になれず、そのまま手で持っていくことにした。
「お、重い……。」
多分、四~五キログラムある布袋を持って歩くのは、かなりつらかった。
ミカはモモリマ石を拾ったあたりに戻ってきて、それから森の近くに行く。
「ちょっと早いけど、昼にするかな。」
ラズラッサ草を手に持ってこれ以上歩く気になれず、一旦休憩することにした。
時間はまだ11時にもなってないと思うが、結構疲労感がある。
思った以上に、採集系クエストと言えども大変だった。
ミカは木陰に入り、そこで昼休憩にすることにした。
ミカは昼食用に持ってきたパンを食べると、森に入った。
森に入り100メートルくらいの所に、次の採集場所がある。
次に採集するのは枯実草。
この草は小さな花を咲かせ実を成らせるが、花が開いて実が成るまでたったの一晩らしい。
しかも、朝にはその実も乾いているため、いきなり枯れた実が成っているように見えたのだという。
この実が百グラム、七百ラーツで買い取ってもらえる。
「これなら、百グラムくらいは簡単に集まりそうだな。」
見るとあちこちにこの草があり、実も一本の草に一個というわけではない。
まとまって生えているのも多く、集めるのは簡単そうだ。
ミカは雑嚢からまだ使っていないボロ袋を取り出すと、荷物を置いて採集を始めた。
夢中になって集めると、1時間以上が経っているような気がした。
袋の中には数百グラムの枯実草が入っていて、とりあえずの採集なら十分な量が集まったといえる。
「これは結構効率が良さそうだな。 今後の定額クエストの第一候補かも。」
ミカは雑嚢に袋を入れ、身体を大きく伸ばす。
それほど無理な姿勢だったわけではないが、やはり採集のためには身体を屈めたりすることも多い。
少し強張った身体を伸ばしてやった。
ミカが身体を伸ばしたり捻ったりしていると、20~30メートルほど先の茂みから兎が飛び出してきた。
随分とでっぷりとした、薄茶色の大きな兎だ。
ミカに背を向け、小動物らしい小刻みの動きでしきりに周りを気にしている。
「あははは、でっか。 フレミッシュジャイアントって言うんだっけ?」
やたらと大きい兎が元の世界にもいた。
確かそんな種類の兎だった記憶があるが、あの兎が同じ種かどうかは分からない。
ただ、兎の後ろ姿の独特なフォルムに、つい頬が緩む。
ミカのそんな呟きが聞こえたのか、兎が機敏な動きで振り返る。
その瞬間、ミカは全身が総毛立った。
兎のその顔、その目は、明らかに肉食獣のようであり、3つの目が爛々と赤く輝いている。
あの、アグ・ベアと同じように。
兎はすごい勢いでミカに向かって走ってきた。
呆気に取られていたミカだったが、咄嗟に左手を前に突き出す。
「ス……、”石弾”!」
ミカは”石弾”を兎に撃ち込もうとするが、魔力の動きが鈍い。
”石弾”が発現しなかった。
「えっ、なんで!? あっ、そ、そうだ、り、”制限解除”!」
焦って何をすればいいのか、うまく思い浮かばない。
「”石弾”!」
10メートルほどに迫った兎に”石弾”を撃ち込むが、速度が大して出ない。
兎にあっさりと躱されてしまう。
「”石弾”! ”石弾”! ”石弾”! ”石弾”! ”石弾”!!!」
滅茶苦茶に”石弾”を作って撃ち出すが、速度もなく威力がまったくない。
ミカは恐怖と焦りで、”石弾”をうまく撃ち出すことができなかった。
もはや兎はミカの”石弾”を躱そうともせず、そのまま突っ込んで来る。
ミカまであと2メートルの所で、兎が大きく跳躍する。
ミカの顔面に向かって飛び掛かって来たのだ。
「うわぁあーーーっ!?」
咄嗟に腕で顔を庇うが、兎はその大きな口を開きミカの右腕に噛みつく。
まるでトラバサミのような歯が、ミカの前腕部に食い込み、突き刺さる。
「あああぁぁああああああああぁっっっ!!!」
あまりの激痛に叫び声を上げる。
兎はその大きな身体を、ミカの腕にぶら下がりながら激しく動かす。
その重量を最大限に生かし、ミカの腕を食い千切ろうと。
重量と激しい動きにより、ミカの腕に突き刺さった鋭い歯がより深く肉を抉る。
ミカは重さに耐えきれず、思わず膝をついた。
「うああぁぁあああぁっ!」
もはや激痛と恐怖で何も考えられない。声を上げて泣き叫ぶ。
ミカはただ痛みに耐えるだけで、その小さな捕食者にほとんど何の抵抗もできなかった。
ミカの腕から流れる血で、兎の顔が赤く染まる。
ミカは目をギュッと閉じ、痛みに耐えながら必死に兎の巨体を押し返そうとその胴体を押すが、兎は激しく抵抗する。
腕に突き刺さった歯は、胴体を押すことで余計に食い込む。
ミカが痛みに耐え、必死に兎の身体を押し返した時、不意にボンッと鈍い音がした。
その瞬間、兎の抵抗がなくなった。
しばらく兎の抵抗がなくなったことに気づかなかったミカだが、様子が変わったことに気づいて恐るおそる目を開けた。
すると、兎の身体の下半分が吹き飛んでいた。
ヒッと息を飲み、右腕に噛みついたままの兎を見る。
目を見開き、赤いことは変わらないが、爛々とした輝きはなくなっていた。
どうやら、兎は死んでいるようだった。
何が起きたのか分からない。
だが、腕に噛みついたままの兎がまた動き出すような気がして、ミカは痛みに耐えながら必死にその口をこじ開けた。
恐怖で強張る身体を無理矢理に動かして、兎の死骸から離れる。
右腕からはだらだらと血が流れ、痛みに気を失いそうだった。
ミカはハッ、ハッ、ハッと荒い呼吸を繰り返すだけで、何も考えられない。
兎の死骸から離れたのも、ただ恐ろしかった、それだけだ。
大きな木の根元に座り込み、その幹に寄りかかる。
しばらくは何も考えられなかったミカだが、少し落ち着いてくると悔しさがじわじわと込み上げてくる。
「……ぅ……う……。」
身体の震えが止まらない。
「……ぅぅ……うっ……、ぅぁぁああああああああああぁぁぁぁぁぁぁああああああーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!」
吠えた。
ただ、吠えた。
「うああああああああああああああああぁぁあああああああああああぁぁぁぁああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!」
悔しくて、情けなくて、惨めで不甲斐なくて、怒りとまだ心の奥底に残る恐怖に、すべての感情が綯い交ぜになり、ただただ空に向かって吠えた。
そうして吠え続けることで、ほんの少しだけ頭の片隅で考えられるようになってきた。
ズキズキと焼けるように痛む右腕を思い出す。
「…………治さないと……。」
今も血を流し続ける右腕に、泣きたい気持ちを抑え込んで立ち向かう。
ミカは木に手をつきながら立ち上がると、痛みに耐えながら右腕に力を入れ、拳を前に突き出す。
そうしてから”水飛沫”で右腕を洗い流す。
「ぐぐぅぅうっ……!」
歯を喰いしばり、激痛に耐える。
一通り洗い流したところで、すぐにまた傷口から血が流れ出すが、とりあえず気休めでも洗い流しておきたかった。
「毒を持ってる種だったら、……終わりだな。」
西門に着くまでだけでも2キロメートルある。
今は、あのクソ兎が毒を持っていないことを願うだけだ。
ミカは癒しの魔法を試す。
とにかく、傷口を塞がないことにはどうにもならない。
血の匂いに再び魔獣が寄って来る可能性があるので、すぐにここから離れたいが傷を治さない限り意味はないだろう。
今は、とにかく傷口を塞ぐことが先決だ。
ミカはしゃがみ込んで目を瞑り、じっと右腕の治癒に集中する。
今魔獣に襲われたら、今度こそやられてしまうかもしれない。
焦る気持ちを抑え、癒しの魔法に集中し右腕の治癒に専念する。
そうして10分ほど経つと、腕の痛みがなくなった。
もう一度”水飛沫”で右腕を洗い直すと、傷口はまったく見えなくなっていた。
捻ったり力を入れても痛みはない。
表面だけではなく、内部も修復されたようだ。
「……ここから、離れないと。」
だが、どこに向かうのが最善だろうか。
そんなことを考えた時、自分の恰好に気づいた。
シャツが血だらけで真っ赤になっていた。
濃紺のズボンはまだ誤魔化せるが、白のシャツはどうにもならない。
「湖か……。」
ミカは森を出て、湖に行くことにした。
湖の中は比較的安全だと言われたことを思い出したのだ。
ただ洗い流すだけならここでもいいだろうが、血の匂いで魔獣が来ては堪らない。
ミカは少し離れた所に置いていた荷物を拾い、湖に向かった。
荷物を湖岸に置き、ミカは靴を脱いで湖に入る。
湖の水は冷たく、足を入れた瞬間に心臓が縮まる思いがした。
だが、構わずざぶざぶと湖の中に進み、腰の辺りまで入った所でシャツを脱いだ。
右半分が血で汚れてひどいことになっている。
おそらく、このシャツの血のすべてがミカのものだろう。
クソ兎の血も口をこじ開ける時に付いたが、それはほとんどがズボンの方に付いたはずだ。
ミカはシャツを湖に浸け、血で汚れた部分を手のひらで水面より少しだけ持ち上げるようにして、弱く”水飛沫”を出す。
熱エネルギーの操作で温かくしたお湯を出し、もう片方の手でゴシゴシと擦る。
血が乾く前だったこともあり、ある程度までは簡単に落とすことができた。
ただ、元通りの白さにするのは難しそうだ。
「……漂白剤なんかないよな。」
確か、酸素系の漂白剤に過酸化水素があったはずだ。
水が作れるのだから過酸化水素も作れそうだが、多分劇薬の類だと思う。
こんな湖で使って生き物にどんな影響があるか分からないし、素手で触れていい物でもないだろう。
諦めて、お湯と手揉みで残りの血が付いた部分も汚れを落としていく。
そうしてゴシゴシ擦っているうちに手が止まり、息が詰まる。
「うぅ……うっく……っ。」
堪えきれず、嗚咽が漏れる。
悔しくて、涙がぼたぼたと湖面に零れ落ちた。
何もできなかった。
いくら魔法が使えようと、何の役にも立たなかった。
こうして何でもない時は何気なく使える魔法も、実戦では何一つ思った通りにできなかった。
命を落とす覚悟の無い者から死んでいくと言われた。
だが、ミカには命を落とす覚悟どころか、戦う覚悟すらなかった。
高くて買えないからと、戦う準備すらしなかった。
準備が足りない者から死んでいくと教えてもらっていたのに。
戦う準備も、魔法の準備さえもせず、魔獣の領域に踏み入ったのだ。
ミカは湖にバシャッとしゃがみ込んだ。
頭の天辺まですっぽり湖の水に浸す。
冷たい湖の水で頭を冷やす。心を冷やす。
嘆いていても仕方ない。
ザバッと一気に水面から出る。
髪をおざなりにかき上げ、顔を拭う。
「それでも、生き残った……っ。」
覚悟がなかったのなら、覚悟すればいい。
準備が足りなかったのなら、できる限りの準備をすればいい。
”ない”からできないでは、何も進まない。
できることを、やれ!
偶然でもまぐれでも、生き残ることができた。
なら、次がある。
今回はたまたま、魔力の暴発で助かったのだと思う。
意図したものではないが、それでもミカにはこの”力”がある。
思ったような戦い方ができるように、これから積み重ねていけばいい。
失敗も、成功も――――。
すべてを糧にし、貪欲に喰らっていけばいい!
「…………負けて、たまるか……っ。」
ミカは水面に浮かぶシャツに手を伸ばし、染みついた血を黙々と落としていく。
そんな、苦い糧となった初めてのクエストだった。




