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第21話 ミカの処遇2




(キフロド、ラディ……。 この二人は信用できるか?)


 ミカは目を閉じて葛藤していた。

 信じるべきか、あくまで自分だけで乗り切るべきか。


 例え事実であろうと「魔法は独力で習得し、詠唱なんて知らない」という主張を、相手が受け入れなければどうしようもない。

 しかも困ったことに、その主張が事態を好転させるものなのかどうかすら、ミカには分からないのだ。

 もしも主張が通った時、そこに残る事実は「ミカは詠唱を使わずに【神の奇跡】を使える」ということだ。

 それが事態の解決に辿り着く道なのか、より深刻な茨の道なのかが分からない。


 ミカはゆっくりと目を開く。

 アマーリアを見ると、悲しげな目でミカを見ている。

 さっきはあんなにも喜んでいたのに、ここで打つ”一手”を間違うと悲しい結果になる、ということをその目が雄弁に語っている。

 ロレッタは目を真っ赤にして、懸命に泣くのを堪えているようだった。


(……無理だな。)


 みんなの注目を集める中、ミカはひっそりと溜息をつく。

 ミカは諦めた。

 自力での解決を。


(…………もう、これしかないか。)


 ミカが勢いよく椅子を下りると、ガタンッと大きな音が立った。

 その音は、誰もが固唾を飲んで見守っていた広い集会場に大きく響き渡った。

 急にミカが席を立ったので、何事かと微かなざわめきが起こる。


「ミカ……。」

「ミカ!」


 ミカを呼ぶアマーリアとロレッタの声が耳に届くが、振り返らず真っ直ぐ進む。

 そして、キフロドとラディのところへやって来た。


「……どうしたのじゃ?」

「ミカ君……。」


 二人は突然のミカの行動に驚きながらも、真っ直ぐにミカを見る。


「お二人を信じ、委ねようと思います。 こちらへ。」


 そう言うと、返事を待たずにミカは集会場の奥に向かう。

 ミカが何をしようとしているのか分からず、騒ぎ出す村長をホレイシオが宥める。


「ふぅ~む…………ちと、待っててくれるかの。 まずは儂とラディで話を聞いてみるわい。 話を聞かんことには何も進まんじゃろ。」


 そう言ってキフロドが席を立つ。

 ラディもキフロドに続いてミカの方に歩いてくる。


(……この二人を信じないと、もはやどうにもならない。)


 自分だけではもう、解決は無理だろう。

 それならば、解決できそうな人に頼むしかない。


 ラディは分け隔てなく村の人たちに尽くしている。

 実際、そうやってミカも命を救われた。

 そして、それは別にミカが特別だったわけではない。

 他にも多くの人がラディに救われている。

 何の見返りも求めずに。


 キフロドは何十年も村の人たちの支えであり続けている。

 それは、言葉で言うほど簡単なことではないだろう。

 ただ偉そうに説教するだけの人なら、ここまで村人たちに慕われてはいない。

 村の人たちの心に常に寄り添い、支えてきたからこそだ。


(この二人が信じられないなら、もう万事休すだな。)


 ミカは腹をくくるしかなかった。

 吉と出るか凶と出るか分からない主張を、ただ行き当たりばったりで展開するしかなくなる。

 それならば、事情をよく分かった上でミカの味方をしてくれる人を頼ろう。

 そう考え、二人に託すことにした。

 集会場の奥に着くと、みんなに背を向けたままのミカを真ん中に、両側にキフロドとラディが立つ。


「それで、儂らだけに話したいこととは何かの?」

「ミカ君……。」


 キフロドは声を潜め、みんなに聞こえないようにミカに尋ねる。


「こちらを。」


 ミカが左手を胸のあたりまで上げると、二人はのぞき込むようにミカの手のひらを見る。

 ミカは口を僅かに動かし、音にはならない声で「”制限解除(リミッターオフ)”、”水球(ウォーターボール)”。」と呟く。

 その瞬間、ミカの手のひらの上には水の塊が現れる。


「うっ!? こ、これは……。」

「っ!?」


 ビー玉ほどの小さな水の塊だが、二人はいきなり現れたその水の塊を食い入るように見つめる。

 キフロドは驚きながらも、声が大きくならないように気をつけているようだ。

 ラディにいたっては声すら出ないようで、目を丸くして絶句していた。


「……僕に、詠唱は必要ないのです。 だから誰かに教わったということもありません。」


 ミカは作り出した”水球(ウォーターボール)”をゆっくりと握りつぶす。

 そして、手を開くと水滴がポタポタと床に落ちる。


 キフロドを見る。

 濡れたミカの手を見つめたまま驚きに目を見開いていたが、その後に「うー……む。」と唸り、難しい顔をした。

 ラディを見ると、同様にミカの手を見つめたまま固まっていたが、しばらくするとミカの視線に気づいたようだった。

 その表情は驚きと、あとは恐れだろうか。

 ミカが”笑う聖母(ラフィンマリア)”とあだ名をつけた女性とは思えないほど、深刻な顔をしていた。

 ミカはじっとラディの目を見つめた。

 するとラディは困ったような表情をし、それから目を閉じて、何やら葛藤をしているような苦悶の表情をする。

 そのまましばらく、重苦しい空気が漂う。


(……やっぱり、この二人に見せたのは失敗だったか?)


 だが、一定の発言力を持った上でミカの味方になりそうな人が他に思い浮かばなかった。

 先程までの態度を見る限り、村長は論外。

 ディーゴも自警団長として一定の発言権はありそうだが、みんなを説得するような役回りに適任かは疑問だった。

 勢いで押し切ることはできるだろうが、この場でそれが有効かは未知数だ。

 最終手段としては有効だろうけど。

 ホレイシオも一定の発言権は期待できるが、役回りとして適任かが分からない。

 ミカに好意的なのは間違いないが、この件でホレイシオが上手く立ち回れるだろうか。

 争いごとが苦手なホレイシオには、難しい注文のような気がした。

 ニネティアナは話し合いに出席してはいるが、どの程度の発言権があるかは不明だ。

 それはナンザーロやメヒトルテも同様で、何よりこの二人については火事の時しか顔を合わせたことがない。

 よって、信用してもいいのかの判断さえできない。

 ミカとしては、ある程度の面識があり人となりを多少なりとも理解しているこの二人を頼る以外、他に選択肢がなかった。


「………………ぃ……。」


 重苦しい沈黙の中、微かな呟きが聞こえた。

 ラディが何か言ったようだが、よく聞き取ることができなかった。

 ミカが顔を上げてラディを見ると、その表情は柔らかい優しいものになっていた。


「分かりました、ミカ君。 すべて私に任せてください。」


 そう断言してみせるラディの瞳は、強い決意を感じさせるものだった。


「こ、これ、待たんかラディ。 何を勝手に決め――――。」

「いえ、決めました。 私は、もう決めたのです。」


 そう言ってラディはしゃがみ込むと、ミカを抱きしめる。


「よく教えてくれましたね。 とても……、とても勇気のいることだったでしょう。 でも、もう大丈夫ですよ。 ミカ君には私がついていますからね。」


 ラディは真っ直ぐにミカの目を見る。

 その瞳には、強い意志が宿っていた。


(……ラディ。)


 ラディはいつも通りに微笑むが、その微笑みがミカには非常に頼もしく、心強かった。

 そんなラディの様子を見て、キフロドは大きく溜息をつく。


「……まったく。 小さい頃からちっとも変わらんのぉ。 一度言い出したら聞かんわい。」


 やれやれ……、とキフロドが諦めたように呟いた。







 そこからの話は早かった。

 ミカの頭の上で何事かの相談が小声で行われるが、結局何のことなのか僅かに漏れ聞こえる内容だけではさっぱり分からなかった。

 ミカにできることといえば「後で絶対に今回の全容を聞かせてもらう」と決意を固める以外には何もなかった。


 そうして打ち合わせが終わると、みんなの待つテーブルに三人で戻ることになった。

 ミカが席に着くとアマーリアは椅子をミカに寄せ、肩を抱き寄せる。

 ロレッタも椅子を寄せると、ミカの手を握った。

 キフロドが話を始める。


「あー……、待たせてすまんかったの。 少々込み入った話になっての。」


 そう言ってキフロドは参加者全員に視線を向ける。

 みんなはキフロドが何を言うのか、固唾を飲んで待った。


「結論から先に言うとじゃな。 ……今日の話し合いはこれで終いじゃ、解散。」


 みんなはキフロドの言葉の意味が分からないのか、「はぁ?」と呆けた顔をする。


「ちょっ、ちょっと待ってください。 いきなり何を――――。」

「し、司祭様! いくら司祭様でもそれは――――。」


 突然のキフロドの強権発動に、みんなが納得できずに声を上げる。

 まあ、これで納得しろというのは無理があるだろう。

 口々に説明を求める声が上がるが、キフロドはそれらを手で制す。


「みんなの言いたいことも分かるがの。 理由も含め、ここで話すわけにはいかんわい。」


 もちろん、そんなことで納得できるわけもなく、再び抗議の声が上がり始める。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()。 こう言えば、少しは理解してもらえるかの?」


 キフロドのその言葉に、みんながハッと顔を強張らせる。

 村長だけは青い顔をしながらも、それでもキフロドに質問を投げた。


「司祭様……。 司祭様がそのように判断された理由をお聞かせください。 私はこの村の村長です。 村のためにも知――――。」

「村長には知っておいてもらわんといかんことがあるの。 領主様への報告は、儂らの領分ではないからのぉ。」


 キフロドは、村長に向けて「後で教会に来てくれ。」と付け加える。

 ”領主”という言葉に、その場にいた全員が顔色を失い絶句する。

 アマーリアの身体がブルッと震え、ロレッタの手も震えていた。

 ミカは肩に置かれたアマーリアの手に自分の手を重ね、「大丈夫だよ。」と伝える。


「…………で、でも、領主様なんて、そんな……。」


 アマーリアとロレッタの動揺は大きく、見かねたラディが慌てて駆け寄って来る。


「二人とも落ち着いてください。 決して悪い話ではないのです。 ただ、私たちだけで済ませてよいことではなくなったので、領主様にも報告をしなければならない。 それだけの話なのです。」

「……でも、そんな、領主様に報告なんて。」


 ラディが懸命に宥めるが、二人の動揺はなかなか治まらない。


「うむ。 みんなにも誤解のないようにはっきり言っておくがの、これは決して悪い話ではないのじゃ。 ただ、儂らでは判断のつかん部分もあっての。 だから領主様に判断して頂くことにしたのじゃ。 もちろん儂からも司教にお伝えし、お力添えを頼むつもりじゃわい。」


 それからキフロドは全員に他言無用を言い含め、改めて解散を宣言した。

 納得しようがしまいが関係なく、ここで話し合えることではなくなったということで、みんなも解散を受け入れるしかなかった。







 こうして話し合いは解散となったが、アマーリアとロレッタの動揺は大きく、ラディが家まで付き添うこととなった。

 帰り際にホレイシオやナンザーロ、メヒトルテがミカのところにやって来て、火事の時のお礼を伝えてきた。

 どうやら、ホレイシオたちはこの1週間に何度かミカにお礼やアマーリアの見舞いに来てくれたらしい。

 だが、それは叶わなかった。

 ロレッタに追い返されたからだ。

 アマーリアが動けるようになってからは、アマーリアにも追い返された。

 今はそっとしておいてほしい、と。


 未だに理由がよく分からないのだが、ミカの立場がかなり危ういものだったのは確かなようだ。

 そのため、アマーリアやロレッタはかなりナーバスになっていた。

 この1週間ミカにべったりだったのも、それが理由だったのではないかと思う。

 もしかしたら、火事の時に放心してしまったり、半狂乱になっていたのも、ミカの立場の危うさが分かったからではないだろうか。

 火事に飛び込んだことだけではなく、もし無事だったとしても、その後に危うい立場になる事実を悲観し絶望してしまった。

 だから、あんなにもショックを受けていた。

 あくまで予想ではあるが、たぶん当たっている気がした。


(……”学院逃れ”とか言ってたよな。 学院って言うと、前に聞いたことがあるのは魔法学院だけど。)


 ミカとしては、魔法学院は第一志望だった。

 逃れるどころか、どうすれば入れるようになるか頭を悩ませていたくらいだ。

 ただ、自分で魔法を使えるようになった今、そこまで行きたいかと聞かれると疑問符がつく。


(……まあ、今はあくまで独学だしな。 教えてもらえるなら教えてもらいたい気持ちはあるか。)


 ミカでは思いつかないような、すごい魔法もあるかもしれない。

 自分に使えるかどうかはともかく、それらを知るというだけでも魔法学院に行く価値はあるだろう。







 ミカはホレイシオたちと別れ、ラディを含めた4人で家まで戻って来た。

 ラディはしばらくノイスハイム家に滞在し、アマーリアとロレッタを励ましていた。

 その甲斐もあり、二人は少しずつ落ち着きを取り戻していく。


「……はっきりしたことは言えませんが、おそらく10歳になる年の春にミカ君は王都の魔法学院に行くことになると思います。 悲しいことですが……。」

「王都……?」


 ラディは近い将来に起こるであろうことを、ミカたちに説明する。


「7歳で魔力が一定量に達していれば、レーヴタイン侯爵領の魔法学院に行きます。 ですが、ミカ君はこれにはあたりませんので、次は9歳の測定です。 すでに【神の奇跡】を使えるミカ君が、これに漏れるということはありえないでしょう。 ですから、ミカ君が村にいるのは10歳までです。」

「10歳……。」


 アマーリアは暗い顔をして、ラディの話を聞いていた。


「10歳で王都に行くってことは、本当に今の”学院逃れ”というのは大丈夫なんですね。」


 ロレッタは数年先のことよりも、やはり目の前のことが気になるようだった。

 ラディは根気強く、現在の問題については自分たちが何とかすると説明する。


「実際、話し合いの前に考えていた状況よりも、今の状況の方が遥かにマシなの。 でもね、思いもしなかったことも分かって……。 その扱いについては、かなり気をつけないといけなくてね。」


(……詠唱が必要ないことっすね。)


 ラディの説明に、冷や汗が流れる。

 ミカとしては、そんな大事だとは思いもしなかったのだ。

 なにせ、きっかけは勝手に魔法が飛び出してきたことなのだから。


(……まあ、そのことを今更言っても仕方ないな。)


 ミカは大人しく、ラディの話を邪魔しないように黙っていた。

 そうしていろいろな話を聞いていくうちに、二人もだいぶ落ち着いてきた。

 すると、ラディの指示によりミカだけ寝室に追いやられてしまった。

 なにやら、今後のミカの()()()()についての話があるらしかった。


(おいおい、本人に隠れてこそこそと……。 そういうのは、いけないと思います。)


 心の中で抗議の声を上げるが、大人しく従うしかない。

 今回のことでは本当にアマーリアやロレッタには迷惑をかけたし、ラディを信じて託すと決めた以上、その指示に逆らうのは信義にもとる。

 仕方なくミカはベッドに飛び乗ると、大の字になる。


(……結局、”学院逃れ”とやらの詳細については聞くタイミングがなかったな。 今度、教会に乗り込んで話を聞かせてもらおうか。)


 今優先すべきはアマーリアたちを安心させることだった。

 ミカの気になることもあるが、それを優先してアマーリアたちを後回しにすることはできない。

 そうして大人しく待っていると、しばらくしてロレッタが呼びに来た。

 ラディが帰るというのでみんなで見送ると、その後に少し遅い昼食となった。







■■■■■■







【キフロド視点】


「ああ、戻ったかラディ。 どうじゃった、アマーリアたちは? 少しは落ち着いたかの。」


 集会場での話し合いの後にノイスハイム家に寄っていたラディが戻り、キフロドは書きかけの手紙から視線を上げる。

 教会には先程まで村長が来ていて、領主への報告について二人で話し合っていた。

 キフロドとしては、すべての事情を村長に説明することができず、そのことに納得しない村長を宥めるのには一苦労だった。

 いちおう必要なことは伝えて、明日にでも村長には領主への報告に行ってもらうことになった。

 だが、この件は伝え方を間違うとミカが”学院逃れ”として罰されてしまうので、報告の仕方には注意が必要だ。

 もしも領主に”学院逃れ”と判断されてしまえば、村長も処罰の対象に入る。

 ”魔法士”は国としても貴重であり、もしも不当に義務から逃れれば厳しい罰が下される。

 しかも、その累は家族のみならず村長にまで及ぶのだ。

 村を管理する村長が、村の子供のことを把握するのは当然、というわけだ。

 村長が必死になるのも理解できるし、むしろ気の毒だとすら思う。


「遅くなり申し訳ありません。 すぐに昼食の準備をしますね。 アマーリアさんたちは、とりあえず大丈夫だと思います。 何かあれば、いつでも相談に乗るとよく言い聞かせておきましたから。」

「そうしてくれ……。 彼女たちがあれほどに頑固とはのぉ、思いもしなかったわい。」

「あら? 母であり、姉ですもの。 愛する家族を守ろうとするのは当然ではありませんか。 むしろ私は今回のことで、アマーリアさんたちの愛の深さに本当に心打たれましたわ。 とても素晴らしい家族だと思います。」


 恍惚とした様子のラディを見て、キフロドはやれやれ……と溜息をつく。


 キフロドとしては、ミカの”学院逃れ”疑惑についての話し合いを、もっと早くに行うつもりだった。

 アマーリアが体調を崩していた間は仕方ないにしても、回復した後は速やかに話し合いを行い、事実関係を領主に報告する。

 魔力測定で何か不正を行ったのであればどうにもならないが、そうでないなら正しい事実関係を詳らかにし、領主に伝えることがミカたちを守ることになる。

 だが、時間が経てば憶測が憶測を呼び、事実とはかけ離れた噂が領主の耳に入るかもしれない。

 そうなれば、もはやキフロドたちではどうにもならなくなる。

 ところが、無責任な憶測で「最悪の結果」を口にする村人たちに怯え、アマーリアたちは耳を塞いでしまった。

 村長やキフロドがたびたび説得するが聞こうとせず、ようやく昨日ラディと説得して話し合いに参加させたのだ。

 儂らもミカを助けてやりたいのだ、と。


 キフロドは視線を戻し、司教宛の手紙の続きを書く。

 【神の奇跡】に詠唱を必要としないという、常識でいえばありえない事実をどう書けばいいのか頭を悩ませ、結局は書くのをやめた。

 どう受け止められるか予想が難しい。領主にもこのことは伏せようと思い直したので、村長にも伝えなかったのだ。

 先日、ラディから報告のあった少年が、【神の奇跡】を独力で得たこと。

 そのため村の中でこの少年に”学院逃れ”の嫌疑がかかったが、そのような事実はないこと。

 もしも領主が少年を罰しようとした場合には、教会として保護をお願いしたいこと。

 少年の資質は稀有のものであり、必ず教会のためになるであろうこと。

 これらを書き終わり、キフロドはペンを戻すとインクが乾くのを待った。

 だが、そこでふと思いつき再びペンを手に取ると少し考える。

 そして、サラサラ……と文章の最後に1行追加すると、満足してペンを戻す。


「老い先短い年寄りの我が儘じゃ。 ……通させてもらうぞ。」


 キフロドは呟き静かに立ち上がると、そろそろ昼食の準備が整うダイニングへ向かうことにした。







 手紙の最後にはこう書かれていた。

 『風の神、第16章、7節と8節はもう憶えられましたか?』


 今から40年以上も前――――。

 若きキフロドの前に、さらに若い修道士が青い顔をして立っていた。

 それは助祭へ昇格するための大事な試験であり、教典の中でも特に重要とされる部分のいくつかを暗唱しなければならなかった。

 だが、極度の緊張からかその若い修道士は、普段なら難なく(そら)んじる部分を忘れてしまったのだ。

 青い顔をした修道士に、もう終わりですか?と問いかける試験担当の司祭。

 キフロドも、その試験担当のうちの一人だった。

 キフロドはその修道士が非常に真面目で、日頃からとても努力をしていることを知っていた。

 そのため、つい手を貸してしまったのだ。

 若い修道士が詰まってしまった部分の冒頭を、声には出さず、微かに口唇だけを動かして。


 40年後、その時の若い修道士は努力を重ねて司教になっていた。

 リッシュ村のある、リンペール男爵領を教区とする司教に。







 昼食後、キフロドが今後のミカの扱いについて考えていると、ラディがコップをコトンと置いて尋ねてくる。


「キフロド様は、ミカ君の力についてどう思われますか?」

「……どう、とは?」


 聞き返すまでもない。

 ミカが詠唱をせずに【神の奇跡】を使ってみせたことだろう。

 だが、キフロドはあえて聞き返した。

 ラディの考えを正すために。


「もちろん、あの【神の奇跡】です! 火事の時の、あの炎を消してみせた力! それだけでもすごいのに、詠唱すら必要としないなんて! どれほど神々に愛されれば、あれほどの力を授かるのか!」


 キフロドの予想通り、ラディは興奮したように捲し立てる。

 心の中で溜息をつきながらキフロドは静かに答えた。


「ミカは、10歳になれば王都の学院に行くじゃろう。 そこで()()()()()()()()()を憶える。 ……魔法学院に通う者が【神の奇跡】を使う。 当たり前のことじゃの。」


 何でもないことのように言い、キフロドは水を一口飲む。

 キフロドのその答えに、ラディは目を丸くする。


「……キフロド様は、あれほどの力を無視なさるのですか?」

「別に無視などしとらんわい。 迷い子を正しき道に導いてやるも儂らの務めじゃ。 あと2年半……、何事もなく過ごせれば、ミカは魔法士として正しく評価されるじゃろう。」

「ですが……。」


 ラディは納得していない様子だ。


「やれやれじゃの……。 そんなことでは、このままラディを”代理司祭”に推挙するのが不安になってくるわい。」


 キフロドの言葉に、ラディはハッと表情を引き締める。


「しっかりせんかい。 儂の跡を継いでこの村でやっていきたいのじゃろう? 代理司祭として認められなければ、他の誰かが司祭として派遣されてくるぞ? ……これまでのようには、好きにはやれんのぅ。」


 光神教はすべての村に司祭を置いている。

 キフロドの年齢を考えれば、いつ神々の下に召されてもおかしくない。

 そうなれば、キフロドの代わりの司祭が派遣されてくることになる。

 ラディは助祭としての資格しか持っていないからだ。

 だが、実際はすべての村に派遣できるほど司祭の数は多くない。

 そこで例外的に認められているのが”代理司祭”というものだ。

 これは助祭の資格を持つものが、一定以上の期間と経験により、特定の村でのみ司祭の代理として祭儀を執り行うことを認める制度だ。

 代理司祭に認められれば、これまでと変わらずにやっていくことができる。

 しかし、キフロド以外の者が司祭として派遣されればそうはいかない。

 ラディの行動は光神教の教えには従っているが、教会の取り決めからは度々外れているからだ。

 寄付を求めずに【癒し】を与えることも、その一つ。


()()()()()()()()()()。 それは認めよう。 だからこそ、儂もそれについては何も言わんかった。 じゃがの、教会はそれを受け入れんわい。 それでお前さんは修道院を飛び出してきたんじゃろうが。」


 キフロドの言葉に、ラディは俯く。

 ラディの信仰心は純粋で強すぎた。

 教会と相容れないほどに。

 そのことがキフロドには気掛かりだった。


「お前さんは盲目的過ぎるわい。 いつも言っておるの? もう少しだけ、あと1歩だけ下がって、物事を見てみるがええ。」


 そう言ってキフロドは席を立つ。

 ラディも続いて立ち上がり、ダイニングを出ていくキフロドに頭を下げる。

 キフロドはそこで一旦立ち止まり、思い出したようにラディへ声をかけた。


「……今回の件、ワグナーレ殿にも伝えておいた方がええかもしれんの。」

「ワグナーレ猊下に、ですか?」

「儂の司教宛の手紙と一緒に、村長に持って行ってもらおうかの。 書いておいてくれ。」

「かしこまりました。」


 キフロドは、ラディの手紙の内容が神々への賛美と、言葉を飾り過ぎた大げさなものにならないか一抹の不安を感じた。

 一言注意すべきだろうか?

 だが、ワグナーレならばそうした内容に惑わされず、正しく理解してくれるだろう。

 そう考え、何も言わず私室に戻ることにした。





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― 新着の感想 ―
[一言] 語弊あるかもしれないが、封建社会ぽさがとてもよく描かれていると思うの。 出来事を細かく描写するのは難しいモノだが、違和感なく読めているのでこれからの展開にも大きく期待している。
[気になる点] 【神の奇跡】なおに、魔法学院に魔法士? 【神の奇跡】学院では?
[一言] (……”学院逃れ”とか言ってたよな。 学院って言うと、前に聞いたことがあるのは魔法学院だけど。) 9歳まで魔力測定をしないかと思っていたら、もう測定していたんだね。それにしても学院逃れなど…
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