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4.「今度一緒に遊ぶかい?」

 樋田光紀に絡まれ始めて早二か月。中学に上がってからは三か月が経った。

 つまりは、七月に入った。

 七月と言えば?

 そう、みんながお待ちかねの期末テストの季節だ。


   ☆


「うへえぇぇ……」

 チャイムが鳴った途端、俺は机に突っ伏し長く息を吐いた。ようやく地獄のような時間が終わったのだ。中学のテストはなんだか本格的で、必要以上に緊張して胃が痛くなる。小学校で受けていたあれらは何だったのだと言いたい。

 帰り道に樋田とテストについて話をした。俺から話を振らない限り樋田はほとんどと言っていいほど話さないので、今では俺もすっかり諦めて、自ら話を振るようにしている。真面目にあの空気は耐え難い。樋田は一体何がしたいのか全く分からないし。本当に俺とコミュニケーションをとるつもりがあるのだろうかと疑いたくなる。まあ、俺が話を振るというのを大前提にしているのかもしれないけれど。

「なあ、樋田はどのくらいいったと思う?」

 俺は頭のいい方ではないので、まあ五教科で三五〇を超えていればいい方かなと思うのだが。

「そうだねえ、四五〇はいっていればいいなって思うよ。目指せ全教科九十点越え~なんて」

 もうテストは終わっちゃったけどね、と笑う樋田。

 世界が違うなと思った瞬間だった。


   ☆


 二、三日でテストが返ってきた。自分の合計については……あまり思い出したくないかな。それよりも樋田だ。あいつは何と四五〇を軽く上回っていたらしい。

「それってつまり、全教科九十点越えを達成したってことか?」

 訊くと、驚くべきことに樋田は首を横に振ったのだ。

「社会がねえ……八十いってなかったのさ」

 肩を落としてそういう樋田。

 ……いやいやいや。

「それぐらいで気い落とすなよ。俺なんか六十点台だったから」

 ついぽろっと自分の点数を言ってしまった形になったが、しかしそんなにレベルの高いところで気を落されると、それよりも低レベルの俺たちがどうしようもない気持ちになる。それにしても、やっぱり樋田と俺とじゃレベルが違いすぎる。

「ん、まあ、合計は目標達成できたから別に気は落としてないんだけどね」

「そうなのかよ!」

 それなら、俺は何のために自分の点数を教えたのだ。ただ恥をかいただけではないか。

「ま、でもさ。これであとは夏休みを待つだけだよね! 私ら部活とかないから、存分に休みを満喫できるし」

 樋田が話題を変えた。言いながら伸びをしている。

「まあな。でもその分暇だろ。マジですることなくなるじゃん」

 去年までは、午前中は水泳でつぶれたから午後に何をするかを考えればよかったのだが、中学では水泳の代わりが部活なのだ。――いや、そういうわけでもないかも知れないが。でもとにかく、部活をやっていない俺たちは、毎日が一日中暇になるわけだ。

「とりあえず宿題をやって、あとは、そうだねえ……そうだ、一緒に遊ぼうよ!」

 唐突の提案に多少戸惑ったが、俺はすぐに答えを返した。

「嫌だ」

「ええーっ! なんで?」

「なんでって、遊ぶっつったってすることがねえじゃん。きっと一時間も持たねえよ」

 俺と樋田とじゃ趣味が違いすぎる……気がする。そういえば、こいつは普段どんな風に暇な時間を過ごしているのだろう。

「樋田ってさ、何か趣味とかあんの? 休日の過ごし方とか」

「あ、話逸らしたー」

 と少し拗ねて見せる樋田だが、直ぐに答えてくれた。

「休日限定でもないけど、読書とかするねえ」

 やっぱり。

 因みに俺は活字が嫌いだ。

「あとは絵描いたり」

 絵か……確かに美術とか得意そうだ。というか、俺からすれば、女子の描く絵なんて皆上手に見える。

「他は?」

「アニメ見たりゲームしたり? ま、ゲームは最近してないけど」

 へえ、少し意外だ。樋田みたいなやつはゲームをしないイメージがあった。

 ……いや、ゲームと言ってもジャンルは広い。頭脳系のゲームかも知れない。

「因みにゲームってどんな感じのをするんだ?」

「えっとね――」

 タイトルを教えてくれたが、それは結構グロめの戦闘物だった。

「そんなのするんだ……」

 此処に来てのイメージ崩壊。樋田もグロいゲームをする時はするのだということが分かった。人間、見た目で判断するなかれとは言ったものだが、勝手なイメージでも判断しては駄目なのだということを学んだ。

 などと言うことを考えながら歩いていたら、「今度一緒に遊ぶかい?」という樋田の台詞は右から入ってそのまま流れて行ってしまった。何か訊かれたなと思い「ああ……」と適当に返事をしてしまったことにも、言っているその時は気が付かなかった。

「よっしゃ」

 気が付いたのは、樋田がそう声を上げてからである。

「ん? なんだよ、急に」

「だって今、一緒に遊ぶか聞いたら頷いてくれたから」

「はあ!?」

 と声を上げてみるも、此処で俺が樋田を非難することはできないのだ。俺が話を聞いていなかったことがいけないのだから。話を聞いていなかったくせに文句を言うなんて真似をしようとは思わない。

「でもよ、遊ぶにしたって何するんだ? さっきも言ったけど、俺とお前とで遊んだって暇つぶしにもなんねえって」

 それに、最近は休日に誰かと遊ぶことなどなかったから、尚更何をすればいいのかわからない。とりわけ話が弾むわけでもないし。

「はっはー。茅野君は知らないようだね。遊ぶと一言で言っても内容は色々あるのだよ」

 芝居がかった口調で話し始める樋田。……ちょっとというか、かなりウザい。そんな俺に構わず樋田は続ける。

「例えばお互いの持っているマンガを読み漁ったりとか、本を読んだりとか。それだけでも十分価値はあると思わないかい?」

「……それって意味あるのか?」

 折角一緒に居るのに、それぞれ別の本を読んでいたら、それは一緒に居る意味がないのではないだろうか。漫画が読みたいなら借りて自分の家で読めばいいのに。

「十分にあるよ。実はうち、漫画を積極的に買ってくれる感じじゃなくてさ、もし茅野君の家にあるようなら、是非とも読ませてほしいんだよね」 

 自分のためだった。

「まあ、漫画くらいなら貸すけど」

 少年漫画しかないけど良いのだろうか。まあ、樋田が嬉しそうにしているから別に構わないか、と思うことにしよう。

「でも、それなら夏休みを待つ必要がなくないか? 俺たち、基本的にはいつも暇だし、何だったら今週末とかでも、俺は全然かまわないけど」

 こんなことを自分から提案してしまったのは自分でも少し意外だったが、それよりも、樋田がこの話に乗ってこなかったことの方が意外だった。

「あ、ごめん。私土日はちょっと……」

「用事があるのか?」

「うん」

 まあ、用事があるのなら断って当たり前の提案だ。しかし、こうもあっさり断られてしまうと、何というか拍子抜けする。

「夏休みは絶対遊ぼう!」

 そんな風に声を掛けられると、まるで俺が慰められているかのような錯覚を覚えるが、元をたどれば提案者は彼女である。

「ああ」

 まあ、ここまで来たら頷くしかないのだが。

長らく間が空いてしまいました。なかなか話が進みませんね。僕自身、方向性を見失っております(汗)

さて、前回あたりの後書きかなんかで「茅野の過去のエピソードは当分書かない」と書いた気がしますが、書く話題がなさ過ぎて、案外次くらいに出て来るかも知れません。もしそうなっても、気にせず読んで下さると幸いです。

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