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(ぐっ……)
啓は口ごもった。言われたことは実感していたことなのだ。
「そして、XX-7。『進化』した君は死ぬまで今の15歳の肉体年齢のままだ。この僕、ドクトル・ディートヘルムが1933年に『進化』してから15歳から全く齢をとらないようにね」
(そうだ。この金髪碧眼の少年はドクトル・ディートヘルム。OHEPの総統)
「この不老の肉体は多くの者の憧れなのだ。誇りに思いたまえ。XX-7。この肉体がほしいがために、数多の権力者がOHEPに十分すぎる資金と実験用の素材を提供してくれたよ。最初はアドルフ・ヒトラー。ヒトラーの死後はヨシフ・スターリン。その後も絶えることはなかった。もっとも……」
「……」
「彼らの中で『進化』できた者は一人もいなかったがね」
「……」
「さて、おしゃべりが過ぎたようだ。XX-7。君は『進化』した新人だ。OHEPは君を歓迎しよう。共に新しい世界を築いて行こうではないか」
「……ドクトル・ディートヘルム。僕はXX拠点を離れるつもりはない」
◇◇◇
「……実に興味深い発言だ。今、ディートヘルムは今まで自分が知り得なかった世界を知る機会に恵まれたようだ。XX拠点を離れない理由を聞かせてくれたまえ。XX-7」
「……僕は守りたいんだ」
「守りたい? それは不思議な発言だね。現行人類は『人権思想』という看板を掲げながら、丈志は君を嗜虐したし、司令は君は XXナンバーズメンバーに強制動員した。これは人権侵害だろう。そして、『平等思想』に至ってはどうだ? 丈志は学校という狭い空間で暴力を武器に、司令も限られた場所で政治権力を武器に君を支配した。どこに守る価値があるというのだ?」
「OHEPも暴力で僕たちを支配しようとしたじゃないか?」
「暴力? それは認識の違いだ。OHEPは一切『暴力』は行使していない。OHEPは『進化』を促進しただけだ。それも現行人類全員に『平等』にだ。現行人類のように社会的地位に忖度する偽物ではない真の『平等』だ。死んでしまった者は『進化論』で言うところの『適者生存』に該当しなかったというだけの話だ」
「……そっ、それでも僕には守りたいものがあるっ! ドクトル・ディートヘルム。おまえの言う『現行人類』の中にも守りたい、いい人もいるんだっ!」
ドクトル・ディートヘルムは大きな溜息を吐いた。そして、続けた。
「分かったよ。XX-7。君が納得いくまで守りたいものとやらを守るがいい。だが、同じ『進化』した者として一つだけ忠告させてもらう。現行人類は君が思っている以上に愚かだ。すぐにそのことを思い知るだろう」
ドクトル・ディートヘルムはそれだけ言うと姿を消した。
亜空間もゆっくり消えていき、XX-7、啓の目には見慣れた病室の天井が映った。寝台に横たわって、昏睡していたようだ。
それと共にけたたましい警告音が耳に入った。
それは今さっき鳴り始めたものではなく、しばらく前から鳴っていたものらしい。
(!)
啓は焦燥した。この警告音は促進者襲来時のもの。
そして、もはやXXナンバーズメンバーは自分しかいない。
その自分が今さっきまで昏睡していた……。そのことの意味するものとは……。
啓は慌てて起き上がり、病室のドアを開ける。それまで抱えていた体中の痛みが嘘のように消えていたのだが、そのことに気付く間もなかった。
廊下に飛び出した啓の耳に聞こえて来たのは……銃声だった。
◇◇◇
啓は走った。銃声の発せられた場所。それは女性医師マリアの部屋からだ。
(何だ? 何が起こった? 啓が昏睡している間に何が起こったんだっ?)
嫌な予感は拭い去れはしなかった。マリアの身に何が起こった?
焦る啓はノックもせずにマリアの部屋のドアを開けた。




