3.「これから俺ん家来ねえ?」
樋田光紀に絡まれるようになってから暫く経った。彼女のことを、俺なりにまとめてみようと思う。
まずは外見からいこう。彼女は身長が低い。俺に声を掛ける口実に選んだくらいだ。入学して初めの身長測定では、百四十に満たなかったと言っていた。身長が低いのに対して、髪はとても長い。腰くらいまである髪を一つに束ねている。髪の色素は薄めだ。顔はそこそこ整っている方だと思う。少なくとも不細工ではない。あまりじっくり見ることがないから何とも言えないが、まあ並くらいだ。
次に性格。俺は変な奴だと思うし、俺が「馬鹿じゃないの」と言った時に「よく言われる」とも言っていたくらいだ。あいつは絶対に変わり者だと思っていた。しかし、クラスでの様子を見ていると、特に浮いているわけでもなさそうだ。女子とも男子とも気さくに話している。業間はクラスメイトと話していたり、読書をしていたり。授業での様子を見ていると、どうも頭はよさそうだ。一学期末にはテストがあるが、きっと上位の方に居るのではないだろうかと思う。
……うーん、まとめると言ってみたものの、あまり意味がない気がした。まとめになっていない。これでは、自分が馬鹿であることを証明しているようなものだった。まあ別に、誰に知られるようなことでもないのでいいのだが、自分の中で少しショックを受けた。
とにかくざっくり言ってしまうと、現段階で俺が樋田についてわかっていることは本当は普通だったっぽい、と言うことくらいだ。
しかし俺に絡んできたことに関しては、変わっているとしか言いようのないことだ。
つまり、俺は樋田のことをまだよくわかっていないってことだ。
……こんなことをわざわざはっきりさせる必要はなかったか。
退屈な午後の授業の暇つぶしに、と思って始めてみたが直ぐに終わってしまい、他にすることもなかったので俺は別のことを考え始めた。
授業をまじめに受けろよ、というツッコミは受け付けていないのでご了承を。
☆
とある月曜日、樋田が学校を休んだ。最近は朝方と日中の温度差が激しくなってきていたから、それで体調を崩したのかもしれないな。
放課後、光太郎と合流したところ、一緒に樋田の家へ便りを届けることになった。今では月曜日に三人で帰るというのが随分当たり前になってきていたが、この二人で歩くのは初めてだった。
樋田や光太郎の住む地区は、俺の家の方向とは正反対の方向だった。だから少しだけ遠回りになるのだが、五分や十分余分に歩いたところでどうということない。こちら側に徒歩で来ることなど滅多にないので、少し新鮮な気分だった。
「なんか、樋田がいないと変な感じだな」
ぽつりと俺が言う。
「まあ、あいつはもともと体が弱かったからな。光紀が学校を休むのは、俺的にはよくあることだから何とも思わないけれど……変な感じがするくらいには、光紀のことを受け入れてたってことだよな?」
そこでにやり、と笑う光太郎。しまった。そうとられてしまっても仕方ない。今のは俺の言い方が悪かった。
「別に? ただ、いつもよりのどかな月曜日だったな、って思っただけだし」
ふうん? とまた光太郎は笑う。何も彼だって本気で言っているわけではないだろう。言わせておけばよいのだ。
そうこう話しているうちに、樋田の家に着いた。普通の二階建ての一軒家だった。玄関のポストに投函すると、光太郎はこう言った。
「これから俺ん家来ねえ?」
結局行くことにした。そういえば光太郎がどこに住んでいるのかきちんと把握していなかったが、どうやら樋田とご近所さんらしい。というか、樋田の家から一分もしないうちに着いた。
「まさかのはす向かいとは……」
光太郎の家もまた、二階建ての一軒家。庭はきれいに手入れされていて、季節の花が咲いている。俺はそういったことに詳しくないので細かな種類とかは分からないが、綺麗だ。
「お邪魔しまーす……」
家には誰もいないらしい。光太郎の部屋に通された。整頓されていてきれいな部屋だった。割と几帳面なのかもしれない。
「さて、男同士、たっぷり話をしようじゃあないか!」
座った途端、光太郎は胡坐をかきながらそう言った。俺は鞄を下ろしつつ体育座りをする。
「それじゃあ、一ついいか」
今の時刻は四時半を少し過ぎたくらいだ。俺はどれだけ遅くなっても構わないが、そう長々とは話せないだろう。
「お前って、樋田のこと好きなの?」
「ぶっ!!」
光太郎が吹いた。
まさかそんなリアクションをされると思っていなかったので、俺も吃驚してのけぞった。
「な、なな何でそうなるんだよ!!」
すごい慌てぶりだ。それじゃあ、「はいそうです」と言っているようなものではないか。
「俺等は幼馴染だぜ? あいつとは兄弟同然だ。俺の姉ちゃんみたいなもんだな。まあ、好きっちゃ好きだけど、恐らくお前の考えてるそれではねえ!」
成程……。そういうものなのか。俺は暫く人との関わりを絶っていたからそういう感覚は分からないが――幼馴染もいないし――まあ、そういうものなんだろうということにしておく。しかし、光太郎の様子を見る限り、絶対脈があると思ったんだけどな。少しがっかりした。
「へいへい。話の流れで裕也の好きな奴を訊こうじゃあないか。そういうお前はどうなんだ?」
身を乗り出して訊いてくる光太郎。いやあ、訊かれてもなあ。
「タイプとかは? そんくらいあるだろ」
そう訊かれてまた答えに詰まった。タイプとか訊かれても、今まで一度も考えたことなかったし、咄嗟には出てこないものだ。うーん、答えようがない。
「なんだ、つまんねえなあ」
「すまん……別の質問なら答えられると思う……」
そこで、俺は少し身構えた。当然、例の噂についての質問が来ると思ったからだ。
しかし、光太郎が訊いてきたのは全く関係のない事だった。
休日は何をしているのかとか、好きなアニメはあるかとか、以下略。俺の過去には一切触れてこなかった。
まさか、何も知らないのか?
それならば、教えてあげなければいけない。光太郎と一緒に帰り始めてから、毎日考えていたことだが……伝えるとしたら今なのかも知れない。
「なあ、光太郎」
「ん? ああ、俺ばっか質問してたからな、お前の番か」
「俺が小学生だった頃の話なんだけどさ」
光太郎の目が少し見開かれた。ああ、やはり何も知らないなんてことは無いのか。
「その、俺が問題起こしてクラスで浮いてたのって知ってる? 今でもあんまりクラスには馴染んでないんだけど」
反応からして、光太郎は全く知らなかったわけではないらしい。少し口を開けたまま固まっていたが、口を開いた時にはいつもの調子でしゃべっていた。
「なんとなく耳には入ってるよ。でも、俺の聞いたのはあんまりに酷い噂ばっかでさ、信じるのも馬鹿馬鹿しくて嘘だと思ってた」
酷い噂。
「どんな?」
訊くと、光太郎は少し躊躇いながら教えてくれた。
「幾つかあるんだけど――」
「―――――っていうのが、一番多く聞いたかな」
それは、俺が実際にしたことよりに少しだけ脚色されていた。しかし、少しだけだった。その脚色がなかったところで大差はない。
「でもま、それが本当であろうと嘘であろうと、今のお前は今のお前だからな! 俺はそんな事気にしねえよ。あ、本当であろうとってのは言葉の綾で、まさか信じてなんかねえからな!」
その言葉に危うく泣きそうになったのは、多分、あの件に関してそんな優しい言葉を掛けられたことがなかったからだ。クラスメイトも周りの大人も、皆俺を責めたてた。それが当然の反応なのだ。
「その噂を知ったうえで俺と関わろうと思ったのはなんでだ?」
「あー、実を言うと初めは俺も、お前と関わるべきじゃねえって思ってたんだ。クラスも違ったし、まあ関わる機会もねえだろうなって思ってた。したら光紀がお前と一緒に居るのを見たっていうのを耳にして、これはまずいと思ってさ。で、あの日お前に声を掛けに行ったわけよ。その後は知っての通り。噂とかどうでもいいかってなって、今ではこんな風に話せる仲になった。……光紀がお前に興味持ったの、何かわかる気がするな。お前、そんな悪い奴に思えんよ」
限界だ。
もう無理、泣く。
「えっ、ちょっ!?」
突然涙を流し始めた俺に困惑する光太郎。悪いと思いながらも、涙が止まらなかった。
結局その日は俺が落ち着いたところで帰ることになった。帰り道、俺は歩きながら考えた。本当のことを言うべきか否かを。あんなに俺のことを思ってくれているとわかってしまった今、光太郎には本当のことを言いたくないと思ってしまった。俺のことを思ってくれているからこそ言うべきなのかもしれないが、もう少し後にしよう。とりあえず噂を知っているということは分かったのだし。
……この歳で他人の前で泣くとか、すげえ恥ずかしいことしてたよな。
考えることがなくなってしまうと、そんな風に自己嫌悪に陥った。
茅野くんは過去に一体何をしでかしたのでしょう……。その答えはもう暫く後にする予定です。これからはどんどん書いていく(つもり)なので次作もぜひ読んでいただけると嬉しいです(未だに恋愛感ゼロですが……)。




