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12.「ゆっくんって結構うぶだよねぇ」

 樋田が家に来た週の土曜日、俺は彼女の家へ向かった。家を出る前に一応電話をかけると「迎えに行くよー」といつもの調子の樋田が出たが、家の場所はわかるしわざわざ出歩かせるのも馬鹿らしいから断った。

「うーん、なんか申し訳ないぜ……」

「どうせ学校行くのと変わんねえから安心しろよ」

 実はこの時、緊張で声が強ばっていたなんて恥ずかしすぎて誰にも言えない。なんせ女子と電話越しで話すのは記憶にある限りでは初めてだったのだ。因みに連絡網は前も後ろもずっと男子だった。そもそも電話というもの自体が苦手なため、俺にしては頑張ったと我ながら思う。もしこれで出たのが樋田でなければ(例えば樋田の家族が出ていたら)、俺は緊張のあまり声が裏返っていただろう。自分で考えていてちょっと情けなくなってきた。結果オーライだったのだから、この話はここまでとする。

 また、友達の家へ勉強しにいくという旨を母に伝えたところ、言うまでもなく喜ばれた。そのうち赤飯を炊き始める勢いだ。そろそろそのテンションをやめてほしいところだ。


   ☆


 別に慣れたことではあるが、やはり夏の昼間に出歩くものではない。今日は特に勉強道具の入ったリュックを背負っているため、40分も歩くと特に背中がびしょびしょだ。思春期である俺にとっては、曲がりなりにもこれから女子の家へ行くというのにこれはちょっと恥ずかしかった。いくら樋田相手と言ってもだ。光太郎の家へ行ったときは特に気にならなかったのに。着替えのTシャツくらいは持ってきてもよかったかもしれないとなんとなく後悔した。ひまわり祭の日の反省を生かして一応持ってきたタオルで軽く汗を拭くが、ベタベタするのに変わりはない。

 家に着くまでは(汗だくになったことを除けば)特に無問題だったが、チャイムを押すのには若干勇気がいった。樋田の家はポストが玄関より手前にあるため、この前来たときは玄関までは入らなかったのだ。しかしまあ、ここで家族が出てくることもないだろうと高をくくることにした。電話も樋田が出たし。

 ピンポーン

「はいはーい」

「うおっ!?」

 果たして。

 出てきたのは確かに樋田であったが、想定外の待ち時間のなさに驚かされた。音が鳴った瞬間と言っても過言でないほどのタイミングでドアが開いたのだから、もしかしたら自動ドアなのではないかと疑いそうになったくらいだ。

「えへへ、驚いた?」

 にへらと笑う樋田は、本を片手に持っていた。服装はいつもよりラフな格好だ。自分の家だからだろうか。これから図書館に行くこと忘れてないだろうな……?

「自動ドアかと思ったぜ」

「だってドアの前で張ってたからね。そろそろ来るんじゃないかと思ってさ」

 なるほど。いや、それにしてもだけどな!?

「暑い中ご苦労なこった」

「なかなかチャイム鳴らないから不審者かと思ったよー」

「ぐっ……それも見られてたのかよ」

「ゆっくんって結構うぶだよねぇ。さ、入った入った」

 なかなか入ろうとしない俺を見かねたのか、催促されてしまった。いや、別にここまで来て躊躇していたわけではなく、単純に立ち話で入るタイミングを失っていただけなのだが。

「おう。お邪魔します」

 中は外よりも大分涼しかった。今まであまり知らなかったが、他人の家は独特な匂いがするようだ。断じて変な意味ではない。廊下を奥まで進み、広い部屋に通される。樋田は何か飲み物をとってくると言ってすぐに出て行ってしまった。この広さだと八畳くらいだろうか。一人でおいていかれると余計に落ち着かない。ずいぶん広い部屋だなーと思ってそわそわしながら見ていると、

「ごめんね、私自分の部屋ってないからさぁ」

 と言いながら戻ってきた。両手でお盆を持ちながら、ちゃっかり足でドアを開け閉めしている。この前のあぐらといい結構足癖が悪いようだ。俺の前でも自然体でいるのだとポジティブに受け取るべきか、全く異性として意識されていないと受け取るべきか。

「足。言ってくれれば開けたのに」

「んー、いいよいいよ。お客さんは座ってて!」

 さりげなく注意してみたつもりだが、恥ずかしがるどころか気を遣われてしまった。これはどうやら何も感じていないようだ。どこかで残念がっている自分はつくづく現金だなあと我ながら呆れる。こういうのは、男女の友情ってやつかな。

「はいお茶どーぞ。にしてもすごい汗だねえ」

「サンキュ。悪い、やっぱ気になるよな」

「気になるってか、一人だけこんなに汗かかせて申し訳ないなーと思ってさ。しかも涼しくないでしょ、家」

 窓が全開になっているため風はあるが、どうやらクーラーはないようだ。家に入ってきたときは涼しく感じたが、確かに慣れてくると部屋の中もお世辞にも涼しいとは言えない。

「ちょっと休憩したら図書館でめっちゃ涼もう」

「そうだな」

 図書館は学校のすぐ近くにある。また外に出なければいけないことを思うと少々気は重かったが、公共施設は無料で涼めるのでそのことを考えれば我慢もできるというものだ。

「なあ」

 休憩中、俺は気になったことを聞いてみることにした。

「今日は土曜日なのに予定なかったんだな?」

 いつ聞いたのかは忘れたが、樋田は土日に予定があるという話だった。今日の日を決めたときは気にならなかったが、先ほど歩いている途中にふと疑問になったのだ。

「あー、うん。今日はね」

「……」

「……」

「そうか」

 その後に何か続くかと思って黙っていたが、樋田は特に何も言い出す気配もなくお茶を飲み出した。別に深く詮索する理由もないから俺もお茶をもらうことにした。本当はちょっと気になっているところだけど、相手が話すつもりのないことを深掘りするのはタブーだろう。いくら今まで友達がいなかったからと言えど、そのくらいの分別はつく。

「新聞のテーマどうしようね。何か考えた?」

「あー、俺は……」

 今日は元々目的が明白だったこともあり、話題はいくらでもあった。課題が「時事問題について各自テーマを設定し、それについて調べよ」ということだったから、まるきり同じテーマにするわけにはいかなかった。が、お互いにテーマが被らないように話を合わせ、どんな資料が必要か、レイアウトはどうするか云々と相談できることはたくさんあった。俺は元々勉強が得意じゃないし、何かを一から考えて書けというのも嫌いだ。互いにアドバイスをし合えるというのが理想的だが、結果としては俺が一方的に相談に乗ってもらう形になった。いやはや、40分の苦痛も授業料だったと思えば妥当な代償だったのではないかと思える。資料選びに少々手間取ったものの、再び樋田の家へ帰ってからは大まかな下書きまで終わらせることができた。

 樋田は、文章もそうだがレイアウトがとても上手かった。文章を書き始める前に枠をとっていたのに、各トピックの帳尻がきちんと合っている。

「なあ、それってどうやってやってんの?」

「構成決めて枠とったら大体の文字数がわかるでしょ? そっからなんとなーくどのくらい書けるかイメージして、何文くらい書けばいいなーって決めて……ってやればいけるよ」

 そこに関しては俺には難しい話だった。やっぱり普段から本を読んでいるやつは違う。そもそも文章もあんまり書かないから、何百字とか言われてもどのくらい書けばいいのか想像しづらい。

「そこは練習かなぁ。パソコンの文書作成で文字数カウント機能使いながらやると本当は早いんだけどねー」

「あー。持ってくればよかったな」

「貸そうか?」

「いや、ここまで書いたしいいよ」

 珍しく俺も健闘していた。

「ここまで進んだらあとは清書だけだねー。一人だと気分乗らないけど、こうやってみると意外と楽勝だったな」

 因みにお昼は樋田の家で食べた。俺は手作りなんてできないので途中のコンビニで適当におにぎりやパンを買っていたのだ。帰る頃には夕方の五時を回っていた。

「だな。去年までの俺だったら、こんなに計画的に宿題やってるなんて考えられないことだぜ」

「あはは。その本たちもう使わないなら置いてっていいよ? ついでに返しとくから」

「悪いな。頼むわ」

 ここはお言葉に甘えることにした。

「うん。じゃあ、気をつけて帰ってね」

「おう」

 玄関から出ると、やはり外はむわっと暑かった。流石に一日中作業をしていたから疲労感がある。文句を言っていても始まらないから頑張ってここからまた40分かけて帰るとする。学校のそばを通ったが、流石に先生以外は誰もいないようだった。車が二台ほど止まっていたから、夏休みにまで仕事をする先生たちは大変だ。余計文句を言っていられない気がした。

 前までの俺ならそんなことも思わなかっただろうに。


   ☆


 次に樋田に会うのは夏休み明けだ。

 樋田のおかげ(?)で宿題も順調に終わり、夏休み最後の数日間は暇な時間が多かった。特に予定もなかったから家の漫画を読み直したり、それこそ珍しく本を読んだりした。といっても家にある本しか読むものがなかったから、母親の本をちらっと眺めた程度だ。俺の興味をそそるような本はこの家にはないようだった。こんなことなら学校の図書館でいくつか本を借りてくればよかった。何やら長期休業前貸出というやつがあったらしかったし。

 さて、この夏休みに俺は大分変わったと思う。なぜならこの俺が宿題以外に机に向かったからだ。時間に追われることなく宿題を済ませ、漫画や本にも飽きた頃になんとなく勉強をしてみようと思ったのだ。今まで真面目にやってこなかったからあまり感じたことがなかったが、勉強というのは理解できると意外と楽しいものなのだ。ちょっと休憩しようと思って顔を上げると、余裕で一時間ほど経っていたりする。気づいてなかっただけで俺ってやればできる子なのでは?

 斯くして俺は、二学期はもう少し成績を上げようという密かな目標を立てたのだった。

お久しぶりです。果たして読んでくださる方がいるのかどうかわかりませんが(笑)

前回の更新が2015年だったことに僕は動揺を隠せません。

気づけば平成から令和へと年号も代わり、あれから4年も経つのかと吃驚しています。

PCを立ち上げていてふとなんとなくこのサイトを開き、「4000字くらいなら一晩で書けんな」というテンションでなんとなく書いてみました。流石にこんなに間が空くと作者も設定を全く覚えておらず、この先どうしようかと頭を抱えております。

こんな感じであるときぽっと更新するかもしれませんので、もし気長に続きを待っていただけたら幸いです。

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