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第19話 織物工場の火事2




【メヒトルテ視点】


 メヒトルテは神に祈っていた。

 膝をつき、身体を屈めて煙から逃れるようにしながら、懸命に神に祈った。


(……どうか、ナンザーロが無事でありますように。 神々よ、どうか夫をお守りください。)


 工場の中で火災が起きた時、最後まで残ってナンザーロはメヒトルテを助けようとしていた。

 だが、炎がどんどん広がっていき、ナンザーロ自身が炎に巻かれそうになった。

 見かねたホレイシオが、ナンザーロに避難するよう説得した。

 メヒトルテも説得した。どうか、ナンザーロだけでも避難してほしいと。

 最初は聞き入れなかったナンザーロだったが、やがて自分だけではどうにもならないと受け入れざるを得なかった。


「必ず! 必ず助けに戻る! 少しだけ我慢して待っててくれ!」

「ええ、待ってるわ! だから、早く行ってナンザーロ! お願いだから、早く逃げて!」


 メヒトルテが叫ぶように懇願すると、ナンザーロは唇を噛みしめ、慟哭し、やがて炎と煙の中に駆け出していったのだ。

 ナンザーロが避難を始めた時点で、すでにかなり火の手が回ってしまっていた。

 避難するのも決して容易ではないだろう。


「すまない……、すまない……。 ゴホッゲホッ……。」


 ホレイシオがうわ言のように呟いた。

 ホレイシオは背中に大きな火傷を負い、足にも怪我をして今はうつ伏せにして休ませている。

 先程までは会話もできていたのだが、今は意識が朦朧としているのか、ずっと「すまない。」と繰り返していた。







 火災は突然起こった。

 炎が上がったと思ったら爆発的に飛び火し、紡いでいた糸や材料の綿花などに次々に燃え移った。

 紡績工場は火災が起きやすい。

 材料となる綿花のくずが大量に空気中に漂い、機械の摩擦熱で発火することがあるのだ。

 もちろん、火災にならないようにいろいろ気をつけているし、小まめに清掃や換気をすることで綿塵が工場内に留まらないようにもしている。

 だが、それでも起きてしまった。


 メヒトルテやホレイシオ、他の数人は工場の奥で打ち合わせをしていた。

 資材の管理や生産計画の進捗など、実際に現場に足を運んで確認を行っていた。

 そんな時に火災が起きた。

 ホレイシオは、火災に気づくと消火は困難だとすぐに判断。全員に避難を指示した。

 ただ、火災の発生場所が悪かった。

 工場内のかなり奥の方で発生し、メヒトルテたちは避難路を断たれてしまったのだ。

 それでも数人がかりで何とか避難のための道を切り拓こうとしたが、不運にも資材を積んでいた棚が崩れてしまった。

 最初の爆発的な飛び火で燃え移った、大量の綿花などが、だ。

 ホレイシオが咄嗟に庇ってくれたおかげでみんな怪我をしないで済んだが、代わりにホレイシオが背中に大火傷を負い、足に怪我をしてしまった。

 ホレイシオは火災の発生を自らの管理不足として詫びたが、メヒトルテはホレイシオを責める気にはなれなかった。

 数か月前、突然領主から大幅な生産計画の変更を命じられ、ホレイシオはその対応で忙し過ぎたのだ。

 特に今月に入ってからは寝る間も惜しむような有様で、そのうち倒れるのではと心配していたくらいだ。

 さらに連日の猛暑に加えて、今日は風がない。

 いくら換気をしたところで、風がなくて思うように換気できなかった。

 悪条件が重なったのを、ホレイシオのせいだと言うのは少々酷だろう。


 ナンザーロは紡績工場内の火災を知ると、メヒトルテが避難していないことに気づいて急いで駆け付けるが、すでに打つ手がなかった。

 それでもナンザーロは燃え盛る障害物を動かして、何とか避難路を作ろうとした。

 自らの手が焼かれることも構わず、必死になって愛する妻を救おうと炎に立ち向かった。

 だが、ついに自らも炎に巻かれそうになった。

 見かねたホレイシオが避難するよう何度も説得するが聞き入れず、メヒトルテの必死の懇願により、ようやくその場を離れたのだ。







 メヒトルテは煙で激しく咳き込み、苦しみの中で自らの最期を覚悟した。


(……偉大なる6つ柱の神々よ。 どうか、哀れな迷い子が御許に辿り着けますようお導きください。 光の神、闇の神、火の神、水の神、風の神、土の神よ。 どうか愛する夫、愛する家族をお守りください。)


 メヒトルテが懸命に祈っていると、何か声が聞こえた気がした。


「……どこですかぁーーーー……誰かいますかぁーーーー……」


 始めは気のせいかと思ったが、遠かった声が少しずつ近づいてくる。

 他の人にも聞こえたのか、思わず見合ってしまう。

 弾かれたように、そのうちの一人が大声で叫び始める。


「おーーーーーーーい! ここだぁーーーーーーーーーっ! ゲホッゲホッ」

「ゴホッ、ゴホッ……、ここよぉーーーーーーーっ!」

「助けてくれぇーーーーーーーっ!」


 一人が声を上げると、全員が咳き込みながら必死に声を張り上げた。

 メヒトルテも必死なって叫んだ。


「そこですね! すぐに行きます!」


 返事が返って来たことで、それだけでメヒトルテは嬉しさのあまりに気を失いそうだった。

 煙と熱で目を開けることも困難な中、涙を流しながら必死になって救助に来た人を探す。

 すると、炎の向こう側に微かに人影が見えた。


「ゲホッゴホッ……ここよっ! お願い助けてっ!」


 メヒトルテが叫ぶと同時に、バシャバシャバシャッと大量の水がかけられた。

 一瞬、何が起きたのか理解できずに顔を背ける。

 そして、もう一度人影の方を向くと、そこには10歳にもならないような子供が立っていた。

 なぜこんなところに子供がいるのか?と呆気にとられていると、その少年は右手で煙を払う。

 その瞬間、メヒトルテたちを散々苦しめてきた煙が瞬く間に消えてなくなった。

 その場にいる全員が、いったい何が起きているのかと状況を理解できずにいた。

 少年だけは取り残された人たちを見て、周囲の確認をしてと、忙しなく視線を動かす。

 メヒトルテが呆けたように少年を見ていると、不意に目が合った。


「助けに来ました。 もう大丈夫ですよ。 さあ行きましょう。」


 そう言うと少年は、ニッコリと笑顔を見せるのだった。







■■■■■■







(考えろ、考えろ、考えろ……。 何か手はある。 …………絶対に!)


 炎が迫る中、魔力の枯渇という絶体絶命の危機。

 ミカは必死になって生き残る方法を考えた。


(建物中の熱エネルギーを下げられないか? いや、たぶん干渉できない。 それに例え干渉できても、そもそもそこまでの魔力がない。)


 ならば、熱エネルギーを魔力に変換できないだろうか。

 魔力の補充さえできれば、とりあえず目先の危機は回避できる。


(魔力からエネルギーに変換するのはいつもやってるけど、逆を試したことはない。 もしできても、その魔力を上手く扱えるのか? 一度自分に取り込んでからじゃないと使えないんじゃないのか? 作り出した魔力をどうやって取り込むんだ?)


 あまり複雑な手順は、今の状況では致命的だ。

 どこか一つでも上手く機能しなければ、そこで終わりだからだ。

 どこが機能しなかったのか、どうすれば機能するようになるのか。試行錯誤するような余裕はない。


(…………なら、一つに絞れば。)


 あれもこれも、は無理だ。

 ならば、ただ一つ。一点突破。

 やるべきことを、ただ一つに集中する。


(魔力は、世界に満ちている……。)


 以前、教会でラディに教わったこと。

 この世界のすべてに魔力は宿り、世界は魔力に満ちているという。

 目に見えず、感じることもできない世界に漂う魔力を、誰がどうやって調べたのか知らない。

 だが、そう言われているらしい。


(わざわざ自分でエネルギーを魔力に変換することはない。 そこに”ある”というなら、かき集めればいい!)


 ミカは”(ウォーター)飛沫(スプラッシュ)”を自分で浴び、”突風(ブラスト)”で作り出した大気を胸いっぱいに吸い込む。

 そして、息を止めると2つの魔法をやめた。

 目を閉じ、すべての意識を集中する。

 燃え盛る炎に囲まれ、”(ウォーター)飛沫(スプラッシュ)”と”突風(ブラスト)”をやめるのは、はっきり言えば自殺行為。

 だが、この状況下でいくつものことを同時に行うのは無理だ。

 この方法が叶わなければ、もう後がないと腹をくくるしかなかった。


(大気に満ちる魔力も”元々存在する物質”だ。 今までの経験では、これを操作することはできなかったが……。)


 じりじりと肌を焼く熱に、焦る気持ちを無理矢理に抑える。

 ミカは自分の周りにある魔力を集める。

 集めるよう、自分の魔力に命じる。


(それができないなんて、誰が決めた? 俺が勝手にそう思ってるだけだ。 なら、できるできないじゃない、やれ!)


 魔力の消費が、これまで以上に早くなる。

 ”(ウォーター)飛沫(スプラッシュ)”と”突風(ブラスト)”を同時に使っていた以上に魔力が消費されていく。

 みるみる減っていく魔力に、焦る気持ちが大きくなる。


(もしもこの方法が上手くいっても、集められる魔力が少なければ……。 結局は自分で首を絞めてるだけか……。)


 徐々に追い詰められ、不安が頭をもたげる。

 消費する魔力と、集まる魔力。

 後者が上回らければ、結局はただ魔力を浪費しているに過ぎない。

 それでも、今はこの方法に賭けるしかない。

 もはや命を賭けた博打は始まってしまったのだ。

 今更下り(フォールドし)たところで、結果は負けと同じ。


(くっ……。 これが上手くいかなきゃ、化けて出てやるからなっ、ラディッ!!!)


 ミカは心の中で八つ当たりする。

 ラディはただ、世界には魔力が満ちていると教えただけだ。

 それを利用できるなどとは一言も言っていない。


 魔力の不足で気分が悪くなってくる。

 ミカがもうだめかと諦めかけた時、魔力の消費するペースが僅かに鈍った。

 最初は気のせいかと思った。

 だが、魔力の消費量がどんどん減っていく。

 そして、ついには魔力が回復を始めた。


(きたぁっっっ!!!!!)


 ミカは魔力の吸収が途切れないように気をつけながら、”(ウォーター)飛沫(スプラッシュ)”と”突風(ブラスト)”を再開する。

 盛大に水を浴び、右手で口と鼻を押さえると、ブハァーーーーーッと大きく息を吐き出す。


「ぜぇーー……、はぁーー……、ぜぇーー……、はぁーー……。 まじで……本気で、死ぬかと思った……。」


 今、ミカは3つの魔法を実行している。

 ”(ウォーター)飛沫(スプラッシュ)”、”突風(ブラスト)”、そして魔力の吸収。

 しかし、それでもなお体内の魔力量は増え続けていた。


(すげーな、おい。 どんだけかき集めてるんだよ!)


 全身の肌から吸収していると言えばいいのだろうか。

 体内の魔力の共鳴というか、波紋が身体中の至る所から発生しているのを感じた。


(これなら、何とかなるか……?)


 ミカは再び周囲に”(ウォーター)飛沫(スプラッシュ)”を撒きながら、慎重に進み始めた。


(そうじゃないだろ! 絶対に助け出すんだ!)


 煙に視界を遮られるため、移動は困難を極める。

 一瞬、魔力量の問題をクリアしたのだから、この煙をすべて吹き飛ばしてやろうかと思いつく。

 が、すぐに却下した。

 建物内に大量の空気が入り込むと、火勢が一気に増す危険があるし、建物の崩壊を誘発しかねない。

 下手なことをするよりは、このまま捜索を続けるのが最善と考え直した。


「ホレイシオさーーーーんっ! どこですかぁーーーーっ! 誰かいますかぁーーーーっ!」


 ミカは建物内を進みながら、繰り返し呼びかけ続けた。

 そうして進んで行くと、他のどこにも増して火勢の強い場所に気づく。

 燃えやすい可燃物が多く集まっていた場所なのだろうか?

 ゴォーーーー……という空気の流れる音と、木の爆ぜる音が強く響く。

 すると、その火勢の強い場所の向こうから、微かに声が聞こえる。

 様々な音に邪魔されながらも、それは確かに人の声だと確認できた。


「そこですね! すぐに行きます!」


 ようやく取り残された人たちを見つけられたことに安堵しつつも、ミカは慎重に消火をしていく。

 火勢が強いということは、それだけ建物へのダメージが大きいはずだ。

 天井を支える柱が倒れれば、一気に崩壊してもおかしくない。

 ここまで来て、焦って失敗をするわけにはいかなかった。

 水を撒きながら進むと、煙の向こうに人影を見つけた。

 一人ではない。

 煙に遮られ、何人いるのかを確認することさえ難しい。

 ミカは”突風(ブラスト)”で大量の大気を作り出すと、ある程度の量がミカを中心に留まるようにコントロールする。

 右手で払うように煙を追い出す。

 そうして、その場にいる人たちを確認する。


(女性が2人。 男性が3人。 ホレイシオさんもちゃんといるね。)


 ホレイシオは、うつ伏せになって倒れていた。

 背中には広範囲に火傷を負い、一目見て重傷だと分かる。

 この様子では、ホレイシオは自力で歩くのは無理だろう。

 よく見れば、足にも怪我を負っているようだった。

 ホレイシオは両側から支えてでさえ、歩くのは難しいかもしれない。

 だが、他の人たちは自分の足で動けそうだ。


(結構時間が掛かってしまったな。 来た道を戻るのは無謀か……。)


 木造建築物での火災だ。

 元々いつ建物が崩壊してもおかしくない。

 迅速に脱出方法を考え、実行しなくてはならない。

 ミカは素早く周囲を確認する。


(炎に囲まれた状態だけど、比較的右側は火勢が弱いか? 壁を抜ければそのまま外に行ける?)


 大まかな方針を決め、取り残された人たちに呼びかけようと目を向けると、全員が呆気に取られたような顔をしてミカを見ていた。


(……なんだ? もうすぐ助かるんだぞ? もっと喜べよ。)


 一瞬そう思ったが、彼らは九死に一生を得たことに喜び過ぎて、逆に放心してしまっているのかもしれない。

 ミカは優しく、諭すように声をかける。


「助けに来ました。 もう大丈夫ですよ。 さあ行きましょう。」


 笑顔つきで伝えるが、彼らは放心したままだった。

 こういう時はショック療法か?と思い直し、ミカは”(ウォーター)飛沫(スプラッシュ)”を放心したままの人たちにたっぷりと浴びせる。


「ぶはっ!?」

「なっ、なにす――――!?」

「死にたくなきゃしっかりしろ! そこの二人! ホレイシオさんを両側から支えろ! 脱出するぞ!」


 正気に戻った人たちを、ミカは鼻息荒く「ふんすっ」と大喝する。

 そして足元の炎を消火しながら、右側の壁に向かう。

 壁を抜けると言っても、建物に強い衝撃を与えるわけにはいかない。

 ミカは”(ウォーター)飛沫(スプラッシュ)”で壁の上の方から炎を消すと、一旦水を止める。


「”氷結息(アイスブレス)”!」


 水浸しの壁に向けて冷気をぶつけて一気に凍らせる。

 ガラスなどは高温の状態から急激に冷やされると割れたりするが、木はどうだろうか?

 木自体は後で脆くなるかもしれないが、今は氷で支えてもらおうと、一旦凍らせることにしたのだが。


 しっかりと凍り付いたことを確認してから、今度は魔力を壁に伸ばす。

 高さ2メートル弱、幅1メートル強の縦長の長方形に魔力を形作る。


「”風千刃(サウザンドエッジ)”!」


 ババババシュッと音がすると同時に、凍った木の破片が削られたようにバラバラと落ち、壁に長方形の穴が開く。

 その穴に向けて、再び魔法を発現する。


「”氷槍(アイスジャベリン)”!」


 槍をぶつけるのではない。

 壁の穴を支えるための氷柱を、両側に枠のように建てる。

 ただの気休めかもしれないが、いちおう念のためだ。


「さあ、こっちです! 早く!」


 ミカが外に出ると、取り残されていた人たちも次々と外に飛び出す。

 ホレイシオも二人の男に支えられ、無事に外に出ることができた。

 建物の近くにいては危険なので、少しでも遠くに離れるように促す。

 ミカがホレイシオの治療のためにラディを呼びに行こうとすると、火事を見ていた人だかりの中にもミカたちに気づいた人がいたようだ。


「おい、あっち!」

「あれを見ろ! 人がいるぞ!」

「誰か出てきたぞ!」


 遠くでミカたちの方を指さす姿が見える。

 人だかりの方から何人もの人が駆け出してくるのが見え、その中にラディらしき姿も確認できた。


「メヒトルテッ!」

「ナンザーロ!」


 駆けてくる人たちの先頭はナンザーロだった。

 脱出した女性のうちの一人がナンザーロへと駆け出し、しっかりと抱き合っていた。

 ミカには誰が誰なのか分からなかったし、確認している時間もなかったが、ナンザーロの奥さんを無事に救出できたことに安堵した。


「こんの、馬鹿たれがっ!!!」


 何番目かに辿り着いたディーゴが、ミカの頭にゴンッ!と拳骨を振り下ろす。

 何千個かの脳細胞が死にかねない、容赦のない鉄拳制裁だった。

 目がチカチカして、頭の芯にまで響くようなあまりの衝撃と痛みに、一瞬何も考えられなくなる。


()ぅぅ………………、脳細胞が減って馬鹿になったらどうしてくれんだ!?)


 頭を押さえながら、ミカは心の中で文句を言う。


「どこも怪我してないか、おい!?」


 ディーゴはミカが怪我をしていないか、念入りに確認し始める。


「……今、怪我しました。 頭を……。」

「な!?」


 もう一度拳骨を落とそうとディーゴが拳を振り上げたところに、ラディが到着した。


「ミカ君っ!」

「シスター・ラディ! 僕は大丈夫です! それよりもホレイシオさんを!」


 ミカが振り返りホレイシオを指さすと、ラディもすぐに察したのかホレイシオのところに走っていく。

 ラディが【癒し】をホレイシオに与えるのを見届けて、ミカは大きく息を吐き出す。


(……ホレイシオさんに救ってもらった命の恩。 なんとか返せましたね。)


 ミカが【癒し】を与えられて回復していくホレイシオを見ていると、後から歩いてくる足音に気づいた。

 振り返ると、そこには老司祭のキフロドが立っていた。


「やれやれ、無事だったようじゃのぉ。 まったく、無茶しよるわい。」


 キフロドは怒るでもなく、喜ぶでもなく、抑揚のない声でミカに話しかける。


「……すみません。」


 ミカは項垂れて、謝罪の言葉を口にする。


「……お前さんが謝る相手は儂ではないの。」


 そう言って振り返ると、人だかりの方に視線を送る。

 キフロドの意図を察したミカは、キフロドに頭を下げると人だかりの方に駆け出した。







 ミカが人だかりに着くと、目的の二人はすぐに見つかった。

 アマーリアは地面にへたり込み、放心したまま涙を流し、燃え盛る建物を見ていた。

 ロレッタはそんなアマーリアに縋り付き、泣きじゃくりながらミカの名を呼び続ける。

 二人の姿を見て、ミカは初めて自分のとった行動の意味を思い知った。


(俺はつくづく、情が薄いな……。)


 愛する息子が目の前で火の海に飛び込んで行けば、心配をかけるとか、悲しむ程度で済まないことは想像がつくはずだ。

 それなのに、俺にはそこまでを想像することができなかった。

 口では大切な家族と言いながら、実際にはアマーリアやロレッタがミカを想うほどには、ミカは二人のことを想っていないのだろう。

 そこまで誰かを愛したことがないために、二人がミカを想う気持ちの大きさを、推し量ることすらできないのだ。


 二人の傍にいた人が、ミカの無事を伝えている。

 しかし、それすら二人の耳には届いていない。

 抜け殻のように放心するアマーリアを、半狂乱になってミカの名を呼ぶロレッタを見て、胸が締め付けられる。

 だが、この二人に与えた絶望を思えば、この程度は痛痒ですらない。


 ミカは黙って二人の前に立った。

 そして、ゆっくりと二人を抱きしめる。


「……お母さん、ごめんなさい。 ……お姉ちゃん、ごめんなさい。」


 そう呟くと、力いっぱい二人を抱きしめる。


「…………ごめんなさい。 ……ごめんなさい。 ……本当に、ごめんなさい。」


 ミカは二人に謝った。

 何度も、何度も。

 謝るうちにミカも涙が溢れ、そして止まらなくなった。


 そうしてミカが謝っていると、しばらくしてアマーリアの手がゆっくりとミカの背中に回された。

 ミカが顔を上げると、虚ろだったアマーリアの目の焦点が少しずつ合い、ミカの目をしっかりと捉えるようになった。


「……お母さん。」


 ミカが呼びかけると、アマーリアは「ミカ……。」と小さく呟く。

 そして、気を失った。





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― 新着の感想 ―
この小説で初泣き入りました あっ お母さんとお姉さんとの後半のくだりです
[一言] 子供の肉体に精神が引っ張られる?という設定上仕方ないのかもしれないけど、どうしてもできない理由を、もしくは必死に言い訳を捻り出してるどうしようもない大人にしか感じないのがちょっとなーっていう…
[気になる点] 本人も解ってるみたいだけど家族が大事とか自重っていう言葉を聞くたびに、どの口がって気分が悪くなる [一言] 47歳の知識を持った7歳児って、ちぐはぐな言動が多いなー、と取り合えずここ…
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