14.「ごめん、誤解してた」
「美化委員の人に連絡です。本日の委員会は、看板製作の続きを行うため、体操着に着替えて中庭に集合してください。繰り返します――」
それは、昼食中のこと。今日は2学期に入ってから初めての委員会がある日だ。流石に文化祭に関係する内容のことをやるのだろうとは思っていたが、まさか昼の放送でアナウンスが入るとは思いもしなかった。美化委員は看板製作の担当なのか。体操着に着替えないといけないのは少しだけ面倒くさい。さらに気になる点としては、看板製作の『続き』と言っていたことだ。いくら文化祭に興味がなかったとはいえ、委員会中に連絡されていたら、流石の俺もバックレることはしないだろう。……小学生の頃の俺は露知らず。樋田が夏休み中に図書委員の仕事で壁画制作に登校していたように、俺も本当なら学校へ来なければ行けなかったのではないだろうか。
(うーん、あまり気は乗らないけど……)
昼休み、俺は同じ美化委員のクラスメイトである苗島香さんを探した。小学校が別だったこともあり、委員会のときくらいしかまともに話したことはないが、彼女なら何か知っているかもしれない。もし仮に知らないと言われたら彼女が知らないことを俺が知り得ないだろうから、委員長に怒られることはないだろう、という魂胆だ。
「あ、の……苗島さん」
苗島さんは教室で読書をしていた。机の上に次の授業の教材が用意されている。苗島さんは髪も短いし運動部に所属しているらしいから、空き時間に本を読んだり授業の準備を既にしていたりするのは少し意外だった。今まで興味がなかったから知らなかっただけで、いつもそうしているのかもしれない。
「……何?」
やや間があったあと、怪訝な顔をされた。これは想定内である。
「委員会のことで……看板製作って手伝った?」
事前に連絡があったか聞こうと思ったのに、いざ質問しようとしたら言葉足らずになってしまった。
「あ……えっと…………夏休み中に連絡が来て、一年生は1日だけ手伝いに参加したんだ。茅野くん来てなかったから、勝手に体調不良ってことにしちゃった」
「そうか……わかった。気を利かせてくれたみたいで、どうもありがとう」
「えっ、うん……」
ここでニコリと笑いかけられでもしたら、俺も少しは社交性が出てきたなと思えるものだが、そんな器用なことはできなかった。とにかくその場の空気が気まずすぎて、早口で言って早急に自分の席へ戻った。因みに今頃樋田は、一人で給食室に残ってヒーヒー言いながら給食を食べている最中だろう。あいつは体が小さいからか食べるのが遅いから、大抵5時間目が始まる前の予鈴ギリギリまで食べているらしい。
つまり何が言いたいかというと、さっきの惨状を見られていなくて助かった、ということだ。
自分から誰かに話しかけることなんてなかなかないから、俺もかなり緊張していたが、苗島さんも驚かせたせいかかなり緊張気味で、余計に気まずかった気がした。夏休みのことを教えてくれたときも早口だったし。
全ての元凶は俺なのだが、中学生活残りの2年半をかけたら、少しは俺もまともになれるだろうか。人との関わりを避けていた分、周りに避けられていることに対して特に不便さを感じたことはなかったけど、今後はそうは行かないのかもしれない。樋田の言うとおり、少しずつでも改善していくべきなのかもしれないと思った。
――と、つい一人反省会を始めてしまったが、目的のことは確認できたから良かったことにしよう。やっぱり一年生も夏休みに登校日が設けられていたようだ。何故苗島さんには連絡が行っていて、俺には情報が回ってこなかったのか疑問は残る。しかしまあ、存在を忘れられていたとか声をかけづらかったとか、そんなところだろうと思う。そういうことは慣れっこだし、時間が取られなかった分ラッキーくらいにしか思わないし。
体操着、今日は体育がなかったから最悪持ち合わせていなかったかもしれない。俺がマメに荷物を持って帰らないズボラな性格で助かった。
☆
5時間目終了後、委員会の日は帰りのSHRをした後に委員会の時間になる。SHRが終わると急いで体操着に着替え、帰り支度をし、1人で中庭へ向かおうとした。
「あの、茅野君」
――と、意外なことに、苗島さんに呼び止められた。
「うぇっ?」
驚きすぎて、すごくすごく情けない声が出てしまったのは、仕方のないことだろう。
「せっかくだし、一緒に行く?」
「え……何で?」
後から考えると、この時彼女はすごく勇気を出して声をかけてきてくれていたのだと思う。しかし俺は、その場ですぐにそのことに気づけるような器用なやつでなく。俺も焦ってつい聞き返してしまった。今までの委員会のときはそのようなことがなかったし、そう聞かれた意図も全く見当が付かなかったから。
「あー……っと、私、場所わかるから。看板の」
そこでようやく、彼女が気を利かせて声をかけてきてくれていたことが理解できた。流石の俺でも「何で?」と聞き返されたときの彼女のいたたまれなさが容易に想像できて、申し訳ないことをしたと思った。
「なるほどね。確かに俺、知らないかも」
中庭なんて、大して広くもないしおそらく行けばわかるだろう。しかし、断る理由もないから一緒に向かうことにした。
「みっちゃんと仲いいんだってね」
道中、唐突に話題を振られた。
「み……?」
誰のことかわからず戸惑っていると、「光紀ちゃんのこと」と補足が入った。
ああ、樋田のことか。
「まあ、成り行きで?」
苗島さんと樋田は同じ小学校の出身だし、樋田と俺がよく一緒にいることを知っていても不思議ではないだろう。
「そっか。成り行きね」
何やら含みのある言い方のように感じたが、苗島さんはそれきりしゃべらなかった。そうこうしているうちに中庭へ着いたから、俺もそれ以上は何も言わなかった。
「茅野君。体調よくなったか?」
着いた途端、後ろから声をかけられた。振り向くと、声の主は美化委員長だった。3年生男子で、確か同じ小学校だった先輩だ。中学に入ってからは委員長としてしか認識していないから、名前は覚えていない。初めは何のことを言われているのかわからなかったが、昼休みに苗島さんから言われたことを思い出した。
(そうか、俺は体調不良で休んでたってことになってるから……)
どうやら、苗島さんは本当にそういうことにしておいてくれたらしい。
「あ、はい。治りました」
そもそも夏休み中の登校日がいつだったのかも知らないから、いつ頃体調を崩していたことになっているのかわからないわけだが。
「そりゃよかったけど、今度からは俺に直接連絡頂戴な。一応委員長だし、連絡網に連絡先書いてあるんだから」
コツン、と軽く頭を小突き、委員長は看板付近へ去って行った。そもそも連絡の通達ミスしてるのはそっちだろうが、と思って少しだけモヤモヤした。……そういえば、この人はあんまり俺のことを変に避けたりしないな。そういう噂とかに疎い人なのだろうか。
☆
その後は、ただひたすらに看板にペンキを塗布するだけの作業だった。屋外だったから臭いはそこまで気にならなかったけど、ペンキの粘度が思ったより高くて均一に塗るのはなかなかに難しい作業だった。既に下書きされたものに半分くらいが塗り終わっていて、その残りを仕上げる、といった感じだ。大きな板にペンキを塗りたくる機会はそうなさそうだから、いい体験ではある。地道な作業は嫌いではなく、話す相手もいないから黙々と作業が進んで密かに楽しんでいた。
「茅野君、仕事丁寧だし上手ね!」
特筆するようなことは、一度だけ担当の先生に声をかけられて緊張したことくらいだ。褒められ慣れていない俺は、そのせいで動揺して少しだけペンキが手についてしまい、勘弁してほしかった。
人数も多いしほとんど単純作業しか残っていなかったせいか、看板はほとんど完成したみたいだ。後は乾かしてコーティングするだけらしい。それは先輩達の方で後日の放課後に進めて、もしかしたら俺達にも仕事が回ってくるかも知れないらしかった。まあ、前回の作業日に休んでいたし、仮に仕事が回ってきたとしたらそのときはきちんと貢献しようと思った。
委員会が終わって帰ろうとしたら、苗島さんに呼び止められた。何やら話があるとかで、中庭から玄関の方へ移動させられた。今日は何かと呼び止められるな。
「あの、茅野君。……ごめんなさい」
そして。
唐突に謝られた。
周りに人が少なかったからよかったものの、女子に頭を下げさせているなんてなかなかに目立つ。更に相手が俺ときたら……最悪すぎる状況だ。
「よくわからないど、とりあえず頭上げてよ」
苗島さんはおとなしく頭を上げてくれたが、顔はうつむいていた。俺、何かしてしまったのだろうか? というか、端から見たらもしかして俺が振られたみたいに見えてるかも?
――なんてのんきなことを考えていると、苗島さんが口を開いた。
「あのね、夏休み中に作業あるって連絡あったの、実は。連絡網が回ってきてて、1組の子が茅野君じゃなくて私に電話くれたんだ。茅野君ほら……知ってると思うけどあんまりよくない噂とか聞くから
」
そこで、なぜ俺に連絡が回ってきていなかったのかがわかった。あと、そのときのやりとりも容易に想像できた。確かに悪い噂の立っている男子に電話で連絡しないといけないのって、よく考えなくても可哀想な立場だ。連絡が回ってこなかった理由は気になっていたけど済んだ話だし、当の本人である俺が気にしていないのにわざわざ謝ってくれているのか、苗島さんは。
でも、俺からしたら「そんなこと」だけど、彼女にとってはそんなに深刻な問題だったんだろうか。真面目な性格なのかな。
「いいよ別に。その1組の人の気持ちもわかるし。そもそも苗島さんのせいじゃないし」
「違うの! 私、話したこともあんまりないのに茅野君のこと噂を鵜呑みにしてて……ごめん、誤解してた」
声が震えている。もしかしたら、彼女は涙を堪えているのかも知れなかった。うつむいているから、前髪に隠れていてその表情は確認できないけど。
まさか委員会の話からそんな方向に話が進むとは思いもしていなかったから、俺はただただ彼女の言葉を聞いているしかできなくなった。
「この前、みっちゃんとか海架とかがひまわり祭の話してて。それに、今日だって昼間すぐにお礼言ってくれたし……なんか、噂は噂で、本当はそんな人じゃないのかもって思い改めた。超今更だけど。今まで感じ悪くしてて本当にごめん」
そこでようやく彼女は顔を上げた。泣いてはいなかったけど、やっぱり目が赤くなっている気がする。そんな風に思って貰えるなんて、意外だった。噂は噂、か。
「あ、いや……俺の方こそ誤解を与えるような態度とっててごめん」
なんと声をかけたらいいのかわからなくて、とりあえず謝っておいた。
「何で茅野君が謝ってんの?」
まあ、クスリとでも笑って貰えたからよしとしよう。
「本当、茅野君ってもっと怖い人なのかと思ってた! みっちゃんが気に入るくらいだから、やっぱちょっと変わってるんだね……あっ、ごめん! 私これから部活あるからもう行くね! 引き留めてごめん。バイバイ!」
目的が果たせて気が緩んだのか、苗島さんはばーっと1人でしゃべって嵐のように去って行った。俺は口を挟む隙もなく、その背中に手を振っておいた。
「はぁ――…………」
「誤解、とけてよかったね?」
しばらく放心状態で突っ立っていたところに後ろからいきなり声をかけられて、本当に心臓が止まるかと思った。声の主は、言うまでもなく樋田であった。
「聞いてたのかよ!?」
「そりゃもうバッチリと。何香ちんに頭下げさせてんのさ!」
樋田は手提げ袋をぶん回して俺の背中に直撃させてきた。そこまでの威力はなかったはずだったのに、さっきまで変に緊張していたせいか足に上手く力が入らなくて、簡単によろけて倒れそうになった。
お読みいただきありがとうございました。
比較的すぐに次話を投稿できて安心しております。それにしても登場人物が多くて困っちまいますね。設定に矛盾が生じてないかだけが不安要素です。茅野君が少しずつ仲間を増やしていく感じ、ゲームみたいだなって思いながら書いてます。
次回は、文化祭準備編の最終話になる予定です。今回は出てきてなかった光太郎が出てくるはずです。作者のおきにキャラです。来月中には投稿できるように頑張るのでお待ちいただけたら幸いです。このペースで果たして今年度中にシリーズ完結させることができるのか……




