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第31話 安全な宿




 サーベンジールの街は、これまでに通ったどの街よりも綺麗に整っていた。

 道路を挟む建物はみな趣があり、総じてお洒落な建物ばかりだ。

 地面は石を敷き詰めコンクリートで固めてある。

 街灯が道路の両側に設置されており、今まさに火を灯している真っ最中だった。

 長い棒でガラスの箱を開け、中のアルコールランプのような物に火を点けている。


 初めて見たサーベンジールの街並みは、まるで中世の西洋の街並みを彷彿させる。

 ミカの勝手な印象ではあるが。


(……まあ、行ったことないしな。)


 あくまでテレビや写真で見ただけのイメージだが、黄昏時という時間も相まって、思わず見入ってしまうほど美しい景色だった。


「さ、こんなとこに居たら通行の邪魔になっちゃうわ。 宿に行きましょう。」


 ニネティアナはミカの手を取り、大通りを進んでいく。


「宿って言ったって、停留所は街の外ですよ。 どうするんですか?」

「どうするって、だから宿に行くのよ。」


 ミカは目をしばたたかせてニネティアナを見る。

 たった2日の経験で、宿=停留所のボロ小屋という等式が頭に刻み込まれてしまった。

 今言っている宿とは、どうやら本物の宿屋のようだ。

 ニネティアナが苦笑する。


「いくら冒険者だって休む時はちゃんと休むわよ。 そのためにも必要ないとこは節約するの。 今日はもう遅いから、寮に行くのは明日ね。 今夜は宿でゆっくり休んで、明日に備えましょう。」


 そう言ってニネティアナは迷うことなく進む。

 大通りから外れ、人のまばらな路地に入る。

 いくつか路地を曲がり、少々くたびれた建物の多い所に出たが、街灯もあり治安は悪くなさそうだ。

 ミカが周りをきょろきょろと見ていると、一軒の宿屋の前でニネティアナが止まる。


「まだあったわね。 ……昔と変わってなければいいんだけど。」


 3階建てのその宿屋は、壁がひび割れたりしていて年季を感じさせる。

 だが、中を覗くと雰囲気は悪くない。明るく清潔感のあるロビーが見える。

 ニネティアナが入っていくのに続いてミカも入ると、カウンターの奥の部屋からぬっとごついおっさんが現れた。

 浅黒く、筋骨隆々、長身でスキンヘッドのおっさんは、どう見ても裏社会の用心棒にしか見えなかった。

 厳つい顔には、額から左目の上を跨いで左頬まで大きな傷がある。


(…………ニネティアナさん。 何か、店をお間違えじゃないでしょうか?)


 どう考えてもここは宿屋じゃない。裏カジノか何かだ。

 きっと、昔とは変わってしまったんです。きっとそうです。


「はぁい、タコちゃん。 おっひさー。 元気だった?」


 ニネティアナが用心棒に声をかける。

 用心棒はニネティアナを見開いた目でぎろりと睨むと、額の浮いた血管をぴくぴくさせる。


(あ、死んだ……。)


 ミカには、この用心棒に絞り殺される未来が見えた気がした。

 用心棒はニネティアナを黙って睨んだまま動かない。

 ニネティアナはそんなことお構いなしに、カウンターの前まで行くと用心棒に話しかける。


「ちょっとタコちゃん、この顔忘れちゃったのぉ? 薄情ねえ。」

「……お前、ニネティアナか?」

「それ以外の誰に見えるってのよ。」


 どうやら、ニネティアナはこの用心棒とお知り合いらしい。

 ふっと用心棒の表情が柔らかくなる。

 用心棒はニネティアナを睨んでいたわけではなく、目を見開いて驚いていただけのようだ。


「随分と久しぶりじゃねえか。 ディーゴはどうしたんだ? 捨てたのか? あ、浮気されて出てきたのか! だから田舎に引っ込むのなんざ、やめとけって言ったじゃねーか。」

「そんな訳ないでしょ。 それなりに上手くやってるわよ。 まあ、田舎暮らしが退屈なのは否定しないけど。」


 用心棒はディーゴのことも知ってるらしい。

 ミカが親し気に話す二人を見ていると、用心棒がミカに気づく。


「………………お前らの子か……?」

「馬鹿言わないの。 この子いくつだと思ってんのよ。 学院に行くことになったんで、付き添ってあげてんの。」

「学院? 騎士……じゃねえか。 魔法学院の方か? ほほぉ……。」


 用心棒がミカを見る。

 不躾な視線でミカを値踏みする。


「ちょっとやめてよね。 ミカ君が汚れるでしょ。」


 ニネティアナがミカを自分の後ろに隠す。


「おい、人を何だと思ってやがんだ!? まったく……。 んで、どうすんだ? 泊まってくのか?」

「ええ、1部屋。 とりあえず1泊で。 あ、ベッドは1つ(シングル)でいいわよ。」


 ミカはぎょっとニネティアナを見て、それから用心棒を見る。

 用心棒はミカがぷるぷると小さく首を振るのを見て溜息をつく。


「あー……、生憎と今日はツインしか空いてねえんだわ。 そっちで我慢しな。 料金はシングルにしとくからよ。」


 ミカは手を合わせ、用心棒に感謝した。

 外見はともかく、これだけで用心棒がいい人なのをミカは確信した。

 ニネティアナは「ちぇ~……。」などと言っているが、たぶんミカと用心棒のやり取りに気づいているだろう。

 この気配を探る達人が気づかないはずがない。

 ニネティアナはギルドカードを出して宿泊料を精算する。


「宿に泊まる時はこうやって、先に料金を払うの。 食事なんかで別に料金が発生する時は、またその時に払うのよ。」


 ニネティアナが宿に泊まる時のシステムを説明する。


「宿に泊まる時って…………お前、確かリンペール領だったよな? ここまでどうしてたんだよ。」

「どうって、いつも通りに決まってるでしょ?」

「いつも通りって……。」


 用心棒がミカを見る。

 その目は溢れんばかりの同情に満ちていた。


(……ああ、最後に別れる時、ホレイシオもこんな目をしてたなあ。)


 つい先日のことなのに、すでに懐かしい気持ちになった。

 ホレイシオには、きっと道中の見当がついていたのだろう。


(確かに、今回の旅は子供がするような内容じゃなかったね。 ……ちょっと楽しかったけど。)


 ミカはこの3日間の旅路に思いを馳せた。


「はい、それじゃ部屋に行くわよ。」


 鍵を受け取ると、ニネティアナは奥の階段に向かう。

 階段を上がって3階に着くと、5部屋が並んでいた。

 ミカたちの部屋は手前から2つ目の部屋だった。

 部屋の中はあまり広くはないがベッドはちゃんと2つ並び、奥には小さいながらテーブルと椅子もあった。

 窓も奥に一応あるが、隣の建物の壁がすぐにあり景観はゼロだ。


「この部屋の中なら荷物を手放しててもいいわよ。 油断し過ぎるのは良くないけど、この宿は安全だから。」


 この3日間で、初めて荷物を手放してもいいと言われた。

 食事中でさえ膝の上に置いていたのに。


「宿にもランクがあってね。 今まで湯場を借りてたような安宿は部屋の中でも油断しちゃだめよ。 まあ、自分が部屋にいる時はまだいいけど、部屋に置いたまま離れるのは絶対にやめておきなさい。」

「ここは置いたまま離れてもいいんですか?」

「ここならいいわ。」


 ニネティアナが断言した。


「下手な高級宿よりも余程安全よ。 ここに手を出す奴も、ここで問題起こす奴もまずいないわ。」


 ……やっぱりあの人、裏社会の用心棒なんじゃ?

 もしかしてここはマフィアが経営してる宿なのだろうか?

 所謂、フロント企業というやつだ。

 ミカが引きつった顔で冷や汗かいていると、ニネティアナがプッと噴き出す。


「もう、何を想像してるのよ。 タコちゃんが有名だから、ここではみんな大人しくしてるってだけ。」

「有名……?」

「そう、さっきの人は”朱染(しゅぜん)”のヤロイバロフ。 元Aランクの冒険者なのよ。」

「Aランク!?」


 想像もしていなかった話が出てきた。

 驚いて固まっているミカに、ニネティアナは楽しそうに説明する。


 ”朱染(しゅぜん)”のヤロイバロフ。通称、タコちゃん。


(いや、それ絶対ニネティアナ以外呼んでないよね!?)


 それはともかく、用心棒改め、ヤロイバロフさんは超がつく有名人だった。

 2つ名が示す通り、全身を返り血で真っ赤に染めるような戦い方をする典型的な戦士(ウォリアー)

 ただ、この2つ名にはもう1つの意味がある。

 このヤロイバロフさん、怒ると赤くなるのだとか。

 怒りが頂点に達すると、本当に全身が真っ赤になるらしい。

 それを見た誰かが「タコみたい。」と言い出し、通称タコちゃんになったという。

 実際にそう呼んでいる人が他にもいるのかニネティアナに聞いてみたが「さあ?」との回答だった。


(……怖くて呼べないだろ、誰も。)


 あのごつくて厳ついヤロイバロフをタコちゃん呼ばわりできる神経の持ち主は、きっとニネティアナしかいないと思う。

 ミカが驚きと呆れで放心していると、部屋にあった布の袋を投げて来た。


「その袋に洗濯する物入れて。 あと着替えも持ってね。 今日は全部着替えるわよ。」


 3日振りの総着替えである。

 ここまで下着だけは交換してきたが、いい加減シャツもズボンも汚れていた。


「これから湯場に行って、着てた服も全部この袋に入れて洗濯に出すからね。」

「洗濯に出す? 自分で洗濯するんじゃないんですか?」

「別料金になるけど、ここは洗濯してくれる人がいるのよ。」


 何と、お金を払えば洗濯を頼めるらしい。

 明日の朝までに綺麗に畳んでおいてくれるのだとか。


「安宿なんかだと自分で洗って、自分で干して、見張ってないと盗まれることがあるわ。」


 こんなとこでも盗難を警戒しないといけないらしい。


 そんなわけで、パーティを組んでいる人は当番を決めて、部屋で留守番、洗濯物の見張り、などをローテーションしている。

 ソロの場合は…………、自分で責任持つべきだろうな、うん。

 そもそも、すべてを自分一人で行うからこそソロなんだし。

 ただし、ソロの冒険者は報酬を分ける必要がないし、宿代も一人分なのでそれなりに安全な宿には泊まりやすい。

 仲間と協力するか、お金で解決するか。

 ソロでもパーティでも、どちらにもメリット、デメリットがある。


 ニネティアナに連れられて、1階のカウンターまで戻る。

 ヤロイバロフがカウンターの中で、男の子に何か指示をしていた。

 この宿屋の中では、ちょくちょく子供の姿を見かける。

 みんなミカと同じか少し上くらいの年齢で、掃除をしたり物を運んだりと忙しそうにしている。


「タコちゃん、湯場空いてる?」

「ああ、今日はみんな遅いみたいだな。 まだ誰も使ってねえよ。」

「洗濯も頼みたいんだけど。 どの子に頼んでもいいのよね?」

「別に構わねえけどよ。 湯場から出たら、ここに持ってくりゃ預かるぜ。」


 それだけ確認すると、ニネティアナは湯場に向かった。

 ミカも諦めて、黙ってついて行く。

 どうやらこの世界には、男湯や女湯というのは存在しないらしい。

 だが、そこでふと気がついた。

 ミカが立ち止まるとニネティアナもすぐに気がつき、そこで振り返る。


「どうしたの、ミカ君?」


 時間はない。ミカは数瞬の間に、必死に論理(ロジック)を組み立てる。


「……今までの湯場って、値引きしてくれてましたよね?」

「ん? まあ、そうね。」

「それって、まとめて一度に入るから、子供だしって感じで値引きしてたんですよね?」

「まあ、そうね。」

「ここでは、普通に宿に泊まってるんですから、まとめて入る必要ないですよね?」

「その理屈で言えば、まあないわね。」

「ここの宿は安全だから、脱衣所で見張る必要もないですよね?」

「ええ、ないわよ。」

「じゃあ、僕一人で入ってもいいですよね!」

「それはだめ。」


 却下された。


「なんで――――!?」

「あたしがミカ君と入りたいから。 さあ、さっさと行きましょ。」


 理屈も何もなかった。

 この暴君に、論理なんて関係ない。

 そうしたいから、そうする。それだけだった。


 こうして、尻を撫でられるセクハラを受けながらも、何とか癒しの魔法を終え湯場を出た。

 この3日間で、もっとも疲れる湯浴みだったかもしれない……。







 ロビーに行くと女の子が一人でカウンターに居て、その子に洗濯物を渡す。

 よく教育されているようで、しっかり帳面につけてニネティアナにサインを求める。

 ニネティアナは帳面にサインをすると、部屋には戻らずそのまま食堂に向かった。


「お、上がったか。 丁度でき上がるとこだぜ。 食うだろ?」


 ミカたちが食堂に入ると、すぐに声がかかる。

 食堂の厨房にはエプロンをつけたヤロイバロフさんが居た。

 はっきり言って、すっごく似合ってない。


「タコちゃん、おまかせでいい?」

「おう、任せておけ。 今日は特にいいできだぜ。」

「それは楽しみね。」


 ニネティアナはさっさとテーブルにつく。

 ミカもニネティアナの向かいに座る。

 食堂を見渡すと8卓のテーブルがあるが、まだ一人も客がいないようだった。


(大丈夫なのか……?)


 すでに夕刻を過ぎ、夜と言っていい。

 こんな時間にガラガラの食堂というのは不安しかない。

 ニネティアナを見ると、まったく気にしていない。

 むしろ、ウキウキしているようにさえ見える。


(日替わり定食すら平気で食ってたからな。 あまりアテにはならないか……。)


 食堂自体は清掃も行き届いて、明るい雰囲気だ。

 キッチンでは子供が料理助手をしているのか、ヤロイバロフの指示でお皿を出したり忙しく動いている。


「……子供が多いですけど何でですか?」


 ミカは気になったことを聞いてみる。


「あの子たちはタコちゃんが雇ってる、れっきとした従業員よ。」

「大人の従業員を、そう言えば見てないですね。」

「いないわけじゃないんだけどね。 今はいないのかな?」


 ニネティアナは特に気にした風ではない。

 おそらく、ニネティアナの知っている頃からこういう経営スタイルなのだろう。


 給仕らしい男の子が、ニネティアナに酒瓶を持ってくる。

 果実酒のような、鮮やかな赤い酒が入っていた。

 ミカは気を効かせてお酌でもしようかと思ったが、手が届かなかった。

 ついサラリーマン時代の、宴会で上司にお酌していた癖が出たようだ。

 ニネティアナは自分で酌をして、一息に飲み干す。


「ぷはーーっ。 あー美味しい。 お酒も久しぶりねえ。 気が利くじゃない、タコちゃん。」


 ニネティアナは上機嫌だ。

 そんなニネティアナを見ていたらミカも久しぶりに酒を飲みたくなったが、さすがにこの身体では許されないだろう。


(……そういえば、妊娠中とか授乳中の飲酒は良くないんじゃなかったっけ?)


 ニネティアナに教えようかと思ったが、上機嫌のニネティアナに水を差すのは躊躇われた。

 どうせここからリッシュ村に帰るのには3日もかかるのだ。

 ミカがうるさく言うことではないだろう。


「飲むの久しぶりなんですか?」

「そうなの! 女は飲むもんじゃないって! ……義理とはいえ、親に言われちゃ無視するわけにもいかなくてさあ。」


 どうやら、この世界では女性は酒を飲むものじゃないという考えがあるようだ。

 まあ、まだ男尊女卑が当たり前の世界なら、そういう考えがあっても不思議じゃない。

 そもそも、人類みな平等などという考えすらない。

 封建制のこの国で、貴族と平民が平等なわけがない。


「前はそれでもこっそり飲んでたんだけどね。 子供が小さいうちは飲まない方がいいってのは、あたしも聞いたことあったからさあ。 デュールがもう少し大きくなるまではお預けなの。 うう……。」


 ニネティアナは泣き真似をしながら、器用に酒を呷った。

 普段禁酒しているなら、育児から解放された今だけはいいんじゃないだろうか?

 あまり深酒をするようなら止めるにしても、今は久しぶりのお酒を堪能させてあげよう。


「お前が禁酒だって? こりゃ明日はドラゴンでも襲ってくるかな?」


 ヤロイバロフさんが料理を持って、テーブルまで来た。

 給仕の男の子も落とさないように気をつけながら、両手に料理を持っている。


「その理屈なら、もう2年前に来てなきゃおかしいわよ!」

「はは、確かにな。 子供はデュールって言うのか? 1歳か2歳か?」

「まだ1歳よ。」


 給仕の男の子によって、次々に料理が運ばれ、テーブルにはあっという間に6皿の料理が並ぶ。


「いい肉が入ったんでな。 この串肉はまじで美味いぞ。 客に出すのが勿体ないくらいだ。」


 そう言ってヤロイバロフは笑う。

 いや、気持ちは分かるがぶっちゃけ過ぎだろ。


 大きな肉が3つ刺さった串肉の盛り合わせ、肉と野菜のチーズ焼き、鶏肉のトマト煮込み、野菜の肉巻き、ソーセージとベーコンの盛り合わせ、ビーフシチュー、以上6品。

 肉、肉、肉の肉尽くし。

 これにパンがつく。


(胃がもたれるわっ!)


 ちなみにすべて俺の見た目での印象なので、トマト煮込みにトマトが使われているとは限らないし、ビーフシチューも牛肉とは限らない。


「さあー、食べるぞー。」


 ニネティアナはそう気合を入れるが、ミカは正直少し引いていた。


(肉ばっかだし、量も多いし。 え、正気なのこれ?)


 見た目はすごく美味しそうだし、匂いもいい。

 だが、ここまで見事に肉料理ばかりを出すとか、正気を疑うレベルではないだろうか。


「おう、どんどん食え。 そっちの坊主もしっかり食うんだぞ? 肉は食えば食うだけ強くなれるからな!」


 どうやら、この肉尽くしのメニューは冒険者の好みのようだ。

 確かに、いくら身体を鍛えようとタンパク質が足りなければ筋肉にはならない。

 身体が資本の冒険者が求めた結果と言えなくもない。

 バクバク食べまくるニネティアナを見て、ミカも自分の分を皿に取る。

 串肉とチーズ焼きを皿に乗せ、まずは串肉からかぶりつく。


(うっま)!)


 柔らかく、噛むと肉汁が溢れ出す。

 塩と胡椒、プラスして何かのスパイスが少々かけられた串肉は、今まで食べたどの料理よりも美味しかった。

 ミカ少年としての人生だけではない。

 元の世界も含め、こんなに美味しい肉を食べたことがない。

 ミカが夢中で肉にかぶりつくと、ニネティアナがにやにやしながら見る。


「美味しいでしょう? ぜーんぶ、このタコちゃんが作ってるのよ?」


 ミカが驚いてヤロイバロフを見ると、ヤロイバロフはニッと笑う。


「料理は俺の趣味みたいなもんだからな。 同じ食うなら美味い方がいいだろ。 なあ?」


 元の世界のハゲ部長と同じで、この人も料理が趣味らしい。


「タコちゃんは遠征の時の糧食が不味くって嫌だったんだってさ。 で、ちょっとずつ工夫してたら、どんどん凝っていってね。」

「少し手を加えるだけで、味が全然違うんだぜ? だったら、少しでも美味くして食いてえじゃねえか。」

「だからって、それで食堂まで始めちゃうのは普通じゃないわよ?」


 このヤロイバロフさん、趣味が高じて食堂まで始めてしまったらしい。

 すでにAランクの冒険者として活躍していたヤロイバロフさんは、それで冒険者を辞めたのだとか。


「あの時は、国中のギルドと冒険者が大騒ぎだったわよ。」


 まあ、年間何億何十億と稼ぐ選手(トッププレイヤー)がいきなり引退を表明して、「食堂やりたいんで。」なんて言い出したら、そりゃ大騒ぎだろう。

 ミカには当時の騒ぎが目に浮かぶようだった。


「んで、今お店いくつやってんの?」

「食堂3つ。 宿は2つだな。 いつかは王都でも店開きてえんだけどよぉ。」

「食堂増えてんじゃん。 なに? そんな儲かってんの?」

「んなわけあるか。 ギリギリだっての。 宿の厨房任してたガキが育ってよ、んじゃ任せるかって店一つ出したんだよ。」


 何でもヤロイバロフさんは、見込みのありそうな孤児院の子供や路上生活児童(ストリートチルドレン)を引き取って面倒を見ているのだとか。

 この国では、里親になるのではなく、労働のために子供を引き取るというのも普通に行われているらしい。

 多くの場合、そういう子供は劣悪な環境での労働を強いられるのだが――――。


「子供たちのために、お店一つ出したんですか?」

「おうよ。 腕も良かったし、何より真面目でな。 やりてえって言うんで、じゃあやってみろって。 こいつならまあ、任せてもいいかってよ。」


 なにこの善人!

 見た目は裏社会の用心棒みたいなのに、実業家にして慈善家。本物のセレブじゃん。


「じゃあ、もう冒険者は一切やってないんだ?」

「まあ、基本的には。 忙しくってそれどころじゃないんでな。」


 食堂のために引退したヤロイバロフさんだが、実際は完全な引退ではなかったらしい。


「ただ、随分と世話になった人もいるからよ。 そういう人から指名で来ちまうと断れなくてなあ。」


 冒険者ギルドの依頼には、誰でもいいから「これを叶えてくれ」という普通の依頼と、「この人に頼む」という指名依頼の2つがあるという。

 余程の有名人でもなければ、なかなか指名依頼なんか来ないらしいのだが、さすがはAランクといったところか。


 その時、ロビーの方が少し騒がしくなった。

 どうやら、宿に泊っているパーティが戻って来たらしい。


「あー、腹減ったー。 ヤロイバロフさーん、すぐ食べられるー?」

「ああ、いいぞ。 ちょっと待ってろ。」


 そう言ってヤロイバロフさんは厨房に戻る。

 4人ほどのパーティのメンバーは、給仕をしている男の子に次々にお酒を注文する。

 お酒が届く頃、ヤロイバロフさんも料理をテーブルに並べていく。

 メニューはこちらのテーブルと同じ6品。

 ただし、その量は半端ない。


「やった! 旨そう!」

「ぷはーーっ! 生き返るぅー。」

「うん、旨い! こっちも旨い!」

「ちょっとヤロイバロフさーん、聞いてくださいよー。」

「おう、どうしたよ。」


 先程までミカたちしか居なかった食堂が、一気に騒がしくなった。

 リーダーらしき男が、ヤロイバロフさんに何やら愚痴を言っている。

 そんな様子を、ニネティアナが懐かしそうに見ていた。


「……そうなんですよー。 ありえなくないですかー?」

「まあ、そういう時もあるわな。 でもよ、依頼自体は上手くいったんだろ? だったらそれで良しとしなくちゃな。」

「それはそうなんですけどー。 なーんか納得いかなくってー。」

「ははは、そういう時は酒飲んで忘れちまえ。 おう、緑酒一杯持って来てくれ。 勘定はつけなくていいぞ。」

「ううう、ヤロイバロフさん。 やっぱ頼りになるっすー。」

「酒一杯で何言ってんだ、ほれ飲め。」


 ニネティアナが苦笑する。

 もしかしたら、昔の自分と重ねているのだろうか。

 その後も少しずつ冒険者たちが戻って来て、食堂は大忙しになった。


 ミカたちはすべての料理を平らげ、部屋に戻った。

 ちなみに食べた量はミカが3割弱、ニネティアナが7割強だ。

 あれだけの肉尽くしを食べ切るニネティアナに、少し呆れてしまった。







「さあ、明日に備えてしっかり寝るわよ。」

「……あの、ニネティアナさん。」


 明かりを消そうとするニネティアナに、ミカは気になっていたことを聞いてみた。


「宿のお金、ギルドカードから払ってましたよね? さっきの食堂も。」

「……ええ、そうね。」

「僕のお金ってわけじゃないけど……。 旅費がありますよね? どうしてそこから出さないんですか?」


 これまでの乗り合い馬車や食堂、湯場での支払いは、村のみんなにカンパしてもらった旅費から出していた。

 だが、ヤロイバロフの宿に来てから、ニネティアナはすべて自分のギルドカードで支払っている。

 黙ってミカのことをしばらく見つめていたニネティアナだが、ふぅー……と溜息をつく。


「まったく……、子供がそんなこと気にするんじゃないの。 あたしがここに泊まりたいから泊まった。 ミカ君が居ようと居まいと関係なく、あたしはここに泊まったわ。 だからあたしが払った。 それだけよ。」

「でも……。」


 申し訳なさそうにするミカに、ニネティアナはつかつかと近づき、指先で額を突く。


「自分で稼げもしないのに、生意気なこと考えないの。 そういうのは、大人になって自分で稼いでからにしなさい。」


 ニネティアナがぴしゃりと言う。

 ニネティアナの言う通りだった。


(……今の俺は銅貨1枚だって自分で稼げない。 どうやったって、誰かの助けなしじゃパン一個すら買うことができないんだ。)


 しばらく俯いていたミカだったが、真っ直ぐにニネティアナを見て頷く。

 そんなミカの頭を、ニネティアナはそっと撫でる。


「本当にもう……。 もう少し素直に甘えときなさい。 そんなに慌てて大人になる必要はないの。 ……分かったら、もう寝なさい。」


 ミカはニネティアナに「おやすみなさい。」と言ってベッドに横になる。

 3日ぶりのベッドだった。


(……いつもいつも、甘えっぱなしなんだけどなあ。)


 いつか、この恩を返せる日が来るのだろうか。

 そんなことを考えながら、ミカは眠りについた。





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― 新着の感想 ―
[一言] ここまでちゃんと旅してる感が目に浮かぶ。 良きかな良きかな。250するその料理だけは遠慮したい。
[良い点] 圧倒的強者と繋がりが持てたのデカすぎる
[気になる点] タコが一般的に知られているんだろうか?という感想を持ったかな。冒険者なら海沿いの依頼なんかで聞いたことあるかもだけど
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