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子育て勇者と魔王の子供  作者: マオ
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子育て勇者と魔王の子供・79

 双子の母親が返ってくるのは夜である。それまで時間をつぶさないといけない。まぁ、双子が昼寝から起きたら、また勉強する約束をしているのだが。

 とりあえず、元魔王はソファに投げておいて、祖父母宅――今日から自宅だ――へ帰ろう。


「おにーさん、むずかしいじがむずかしいです」

 イリアはなにやら義姉から借りた小難しい本をお手本にして文章を書いている。

「にーちゃん、たしざんってなに?」

 オーラが作ってくれた問題表を手に、イリックが首をかしげている。

 勉強は順調だ。ときどき、家のドアを叩いて侵入しようとして来るイリア狙いの男どもは、祖父が追い返してくれた。

 今のうちからイリアを手なずけておいて、将来嫁に、と思っているのか。

 同じく成長後のイリック狙いの女性もいろいろと理由を付けて出入りしようとしてくる。そちらはにこやかに祖母が追い返していた。

 あと、オーラがすごく真剣にイリックの教育を手伝ってくれている。

「ユーヤさん、イリックくんもイリアちゃんも真剣に魔王を目指しているようなので、今のうちに矯正しましょうね」

「あー、うん。それは俺も同感」

 夕飯のあと、皿を洗いながら、そんな会話をオーラとする。彼女も何か一皮むけたのか、少し前のような憔悴した様子はない。良い傾向だと、思う。双子はおなか一杯になったのか、テーブルで舟をこぎ始めたので、祖父がソファに寝かせてくれている。


 きゅっきゅ。皿を拭きながら、オーラとの会話は続く。

「あと、ですね。ここ、子供結構多いじゃないですか」

「そうだなー。田舎って結婚早いし子だくさんになることも多いから」

「私、学校みたいなこと始めようかと」

「え」

「教えられることはたくさんあると思うんです。文字の読み書き、計算の仕方……幸い、私は兄と違って正式にどこかに所属しているわけではないですし」

 カリスは賢者だ。その力と知識を人々の助けに使うため、学院とかそういうものに所属している、らしい。オーラはまだ見習いで、いずれは研究院か学院に所属ずるつもりでいたようだが。

「ありがたいけど、いいのか?」

「研究はどこだってできます。材料とかも、なんでかこのあたりは魔法的な力が豊富ですし……困ることがあんまりなさそうなんですよね。元魔王のおうちの地下室には結構な材料もありましたし。あそこ異空間っぽく改造してあって、面白かったですよ」

 ……元魔王の自宅で魔法道具研究の材料を押収するつもりらしい。この間薬の件で元魔王の家に押しかけたときに、それなりに交流をもったようだ。

 

 なかよきことはうつくしきかな。


「がんばりますよ、私」

「そっか……うん、頑張って。俺も頑張るよ」

 笑いあうユーヤとオーラは、まるで兄妹のようだった。


 ※※※


 夜。双子を送り届ける。ノックをすると、返事があった。母親は帰ってきているらしい。いつごろ帰宅して、いつごろどうやって出勤しているのか、いつか聞いてみたい。

「こんばんは、おじゃまします。双子を送り届けに来ました」

「ああ、いつもありがとう。おや、どちらもおねむか」

 微笑みながら、美人の奥さんはぽちの背からイリックを抱き上げた。イリアはもぎゅっとユーヤの首に抱きついている。すっかり眠っているのだが、離れようとしない。そんな娘を見て、母親は苦笑した。

「熱烈だな、娘よ」

「……えーと、あの、この子らを寝かせてから少しお話が」

「うむ。旦那から聞いている」

 元魔王は復活して奥さんと会話したらしい。視線を巡らせると、ソファでぐったりしたままの元魔王が見えた。復活した後、また撃沈したのだろう。

「ご母堂様、吾輩も失礼して王子と姫と下がらせていただきます」

「ああ……いや、夫を寝室に連行してくれ」

 奥さんの言葉に、ぽちは背中の毛を逆立てた。

「わ、吾輩が魔王様をですかっ!?」

「襟首くわえて引きずって行けばよい。多少首がしまっても死ぬまい」

「いえいえいえいえいえ! 魔王様にそのようなご無礼は」

「あれはもう魔王ではないぞ。ただのやたらめったら力の強い虚弱な魔族だ」

「十分でございます! 吾輩なぞ一瞬で消し炭にされてしまいますぅ!」

「こないだされていたが生きていたではないか」

 ……知らないところで燃やされていたらしい。相変わらず、無駄に頑丈なぽちである。

「私は子供たちを運ばねばならないし、図体のでかい夫を、このか弱い腕に運ばせろというのかな、お前は」

 旦那に関節技を極めていた妻が、己の細腕を見せる。確かに細い。筋肉質でもないのに、どうしてあのとき「ぼき」とか音をさせることができたのか。魔力か? ユーヤは思うが、口にはしない。

「………………寝室までご同行させていただきます」

 ぽちがふらふらと元魔王に近づき、口で服をくわえて引きずった。ソファから落ちた元魔王が「ぐおう」とか呻いているが、そのまま引きずって居間から出て行き、しばらくして、なんか轟音が廊下から聞こえてきた。

「…………廊下、大丈夫ですかね?」

「心配はいらん。この家は旦那の魔力で強化してあるから、多少のことではびくともせんよ」

 ぽちの心配より廊下の心配。通常営業である。


 双子を寝かしつけて(イリアを首から引き離すのにえらい苦労をした)改めて居間。ちなみに、廊下に落ちていた炭(=ぽち)は、隅っこに寄せておいた。明日の朝辺りには復活するだろう。元魔王は自力で寝室にたどり着いたようだ。奥さんが確認していたから間違いない。

「で、だ」

 お茶を入れてくれた美人な死の化身が、にこやかに目の前に座っている。やたらめったら嬉しそうなのは、元魔王から話を聞いたからだろう。

「とうとう変態のいばら道を突き進むことに決めたと聞いたが」

「人聞きの悪いことを言わないでもらえますか……イリアが大人になるまで待つ、と、覚悟を決めただけですよ」

 幼女に手を出す気はないし、幼女ならだれでもいいと言うわけでもない。

 イリアが育つその時まで、気長に待つと言うだけだ。

「まぁ、俺の結婚適齢期は逃すでしょうが……イリアの気が変わるかもしれませんし」

「ふふふ。娘の気が変わることはありえないよ。いろいろと、な」

 美人妻は嬉しそうに笑いながら、手を差し出した。

「義理の息子よ、これから末永くよろしく頼む」

「それ、旦那さんにも言われました。こちらこそよろしくお願いいたします」

 と、握手を交わす。嬉しそうにうふふふ、と、笑いながら、未来の義母は忠告してきた。

「あ、あと、分かっているとは思うが、娘を裏切るような真似をしたら、私は容赦しないから」

「デスヨネ。肝に銘じます」

 舅が元魔王なのはまだいいが、姑が死の化身。怖いことこの上ない。ユーヤには元魔王のようなハーレムを形成する気はないし、イリアを想う気持ちに嘘はないから、彼女を泣かせるような真似はしたくないし、しないつもりである。

「いやぁ、嬉しいな。娘の想いが実るか。母としてとても嬉しい」

「喜んでいただけるのはありがたいのですが、まだまだ先の話ですよ。イリアが大きくなるまでは俺は『おにいさん』です」

「うむ。そういう君で良かったと思う」


 母親は軽く指を組み合わせ、しみじみと語った。

「幼女でもお互い好きなら良いじゃんとかそういう阿呆な男なら、私は即座に職場に連行している」

「デスヨネ」

「実は連行しようかと思う連中が数人いてな」

「…………へぇ」

 イリアにちょっかいを出している数人が頭に浮かんだ。そのどれもが、ユーヤが傍にいるために阻まれている。

「あまりにもひどいようなら、本気で連行しようかと」

「あー、その前に俺が牽制しておきます」

「そうか? ならばお願いしよう。聞かないときは言ってくれ。私が連行する。冥界ツアーにご招待したら、曲がった性根も少しは戻ろう」

「……そのツアー、戻ってこれるんですか?」

「帰ってこられないものをツアーとは言わんだろう?」

 一応、返してくれる気はあるようだ。ただ、『無事』な帰還かどうかは不明である。

「ま、どうしようもなくなったらお願いするかもしれませんが……基本的には俺が何とかしますよ」

「たのもしいな」

「これでも勇者と呼ばれてましたからね。暫定的に、ですが」

 実際魔王を倒してはいない。四天王までは倒したが、魔王は結局病に倒れ、『死』んだのだから。

「ふふ……そうだったな」

 魔王の妻の死の化身は美しく笑い、ユーヤの手をもう一度とった。


「挙式は村の教会で良いか?」

 開口一番、暴走が始まった。

「気が早いですよ奥さん」

「お義母さんと呼んでくれて良い。むしろ呼んでくれ。呼ばれたい。うははは、燃えてきた! 娘のドレスと私のドレスと旦那と息子の礼服をこしらえねば! 祝い品は何が良い!? 新居か!? いやしかし、娘夫婦と同居というのも捨てがたい! あああ、孫の顔が見られるのか!? 最初の孫は男か女か……いや元気ならばどちらでも良い!」

「もしもし、暴走しないでください奥さん。先の話です」

「君の身内にも挨拶をせねばなるまいな! 実家はそこだったな。明日の夜はご両親はご在宅か!?」

「奥さん奥さん」

「そうだ、君の祖父母には話はしたのか!? よし今行こう。まだ寝てはいないはずだ、何から何まで積もる話をしなくては!」

「もしもし、奥さーん」

「ぽち! 留守を頼む!」

「………………了解いたしました……ご母堂様……」

 小さな声が廊下の奥からしてきた。復活し始めているようだ。早い。

 いやそうではなくて。

 がっしりと握られた手に困惑する。

「奥さん、あのですね」

「行くぞ青年!」

 駄目だ。話が通じない。旦那も旦那だが、奥さんも奥さんだった。

 ずりずりと引っ張られながら、細腕って力強いなと思いつつ、そのままついていく。

 奥さんの説得は、長年の友人である祖父母に任せようと、思った。


はい、細腕って強いですね(笑)

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