第15話 土の魔法
ニネティアナと川に行った日から1週間後のある日。
ミカは家から少し離れた、村の柵沿いの草叢に座り込んでいた。
新たな魔法の開発のためだ。
アグ・ベアの襲撃により森の危険さがよく分かったので、あの日以来森に行くことは自重していた。
”火球”と”火炎息”を村の中で行うのは危ないので、これらの練習も一時中止している。
何よりあんな魔法を村の中で使ったら目立ってしょうがない。
村の中での練習になるので、あまり派手なことはできないのだ。
そこで、代わりにまだ未開発だった土と風の魔法や、熱エネルギーの操作により可能になった氷の魔法についていろいろ試していた。
森の中にいた時のように大声というわけにはいかないが、しっかり言葉に出して魔法を発現する”条件付け”も継続中だ。
氷の魔法については”氷槍”と”氷結息”がすでに開発済みである。
”氷槍”は、水を作り出してそこから槍のように細長い氷にするのに多少の苦労はあったが、慣れてしまえば問題ない。
数日の練習で凍った状態で発現させることが可能になり、同じ要領で”氷結息”も可能になった。
これまではあまり意識していなかったのだが、”火球”や”水球”など、魔法で発現したものは空中に出現する。
以前は自分が作った魔力球がそれらに変化するような感じだったが、今は直接”火球”や”水球”が現れる。
そして、何か目標物に向かって飛んで行くようにイメージすると、その通りに飛んで行く。
移動について考えなければ、そのままの状態で待機している。
自分の意思で魔力が動かせる以上、この”考える”という行為で”火球”や”水球”に運動エネルギーを与えているのではないかと予想を立てるが、確かなことは分からない。
何より、空中に浮いているというのもエネルギーを消費して起きている現象のはずである。
つまり、何が言いたいかと言うと「やっぱ魔力って何やねん?」ということだ。
熱エネルギーや運動エネルギー、位置エネルギーに容易に干渉し、あまつさえ水をも作り出す。
水――――。つまりは物質だ。
もし仮に魔力というのがエネルギーの一形態なのだとしたら、エネルギーが質量に変換したということになる。
今ではミカも、それ自体は別におかしなことじゃないと受け入れ始めていた。
質量とエネルギーの等価性なんてのも、学生時代に学んだ記憶がある。
それが量子レベルではなく、大量の水という大質量として現れたことは驚きではあるが、現象そのものは「可能なのかも?」と思い始めていた。
だが、もしもエネルギーが質量に変換したとすると、そのために必要なエネルギーは莫大な量になるはずだ。
火魔法の練習の時には、気軽に下準備と後始末だと水を盛大にぶち撒けてきたが、これまでにミカが作り出してきた水の総量はおそらく数百キログラムでは済まない。
数トンに達するだろう。
それだけの質量を容易に生み出せる”魔力”というエネルギーに、改めて恐ろしいものを感じたのだ。
いや、もしかしたら魔力とは初めから物質なのではないだろうか。
容易にエネルギーに変換が可能なだけで、物質としてこの世界に満ちている存在なのかもしれない。
ミカは簡単に魔力球を作り出すことができ、それは薄っすらと青白い光をしている。
これが純粋な魔力の状態なのか、光に変換された結果なのかは分からないが。
「はぁあー……、ニュートンとかアインシュタインでも居ればなあ。」
アイザック・ニュートンとアルベルト・アインシュタイン。
言わずと知れた物理学の天才である。
無論、他にも数多くの天才物理学者たちがいるが、そのうちの誰か一人でもいい。
この世界に生まれていてくれないだろうか。
魔力という不可思議で”とんでも”な事象は、ミカのような凡人が解き明かすにはあまりにも大きすぎる題材だった。
「まあ、魔力の解明は未来の天才たちに任せるとして、俺は俺でやれることをやっていくとしますかね。」
魔力は考えれば考えるほど頭が痛くなる、摩訶不思議な力だ。
その根本的な理論などは、それらを解き明かすことに喜びを見出す変じn…………いや、天才たちに任せたい。
要は、テレビはスイッチを入れれば見ることができる、というだけだ。
基板上に配置された半導体やコンデンサ、トランジスタなどがどのような構造で、どのような理論で生み出され、どんな働きをしているのか。
そんなことは知らなくても、チャンネルを変えれば見たい番組が見れる。それだけの話だ。
俺は魔力を使うことができる。
どのような理論の上に成り立っているのか分からなくても、チャンネルを変えるように魔法を切り替えることができる。
しかも新たなチャンネル、つまりは新しく魔法を増やすことすらできるのだ。
それならば、原理の解明よりもチャンネルを増やす方に力を注ぎたい。
「とりあえず基本は四元素だよな、やっぱり。」
ファンタジー、そして魔法のお約束といえば、やはり火水土風の四元素ではないだろうか。
元はギリシャ哲学がうんたらかんたらと、蘊蓄が垂れ流しになりそうになるが今はぐっと我慢する。
それなりにゲームや漫画に浸かってきた人生なので、この辺を語り出すと止まらなくなってしまうからだ。
オタ話を語り始めたら、日が暮れるどころか朝まで語り続ける自信があった。
火と水はできているので、残りは風と土だ。
それぞれの魔法の案はすでに考えてあるので、まずは土の魔法から始めることにする。
なぜ土から始めるのかと言うと、単純に簡単そうだからだ。
ミカが習得を考えている土魔法は”石弾”と”土壁”。
いずれも土魔法の定番であり、是非とも実現しておきたい。
「”石弾”。」
左手を開き、手のひらの上に石ころを思い浮かべる。
ミカは右手に火傷を負って以来、基本的に魔法は左手で行うことにした。
もちろん右手でも使えるように練習はするが、メインは左手で行う。
万が一の失敗の時、利き手に怪我をするのを避けるためだ。
……いや、万が一というには、あまりに失敗が多い気がするが。
それはさておき、左手の上の何もない空間をじっと凝視し続けると、そこに砂粒のようなものが浮かび始める。
さらに魔力を注ぎ込むと新たな砂粒が作り出され、その砂粒同士がくっついていく。
砂粒はどんどん作られ、それらがくっついていくとやがてその塊は”石”と言ってもよい大きさになる。
ふぅー……と大きく息を吐き出すと、その石ころは手のひらにコロンと落ちてくる。
親指の第一関節ほどの大きさの石が手のひらにある。
その石をじっくりと観察するが、見た目は完全に石だ。
砂粒がくっついていく生成過程を見ていたので、砂が固まっただけかと思ったがちゃんと石になっている。
地面に落ちている石を適当に拾い、作り出した石を押し付けてみる。
力を入れてぐりぐりと押し込むが、崩れたり割れたりもしない。
「……見た目はまんま、その辺の石ころだな。 硬さもある。」
改めて作り出した石を観察する。
角ばり、灰色をし、所どころ白っぽいものや黒っぽいものが混ざった、そんな石ころは何と言ったか。
子供の頃に授業で習った記憶はあるのだが、さすがに思い出せない。
安山岩か花崗岩か、玄武岩?
いくつか種類は思い浮かぶが、それぞれの特徴まではさすがに覚えていなかった。
「こんな石っころなのに、案外魔力使うんだな。」
普段作っている”火球”より、遥かに魔力が必要だった。
同じ魔力の物質化でも、”水球”よりも”石弾”の方が必要となる魔力が多い。
単純な質量でいえば”水球”よりも”石弾”の方が小さいのに。
それでも必要な魔力が”石弾”の方が多いというのは、このあたりに何らかの法則でもあるのだろう
だが、今日の目的はそんなことではない。
「じゃあ……、やってみるか。」
手に持った石をぽいっと投げ捨て、その場に立ち上がる。
周囲を見回し、手頃な石を探す。
ミカは5メートルくらい先に人の頭くらいの大きさの石を見つけ、その石を標的にする。
「”石弾”。」
左手を伸ばし再び魔力を集めると、今度は3つの石を作る。
それぞれがさっきの石と同じくらいの大きさになるまで魔力を注ぐが、今度はそこで集中を切らせない。
標的の石に向かって弾丸のように飛んで行く”石弾”をイメージすると、ごっそりと魔力を持っていかれる感覚を覚える。
その瞬間、シュシュッと微かな音がして、ほぼ同時にガガガンッと大きな音がした。
”石弾”が標的の石に命中し、粉々に砕いていた。
(…………想像通りではあるんだが。 これは……。)
思わず口元を押さえる。
期待した通りの威力を発揮した”石弾”を見て、ミカは戦慄した。
あまりにも期待通り過ぎたからだ。
”火球”の殺傷力を高めるために高温化を目指しておきながら今更何をと自分でも思うが、この威力を目の当たりにすると、自分のやっていることについ疑問が生じてしまう。
(人に向けるつもりはない。 これはあくまで魔獣と対峙した時のためだ。)
仮にアグ・ベアに向けて”石弾”を放ったとして、あの魔獣を倒せるだろうか?
マシンガンのように連射し続ければ可能かもしれないが、確信は得られなかった。
実際に戦ったことがないのだから、これで大丈夫などと言えるわけがない。
(……やれることをやっておこう。 後悔しないためにも。)
これでいいと決めつけ、だめだった時の絶望を想像する。想定する敵は魔獣なのだ。
これまで身につけてきた”火球”や”氷槍”、そしてこの”石弾”を使っても敵わなかった場合、失うのは自分の命だけではない。
何より、アグ・ベアが魔獣最強というわけではないのだ。
今のままでもアグ・ベアを倒せるとして、もしそれ以上の魔獣が現れたらどうなる?
これらがどこまで通用するかはやってみなければ分からない。
もちろんミカ一人にやれることには限界があるだろう。
だからこそ、安易に上限を定めるべきではないのだ。
気を取り直して、ミカは”土壁”に取り掛かることにした。
”石弾”は今後も継続して練習をしていくが、まずは今考えている魔法を一通り実現しようと思う。
「”土壁”。」
左手に魔力を集中し、バスケットボールほどの魔力球を地面に向けて飛ばす。
地中で土を作り、幅1メートル、高さ1メートル、厚さ20センチメートルほどの土の壁がせり出すところをイメージする。
すると、魔力球の着いた地面から勢い良く土がぼこっと持ち上がる。
だが、その土はモグラの通った跡程度の盛り上がりで動きが止まった。
「……………………、これで終わりか?」
しばらく見ていたが、最初の動きから変化がない。
「単純に魔力が足りなかったか。 若しくはイメージの不足か。」
今度は魔力球ではなく、直接地面に左手をついて魔力を送る。
前方1メートルほどのところに、さっきと同じイメージで壁を作る。
「”土壁”。」
魔法名を呟き、魔力を地面についた手に集中する。
先程の”石弾”とは比べ物にならないくらいの、大量の魔力をごっそりと持っていかれる。
その直後、イメージした通りの土の壁が目の前に出現する。
地面から一気にせり上がる出現の仕方も、完璧にイメージ通りだ。
自分の身長より若干低いその壁に手をつき、感触を確かめる。
「乾いた土って感じか。 まあ、イメージ通りではあるんだが……。」
指でほじってやると、じゃりじゃりと削れていく。
ぶっちゃけ、耐久力はカスだ。
見た目はイメージ通りだが、実用性はほぼ皆無と言える。
「これは素材を石とかでイメージしないと守りには使えないな。」
ゲームなどでは土の壁を作って防御力アップというのはお馴染みの効果だが、実際はまったく役に立ちそうになかった。
「つうか、土なんだから強度はやらなくてもお察しだろ。 馬鹿か俺は。」
相変わらず、一度失敗しないと理解しない己の馬鹿さ加減に呆れてしまう。
まあ、やってみないと分からないこともある。
「”石弾”もそうだけど、改善点を洗い出すって意味じゃそれでもいいんだけどな。 ……でも、一番の問題は――――。」
消費する魔力の量。
今のミカの魔力量は、最初の頃と比べるとかなり増えた。
以前はソフトボール大の魔力球で何個分といった形で把握していたが、今ではもうやっていない。
やれなくはないだろうが、おそらく今なら魔力球換算で数千個に達するだろう。
”火球”や”水球”なら数十個を作れ、まだ余裕がある。
最近では魔力を空にするようなことはしなくなったので、自分でも限界を把握していない。
そのミカが、1回の”土壁”でかなりの魔力を持っていかれた。
おそらく、総量の3割か4割ほどだろう。
もう一度やれば、倒れなくとも確実に気分が悪くなる。
(いくら何でも、コスパ悪すぎだろ。)
”土壁”は、使えない上にコストパフォーマンスも最悪という、とんでもない失敗作だった。
壁の素材を土から石に改良したいところではあるが、これはしばらく封印しておく方が賢明かもしれない。
1回の”土壁”よりは、同じ魔力量の分だけ”石弾”の練習をしたい。
魔法の練習をしていけば、魔力の総量は増えていく。
今は”石弾”などの習熟に注力し、魔力量が十分に増えたらまた”土壁”に挑戦すればいい。
とりあえず、今日のところは一旦魔法の練習はやめておくことにする。
風の魔法の開発もしたいところだが、新たな魔法は必要となる魔力の量が分からない。
新たに試した魔法が、これまたコスパ最悪な魔法だった場合、結局倒れることになりかねない。
今日のところは切り上げて、別のことをしようと思う。
ミカは、でーんと鎮座する土壁を見て溜息をつくと、苦労して蹴り倒し汗を拭いながら家に向かって歩き始めた。
あんな強度カスの土壁でも、子供相手にはなかなか有効かもしれないなと考えを改めた。
一旦家に戻り、桶を持って川までやってきた。
最近考え始めた、実益を兼ねた魔法の応用を試すために。
実益――――。今回はノイスハイム家の食卓を潤すことが目的だ。
つまり、「魚を取って夕飯に一品追加させよう計画」である。
今日は誰も川には来ていないようで、実験にはうってつけだった。
桶に川の水を入れると、靴を脱いで川に入る。
(何匹取ろうかな。 ニネティアナさんとラディにも持って行こうか? そうするとディーゴとキフロドの分もだから……。 7匹か。)
まさか「ニネティアナの分は取るけど、ディーゴの分はないよ」というわけにもいかず、そうすると結構な数になる。
ニネティアナとディーゴに2匹、ラディとキフロドで2匹、そしてもちろんノイスハイム家にも3匹。
ホレイシオにも持って行こうかと思ったが、職場に生魚を差し入れされても困るだろう。
俺なら困る。
ということで、今回はホレイシオは抜きにする。
「7匹か……。 結構多いなぁ。」
川の中できょろきょろと周りを見回す。
今日は水魔法を使った魚とりの実験だ。
村の前を流れる川には、そこそこ魚がいる。
時々川で魚を釣ったり銛で突いたりしている人がいるが、ミカは釣り竿も銛も持っていない。
ノイスハイム家の食卓に魚が並ぶことはなく、基本は野菜スープとパン、たまに果物がつくくらいだ。
ならば自力で取ってやろうじゃないかと、魔法の応用というか、実用方法を考えたのだ。
ミカが魔法に惹かれたのは、最初はこうした実利を得たかったからだ。
魔法が使えることで得られるメリットを享受したい。
そんな願望、むしろ欲望というべき私利私欲が原動力だった。
(しかし7匹かぁ。 まあ、だめならお裾分けを減らすだけだ。)
最低目標ラインは3匹。
なんとしてもノイスハイム家の食卓だけは潤したい。
いつも魚がいる大きな石の影を見る。
2匹ほどの魚の姿が確認できたが、ミカの影に気づいたのかすぐに逃げてしまう。
「ま、そうなるよね。」
ミカは数歩下がり、左手を水に浸ける。
「”制限解除”。 ”水球”。」
ミカは水の中で”水球”を作り出す。
ただし、川の水と混ざり合わない様に、ミカの考える通りの形を維持させる。
この”水球”を自分の思った通りの形にするというのは、”氷槍”の練習の時に身につけた技術だ。
ただの球体を細長く伸ばしていくことで、槍の形状を作り出した。
最初の実験としては、それが水流の中でも可能なのか、ということだ。
”水球”を押し流そうとする水の流れの中で、思った通りに留まり続けることができるかを、まずは試さなければならない。
(……とりあえずは大丈夫か? 明らかに魔力を消費しながらだけど。)
流れに逆らうために魔力を消費しているようだが、なんとかなりそうだ。
魔力の消費量も大したことはない。
この川の水流程度ならば問題はなさそうだった。
「じゃあ、この”水球”を――――。」
ゆっくりと川の水の中で広げていく。
目的地は岩のすぐ後ろ、魚がいつも集まって来る場所。
”水球”をそこまで広げると、あとはじっと待機する。
魚がやってくるまで。
動けば魚が警戒して寄って来なくなるので、じっと動かずに我慢する。
すると、すぐに魚がやってきた。
不意に、一瞬だけ魔力に”何か”を感じたが、すぐに頭から追い出す。
このチャンスを逃すわけにはいかない。
”水球”の中に魚が完全に入り込むのを確認した瞬間、一気に”水球”が飛沫を上げる。
”水飛沫”の要領で、川岸に向けて”水球”を吹き飛ばす。
まるで水中で爆発でも起きたかのような飛沫が上がり、魚ごと川岸に大量の水がばしゃばしゃと降り注ぐ。
「やった!」
川岸に打ち上げられた魚が元気にぴちぴちと跳ね回っている。
苦労してその魚を掴むと、もう一度”水球”を作りその中で洗う。
小石だらけだった魚を綺麗にすると、今度はその”水球”の量を減らす。
魚を氷漬けにできるだけの水量にすると、慎重に凍らせていく。
手を離せば魚は落ちてしまうし、一気に凍らせれば自分の手も氷漬けになってしまう。
”水球”の上部、魚の頭の方だけを凍らせて位置を固定してから全体を一気に凍らせる。
そうして、ミカの手には氷漬けの魚が見事にできあがった。
「……やったぜ!」
思わずガッツポーズが出る。
氷漬けの魚を桶に入れると、再び川の中に入っていく。
「この調子でじゃんじゃん取るぞ!」
魚のよく集まる岩のいくつかを、少し離れた場所から確認していく。
今度は、すでに魚のいる岩に向けて”水球”を慎重に進めていく。
先程は罠を張って待つ方法だったが、今度はすでにいる魚を取りに行く方法を試す。
こちらも結果良好で、腰を曲げて待機する時間がない分、負担が少ない。
「いいねいいねー。 これなら7匹も楽勝かも。」
2匹目の氷漬けの魚を桶に入れながら、今日の夕飯に魚が追加された光景を夢想するのだった。
ミカは腰をトントンと叩き、大きく伸びをする。
(……そんな風に考えてた時期が俺にもありました。)
苦労して取った6匹目を桶に入れると、目標の7匹目を目指して川に入る。
「最初は調子良かったんだけどなぁ……。」
はっきりとした理由は分からないが、”水球”を進めていくと、気づいて逃げてしまう魚が度々いた。
川の水と違うことに気づいたのか、ミカの気配を察してかは分からないが、どうも魚にも勘のいいやつがいるようだ。
そこで最初に試した罠を張るスタイルに切り替えるのだが、これが本当にきつい。
中腰でいつ来るか分からない魚をじっと待ち続けるのは本当に大変で、度々腰を解したり休憩を挟んだのだが、ダメージはどんどん蓄積していく。
ようやく目標の7匹まで残り1匹にまで辿り着いたが、ミカの腰はもはや限界だった。
「……この年で腰痛持ちとかやだなあ。」
川の中に来たのはいいが、とても準備に入る気が起きない。
(……6匹か。 ニネティアナさんと教会に2匹ずつで、あとはアマーリアとロレッタかな。)
ミカが取った魚ではあるが、今回は譲ろうかなと考える。
ニネティアナには世話になっているし、ラディは命の恩人だ。
アマーリアやロレッタには普段から心配をかけっ放しの、世話されまくりだ。
ほんの僅かなことではあるが、その恩に報いたいという気持ちがある。
(いや、だめだな。 あのアマーリアとロレッタが、自分たちだけ食べて俺が食べないなんて受け入れるわけがない。)
ミカとしては今回の実験で魚を取る方法を確立したので、今後はいくらでも食べたい時に食べられる。
7匹を一日で取ろうとしたから大変なのであって、今後いつでも数匹取って食べればいいのだ。
焼き魚なら、”火炎息”が使えるミカならいつでも食べられる。
「まあ、そんなことは関係ないか。 あの二人なら。」
多分、後で食べられるとか、そういう問題ではないだろう。
どうしようかと考えていると、ふと視界の端に魚が見える。
少し離れた上流側の岩に魚がやって来たようだ。
ミカはその魚をしばらく眺め、ゆっくりと周りを確認する。
そして、慎重に左手をその魚に向ける。
「………………”氷槍”。」
菜箸くらいの”氷槍”が一瞬で魚のところまで飛んで行き、串刺しにする。
上流から流れてくるその魚を拾い上げる。
”氷槍”が刺さったまま流れてきた魚はまだ生きているようだ。
慣れた手つきで氷漬けにすると、川から上がって最後の収穫を桶に入れる。
「ふぅーー……、ノルマ達成。 ”制限”。」
なんとなくズルをしたような気まずさがある。
初めて自分の意思で、魔法を使い、生き物を殺した。
その事実が少しだけ、棘のように心に刺さる。
魔法で罠を張り、氷漬けにしている時点で殺生という結果ではまったく同じだが、なぜか”氷槍”を使ってしまったことに罪悪感があった。
こんなのはただの感傷だろう。
だけど、この感傷はとても大事なもののような気がした。
魚の入った桶を持って村の大通りを歩く。
「……お、重すぎる。」
さすがに7匹の魚を氷漬けにし、それを水に浸けるのだから桶の中の水はいっぱいだ。
水がいっぱいに入った桶は7歳のミカが運ぶには少々重かった。
ただでさえ酷使した腰に、容赦なく止めを刺しに来ている。
苦労して教会まで運ぶと、最初に取った魚を桶の底の方から取り出す。
初めの方に取った魚はすでに氷が解けている。
それでも氷水に浸けてあったので、夏場でも傷みはしない
桶の中の魚を入れ替えて、氷漬けの魚が下になるようにする。
もしも桶の中を覗かれても、氷が見えないようにだ。
教会の扉は開いており、中にはラディとキフロドがいた。
「こんにちはー。」
ミカが声をかけると、二人はミカに気づいて入口の方にやって来る。
「いらっしゃい、ミカ君。 今日はどうしましたか?」
相変わらず、きらきらと聖母オーラを纏ったラディがにこやかに微笑む。
「お裾分けです。」
そう言ってミカが桶から魚を取り出して差し出すと、二人は驚いた顔をする。
「それは有難いが。 どうしたんじゃ、この魚は?」
「さっき川で取りました。 いっぱい取れたので。」
「そうか、そうか。 それでは有難く頂くことにしようかの。 まだ小さいのに、ミカは立派な心掛けじゃの。」
神々へ恵みの感謝と、続いてミカへの感謝を口にするとキフロドは魚を受け取る。
「……ミカ君が、取ったの? それも、こんなに?」
ラディは目を丸くして、桶を見ている。
茫然とするラディに、キフロドが声をかける。
「これ。 お礼はどうしたんじゃ、ラディ。」
そう言われ、我に返ったラディが慌てて感謝の言葉を口にする。
「あ、ありがとうございます、ミカ君。 神々の恵みと、ミカ君に感謝を。」
そう言ってキフロドから魚を受け取ると、奥に仕舞いに行く。
「…………。 ミカよ、すまんの。 まだ小さいミカが、こんなに魚を取ったもんだから驚いとるようじゃ。」
「いえ、自分でも驚いてるので。 教会にはいつもお世話になってますし。 また取れたら持ってきますね。」
「カッカッカッ。 それは嬉しいがの。 あまり無理はせんでええぞ。 気持ちだけでも嬉しいもんじゃ。 それにの……。」
キフロドは、真剣な顔で真っ直ぐにミカを見る。
「川の魚、ぜーんぶミカに取られたら、村のみんなが困るわい。」
そう言って、カッカッカッと高らかに笑うキフロドだった。




