10.「さあてと、まずは何から回ろうか?」
祭りの会場へ着くと、そこは既に溢れかえらんばかりの人で賑わっていた。この村自体は小さいが、ひまわり祭りはそこそこ規模の大きな祭りだからか、割と周りの町村からも人が集まるのだ。普段からそこまで大勢の人に慣れていないと、こういう時に他人酔いをする羽目になる。これでは東京なんかには行けないなと、よく思ったりするものだが。
「さあてと、まずは何から回ろうか?」
意外にも翔也君のテンションが高い。このメンバーの中では大人しい方かと思っていたが、お祭り好きなのかもしれない。
大きな祭りといってもメインは花火なので、屋台が並んでいるくらいでこの時間帯は特にこれといったイベントごとが無い。光太郎の家を出てから大分ゆっくりと歩いていたので現在五時を回っているが、それでも、花火までにはかなり時間がある。
「とりあえず射的でもやるか?」
「よっしゃー、射的!」
……射的、かあ。
皆やる気満々で射的の屋台を目指し歩き始めている。最近は母と花火を見に来ていただけだから、そういう発想は無かった。いやしかし、祭りなのだからそういうものなのか。射的の他にも屋台はいっぱいあるわけだし。
そんなに金はかからないと思っていたが、しかし成程、こういう所で金が消えていくのか。恐るべし、祭り。
「それにしても、射的なんかやったことねえな」
「えっ?! マジかよ、裕也」
独り言で言ったつもりだったが、圭祐君に聞かれたらしく、凄く驚かれてしまった。
「おい、裕也射的やったことねえんだって!」
「おお? マジかー!」
他の皆も普通に驚いている。そんなに驚くことか?
「じゃ、此処は裕也がやるべきだな。金は俺が出してやるよ」
と、今のは光太郎だ。
「おお……ありがとう?」
なんかよくわからないが、後で何かおごろう。
俺たちの順番が来ると、光太郎が宣言通り金を払う。そして、店の人から鉄砲と弾を受け取る。案外軽かった。初めて持つ射的用の銃に少し感動したが、並んでいる人もいることだし、早く始めなければ。
「これで、普通に撃てばいいんだな?」
「おう。狙っていけよ?」
弾は十発分。とりあえず一発撃つ。軽そうな小物を狙ったが、隅の方をかすめて終わった。
「ぬー……」
これは案外悔しいぞ……。
「おー、惜しい惜しい」
その後もやってみたものの、結局残念賞を貰って終わりだった。
「あー、悔しい」
「ま、こんなもんだって。次どこ行く?」
正直、射的なんかと侮っていたが、これはかなり中毒性がある。独りで来ていたら、もう一度並び直していたかもしれない。なんて思うのは俺だけかもしれないが。
まあ、そんな感じで次から次へと屋台を回り、花火の時間はすぐそこまで近づいていた。
「なんかもう、疲れた……」
「そろそろ場所取りしようぜ」
屋台で夕飯を調達した後、花火を見られる場所を探した。あまりスペースは開いていなかったが、辛うじて座ることができた。思っていたよりも探すのに時間がかかり、その頃には一発目の花火が上がり始めていた。
「おっ、そこのお兄さんたちはもしや、こうちゃんたちだね!?」
と、聞き覚えのある声に振り向くと、樋田が立っていた。その横には、同じクラスの女子が二人いる。
「おー、光紀。と、その友達さん?」
「ちーす」
「ども」
各々に返事をする。どうやら光太郎以外の三人も樋田のことは知っているらしい。しかし、流石にクラスが違う接点のない女子のことは分からないのだろう。俺が分からなかったら、それは流石に問題視するべきだが、そんなことは断じてないので大丈夫だ。
「この人が、光紀ちゃんがよく言ってるこうちゃんって人? それに……茅野君も一緒なんだ?」
後半、少し声のテンションが下がったのを感じた。俺に対していい印象を持っているわけがないからな。別段気に掛けることではないのだが、彼女等にとって折角の夏の思い出を苦いものにしてしまうのではないかと少し不安になる。下手に関わって余計に嫌われるくらいなら、初めから関わらない方がいいに決まっているのだから。
「うん、そうそう。右から翔也君、昴君、こうちゃん、圭祐君、で茅野君。ってか、茅野君、どしたの? さっきから一言も喋ってないけど」
「えっ!? あっ……」
急に話を振られて、変な声を出してしまった。
「別に。なんでもないけど……」
つい声が裏返った。
何も、樋田以外の女子二人に気を使って黙っていたわけではない。ただ、なんとなく、口を開いたら負けな気がしたのだ。
まさか、樋田の甚平姿に見惚れるとは、夢にも思わなかった。
「……ただ」
自然と、言葉が零れていた。この小さな村の夜空に、大きな花火が開く。
「月が綺麗だな、って思ってたんだ」
「月?」
「ああ。ほら、ちょっと赤く見えるだろ? 多分花火の煙で光が遮られて……だと思うんだけど。綺麗だなって」
うろ覚えの情報を交えつつ早口で言う。ついうっかりやらかした自分の失言を深く後悔しながら。樋田は読書家だから、夏目漱石の逸話を知っているだろう。この俺でさえ知っていたのだから、他の皆だって知っているかもしれない。
そうでなくても、この状況で月が綺麗と言ったことを、さぞ不自然に思っただろう。
「本当だ。赤い月っていいよね。私も好き」
俺の台詞に続けてそう言ったのは、意外にも樋田の隣に立っていた女子の片割れ――加藤海架だった。同じクラスというだけで、彼女のことをあまり意識したことは無かったが、大人しい感じの人だと思っていたのだが――
「赤い光は青い光に比べて散乱しにくいから、今みたいな感じに煙が掛かっているときも届きやすいんだよね。だから青い光が煙に遮られて、赤い光が此処まで届いてるんだよ。多分そういう原理だと思う。赤い月といえば、それを題材にしている本とかって多いよね。私はあんまり読んだことないんけど、茅野君は何かおすすめの本とかある?」
加藤がものすごく饒舌なのだが。正直、最後の話題に何故辿り着いたのか分からなかった。
「いや。俺、あんま読書しないし……」
「あれ、そうだったんだ。さっきの台詞から、てっきり文学少年なのかと思ったのに……じゃあ、あの台詞に深い意味は無かったのかな?」
「あの、台詞……?」
「ああ、気にしないで? こっちの話」
……なんとかさっきの台詞に意味がなかったということを知ってもらうことができた、と考えていいのだろうか。こんな風に加藤と会話をしていること自体がとても不思議でならないし、そもそも周りが入ってこなかったのも不思議だが、まあ細かいことは気にしないようにしよう。
「知らずに使っていたんだとしたら、『月が綺麗だ』っていう台詞には気を付けた方がいいよ? 軽い男だと思われちゃう」
加藤と俺が話しているのを見たからか、女子のもう一方の片割れである鈴木楓華も会話に入ってきた。
「ん、それは言えるね」
今のは翔也君。どうやら皆知っている様だ。
「何で?」
ここまで来たら知らんふりを通すしかない。やっていて自分で恥ずかしくなってくるが、……我慢だ、俺。
「家に帰って自分で調べるといいよ。今教えるのは流石に酷だからね」
くつくつと笑いながら樋田が言う。顔が燃えるように熱い。多分耳の先まで真っ赤になっていることだろうから、今が夜であるのがせめてもの救いだ。花火の明かりでは流石に分からないだろう。
「そういえば加藤さんと鈴木さんは、どうして俺と普通に話してくれてるんだ? ふと疑問に思ったんだけど」
「ん、だよな。裕也って入学当初からクラスで浮いた存在だったんだろ? それにしちゃあまりに自然な会話に聞こえたんだけど」
俺の台詞に圭祐君が続ける。他人に言われるのは結構応えるものだ。地味に傷付いていると、鈴木が俺たちの質問に答えてくれた。
「まあ、それは普通に、今はそういう雰囲気だったからだよ。学校だと何か、茅野君と関われる雰囲気じゃないけど今はそうじゃ無かったじゃん? 私らは別に茅野君の過去に何があったとか、そういうのよくわかんないし。まあ、噂通り怖い人なのかな、って思ってはいたんだけど、そういうわけでもなさそうだったしね」
「へえ……それはどうも」
「なんでお礼?」
「や、なんとなく」
その後話題は変わっていき、暫く別の話題で盛り上がった後、俺たちは樋田たちと別れた。
今日一日を通して分かったのは、案外皆適当なのだということだ。勿論、俺自身も含む。その場の空気を読みながら、適当に過ごす。自然とそういう風になってしまうのは、やはりそれが一番楽だからだろう。
「あ、音楽花火、始まるぜ」
昴君とたこ焼きをつつきあっていた時、光太郎に声を掛けられた。音楽花火は、ひまわり祭の名物でもある。毎年違う曲を二曲ほど流し、それに合わせて花火を打ち上げるのだ。
「ヒュゥー!」
隣から声が上がる。俺もそれに便乗して指笛を拭いた。
お久し振りです。前の更新から随分と日が経ってしまいました……。この話ではまだ夏休み中ですが、現実では随分と肌寒くなってきてしまいました。
さて、今回は少しだけ樋田ちゃんに対する茅野君の気持ちが変わった回だったかな、と思います。この進行具合からすると、この話はまだまだ先が長そうですね……。次はもう少し早くあげられるようにします! が、気長に待っていただけると有難いです。




