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第11話 魔獣




 火傷を負った日から数日が経った。

 夕方というにはまだ少し早い時間、いつものように森で魔法の練習をした帰り道。

 遠くにディーゴを見かけた。

 ディーゴは綿花畑で働いていて、普段はあまり村の中にいない。

 村にいる時も物見櫓に詰めていることが多く、見かけることが少ない。

 たまに見かける時はほとんどが自警団の人たちと一緒で、剣や槍をみんなに教えている。

 どうやらディーゴは戦うことについては相当な経験と、かなりの腕の持ち主らしい。

 そのためリッシュ村の自警団の団長を務めているらしかった。

 そのディーゴが自警団の人たちに何やら大声で指示を出している。

 剣を教えている時も真剣な顔だが、今日は真剣と言うよりも気が立っている感じだ。

 殺気だっている、と言えるかもしれない。


(どうしたんだ? 自警団の人たちも、あんなにばたばたしてるのは初めて見るな。)


 何事だろうと見ていると、遠くから鐘を鳴らす音が聞こえた。

 カンカンカンカンカンと5回鳴らして数拍置くと、再びカンカンカンカンカンと5回鳴る。

 何だ?と思っていると、不意に頭に浮かんだことがある。

 鐘の音に反応して、ミカ・ノイスハイムの記憶が浮上してきたのだ。


(鐘5回は集会場に避難、か。 何があったんだろう?)


 ミカ・ノイスハイムの記憶により、これまでにも集会場に避難した経験があることが分かる。

 いずれも森にいる野犬や狼の群れがリッシュ村近くに現れた時だ。

 ちなみに鐘の音3回は火事、4回は自宅待機だ。

 鐘の音1回と2回は時報として使っている。

 時報は村長の家にある鐘楼で、警鐘は鐘楼と物見櫓に設置された鐘で知らせる。


 ミカの今いる場所からは集会場よりも自宅の方が近い。

 というより、もはや目と鼻の先と言えるような距離だ。

 もう少し早く知らせてくれれば、と思わなくはないが、こればかりは運がなかったと諦めるしかない。

 赤ん坊を抱く村人を見つけ、集会場の方に向かっていくのを確認すると、ミカも集会場へ向かうことにした。


 中央広場に着くと、すでに多くの村人が集会場に集まっているのが見える。

 村長宅の前には自警団員と思われる男たちが集まり、何やら打ち合わせ中のようだった。

 そうした自警団員のうち、何人かの集団が南門へ走って行くのが見える。

 手には剣を持ったり、木を削った槍のような物を持つ男もいた。


(南門で何かあったのか。)


 ミカの中で何かが疼くのを感じる。

 これは所謂、好奇心というやつだ。

 最近のミカにとっては”悪い病気”といえるかもしれない。

 気になり出すと、行動してみないと気が収まらないのだ。


(ちょっとだけ見て来ようかな。)


 そんな考えが浮かんだ瞬間――――。


「ミカ!」


 ロレッタの声が聞こえた。

 声の方へ振り向くと、ミカの歩いて来た道をロレッタが走ってくるのが見える。

 自宅に行っていたのかもしれない。


「もう、何してるのよこんな所で。 ほら早く。 行くわよ。」


 そう言ってミカの手を取ると、有無を言わさず集会場に走り出す。

 小走りで集会場に着くと、入口にいる人に「ロレッタ・ノイスハイムとミカです。」と声をかける。


「はい、ノイスハイムさんね。 お母さんは?」

「後から来ます。 先に、私とミカだけ。」


 簡単に確認を済ませると、集会場の奥に行くように指示される。

 集会場の中にはすでに50人ほどが避難しているようだ。

 ミカと同じように手を繋がれた子供たちの姿や、赤ん坊を連れた母子もちらほら見える。


(アマーリアはまだ織物工場かな? 先にロレッタだけ派遣して、俺を確保しろと密命でも受けたか?)


 避難くらい一人でできるわ、失敬な。と心の中で文句を言うが、先程まで南門に行こうとしていたことはもちろんなかったことにする。

 行動に移していないのだから、ないも同然だろう。

 ロレッタがアマーリアより先に避難してきたのは、ミカを心配したアマーリアに指示されたからではあるが、それは密命でも何でもない。

 まだ幼い子供を持つ家族なら、ごく当たり前の行動といえる。


 集会場は学校の体育館よりは狭いが、それでも十分な広さがあり、200人超の村人全員を収容してもまだ余裕がある。

 正面の出入口以外にも建物の横には扉がついていて、その扉もいくつかある窓もすべて開け放っている。

 だが、夏場のせいでかなり熱が籠っている。

 ロレッタに手を引かれ奥に来たのはいいが、とにかく暑い。

 室温は35度を超えていそうだ。

 何があったかは知らないが、こんなところにずっと居てはまた熱中症になりかねない。


「……暑い。」


 ”(ウォーター)飛沫(スプラッシュ)”で頭から水をかぶりたい気分だが、今日はすでに魔法の練習を終えて魔力は空だ。

 もっとも、魔力が残っていたとしてもそんなことはやらないが。

 魔法が使えることをバレたくないし、みんなが避難してくる場所を水浸しにすれば怒られるのは分かりきっている。

 不幸中の幸いと言うか、今のミカは服が湿っている。

 森で後始末として”(ウォーター)飛沫(スプラッシュ)”を撒き散らしたからではあるが、それもすでにびしょびしょと言うほどではない。


 日本の湿度の高い夏と比べると、リッシュ村の夏は随分と過ごしやすい。

 湿度が低いおかげで、直射日光さえ避ければ体感温度がまったく違う。

 集会場に熱が籠っているのは、さっきまでは誰も使っていないから閉め切っていたのではないだろうか。

 開けていればそのうち涼しくなると信じたい。


 信じたいとは思うが、今暑いことに変わりはない。

 一番近い扉に涼みに行こうとして、ロレッタに手を繋がれたままなのに気づいた。

 ロレッタは不安そうな顔で出入口を見つめている。


「お姉ちゃん、手。」


 繋がれたままの手を持ち上げて振ると、ロレッタが掴んだままの手に気づく。

 が、そのまま出入口の方に視線を戻してしまう。


「お姉ちゃん、手。 離して。」

「…………だめ。」

「なんで!?」


 拒否されるとは思っていなかったため、つい大きな声が出てしまう。

 ロレッタは手を繋いだままミカの後ろに回り、背中から手を回されてしまう。

 余計なことを言って、更に警戒レベルが上がったようだ。


「なんでこんなに濡れてるのよ。」

「……水浴びしたから。」


 もう、と呆れた様子で口にするが離してはくれないようだ。

 先程よりも身体がくっついて、余計に暑くなってしまった。

 信用度が限りなくゼロに近い気がするが、それはきっと以前のミカ少年のせいだろう。

 きっとそうに違いない。

 街道で行き倒れたり、清拭で暴れたり、同衾を拒否したりしたがきっと俺のせいじゃない。


(最近は大人しくしてたんだけどなあ。)


 入れ替わってからしばらくはいろいろと戸惑い、心配も手間もかけたが最近は大人しくしている。…………表面上は。

 だが、そんなことではこれまでの評価を覆すには至らなかったようだ。

 はぁ……と溜息をつき、諦めてミカも出入口を眺める。

 その時、ふと気づいた。

 ロレッタの手が、身体が、微かに震えていることに。

 上を見上げ、ロレッタの表情を伺うと、相変わらず不安そうな顔で出入口を見つめている。


(…………怖い、のか?)


 そうだ、怖いのだ。

 何が起きているのか分からないが、村人に避難の指示が出て、母親であるアマーリアもいない。

 幼い弟を守らなければならないと気丈に振舞ってはいるが、ロレッタもまだ13歳の少女なのだ。

 怖いに決まっている。


 すっと頭の芯が冷え、急速に思考が回り始める。


「……”制限解除(リミッターオフ)”。」


 誰にも聞こえないように、ぼそりと呟く。


(今は魔力もほとんど残ってないが、最悪ぶっ倒れてでも”魔法”をぶっ放す。)


 最優先は家族の安全。

 これまでの経験では、集会場への避難指示は獣の群れに村が襲われた時に出ている。

 最悪の状況として、この集会場にも獣の群れがやってくることを想定しておくべきだろう。


(でも、安易に”魔法”に頼るなよ。 俺の迂闊な行動はロレッタたちに被害が及びかねない。 これを使うのは本当に被害を免れ得ないと判断した時だ。)


 ミカが何かしようとすれば、家族はそれを止めるだろう。

 浅はかなミカの行動が、かえって家族を危険に晒すことになる。


(想定される敵の脅威度も村の戦力も分からないんじゃ、どっちみち俺に出来ることはないな。 大人しくして、迷惑かけないのが最善か。)


 いざという時の覚悟だけはしておいて、それまでは見える範囲での情報収集に留める。

 あれこれ聞いて回るのも迷惑がかかる。

 今はじっとしてるのが一番だろう。


 開けられた扉の外に、木を削った槍やでかいフォークのような農具を手にした自警団員らしき男たちが見えた。

 集会場の周りの歩哨だろうか。


(まだ襲撃は起きていないのか? 今まさに戦ってますって状況なら、扉も窓も封鎖してるよな。)


 周囲の様子から状況を予想する。

 出入口の方が少し騒がしくなり、人の出入りが激しくなった。

 数人の男たちが荷車を使って何かを運んで来たようだ。

 村長らしき中年のおじさんが指示を出し、大人たちが何か荷物を運び込んでいるようだ。


(あの箱や水甕……。 水と食料、医薬品ってとこか? そういえば食料庫って見かけなかったけど、どこかにあったのか?)


 村の中を散歩していた時には気づかなかった。

 まあ、外から眺めただけでは分からないのも当然ではある。

 誰の家か分からない家屋もあった。

 そのうちのどれかが食料庫として使われていても不思議ではない。


 出入口の人の動きを観察していると、その中にラディとキフロドを見つける。

 避難していた村人たちも、ラディとキフロドの姿に気づいた人がいたようだ。

 あっと言う間に、周りに人が集まっていた。

 ラディたちは村人を誘導して出入口から少し離れた所に集まる。

 不安そうにする村人一人ひとりに声をかけ、何も心配などいらないと言わんばかりに優しく微笑む。


(”笑う聖母(ラフィンマリア)”の面目躍如ってとこだな。 こういう時は、本当に宗教ってのは役に立つな。)


 人々の精神的支柱としての役割は大きい。

 困難や脅威を前に、常に前を向ける者、歩みを止めずに突き進める者は多くない。

 それでも多くの人が混乱に陥ったり放棄を選ばないのは、自分一人だけではないという精神的な支えがあるからだ。

 別に宗教に限定する必要はないが、この世界においては光神教の果たしている役割は本当に大きい。


 お祈りを始めた一団を眺めていると、窓の外が夕焼けで赤く染まってきた。

 集会場の中の温度も下がってきて、開けられていた扉や窓を閉め始める。

 窓は格子ガラスなので、外側に板をかけるようだ。

 何かあった時、割れないようにするための工夫だろう。

 壁にかけられたランプが灯され、持ち運ぶタイプのランプもいくつか置かれる。

 それでも、窓を閉められるとすっかり薄暗くなってしまった。

 程なくして、20人ほどが出入口から入って来るのが見えた。

 その中にはアマーリアの姿もあり、おそらく他の人たちも織物工場の従業員なのだろう。

 アマーリアは集会場全体をぐるっと見渡す。


「お母さん!」


 手を上げ、ロレッタがアマーリアを呼ぶ。

 すぐにアマーリアも気づいたようで、ほっとした様子でこちらに歩いてきた。


「二人とも無事で良かったわ。 ミカはすぐに見つかった?」

「うん。 家も板をかけておいたから。」

「そう、ありがとう。」


 アマーリアは微笑み、ロレッタの頭を撫でる。

 どうやら、密命は本当にあったらしい。

 ロレッタは織物工場から一度自宅に戻り窓に板をかけ、それからミカを探しに集会場に向かったようだ。

 ミカが自宅に居ればそれでよし、もし居なければ集会場で合流。

 もしも集会場にも居なければ村中を探すことになったのだろう。

 素直に集会場に向かっておいて良かったとホッとした。


「何で”避難”が出たのか、お母さん聞いた?」


 ロレッタが尋ねる。

 アマーリアは少し表情を曇らせ、一歩近づく。


「……詳しくは私も分からないのだけど。 森から魔獣が来そうって。」

「魔獣?」


 声を潜め、周りに聞かれないようにしてロレッタに伝える。


(魔獣って何だ? ミカ・ノイスハイムの記憶にも引っかからないぞ。)


 初めて聞く単語に興味が湧く。

 ミカは黙って頭の上で交わされる会話に聞き耳を立てる。


「前に出たのは、もう10年くらい前よ。 あの頃はまだロレッタも小さかったから、憶えてないかもしれないわね。」

「……うん。」


 どうやら、魔獣というのは滅多に出ないらしい。

 ミカが生まれてからは初めてということになる。

 それならば、ミカ・ノイスハイムの記憶に引っかからなくても不思議はない。

 ロレッタも一度は経験しているが憶えがないらしい。

 まだ小さい頃のことなので、そもそも理解していなかったのかもしれない。

 例えその時は理解していても、その後はずっと獣の襲撃で避難することばかりだったのだから、あの時も同じだと記憶が変化した可能性もある。


(しかし、森に魔獣か……。 もしかして俺、結構やばかった?)


 今日もいつも通りに森で魔法の練習に勤しんでいたところだ。

 ばったり出くわしていた可能性も決して低くはなかったろう。

 一言で森と言っても相当な広さがあるので運良く遭遇(エンカウント)しないで済んだが、これは森での練習は考え直すべきか。


(運に任せてもロクなことにならないからな。 今回は命拾いしたと考える方がいいだろう。)


 いくら魔法が使えたところで通用するとは限らないし、練習後で魔力のない状態ではそのへんの子供と何ら変わりはない。

 実戦の経験などないのだから、甘い考えは捨てるのが賢明だ。

 そう改めて考えると、自分のこれまでの行動の危険さをしみじみと実感した。


 ミカが自らの行動の危うさに肝を冷やしている時、出入口の周りがバタバタと慌ただしくなった。

 出入口の扉を閉めてテーブルで塞ぎ、避難した村人に集会場の中心に集まるように指示が出される。

 一カ所に集まると皆がそこに座り込んで口々に不安を零す。

 中には泣きそうになっている子供もいた。

 教会で一緒に魔力を試したヌンツィアは、目をギュッと閉じて母親らしき人にしがみついている。


(状況がまったく分からないのは困ったな。)


 今のミカは守られる対象なので情報共有されないのも仕方ない。

 終わった後、結果だけが知らされるだろう。

 そうして5分過ぎ、10分が過ぎるが何も起こらない。


(ネットがあれば情報収集できるんだが。)


 災害の時などはいつもそうして情報収集をしていた。

 地震や台風、川の増水など、その時必要な情報は大抵苦も無く集めることができた。

 もっとも、実際に被災した経験はないので、当事者の本当の大変さなどは分からないのだが。


 そうして30分が過ぎ、1時間が過ぎた頃、何かが聞こえてきた。

 ヒッと息を飲む音が聞こえ、ミカを後ろから抱きしめているロレッタもビクッと身体を強張らせるのを感じた。

 アマーリアがロレッタに寄り添い肩を抱く。


(……何かの咆哮? 遠吠えって感じじゃなかった。 熊か何かの咆哮っぽい気がするな。)


 それなりに距離があるのだろう。

 そこまで大きな咆哮ではなかったが、避難した村人たちを怯えさせるには十分な効果があった。

 何人かの子供は泣き出し、大人たちの中には一心不乱に神に祈り始める人がいた。

 ラディとキフロドはそうした人たちを慰め、励ましていく。


 その時、不意にミカは知らない女性と目が合った。

 その女性は赤ん坊を抱き、ミカをじっと見つめた後、すぐにまた赤ん坊をあやし始める。


 それからしばらくして、外から男たちの怒号が微かに聞こえるようになった。

 魔獣の咆哮も先程よりも大きく聞こえる。

 どうやら、こちらに近づいているらしい。


(本当に、最悪が現実味を帯びてきたな。)


 下腹が疼き、胸がざわつく。

 恐怖心が湧いてくるが怯えている場合じゃない。

 自分自身を奮い立たせ、覚悟を心の中心に置く。

 いざという時にブレない様、揺らがぬ様に自分に言い聞かせる。


(……魔力は搾り出しても”火球(ファイアボール)”1発分ってとこか。 精々、熱いのをお見舞いしてやる。)


 腹を決め、自分の中の魔力を確認する。

 ほとんど回復していないので、魔法を使えば確実にその後ぶっ倒れる。

 だが、後のことなど知ったことではない。

 ロレッタの手を解き、腕の中から抜け出す。


「ミカ、だめよ。」

「ここに居るよ。 ずっと座ってたからお尻が痛くなっちゃって。」


 間の抜けた理由を口にし、その場で立ち上がる。


(抱えられたままじゃ、いざって時に動けないからな。)


 ずっと座っていて強張った身体を軽く解す。

 外の音に耳を澄ませ、状況を予想する。


(音はまだ少し遠い。 広場にもまだ来てないか? ……だが、確実に近づいてる。)


 咆哮も怒号も大きくなってきている。

 怒号も最初は何を言っているのか分からなかったが、今は気合の叫び以外にも「下がれ!」とか「塞げ!」といった指示をしているのが判別できる。

 すでに周りの子供たちはほとんどが泣いていて、親が懸命に宥めている。


(まあ、泣きたい気持ちも分かるな。 俺だって泣きたいし逃げたいよ。 割と本気で。)


 明らかな危険から逃げたくなるのは、子供も大人も関係ないだろう。

 そして、その危険が1歩また1歩と近づいている。


 グゥウオオオオーーーーッ!


 先程までとは違う、はっきりとした咆哮が聞こえてきた。

 確実に「近い」と分かる声量だ。


「ミカッ!」


 アマーリアが腕を引っ張り、覆い被さるように抱きしめる。


(ちょ、待って! 動けないってこれじゃ!?)


 何とか顔だけは咆哮の聞こえた方向、正面の出入口に向ける。

 すると、何かが壊れる音に続き、ドガンッと出入口の扉にぶつかる。

 一斉に悲鳴が上がり、中央に集まっていた村人たちは集会場の一番奥に後退(あとずさ)る。


「大丈夫かっ!?」

「そっちに行かせるな!」

「塞げ!塞げ!塞げ! 3班っ! 前に出るぞっ!」

「ウォォオオオッ!」

「誰かヤスケリを下げろ! 巻き込んじまうぞ!」


 自警団員たちの声がはっきりと聞こえる。

 扉一枚隔てた向こうで、自警団員たちが命懸けで魔獣と戦っていた。

 魔獣の咆哮と自警団員の怒号は集会場の正面から横に移っていき、時折何かが壁にドンッと当たるとその度に其処彼処(そこかしこ)から悲鳴が上がる。

 一際強く何かがぶつかると、衝撃で窓のガラスが割れて飛び散った。


 どれだけ激しく戦っているのか。

 魔獣とはどれほど強いのか。

 その戦いを音でしか知ることのできないミカは、それでも恐怖に身体が震える。

 ミカやロレッタを守ろうと必死に覆い被さるアマーリアも震えている。

 目をギュッと閉じ、ミカの肩を掴む手は痛いほどに力が入り、強張っていた。


(ビビってる場合か! 家族を守るんだろうが!)


 必死に己を奮い立たせ、自分の中の魔力を集める。

 魔力量が少ないため思うように集まらないが、問題はおそらく魔力量だけではないだろう。

 恐怖心が邪魔をして、いつものようには集中できない。

 それでも必死に魔力をかき集め、いつでも発現できるように準備を整える。


(こんな”火球()”1つじゃ倒せないかもしれないが、目を焼けば逃げるチャンスくらいは掴めるだろう? そのまま脳みそも灰にしてやる!)


 震える身体を無理矢理に抑え込む。

 まだ見ぬ魔獣の姿を想像し、戦いの音を必死に探って魔獣の位置を予想する。

 すると、再び大きな衝撃で窓ガラスが割れ、その窓にかけられた板が吹き飛ばされた。

 その窓枠に現れた手は真っ黒な毛に覆われ、熊のような魔獣がその顔を覗かせる。

 魔獣は目が4つあり、そのすべての目が真っ赤に爛々と輝いていた。


「「「ウワァーーーーーーーーーーーーーッ!」」」

「「「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」」」


 グゥウオオオオーーーーーーーーーーーーーッ!!!


 周囲から大きな悲鳴が上がると、その声に反応するように魔獣も大きく咆哮する。

 ビリビリと建物全体を震わせるほどの咆哮。

 それは、大量の餌を見つけて歓喜しているようにミカには見えた。


(ここからじゃ遠すぎる! 避けられたら終わりだ!)


 1発しか撃てないのだから、確実に当てなくてならない。

 歯を食いしばり、アマーリアに覆い被さられたまま左手を魔獣に向ける。


(その窓を越えて来たら、”火球(こいつ)”を喰らわせてやる!)


 魔力を左手に集中し、いつでも発現できるように準備する。

 すると、魔獣がそれまでよりも一際大きな咆哮を上げた。


 ギャガガァァアアオオォォォオオッ!!!


(来るかっ!?)


 ミカが魔法を発現させようとしたその時、外の自警団員たちの怒号と歓声が一気に膨れ上がった。


「やったっ! やったぞっ!!!」

「行け!行け!行け! 刺せ!刺せ!」

「さすがディーゴさんっ!」

「油断するなよ! 6班一旦下がれ!」

「オラァァア! くたばれぇぇえーーっ!」


 どうやら、ディーゴが致命的な一撃を魔獣に与えたようだ。

 まだ魔獣の抵抗はあるようだが、怒号にも先程までの鬼気迫る感じはない。


(終わった、のか……?)


 そんなフラグっぽい感想を抱きながら、全身の力が抜ける。

 はぁーーーー……っ、と特大の息を吐く。


「……お母さん、もう大丈夫みたいだよ。」


 未だミカたちに覆い被さり、必死に家族を守ろうとするアマーリアの手をポンポンと優しく叩く。

 それでもしばらくは気づかないアマーリアだが、魔獣が倒されたことが分かると涙を流して家族の無事を喜んだ。


(こいつは、とんでもない世界に来ちまったようだぞ、俺は。)


 アマーリアとロレッタに抱きしめられながら、そんなことを思うミカだった。





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― 新着の感想 ―
[良い点] もしかして引き寄せたヤツがいるんじゃないのかな 最近森で怪しい行動してたヤツがいたよね
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