第99話 初めての指名依頼
風の1の月、2の週の陽の日。
暦の上では秋となったが、まだ少し暑い日が続いていた。
それでも、最近は幾分かはマシになってきたか。
「ほぇ~……、すっごい屋敷……。」
ミカは女中さんに案内されながら、手入れの行き届いた庭園を眺める。
いや、よく見ると所々で枯れたままの花がそのままになったり、ちょっと枝が飛び出したりしている。
見る人が見れば「手を抜いている」と思うのだろうか?
ミカからすると、それでも十分綺麗な庭園ではあるが。
そうして、ごてごてとした装飾のされた玄関を通り、応接室に案内された。
玄関がごてごてなのだから、当然応接室もごてごてだ。
金はかかっていそうだが、正直趣味がいいかは判断がつかない。
所謂、成金趣味というやつではないだろうか。
部屋の扉はミカの入ってきた物とは別にもう一つ、奥にもついていた。
どうやら隣の部屋と繋がっているようだ。
どちらも豪華絢爛に彫り物や装飾が施され、ぶつかって傷でもつけたら修理代を請求されそうだ。
客間女中に高級そうなティーカップで紅茶を出され、しばし待つ。
背筋を伸ばし、目を閉じて心を落ち着ける。
(……どんな話が出てくるのやら……。)
ミカはそっと息をつき、昨日のことを思い出した。
昨日。
午前の学院が終わり、ミカはレーヴタイン組の皆と寮に戻って来た。
土の日なので昼食の後はいつも通りにリムリーシェの特訓に付き合い、その後にギルドに顔を出す。
今週いっぱいかけて”呪い系”のクエストの原因を探していたが見つからず、明日は魔獣討伐のクエストを受けるつもりだった。
ミカが階段を何段か上った所で、使用人のおばちゃんから声をかけられた。
「あー、ミカ君! 待って待って!」
ぱたぱたと走って来て、ミカに何やら手紙を差し出す。
「さっき、ミカ君にって、これを持って来たのよ。 ギルドの方だって言ってたわよ。」
「ギルド?」
ミカの関りのあるギルドといえば、一つしかない。
渡された手紙は二つ折りにして、封蝋がしてあるだけ。
ぶっちゃけ、隙間から簡単に中が読める。
まあ、誰かに読まれても問題のない内容なのだろう。
封蝋には印が押されているが、見覚えがない。……こともない?
ギルドで見かける何かの紋章が、こんな感じだったか?
「ありがとうございます。 確かに受け取りました。」
ミカがお礼を言うと、おばちゃんはすぐに食堂の方に走っていった。
これから大量の餓鬼どもが押し寄せるのだ。
食堂は戦場のようになるだろう。
階段の途中で立ち止まっていては邪魔になるので、内容が気になるメサーライトを適当にあしらって自室へ。
そこで手紙を確認する。
表には『ミカ・ノイスハイム様へ』とだけ書かれている。
手紙を開く。
『指名あり。 第二支部まで来られたし。』
簡潔な内容だ。
これなら確かに、中身を誰かに見られても問題はないだろう。
(指名……?)
指名依頼?
そういうのがあるのは知っているが、それは有名な冒険者に頼みたい時に行うものだ。
Dランクのミカを指名する意味が分からない。
指名依頼は報酬もかなり高額に設定される。
特に相場などはないらしいが、最低でも大金貨一枚はその冒険者が手取りで貰えるようにするらしい。
なぜなら、依頼者は冒険者を指名するが、された方は必ずしも受ける必要がないからだ。
どうしてもその冒険者に依頼を受けて欲しいなら、それなりに積めよ?ということらしい。
また、下限の金額を定めずに指名依頼を許していたら、すべての依頼が有名な冒険者を指名するだろう。
そんなことを許しては、冒険者ギルドが機能しなくなる。
なので、安易に指名依頼など出せないように、ある程度の最低報酬を定めている。
ちなみに、超有名な冒険者の場合、この最低報酬が大金貨三枚とか五枚とかになる。
あくまで最低報酬なので、どうしても受けてもらいたい場合、大金貨十枚以上を積む依頼者もいるらしい。
当然、それだけの金額を積むに相応しい難度の依頼なのだろうが。
(んー……、これだけじゃよく分からないな。)
指名の内容も何も分からないので、これだけ見ていても埒が明かない。
(元々今日はギルドに行くつもりだったし、その時に聞いてみるか。)
ミカはギルドからの手紙をズボンのポケットに突っ込み、とりあえず昼食を食べに食堂に行くのだった。
リムリーシェに言って、いつもより少し早く切り上げさせてもらい、冒険者ギルドにやって来た。
カウンター待ちの列に並んだミカだったが、途中でユンレッサに声をかけられる。
「ミカ・ノイスハイム様。 どうぞ、こちらへ。」
そう言って案内されたのは、お説教部屋…………じゃなくて、応接室だった。
案内されている途中、カウンター業務の切れ間にロズリンデがぶんぶんと手を振ってきた。
一応、対応の切れ間に手を振るだけましなのか?
「本日はお忙しい中、ご足労いただきありがとうございます。」
そう言って、ユンレッサが丁寧に頭を下げる。
……はい、すごく居心地が悪いです。
「あの、すいません……。 いつも通り、普通にしてもらえませんか?」
ミカは苦笑しつつ頬を掻く。
「いきなりこんな物が届いて、僕も驚いているんですけど。 急に対応が変わると、その……落ち着かないので。 普通にしてもらえると助かるんですが。」
ミカがポケットから手紙を取り出して言うと、ユンレッサの表情が少し柔らかくなる。
「そうよね。 私たちも驚いているんだから、ミカ君はもっと驚くわよね。 でも、これは間違いなくミカ君への指名依頼なの。」
そう言ってユンレッサが説明してくれた依頼は”呪いの解除”だった。
「最近ミカ君、呪いの排除の依頼をいくつも達成しているでしょう? しかも、その呪いは解かれているようだ、って。 依頼者は、そう噂を聞いたみたいなの。」
確かにミカはここ数か月で、十件以上の”呪い系”の依頼をこなしている。
どうやら、ちょっとした噂になるくらいには目立ってしまったようだ。
(……案外早かったな。 そのうち噂になるだろうとは思っていたけど。)
ミカが”呪い系”に手を出すようになって丸三カ月以上経っている。
これでも、まだましな方だろうか?
(証拠も何もないから、早々にバレやしないと思っていたけど。 …………まあ、噂に証拠は必要ないか。)
しかし、こんな噂話からよく指名依頼が出せたものだ。
おそらく依頼者はミカの名前など知らないだろうに。
ミカは、ユンレッサに依頼の詳細を聞いてみた。
「こちらでもちょっと困ってしまったのだけど、依頼者があまり詳細を話したがらないのよ。 『それではギルドとして受け付けられません』って私も言ったんだけどね。 どうしてもって聞かなくて。」
どうやら、依頼受付の聞き取りを行ったのはユンレッサのようだ。
これなら確かに、ミカを特定できてもおかしくはない。
(その依頼者、相当に運がいいな。)
他のギルド支部だったら、とてもじゃないが受け付けてなんてもらえないだろう。
しかし、詳細を話したがらないという依頼者に、少々きな臭さを感じなくもない。
だが、あまり公にしたくない事情があると考えれば、詳細を話したがらないというのも分からなくはない。
なにせ”呪い系”だ。
人に知られて、ポジティブに受け止めてもらえる要素など皆無なのだから。
「依頼者はどういった方なんですか?」
「結構大きな商会を営んでいる家だったわよ。 確か、古物商? ……古美術とか、装飾品とかも扱っているみたいね。 その家の奥様が依頼者。 こちらにお見えになったのも、その方よ。」
商会を営んでいるなら、人の噂などには敏感か。
そして、自分が”呪い系”の依頼を出したなんて、そんな噂が広がるのを嫌がるのも分かる。
きな臭さは、少しはましになったか?
「報酬は大金貨一枚。 今回の依頼では、受注するだけで三割がミカ君の口座に入るわ。 残りが成功報酬。」
この受注時の報酬前払いは、依頼者がある程度自由に設定できる。
依頼に取り掛かる前に報酬の一部を渡すのだから、余程信用できる相手でなければ前金だけで持ち逃げされるリスクがある。
それでも、「失敗してもこれだけ受け取れる。」というのは引き受ける大きなポイントの一つだ。
そういう意味では、まだまだ半人前のミカに前払いを設定するのは大きなリスクだろう。
金持ちなら「金貨三枚くらいなら」と軽く出せるのかもしれないが、ミカはこれに「依頼者の苦しい思い」を感じた。
(……余程切羽詰まっているのか?)
いくら商会を営み裕福だとはいえ、ただの噂に金貨三枚は出さないだろう。
本当に解呪などただの噂で、ミカが呪いの解除などできなかった場合、半人前にただ金貨三枚を掠め取られるだけだ。
ミカはゆっくりと大きく息を吸う。
初めての指名依頼。
相当の覚悟を持って臨む必要があるだろう。
「分かりました。 お受けします。 先方には明日の朝伺うと伝えてもらえますか?」
そう言ったミカのあまりに真剣な目に、思わずユンレッサは息を飲んだ。
そうしてやって来た依頼者の屋敷。
ミカが壁に掛けられた絵画を何とはなしに見ていると、扉がノックされた。
ミカは立ち上がって出迎える。
入ってきたのは、中々品の良さそうな中年の女性。
この女性が依頼者だろう。
手には、ハンカチのような物を持っている。
少々ふくよかだが、顔色はあまり良くない。
屋敷の装飾はこのご夫人の趣味とは合いそうにないので、きっと主人の趣味が色濃く出ているのだろう。
入ってきた夫人はミカの姿を見て、一瞬目を丸くする。
だが、何も言わずにミカの向かいの席の横に立つ。
「お待たせしました。 どうぞお掛けください。」
夫人に促されミカが席に着くと、夫人も着席する。
そうして席についたが、夫人は口を開こうとしない。
仕方ないので、ミカの方から話を振ることにした。
「指名での依頼、ありがとうございます。 早速ですが、詳しいお話を伺いたいのですが。」
そうミカが声をかけるが、夫人の表情は曇ったままだ。
ミカを窺うように見たり、手元を見たり、落ち着きがない。
「…………本当に、呪いを解けるのですか? 見たところ、まだ子供のようですが。」
そして、ようやく口を開いたかと思ったら、そんな言葉だった。
だが、ミカはにっこりと微笑む。
「まだ学院に通う修行中の身ですが、一応これまでもいくつかの呪いを解いた実績があります。」
営業スマイルを張り付け、愛想良くする。
(大金貨一枚のため…………じゃなくって、俺は大人だからな。)
決して欲に目が眩んだ訳ではない。
「……ですが、これだけは先に申し上げておかなくてはなりません。」
そこで少し表情を引き締める。
「申し訳ありませんが……、今回も必ず解けるとは断言できません。」
「そんなっ!? それでは話が違います! それでは困るのです! 必ず解いていただかないと困ります!」
ミカの頼りない言葉にショックを受けたのか、夫人は酷く狼狽える。
話が違うと言われても、それはミカが言った訳ではない。
どんな話を聞いていたのか知らないが、他人の無責任な話にまで責任を持てない。
ミカとしては当然の保険として、必ず解けるなどとは言わない。
中には大口を叩くことで自分を鼓舞し、高い能力を引き出すタイプの人もいる。
だが、残念ながらミカはそのタイプではない。
「そう、おっしゃられましても……。 勿論できる限りのことはします。 ですが、絶対できると思われても困ります。」
少々頼りなさ過ぎるだろうか。
言質を取られないように、と逃げ過ぎだろうか。
よーし俺に任せろ、と依頼者を安心させるのも、一流の冒険者の条件かもしれない。
だけど、そのレベルを今のミカに求められても困る。
夫人は沈痛な面持ちで唇を噛む。
このままミカに依頼していいのかと葛藤しているのだろう。
しばらく黙って待っていると、夫人は手にしたハンカチをテーブルに置いた。
それは、どうやらハンカチではなかったようだ。
何かを包むために使っていたらしい、光沢のある綺麗な布。
夫人はそれをゆっくりと開いた。
「……ネックレス?」
「はい……。」
布の中に入っていたのは、小さな宝石をふんだんにあしらったネックレスだった、
結構な数の宝石を使っているが、全体の印象は落ち着いている。
「こちらが依頼の、呪いを解く物ですか?」
「はい……。 それもそうなのですが……。」
それ、も……?
ミカは思わず、怪訝そうな顔になってしまう。
どちらにしろ、これも呪われた物だというなら、まずは確かめてみる必要があるだろう。
ミカは「失礼します。」と一言断ってネックレスに左手を伸ばす。
当然、魔力はバリバリに集中させてある。
ひょいっとネックレスを掴むが、特に呪いからの波動は感じなかった。
(魔力を集めすぎたか?)
大金貨一枚もの依頼だ。
相当な呪いだろうと警戒し過ぎた。
ミカは集めた魔力を分散させ、波動を押さえる魔力を弱めていった。
だが、いつまで経っても波動を感じない。
徐々に徐々に魔力を弱めていき、そしてついには魔力の集中をやめてしまった。
(なんだこれ?)
確かに呪いを感じる。
感じはするのだが、あまりにも弱すぎる。
ミカが最初に拾ったお守りと、たぶん大して変わらない。
その程度の呪い。
「……こちらの呪いを解けば良いのですか?」
あまりにも拍子抜けな結果に、つい声からも力が抜けてしまう。
「そちらも、その…………お願いしたいのですが……。」
だが、夫人の答えはえらく歯切れが悪い。
そして、しばらく待っても、その続きが出てこなかった。
ミカは思わず溜息が出てしまった。
話を聞こうにも、依頼者が言いたがらないのではどうしようもない。
これでは、いつまで経っても依頼の全容が掴めない。
せっかくの指名依頼だが、このままでは埒が明かない。
少し悩んだが、ミカはゆっくりと立ち上がった。
「どうやら、まだ依頼をしたいという段階ではないようですね。 今日のところは、これで失礼します。」
そう言って、ぺこりと頭を下げる。
最初の指名依頼でいきなり×が付いてしまうのは痛いが、依頼者が依頼内容を説明してくれないのではどうにもならない。
まあ、足代で金貨三枚ならいっか、と扉に向かって歩き出したところで、奥の扉が勢いよく開いた。
「待ってっ!!!」
それは、悲痛と言ってもいい叫びだった。
開かれた奥の扉から飛び込んで来たのは、二十歳になるかならないかという女性。
「待って、ください……! どうか、待ってっ……!」
苦し気に、呻くように絞り出されるその声に、ミカは立ち止まって動けなくなった。
ミカ、夫人、夫人の娘の三人で、改めて席に着く。
「どうやら、相当なご事情がおありの様ですね。」
娘も夫人と同様、顔色が優れない。
二人は俯き、やはり口を開こうとしなかった。
二人ともかなり追い詰められている様子だが、それでもあと一歩が踏み出せないようだ。
(……言質を取られまい、と慎重にしすぎたか。 二人が俺を信用しきれない責任は、俺にもあるな。)
ついつい保身に走ってしまうのは、サラリーマン時代の悲しい性か。
言ったことには責任を持ちますが、それ以上は俺の責任の範囲外です、という癖が骨の髄にまで染み付いていた。
人生の半分以上、サラリーマンをやってきたのだから、そうなってしまうのも仕方がないだろう。
だが、今のミカはサラリーマンではない。冒険者だ。
ならば、冒険者として相応しい振る舞いをする必要がある。
ミカは黙ってネックレスを手に取った。
そうして、解呪を行う。
二人はミカが何をしているのか分からず、ただ黙って見ていた。
ミカはものの二~三分で解呪を完了し、自分の首にネックレスをつけようとする。
「い、いけません!? そちらは――――!」
「もう解呪しましたから。」
そう言ってネックレスをつけ、肩を竦める。
「このネックレスにかけられていた呪いはとても弱いものです。 この程度ならすぐですよ。」
ミカはネックレスを外すと、布の上に戻す。
「こちらのネックレスは、もうただのネックレスです。 ですが、本当の問題はネックレスではありませんよね?」
そう優しく声をかける。
大言壮語を吐くつもりはない。
だが、不必要に自分を小さく見せるのは、謙遜ではない。
いたずらに相手を不安にさせるだけだ。
できることはできる、と相応の力があることを見せるのも冒険者の務めだろう。
ミカがじっと二人を見つめていると、夫人が覚悟を決めたのか、娘に声をかける。
「ヘーミニッキ……。 いいわね?」
夫人の言葉に、ヘーミニッキと呼ばれた娘は逡巡するが、やがてこくんと小さく頷いた。
そうして躊躇いがちに立ち上がると、テーブルの横に移動する。
「……?」
何だろうと見ているが、ヘーミニッキはそこから動かない。
ただ、顔を赤くし、ぎゅっとワンピースのスカート部分を掴んでいる。
その手は、僅かに震えているようだった。
「あの……、何か?」
何をしているのか分からず、ミカは夫人とヘーミニッキを交互に見る。
「ヘーミニッキ……。 お願い、するのでしょう? ……さあ、お見せして。」
夫人の声に益々ヘーミニッキは顔を赤くし、唇をぎゅっと引き結ぶ。
だが、ゆっくりとスカートを上げ始めた。
「ちょっと!? なにを!」
ミカは慌てて横を向き、ヘーミニッキに背を向ける。
(年頃の娘に何させてんだよっ!)
ミカが部屋の外に出た方がいいかと考えた時、夫人の声がかかる。
「……ご配慮は感謝いたしますが、ご覧になっていただかなければ説明もままなりません。 娘のことを思ってくださるのなら、どうか……。」
夫人の真剣な声に、今度はミカが逡巡する。
だが、ミカが確認しないといつまで経ってもヘーミニッキはこのままだ。
それなら、確認だけでも手早く済ませた方がいいだろう。
「それでは……、失礼します。」
ミカは遠慮がちに、ゆっくりと娘の方を向く。
そして、すぐに”それ”に気づく。
「な、んだと……っ!?」
”それ”は、一目見てある種の呪いらしいというのが分かる紋様だった。
ヘーミニッキの身に着けている下着からはみ出すように、下腹部に大きく描かれた”それ”。
ピンク色の、まるでハートマークをモチーフにしたような、描かれた場所と相まってなんとも卑猥な印象を与える”それ”。
そう、それは紛れもない”淫紋”だった。




