第36話 猿山のボス猿
魔法学院2日目。
昨日は疲れた身体に鞭を打って、みんなで励まし合いながら何とか寮に帰った。
覚悟も心の準備もなく、いきなりあんな行進をさせられれば精も根も尽き果てるというものだ。
さすがに、「まだ身体が出来ていない子供に何てことするんだ」と思わなくもないが、全員が脱落することなく歩き切ったことを考えれば、限界を見極めた上でのことなのだろう。
ガキ大将のムールトだけは他の子供たちよりも身体が大きいこともあり、体力があるようだ。
少し休んだだけで、一人でさっさと帰ってしまった。
残りの子供たちはすぐには動けず、しばらく休んでから何とか寮に帰ることができた。
そして2日目の午前の魔力の訓練も終わり、これから午後の運動の時間。
「また、あれかな……。」
「そうなんじゃないかな。 はぁ~……。」
ミカがメサーライトに声をかけると、ため息交じりに返事が返ってきた。
足腰だけでなく、背中の方にかけてまで筋肉痛がひどい。
じきに慣れるとは思うが、それまでを想像すると憂鬱になってしまう。
「さすがに上は着ていかないだろう?」
「さすがに、ね。」
今日もそこそこ暖かい。
もしも昨日と同じ行進だった場合、着て行ったらひどいことになりそうだ。
寮を出てグラウンドに向かうと、ミカの目の前には信じられない光景が広がっていた。
「…………なん、だとっ……!?」
ミカは目を見開き、我が目を疑った。
ミカの前には、すでに運動着に着替えグラウンドに向かう女の子たちの後ろ姿。
その後ろ姿に、ミカは見覚えがあった。
数十年前、久橋律がまだ子供だった頃。
学校の運動着といえば”これ”だった。
男子の短パン、女子の――――。
(……ブルマー、だと!?)
この世界に、なぜこんな物があるのか。
あまりにも謎だった。
(……時空が、歪んでいるのか!?)
厨二病の発作が起きた。
その”場違いな存在”と”既視感”に、ミカは眩暈を覚える。
「どうしたんだい、ミカ?」
「…………いや、何でもない。」
ミカのただならぬ様子に気づいたメサーライトが声をかけてくる。
痛む頭を押さえ、ミカはとりあえずグラウンドに向かう。
(”異世界”行っても為政者は変態ばっかりか! 何考えてんだ馬鹿野郎がっ!!!)
どんな経緯で開発され、採用されたのかは知らないが、関係者全員に正座させて小一時間問い詰めたい気分だった。
一体どんな意図があって、子供にこんな格好をさせているのか、と。
「みんなも今日は上を着ないで来たんだ。」
「また昨日みたいのじゃ大変だからね。 でも、これは足が出過ぎてちょっと困るよ。」
メサーライトが気の強そうな女の子に話しかける。
確か、ツェシーリアと言ったか。
ツェシーリアは足の付け根までしかないブルマーを、少し気にしているようだった。
リムリーシェとチャールは少し離れた所で、手で足を隠すようにしている。
そんな一コマがありながらも、午後の運動の時間が始まる。
そして、やることは昨日と同じ。ひたすら歩くことだった。
ナポロが授業の始めに宣言したのだが、しばらくはこの「歩く」というのが続くらしい。
とにかく歩くことに慣れないことには話にならず、他のことができないのだという。
慣れてくれば次の授業内容に進むが、今はとにかく歩くことに慣れるようにと言われた。
(歩くのに慣れたら、今度は走れって言われる未来しか思い浮かばないんだけど……。)
嫌な予感を抱きつつ、ミカは歩き始めるのだった。
■■■■■■
魔法学院に入学して、初めての土の日。
今日は午前の魔力訓練のみで、午後は休みだ。
「あーー、午後の運動がないだけでこんなに嬉しいなんて!」
「あはは、ミカは大袈裟だよ。」
「でも、気持ちは分かるよー。 あたしも週末が待ち遠しかったもの。」
午前の魔力訓練も終わり、ミカが身体を伸ばしながら言うとメサーライトとツェシーリアが話に乗ってくる。
1週間の学院生活を通じ、よく話をするようになったのはこのツェシーリアだ。
ツェシーリアは姉御肌というか、サバサバした性格で話しやすい。
ツェシーリアを通じて他の女の子とも多少は話をすることもあるが、恥ずかしいのかあまり話が続かない。
ドンッ!
ミカたちが話をしていると教室の後ろで大きな物音がした。
何事かと振り返ると、そこには仁王立ちのムールトと尻もちをついたポルナード。
「……俺の言うことが聞けねえのか? あ?」
ムールトがポルナードを見下ろし、睨みつけていた。
何やら、喧嘩が始まったようだ。
……いや、喧嘩ではないだろう。
ムールトが一方的にポルナードを痛めつけているだけだ。
(こうなるような気はしてたけどね……。)
学院が始まって以来、女の子とはツェシーリアを介して一応の会話ができていたが、男の子の方がまったくできなかった。
その原因がムールトだ。
ミカが挨拶をしても、「フン。」と鼻であしらう。
寮で同室のポルナードにも何か吹き込んでいるのか、オドオドしながらムールトに従っていた。
ミカも気にはかけていたのだが、二人が寮の同室ではどうしても限界がある。
勝手に邪推して、「二人の部屋を分けた方がいい」などと言うわけにもいかず、心配してはいたのだが。
教室にはまだみんな残っていたが、全員がびっくりして固まっている。
ミカは溜息をついてポルナードの傍に行く。
「大丈夫?」
腕を引っ張り、ポルナードを起こす。
ミカよりは大きいが、ポルナードも小柄なので何とか起こすことができた。
(喧嘩ならともかく、こうなった以上は見逃すことはできないな。)
所詮は子供がふざけ合っているだけと何も手を打たず、最悪の結果を招いたニュースを何度も見てきた。
テレビで見ていただけのミカでさえ、そのあまりに無責任な教師や学校の言い分に怒りを覚えたものだ。
ポルナードを起こしたところで、不意にミカの肩が捕まれ引っ張られる。
ゴッ!
そして顔面に強い衝撃を受けた。
「「「キャァーーーーーーーーーッ!」」」
一瞬何が起きたのか分からなかったが、すぐに気づく。
(このクソガキ! 俺まで殴りやがったな……!)
足がおぼつかずバランスを崩しかけるが、踏ん張って倒れることだけは免れる。
今のミカの身長はこの教室で一番小さい。女の子を含めてもだ。
一方、ムールトは教室では一番身体が大きく、ミカとはほぼ頭1個分違う。
体格の差は圧倒的だった。
「何勝手なことしてんだ、オカマ野郎。 引っ込んでろ。」
ミカは膝に手をついたまま頭を一つ振り、意識をはっきりさせる。
下唇がズキリと痛み、手の甲で拭うと血が付いていた。
頭が沸騰するどころか、心が氷点下まで冷え込むのが自分でも分かった。
「…………”制限解除”。」
痛む唇に手を添え、小さく呟く。
ミカが睨みながら近づくと、ムールトが左手で胸倉を掴んだ。
ミカは胸倉を掴んだその手を両手で掴み、全身を捻るようにして内側に捻りこむ。
抵抗されることをまったく考えていなかったのか、ムールトの手はあっさりミカの胸倉を放した。
ミカは体重も使ってムールトを引き込むと、ガラ空きの脇腹に掌底を打ち込む。
小さく「”突風”。」と呟き、これまで使ったことのない威力の”突風”を、打撃の瞬間に一瞬だけ叩き込む。
斜め下からの突き上げるような一撃。
その”突風”の作用はミカにも及ぶ。
斜め下に押し付けるような衝撃を、ミカは足を踏ん張って耐える。
一方のムールトは斜め上に押し上げるような衝撃に身体が宙に浮き、そのまま3メートルほど吹き飛んだ。
「「「キャァーーーッ!」」」
再び教室に悲鳴が上がり、ムールトはそのまま廊下まで転がる。
廊下の壁に勢いよくぶつかり、ムールトの身体はようやく止まった。
「…………グッ……て、てめえ……っ!」
ムールトは、床に手をついて何とか起き上がろうとしている。
「おい! 何をやってるんだっ!」
そこにナポロがやってきて、倒れたムールトを起こしながらミカを見る。
明らかに殴られた跡のあるミカを見て、ナポロは溜息をつく。
「ムールト君とミカ君、二人とも来なさい。 ムールト君、立てるかい?」
ムールトは悔しそうにミカを睨みながら、ナポロの手を借りずに何とか立ち上がる。
そこにダグニーも合流して、教員室で事情聴取されることになった。
たっぷり2時間説教を食らい、少しげんなりしつつ教室に戻る。
校舎の入り口を入って右側に教室はあるが、教員室は左側の奥の方にあった。
ミカとムールトは説教を受けている間、ずっと黙っていた。
喧嘩の原因をダグニーにしつこく聞かれたが、ミカとムールトのはただの喧嘩だ。
言うほどのものではない。
そして、ミカはムールトとポルナードのことも言うつもりはなかった。
言っても無駄だからだ。
もしここでミカがポルナードのことを話し、寮の部屋を分けたところでまったく解決にならない。
ムールトがポルナードを隠れて呼び出したりすれば、ミカではフォローしきれない。
結局、ムールトをどうにかするしかないのだ。
ミカは教室で自分の雑嚢を手に取り、どうしたものかと考えていた。
「……てめえ、後で憶えてろよ。」
ミカが振り返ると、ムールトがすごい形相でミカを睨み、凄んでいた。
相当頭にきているようだった。
そんなムールトを見て、ミカはにっこりと笑顔を作る。
「お礼は気にしなくていいよ。」
笑うと下唇がズキリと痛むが、ミカは努めて明るく言った。
一瞬、何を言ってるのか理解できないムールトは呆気に取られた顔をするが、すぐにまたミカを睨む。
「てめえ……、ふざけてんのか!? 何わけわかんねえこと言ってんだ? ぶっ殺すぞ!」
「……分からない?」
ミカの目が、スッと冷える。
その表情の変化にムールトは一瞬怯むが、またすぐに睨んでくる。
「僕たちは、ここに何しに来た?」
「ぁあ?」
ミカの問いに、ムールトは怪訝そうな顔をする。
質問の意図が分からないのもそうだが、きっとこれまでムールトに睨まれて平然としていた子供などいなかったのだろう。
まったく意に介さないミカの態度が、ムールトには少々不気味だったのだ。
「魔法学院に、何しに来たかってことだよ。」
「ぁあん? 【神の奇跡】を憶えるために決まってんだろ。」
ミカは、その答えに満足したように、またにっこりと微笑む。
「そう、僕たちはそのために来たんだ。 ……人を殺す術を得るためにね。」
「…………は? ……お前、何言ってんだ?」
ミカの言葉、そして態度が、ムールトの想像し得る範囲を越えてしまったようだ。
不気味な物を見るかのように、ムールトは思わず後退る。
「国を守るため、領地を守るため、民を守るため。 そんなお題目に大して意味はないよ。 目的がどれほどご立派だろうが僕たちに求められるのは、僕たちがこれから手に入れるものは、……人を殺す術だ。 暴力装置として、正常に機能するためのね。」
エックトレーム王国に、レーヴタイン侯爵領に、手を出せば相応の報いがあるぞ、と相手に示すための分かりやすい脅威。
そして実際に争いが起これば、敵を蹂躙し、圧倒的な力で排除する暴力の権化。
それが”魔法士”という存在だと、ミカは考えていた。
ミカは左手を握り、ムールトに向けてゆっくり突き出す。
「ちょっと腕力が強い、喧嘩が強い。 そんなものはここじゃまったくの無意味だ。」
そう言ってミカは屈託のない笑顔を見せる。
「数カ月もしてみな? クラスにいるみんな、女の子も含めて全員がキミを殺せる力を持ってるかもね。」
魔法学院の教育計画は知らないが、そのうち【神の奇跡】とやらを教わることになるだろう。
そうなれば、身体的な能力の差などは些細なことになる。
考慮するにも値しないほどに。
大砲の打ち合いに、火を点ける係の体格差など意味はない。
ムールトは一瞬顔をしかめ、何かを考えているようだった。
「…………【神の奇跡】を、授業以外で使うことは禁止されてるぞ。」
「殴るのは禁止されていないとでも? さっきまで、あれだけ説教されたのにもう忘れた?」
ムールトの反論に、つまらなそうに言い返す。
「今はまだ、殴って言うことを聞かせられるかもね。 例え【神の奇跡】が使えるようになったからって、それで誰かを傷つけようなんてみんな思わないだろう。 今はね?」
ミカは手にしていた雑嚢を机に置く。
「ポルナードも、今は君のことを苦手に思っても、それで君にやり返そうなんて思わないんじゃないかな。 僕や君と違ってね。」
そう言って、冷たい目でムールトを射抜く。
左手をゆっくりと横に伸ばし、手のひらを上に向ける。
「でも、このまま続ければ苦手は嫌悪に変わって、嫌悪は憎悪に変わる。 殴られた痛みが恨みになれば、憎悪はいつしか殺意に変わる。」
音にならないくらい小さく「”制限解除”、”火球”。」と呟き、手のひらの上に”火球”を作り出す。
「なっ!?」
ムールトは驚愕に目を見開く。
ミカは、直径で1メートルはある巨大な”火球”を作り出した。
ただし、熱エネルギーの操作で火力は最低に抑えている。
それでも数百度はあるので、実はミカもちょっと熱い。
まあ、こんなのは実際の威力よりは見た目のハッタリがすべてだ。
教室や自分に被害が出ない範囲で、少し大きめに作ってやった。
「こんなのがいつ飛んでくるか分からない学院生活を送りたい?」
そう言って”火球”をゆっくりとムールトの方に移動させる。
ムールトが数歩後退るのを見て、”火球”を消す。
「同室の相手が自分に殺意を持ってるなんて、僕なら怖くて逃げ出すね。 君が呑気に寝てる時、飯食ってる時、湯場で頭洗ってる時、もしかしたら相手は君を狙ってるかもしれないよ?」
ミカは机に置いた雑嚢を持ち直し、肩にかける。
ムールトは、まだ驚きで固まっていた。
「別にみんな仲良くなんて言う気はないよ。 ただ、気に入らない相手なら関わらないようにすればいい。 わざわざ恨まれるようなことをすることはないよ。」
ゆっくりと歩き、ムールトの横に並ぶ。
声を抑え、冷えた言葉を投げかける。
「殺すだの殺されるだの、そんなのは学院を卒業してからで十分だろう? 慌てなくたって、僕たちはそういう世界で生きることになるんだ。」
ムールトは苦し気に、呻くような息を漏らす。
「せめて学院にいる間くらいは平和にいかないか?」
じゃ、と手を振りムールトの横を通り過ぎる。
そのまま動けないムールトを置き去りにして、ミカは教室から出た。
校舎の出入り口を出て、寮に向かっててくてく歩く。
(……俺の方が恨まれちゃうかな? まあ、そうなったらそうなった時だけど。 圧倒的な力の差を見せても敵対するなら、もう心を折るしかないよね。 …………て、俺も大概大人げないな。)
8歳の子供相手にどうやってトラウマを植え付けるかを考えようとして、思いとどまるミカなのだった。
「ミカ! 大丈夫だった!?」
寮の部屋に戻ると、メサーライトが落ち着かない様子で部屋の中をウロウロしていた。
「めっちゃ怒られた。」
「当たり前だよ! いや、そっちもだけど、ムールト君の方は……。」
メサーライトは、ミカがムールトに何かされるんじゃないかと心配しているようだった。
「ムールトとは教室で少し話してきたよ。 これで少しは分かってくれるといいんだけど。」
ミカは切れた下唇を軽く舐める。
微かな血の味と、鋭い痛みを感じた。
くそっ、こんな目立つ所じゃ癒しの魔法が使えないじゃないか。
「そんなことより! 昼飯食い損ねた!」
ミカは両腕を挙げて、がぁーーーーっと吠える。
寮の昼食の時間は決まっていて、実は説教の最中ずっと気になっていたのだ。
終わる気配のない説教により、昼食に間に合わないと分かると心の中でそっと泣いていたのだった。
今日はもう学院がないので外に食べに行くこともできるが、ミカはまだ自分で稼ぐ方法を見つけていない。
こんなことで無駄使いするのは気が引けた。
「そう言うと思った。」
メサーライトが、笑いながら机の上の包みをミカに渡す。
包みの中にはパンが2つ入っていた。
寮の食堂のパンだ。
「取っておいてくれたの!?」
「他のはちょっと持ってこれなくて、それだけなんだけどね。」
「ありがとう、心の友よ!」
どこかのガキ大将のようなこと言い、ミカはパンにかぶりつく。
かなりパサパサのパンだが、この世界ではこれが標準的なパンではある。
水袋で口の中の水分を補充しながらむしゃむしゃと食べる。
「……ミカは強いんだね。 驚いたよ。」
メサーライトがそんなこと言い出した。
ミカは口の中をパンに占領され、返事ができない。
「もしかして、喧嘩とか慣れてる? あ、何か習ってるとか?」
ミカは急いで口の中のパンを飲み込む。
「んぐ…………そんなのやってないよ。 喧嘩もしたことないし。」
……たぶん。
ミカ少年の記憶を探っても、殴り合いの喧嘩のような記憶はなかった。
元の世界にいた時も、殴ったり殴られたりのような喧嘩はほとんどない。
…………子供の頃って、ちょっとしたことで喧嘩になるようなことも無きにしも非ず?
まあ、その程度の経験だ。
「それにしてはすごくなかった? ムールト君が手を出したと思ったら、なんか吹っ飛んでてさ。 あれ、身体浮いてたよね?」
「あ、あははは……。」
”突風”はやり過ぎだっただろうか?
ただ、圧倒的に体格に差がある以上、ミカとしては手段を選んでいられなかった。
仲裁に入ったミカをいきなり殴りつけるとは思わなかったが、これは完全にミカの油断であり判断ミスだ。
ただ、その後の『胸倉を掴まれる』は想定していた状態の一つだった。
だから動けた。
”動画”通りに。
(……まさか、動画サイトの武術とか護身術が役に立つ日が来るとは思わなかったよ。)
あるゲームのキャラクターが使う武術があり、それは実在する武術だった。
そうした動画を何となく観ていると、『あなたにお勧め』と関連する動画がいろいろ出てくる。
格闘技の試合や鍛錬方法の説明だったりと、様々な動画が出てくるのだが、その中に護身術などもよく出てくる。
一般人でもトラブルに巻き込まれることはあり、そうした時にありがちなシチュエーションとして、「胸倉を掴まれる」「手首を掴まれる」などが、その対処法とともに紹介されるのだ。
(世の中おっかねえからなあ。 こういうことは、普通にありえるかもなー。)
と、結構観ていたのだ。
酎ハイ片手に。柿の種を摘まみながら。
だが、こうして直接対峙してしまった以上は、ミカとしても後には引けなかった。
群れを形成する動物は数多くいるが、その群れの性質はボスに強く影響される。
もしもムールトがあの教室で君臨してしまったら、今後の2年間は非常に息苦しいものになるだろう。
犬や猿じゃないんだから、と思わなくはないが、所詮は人間も群れを成す動物。
ムールトの支配に異議があるなら、自分が支配するしかない。
少しでもみんなが自由でいられるように、ミカが君臨し続けるしかないのだ。
はぁー……、と思わず溜息が出る。
(猿山のボス猿かよ。 たく、余計なことしやがって。)
痛む下唇にそっと手を触れ、ミカは顔をしかめるのだった。




