殿下と女将さんの攻防
「あんた、まさか…」
目を丸くした女将さんが、フードのグレシオン様と私を交互に見る。多分、紋章から理解はしたものの信じられない気持ちなんだろう。
私は女将さんと目を合わせ、深く頷いてみせた。驚くでしょうが、王子様ご本人なんです、という意を込めて。
「彼女が今ここに居る原因を作った人間として、彼女と誠意を持って話をしたい。心配なら供の者は部屋へは入れない…信じて貰えないだろうか」
「……そうかい、あんたが……。なるほどねぇ」
そう苦々しげに小さく呟いた女将さんの、私を抑える腕の力が僅かに緩んだ。
「この娘は…何かお天道様に顔向けできないような事でもしたのかい?」
「い、いや、そういうわけでは」
「だろうね、大それた事が出来るような娘じゃない。ならさ…もう、放っといてやるわけにはいかないのかい?」
女将さんがそっと私の肩を引き寄せる。次いでその手は、宥めるように私の背中を軽く撫で始めた。
「あたしは学がないからさ、そのご立派な紋章に誓うってのがどれ程重いものなのかは分からない。…あたしに分かるのは、半年一緒にいたこの娘が、今警戒して怖がってるって事だけだ」
思わず顔を上げて女将さんを見上げる。女将さんは、私をとても心配そうに見つめていた。
「今も、この前フードの四人組が来た時にも、顔が強張って緊張してる。…無理もないよ。来るなり勝手な事言って金なんか押し付けて来てさ、怒鳴り付けたかと思えば、紋章に誓うから信じろって言われてもねぇ」
「そ…そんな、つもりでは…」
自分の行動がそんな風に見えているとは思いもよらなかったのか、グレシオン様は驚愕の表情だ。
「半年前に何があったか知らないけど…この娘、本当に死んだっておかしくない顔でこの宿に来たんだ。その原因を作った本人だってんなら尚更、何を信じればいいってのさ」
「………っ」
ついに唇を噛んで俯いてしまったグレシオン様。お付きのフード達は、一人は心配そうに、そしてもう一人はイライラとその様子を見守っていた。
「あたしは偉い人に話す言葉なんか知らないからざっかけない言い方しか出来なくて悪いけど、この娘の事、本当に心配なんだ」
よしよしと、頭を撫でてくれる。
「来たばっかの時は虐められた猫みたいに警戒心が強くてさ、無表情に言われた事淡々とやる子だったんだよ。それが可愛く笑うようになってさ、やっと自分の意見言うようになったんだ」




