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15.「何でって、見てたらわかるよ」

 9月に入り、文化祭まで1ヶ月を切った。看板製作以降、委員会での仕事としては、結局コーティング作業は1年生には回ってこなかった。あれから1度だけ委員会の時間があったが、いつも通り清掃用具の点検と校舎の掃除をしただけだった。文化祭が近づいてきたら当日の役割分担とスケジュールを確認するらしい。美化委員はどうやら清掃係の他に、放送委員の手伝いでステージの演出係も担うそうだ。これも文化祭直前に放送委員からの指示待ちなので、把握だけしておくようにと連絡があった。

 まあ、そんなことはどうだっていいのだ。

 文化祭準備期間中における俺にとって最大の課題は、地獄のような準備期間をどう乗り切るか、だった。文化祭の準備は、何も委員会の仕事だけではないのである。

 この中学校では学年毎に舞台発表の時間が設けられていて、総合の時間に行った行事の様子を発表したり総合の時間で取り組んでいることの成果発表をしたりするらしい。1年生は発表するような行事なんてなかったのでは、と思いたいが――実は春先にあったのである。1泊2日の自然体験合宿と題した親睦会が。

 そのとき既に俺は四面楚歌状態だったから、楽しい思い出なんてあるわけもなく。班の人には気を遣わせ、俺はといえば終始だんまりを決め込んでいた。舞台発表では3組合同で合宿中にどんな体験をしたかの発表をするらしく、最近の総合の時間は発表の準備時間として割り当てられている。

 当時割り振られた係ごとに発表内容を振り分けていくスタイルで、俺は清掃係だったから、オリエンテーリングのことを発表することになった。係としては施設の清掃用具の確認とか使用した布団の片付けの指示とか、そんなようなことしかしていなかったから、特にどの係も当てはまらないイベントが割り当てられたらしい。

 総合の時間が来ると、係毎に別教室へ分かれて発表内容をまとめていく。監視役として先生達が各教室1人ずつ配置されていた。オリエンテーリングについて模造紙にまとめたり、再現劇を考えたり。頭の良さそうな男女数名を中心に、テキパキ準備を進めていく。斯く言う俺はというと──

 ほぼ空気だった。

 体験合宿のとき再来といった感じで、発表割り振り以外でほとんど誰からも話しかけられることもなく、同様に話しかけることもなく、総合の時間をぼうっと過ごしていた。委員会でやや打ち解けた苗島さんは、残念ながら他の女子たちと楽しそうにしていた。そういえば、光太郎達とも係は被ってなかったんだよな。そして謎に同小学校出身の奴が多いという。つくづく最悪な合宿だった。

 樋田は学習係で、青年の家の概要についてまとめているらしい。施設の人から普段どんな活動をしているかの話を聞いた気がするから、その辺についての発表だろう。

 その他、発表準備がまとまってくると、総合の時間やSHRを使って各クラス毎に音楽会の練習が入りだしたり、体育祭の練習が始まったりした。この中学校では、イベントごと全部ぶっ込み文化祭らしい。発表準備の時間もかなりの地獄だったが、この『体育祭の練習』も、始まってみると中々に厄介だった。

 体育祭は全学年クラス対抗で行われるらしい。どう考えても3年生が有利だと思われるか、たまに2年生のクラスが優勝することもあるようだ。1年生が優勝することはまずないらしいから、まあ、1年目は同学年の他クラスに負けないよう頑張るのが恒例らしい。

 競技内容は応援合戦、リレー、障害物競争、大縄跳びの4つだ。中でも障害物競争が俺の頭を悩ませた。障害物競争の中でもいくつか項目が別れていて、二人三脚やらみのむし競争(麻袋に入ったままジャンプして進む競技らしい)やら、ムカデリレーやら何やらがある。各項目にメンバーが割り振られ、これもまた総合の時間を使ってチーム毎に練習をしろというのだ。

「ムカデリレーは、池谷君、瀬尾君、田中君、茅野君のグループと――……」

 俺はムカデリレーに振り分けられた。4人1チーム。前後の人と足を繋ぎ、息を合わせて前に進むスピードを争う競技だ。競技の中では一番最悪だ。というか、俺と同じチームの人たちが可哀想。一応悪あがきとして今からみのむし競争に変えてもらえないか副ルーム長に頼んでみたが(1人で済む競技がこのくらいだったから)、もうメンバー表を提出しちゃったからと一蹴された。


   ☆


「さーてと、よろしく頼むぜ裕也」

 体育祭の練習初日。驚いたことに俺のことを下の名前で呼んできたのは、瀬尾君だった。

「うぇっ!? あっ、うん……せ、瀬尾く――」

「りく、な! こういう競技はチームワークからだし、仲良くやろうぜ。俺と誠は陸上部、亮太は吹部で走ってっから、このチームの勝敗は帰宅部のお前にかかってると思う」

「お、おう……よろしく、璃空……」

 どれだけ影を薄くして迷惑かけずにやり過ごせるかと気をもんでいたのに、肩透かしを食らった気分だ。

「最近、光太郎から裕也君の話聞いてたからさ。実際にはあんま話したことないのにコイツ馴れ馴れしくてごめんな。俺、田中君ともがっつり話すの初めてかも」

「誠ノリワル~!! 皆、下の名前呼び捨ては強制な! なんかそっちの方が青春っぽくて気分上がるし」

 瀬尾君と池谷君――もとい璃空と誠は陸上部だから、そういえば光太郎と部活が一緒なのか。だからといってクラス内ではほとんど関わりがなかったのに、初めから俺に偏見を持たずに接してくれることがわかってすごく気が楽になった。というか、光太郎、俺の話とかしてるのか……何言われてるんだろう。

 2人は小学校が違ったけど、田中亮太とは同じ小学校出身だ。2人は良くても、彼は複雑な心境かも知れない。俺が問題を起こす前も、大して仲がいいわけではなかった。田中はどちらかというと優等生タイプだから、俺のことは馬鹿やってる奴くらいの認識だっただろう。それがあんな問題を起こしたのだから、関わりたくないと思っていたに決まっている。……そう思うと怖くて、さっきから田中の方を見られていない。

「はは……2人ともよろしくな。田中も……」

「亮太でいいよ。俺も裕也って呼ぶから」

 引きつった笑みを浮かべた俺に、田中は手を差し出してきた。

「おっ、円陣~? いいぜ亮太~」

「ははっ、握手のつもりだったんだけど……いいね、円陣組むか!」

 ぽんぽんと話が進んでいくからあまり理解が追いついていないが、そのまま流されるままに璃空の手の上に自分の手を重ねさせられ、璃空のかけ声と共に手を空へ挙げた。

「成功させるぞー!!」

「「「おー!!」」」

 なんとなく流れで自分も声を出したが、すごく間抜けな声が出た気がする。

 円陣の勢いに流されそうになったが、田中は握手のつもりと言っていた。何でそんなことしようと思ったんだろうか。

 考えてわかるわけもなく、もやもやした状態で練習に移ったため、その日はろくに上達もせず練習が終わってしまった。


   ☆


「裕也ー」

 体育祭の練習が始まった次の週の月曜日。放課後、今日も今日とて玄関で樋田と光太郎を待っていた。名前を呼ばれたから光太郎かと思い、声のした方を振り返ると、なんと声の主は田中だった。

「えっ、田中……」

「亮太でいいってば。ったく、頑なだな」

「あ、そうだった。亮太……何か用?」

 土日を挟み、すっかり先週のことなど忘れていた俺だったが、一気に体育祭の練習の時のことを思い出して謎に緊張し始めた。優等生は、腹の底で何を考えているかわからないからな。

「帰る方向一緒だろ? 話しながら帰らないか?」

 それは、予想外のお誘いだった。

「あの……、樋田と光太郎が……」

「俺らがなんだって?」

「うわっ!?」

 急に背後から光太郎の声がして、心臓が止まるかと思うほど吃驚した。さっきから今までの間だけで寿命が1年分くらい縮んだ気がする。しかも隣に樋田もいたし。いつの間にか2人とも来ていたようだった。

「あ、ごめん。この後3人で予定あった? それなら別にいいんだ」

 樋田と光太郎と俺を順番に見ながら不思議そうにしている亮太。それを見て、樋田はにやにやしている。

「いんや、田中君。別に私たちいつも一緒に帰ってるだけだから、たまにはゆっくんをまっすぐお家へ連れて行ってあげて」

 こいつ、マジでいつから来てたんだ?

「ん?」

「じゃあね~! さっ、我らも帰るぞ光太郎殿!」

「じゃあなー」

 亮太の理解が追いつかないまま、2人は嵐のように去って行った。おそらく、帰る方向が違うのに俺があの2人と一緒に帰る状況がよくわからなかったのだろう。そもそも俺と樋田が一緒に帰るというところで引っかかっているのかも知れない。暫しの間、沈黙の時間が続いた。

「あー、そういうことだから。一緒に帰れることになったわ」

 しびれを切らして口火を切ったのは俺だった。どうやら俺は沈黙が苦手なタイプらしい。

「この前話に出てた光太郎って、さっきの彼?」

 歩き始めると、亮太は吃驚するほど普通に話を振ってきた。

「ああ、うん。陸上部の。馬場光太郎っていうんだ」

 流石にそのときには俺も落ち着いてきて、どもったりせずに返答できた。

「樋田さんと仲いいんだな。ちょっと意外」

「あー、なんというか成り行きで」

「あのさ」

「何?」

 話しながら帰ろうとかいうから何だろうと思っていたが、案外普通の話しか振られない。勝手に身構えすぎてたかな――

「チャコのことって、裕也じゃなかったんじゃないか?」

 ――と思ったのもつかの間、まさか度直球でそんな話題を振られようとは。

「……」

 驚きのあまり、言葉に詰まって、足も止まった。

「ごめん、急に昔の話引っ張ってきたりして。でも俺、ずっとおかしいと思ってたんだ。確証がなかったし裕也も認めたって先生言ってたから、あのとき何も言えなかったけど……でも君は当時チャコのことすごくかわいがってたし、納得いってないんだ」

「何で……」

「何でって、見てたらわかるよ。宿題忘れたり掃除さぼったりして先生に怒られるような子だったのに、チャコの世話は欠かさず行ってただろ? 俺らあんまり関わりなかったけど、だから余計に、そういうの意外だなと思ってたんだ。耳がちぎれるなんて偶然で起こるわけないし、だとしたら意図的にそんなことする理由が裕也にはないと思うんだ」

 意外、か……。そんなの、俺の方がもっと意外だった。まさか亮太が俺のことをそんな風に評価しているなんて思ってもみなかった。

「あのときはクラスの空気に流されてたのもあって、裕也がやったんだって思ったりもしたけど、やっぱり考えれば考えるほどおかしいと思った。でもそう思ったときには裕也完全に孤立してたし……自己満でしかないけど、これを機に仲良くなれたらって本当に思ってるんだ。璃空に触発された感は否めないけどな」

「それを伝えるために、わざわざ声かけたのか?」

「うん。とりあえず歩こうぜ」

 気づけばすっかり立ち話になっていた。亮太が歩き始めたため、慌てて後を追う。

「ぶっちゃけ、真相は別にどっちでもいいんだ。それよりも、噂が広まって裕也が孤立してるのが傍から見ててちょっと気分悪かったんだよな。裕也もなんか、完全に壁作ってるし」

「まあ……わざとそうなるように振る舞ってたしそれに関しては自業自得だと思うよ」

 当時は色々あったし、悪ガキっぽい雰囲気に憧れを抱いていたし。

「亮太って、色々見てるし考えてるんだな」

「そんなことないよ」

「正直、俺とお前じゃタイプ全然違うし仲良くなれるか心配だわ。偏差値違うと話が合わないって聞くし」

 それを言ったら樋田とも話が合わないことになるなと、言った後に気がついた。まあ、事実樋田の考えていることは理解できないし、話は合ってないのかも知れない。

「でも、樋田さんとは一緒に帰る約束するくらい仲いいんだろ? 最近雰囲気丸くなったと思ったら、樋田さんの影響だったのかぁ」

 俺、雰囲気丸くなってたのか?

「ま、まあ、ともかく。体育祭は足引っ張らないように努力するわ」

「おう。練習頑張ろうな」

 亮太はまた手を差し出してきた。何であのとき握手を求められたのか理解できなかったが、最初から亮太は俺と仲良くなろうとしてくれていたのだろう。理由がわかった分、今度はすんなり手を握り返すことができた。

「……ところで、裕也は樋田さんと付き合ってるの?」

「な、なわけっ!」

 思わぬ質問に、一瞬で手を離してしまったけれど。

 最後までお読みいただきありがとうございます。投稿期間がまたちょっと空いてしまいました。最近リアルが忙しかったのですがまたしばらく暇になるので、今度は1ヶ月以内に投稿できるよう頑張れるといいですね(他人事←)。

 さて、前回の後書きで今回光太郎が出てくると書いたにも関わらず、ほとんど出番ありませんでした。悲しい。なんか、茅野君いろんな人に謝られてばっかりですが、まあそういうお話なのでそこに関しては目を瞑っていただきたいです、同じ展開じゃね? とかのツッコミは受け付けておりませんので……。

 テキトーに考えて登場させた亮太でしたが、今回の話のキーマンになってましたね。いい子すぎて彼のことが好きになっちゃいました。作者はチョロいです。

 次回はいよいよ(?)文化祭です。準備編で大したことしてなさ過ぎて、いよいよ感が全くありません。不定期投稿ですので、ブクマなどしてお待ちいただけたら幸いです。

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