13.「ゆっくんは文化祭の準備何かやってるの?」
夏休みが終わり、二学期突入である。夏休み明けといえば、今までは手つかずの宿題が1つくらいは存在し、担任に怒られることがわかっていながら登校するのが憂鬱だった。しかし今回、樋田が半ば強引に俺と遊ぶ約束をしてくれたおかげで無事順調に宿題は終わり、休みの残り数日は特にやることもなく有意義な時間を過ごせたわけである。
こんなに憂鬱でない二学期の初日は初めてだったから、いつになくそわそわしてしまい、今朝は7時前に家を出た。不思議そうにしている母には「始業式あるから」と適当な嘘をついて誤魔化した。いつもより三十分以上も早く家を出ると、なんとなく外の空気も澄んでいるように感じて、すがすがしい朝だなとか考えてしまう。
学校へ着くと、丁度いろんな部活が朝の練習をしている真っ最中だった。図書室で本を借りようと思って立ち寄ってみたが開館時間が7時50分になっていた。曲がりなりにも入学して4ヶ月は通っていたというのに、あまりにも気にしたことがなさ過ぎて俺の中には開館時間という概念がなかった。仕方なく教室へ向かうと、教室には既に部活に無所属の人が三人いて、皆いつもはこんなに早く来ない俺の姿を見てぎょっとしていた。
なんとなく申し訳ない気持ちになりつつ、自分の席に着く。現在時刻は7時40分。俺の中では本を借りられる予定だったため、10分近く暇になってしまった。しかも、開館時間直後に図書館へ行って、もし利用者が俺ひとりだけとかだったらどうしよう。朝はあんなにも学校へ行くのが苦じゃなかったのに、学校へ着いた途端に、時間が経つ毎に俺は気持ちがどんどん小さくなっていっているような気がした。
「あれ、ゆっくん、おはよー」
程なくして、樋田に声をかけられた。
教室にいた人たちが驚いたように一斉にこちらを振り返った。俺と目が合うと各々すぐにそっぽを向いたが、こちらの様子が気になるようである。そりゃそうだろう。今まで樋田が教室で話しかけてくることはなかった。下駄箱付近で話しかけられることはあったが、そのときは人も多い分あまり目立つこともない。しかし、今は教室には俺達を含めてたった5人。樋田の声は教室に響いた。
というか、絶対に思われたはずである。ゆっくんって誰やねん、と。
「……ども」
俺はというと、驚いて樋田の方を見たが、すぐに目をそらしてしまった。教室も廊下も静かすぎて、ここで会話をしたらクラスメイトに丸聞こえである。最近は学校の外では普通に友達と話すことに慣れてきていたが、一旦学校に戻ると一気に入学したての頃に戻った気分だ。
「今日はなんかいつもより早いんだねえ。思わず声かけちゃったよ」
「……」
さっきから、教室にいる人たちの視線が地味に痛い。あからさまに見られているわけではないが、皆ちらちらとこちらの様子を窺っている。頼むから、空気を読んでくれ、樋田!
「ちぇっ、つれないなあ、ゆっくん。私たちの関係ってそんな程度のものだったの?」
「はっ!? おまっ、何わけ分かんねえこと言って……!!」
にやり。
思わず言い返した俺のことを、満足げに見てくる樋田。しまった、ついうっかり乗せられてしまった。
「……はあ。おはよう」
「おはよー」
どうやら俺は樋田には勝てないみたいだ。上手いこと操作されている気分になってくる。俺は諦めて普通に会話をすることにした。
「樋田、図書室って朝とか人どのくらいいるんだ?」
最初は8時位に図書館へもう一度行ってみようと思っていたが、どうせなら樋田に様子を聞いてからの方がいいだろう。よく図書館へ行っているようだし。
「うーん、普通くらい? 放課後に比べるとあんまり多くないよ」
「そうか……」
普通くらいって。しかもあんまり多くないって。
樋田の主観的な情報しか得られなかったから、実際のところどのくらいなのかいまいち把握できなかった。観念して行ってくるか。読みたい本とかも特にないし、本を探すところから始めなければいけない。そろそろ行かないと本を借りられずに閉館時間になりそうだ。
「ゆっくんこれから図書館行くの?」
樋田は不思議そうにこちらを見ている。
「まあ……たまにはね」
「じゃ、私もついでに付いてこうっと!」
「えっ」
驚く俺を無視して、樋田は自分の机へ鞄を置くと、本を取り出してもう一度俺の机へ寄ってきた。
「本返しに行こうと思ってたんよねえ。放課後行こうと思ってたけど、一緒に行こっ」
そして早速教室を出て行こうとする樋田。ここで置いて行かれても困るので、俺も慌てて後を追った。
「おはようございます、先輩」
樋田は図書館へ入ると、カウンターにいた女子生徒に声をかけた。俺は知らない人だったが、樋田も図書委員だし知り合いなのだろう。
カウンター越しだからちゃんとは見えないが、前から見ただけでもわかる髪の長さだ。その長い黒髪をお下げにしていて、黒縁眼鏡をかけている。こんなにも文学少女っぽい見た目の人も珍しい気がする。
「おはよう、樋田ちゃん。そっちの子は?」
「自分と同じクラスの茅野君です」
「あ、ども」
急に話を振られてとっさに反応できなかった。そういえば上の学年の人と話をする機会も今までほとんどなかった。委員会の時に義務的な会話をするくらいだ。
「どうも~、2年の湯沢です」
「ち、茅野です」
「あはは、それさっき樋田ちゃんから聞いたよ~。面白い子だね」
湯沢先輩は、どことなく樋田と雰囲気が似ている気がする。しゃべり方がふわふわしていて、つかみ所がない感じだ。
「はい、返却完了だよ。茅野君は本ないかな?」
「あ、はい。本借りに来たんで」
「そっか~」
湯沢先輩はそれ以上何も言ってこなかったが、ニヤニヤしながら俺と樋田を交互に見比べていた。樋田はさっさと本棚の方へ歩いて行ったため、俺も慌ててカウンターの前から離れた。
因みにどんな本が面白いのかわからないから、決まらなかったら樋田におすすめの本を選んでもらうつもりである。中学生になって教室でライトノベルを読んでいる人をよく見かけるようになったが、表紙的に俺にはちょっと刺激が強すぎる感じがする。純粋な冒険モノとか面白そうだな。とりあえずどこに何の本があるのかあまりよくわかっていないため、見出しを頼りに手ごろそうな本を探す。
「茅野君、何借りるか決めた?」
気づくと樋田はもう本を借り終わったようだった。
「いや、どれがいいのかさっぱり」
小学生の頃もほとんど読書はしてこなかったから、知っている作者やタイトルを見かけても、それを読んでみたいとまではならなかった。
とりあえず状況を説明して、樋田の好きな本を教えてもらおう。漫画の趣味的には、俺達はそこそこ近い感性を持っているはずだ。
「なるほどね。うーん……、これとかスナック感覚で読めておすすめ」
樋田が手に取ったのは200ページ弱の短編ホラー小説だった。俺でも知っている、結構有名な作家の作品のようだ。俺からしたら分厚く感じるが、文字が大きめで読みやすそうだ。結局その本を借りることにした。
樋田にとって俺と一緒に教室に戻ることはあまりよくないことなのではないかと思って、途中で樋田と距離をとろうとした……が失敗した。というのも、移動中ずっと俺が借りた本のおすすめポイントを熱弁されていたからだ。ついでに樋田がどんな本を借りたのかも教えられた。
「ゆくゆくは海外小説のシリーズ物で、是非ともゆっくんに読ませて語り合いたい作品があるのだよ!」
教室につく頃には樋田はすっかりヒートアップしていて、俺はただ「おう……」とか「そうか」とか超テキトーな相槌を挟むことしかできなかったのだ。教室には既に人が集まっていたから、おそらく大勢に見られただろう。その中の何人が俺達のやりとりに関心があったかはわからないが、俺と樋田の組み合わせにさぞ違和感を抱いたことだろう。流石の樋田も教室の中に入ったら静かになって他の女子の元へ駆け寄っていった。しかしその女子たちが不思議そうに俺と樋田とを交互に見ていたので、俺は気まずさで押しつぶされそうになりながら自分の席に着いたのだった。
☆
「ゆっくんは文化祭の準備何かやってるの?」
放課後。図書委員会の当番を終えた樋田と当然のように合流して帰路についたわけだが、唐突にそんな話題を切り出された。
「えっ、いや。得に何も聞いてないけど」
この中学校ではどうやら文化祭の係は委員会毎に割り振られているらしい。俺は一応美化委員なのだが、美化委員会が何を担当しているのか、1学期中には特に何も聞かされていなかったように思う。少なくとも文化祭に向けた特別な仕事は割り振られていない。
「ふーん、そっかぁ。いやね、図書委員会はステージの壁画担当だったから、夏休み中に招集かけられてペンキ塗り塗りしてたんだけど」
「そうだったの?」
夏休み中に登校していたなんて、夏休み中に会ったときには一度も話題に上らなかったが。驚いて思わず聞き返してしまった。
「うん。それで、近々完成するから体育館に早速飾られるんだって。なんかさ、夏休み入る前に壁画の他にも看板……? とかポスターとかのデザイン募集されてたでしょ? 美化委員もそういう制作系の仕事ないのかな~と思ってふと気になって」
なるほど。そういえば先輩たちが看板のデザインの募集とか選考とかしていたような気もする。文化祭自体にあまり興味がなくて話を聞き流していたから、俺が聞いていなかっただけかも知れない。
「壁画なんてあるんだな」
「大きい模造紙みたいなのに、ペンキでイラスト描いたんだよ~! めっちゃ素敵に仕上がったから楽しみにしていたまえ」
何故か樋田が得意げに語っている。無駄に偉そうだし。それだけ労力がかかったということだろうか。
「ってか、ゆっくん去年文化祭の見学来てないの?」
例年、村内の小学6年生は文化祭1日目に半日だけステージ発表を見学しにくることになっている。もれなく俺達も参加していた。しかし。
「そんな、ステージの壁のことまでいちいち覚えてねえよ。興味なさすぎて一刻も早く帰りたかったってことしか覚えてない」
当時の俺は既にボッチの身。そんな中、更に未知の校舎や中学生の雰囲気に飲まれて、肩身が狭くないわけがない。
「なんか……可哀想だね?」
哀れみの眼差しで見られた。
「そりゃどうも」
返す言葉もないので適当な返事をしておく。
それにしても、確かに2学期は文化祭の季節か。体育の内容やら総合の時間の内容やらが文化祭に向けた内容になってきていたから、存在は嫌でも認知させられてはいたけど、改めて考えてもイベントごとはやっぱりちょっと苦痛だ。嫌だから、あえて意識しないように努力していたのだが……どうやら樋田は楽しみにしているらしい。
「そりゃあ漫画の中のような派手な文化祭ではないけどさあ。イベントのときの非日常感って、やっぱりわくわくするよね~」
それはまあ、わからなくもないけども。
「ゆっくんだって、これを機にクラスの子たちとも仲良くなればいいんだよ! 3組の男子と仲良くなれたように!」
「……」
さっきから樋田に正論で殴られている気がする。
仲良く、ねぇ……。
まあ、俺もただの悪ガキだった頃に比べたら、最近は多少性格も丸くなってきていると思う。過去の俺は誤解を解く努力をするどころか、その誤解に乗っかって周りから恐れられる自分に酔っていた。誤解を解くには遅すぎるのかも知れないが、いい機会なのかも知れない。
「……まあ、努力はしてみるけど」
樋田と話していると、なんだかちょっと自分がまともになれる気がしてくる。樋田はかなり変わり者だが基本は真面目でできるやつだから、そんな彼女の持つ両面性故なのかもしれないなとふと思った。
「うむうむ、精進したまえ、少年!」
口調が相変わらずうざすぎて、決意が揺らぎそうになったけど。
お久しぶりです。もう久しぶりすぎて最早何?って思っています。こんな愚作をお読みいただきありがとうございます。
一応これまでの空白期間にも投稿したいという気持ちだけは頭の片隅にあり、ちまちま次話を書きつつ読み直しては誤字脱字を修正したり、サブタイトルをつけ直したり等しておりました。
これだけ投稿期間が空くと流石にどこでどの設定を書いたのか書いていないのか全くわかりませんね。読み返しながら書いてはいても読み落としがあると思いますので、情報が重複していたり抜けていたりするかも知れません。この作品は作者(当時中学生)が中学生の話を書き始め、今では作者も立派に()成人済みですので、書いていてすごく恥ずかしい気持ちになったりします。でもありがたいことに未だにこの作品を発掘してアクセスしてくださる貴重な方がちらほらいらっしゃるようで、そんな方々のためにもこの作品をどうにか書き切ってしまいたいのです。どうにかこうにか頑張って来年度中には完結までさせて連載を終わらせたいと思っているので、引き続きこの作品に付き合っていただけたら幸いです。
次回からは準備編含め文化祭編が始まる予定です。投稿予定は未定です。




