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子育て勇者と魔王の子供  作者: マオ
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子育て勇者と魔王の子供・73.5

 ついさっきまで、あの人の顔を見ただけで胸が躍った。

 ついさっきまで、彼の声を聞くだけで鼓動が早まった。


 さっきまで。

 

 今は、彼に感じるものが違っている気がする。

 愛情というよりは、友愛。

 恋人になりたいと言うより、友人や仲間。

 今まで彼がこちらをそう思っていたように、自分もそう感じるようになってしまった。


 何故?

 オーラは自問する。

 確かに先ほどまではユーヤに恋をしていた。

 好きだったし、恋人にしてほしいと思っていた。

 双子に負けまいと思って必死に彼を射とめようとして、いた。


 何故?

 今のオーラは、彼のことを良い友人としか感じない。

 何故?

 一体何が起こったのだろう。


 目の前には、ユーヤにまとわりつくイリアと、その隣で笑顔でいるイリック。

 少しだけ成長した姿の双子が、何かしたのだろうか。

 一時的に成長したために、特殊な力を発揮したのだろうか。

 双子は魔王となった存在と、死の化身の間に生まれた子供だ。どんな特殊能力を持っていたとしても不思議はない。

 けれど、今のオーラに双子を問い詰めるだけの意気はなかった。


 ※※※


 夕方。

 ユーヤの祖父母の家に泊めてもらっているため、家事手伝いなどのできることを手伝ったあと、オーラは外に出た。少し歩きたかった。

 一体自分に何が起きたのか。一瞬で感情が変わってしまった。戸惑っている。ユーヤに相談はできない。彼への恋心がなくなってしまった、どうしてだろう? と、問われても、彼のほうが困るだろう。

 なんとなく、小川のほうに足が向かった。

 なにをするわけでもない。ただ、水面に目を向ける。

「……どういうことなのかしら……?」

 呟く。考えられることとしては、やはり双子だろう。何をしてもおかしくない。オーラがユーヤに近づくことを嫌っていたし、オーラが彼の傍にいる理由が消えるのなら、本当に何をしてもおかしくない。

 胸に手を当てる。この心に何が起きたのか。

「おー、ねえちゃん」

 背後からの声に驚いた。振り返って、さらに驚いた。

「イリックくん……だけ?」

 いつも一緒だったイリアがおらず、立っているのはイリックだけだ。

「イリアちゃんは?」

「にーちゃんとでーとしてる。おれ、じゃまだからさきにかえろうかとおもって」

 にやりと笑う。オーラより少し年下に見えるくらいの美少年にまで育ってしまった四歳児、しかし、あいかわらず言動は四歳児に思えず。

「そしたらねえちゃんが、なんかかわにとびこみそうにみえたから」

 意外な返答に、オーラは少し目を見張った。

「……え、心配してくれたの?」

「ううん。このかわでしねんの? まじで? ってきょうみがわいたから」

 子供でも安心して遊べるくらいの深さの小川。そこに入水じゅすいすることができるのかと、不思議だったようである。


「……そうよね、君たちはそういう子よね……」

 遠い目になるオーラである。この子らは、魔王の子供なのだ。

 しかも、将来は魔王になると断言するような子供である。力も相応にある。性格もイイ性格をしているため、この子らの相手をまともにできる人間は限られる。

 オーラは、まともに相手ができない人間の一人だ。

「ああもう……ユーヤさんってどうしてこの子たちを可愛いって断言できるのかしら……」

「ねえちゃんしつれいだな。おれとイリアはにーちゃんのかぞくにもかわいいっていわれたぞ」

「ユーヤさんの家族にも猫かぶってるからでしょ……」

「ちがうぞ、ねえちゃん。しょうをいんとすればまずはうまから! いせいをおとすにはまずまわりから! ぷれぜんともゆうこう!」

「……どこで覚えたの、そんなこと」

「おんなをおとすこつだって、とーちゃんがいってた」

 元魔王、ろくでもない。幼子に何を教えているのだ。

「あんまりこうかなぷれぜんとは、ぎゃくにひかれるってまじ? おんなってたかいもんのほうがよろこぶんじゃねーの?」

「………………えーと」

 偏った知識に、オーラは呻くしかない。彼女の反応に、イリックはにんまりと意地悪い笑みを浮かべている。からかわれたのだと気づいた。


 脱力感を覚えながら、オーラは口を開く。

「あのね、イリックくん。そういうことは」

「あ、ねえちゃん」

 ふと気づいた、というように、イリックが、まじまじとオーラを見つめる。

「え、ちょ、なに、なに!?」

「いと、とれたな」

「え」

 糸?

「ふーん……なんかわかんねーけど、にーちゃんとのいとはとれたんだ」

「え……」

「イリアのいとはとれてねーけど……ふーん、そっかー」

「え、え、な、なんのこと!?」

「さぁ? おれにもわかんねー」

 イリックは首をかしげる。自分でも何を言っているのかいまいち理解していない様子だった。

「なになに、なんのことなの!? もしかして、ユーヤさん何かの呪いとか受けてたとか!?」

 魔王退治の旅路で、深刻な呪いでも受けていたのだろうか。

「えー、のろいなのかなぁ。よくわかんねー。でも、ねえちゃんのいとはとれた。ほかのねえちゃんのいとはどうなんだろう? よし、きになるからみてこよーっと」

 と、イリックは歩き出そうとする。

「待ってイリックくん! 君には何が見えてたの!?」

 この双子には、何かが見えていたのだ。思わずイリックの腕にすがるようにして歩みを止めさせる。

「なにって、いと」

「糸って、なんの!?」

「おれしらねー」

 イリックの知識では思いあたらないものなのかもしれない。オーラはもどかしさに頭をかきむしりたくなりながらも、根気強く問いかける。

「じゃ、じゃあ、どんな糸だった!? 色とか、太さとか!」

 色で何か予想できるかもしれない。少しでも情報が欲しいとの必死の声に、至極あっさりと、答えが返る。


「すげーほそかった。いろはあか」


『恋の色なのね、ほっほほ~♪』


「赤い、糸……?」

 普通の人間には見えない赤い糸。ユーヤとの間に物凄く細くだが確かにあったらしい、赤い糸。

 それは世間一般でうわさされる、いわゆる赤い糸ではなかろうか。

 将来結ばれる運命の人との間に繋がるとかそういう感じの。

「え、そ……れが、ないの? 今」

「ねー」

「…………ないの?」

「うん」

「………………ない、の……?」

「ねーって」

 糸が切れたからなのか、この感情の変化は。さぁっと血の気が引く気がしたオーラである。

「き、切ったの!? イリックくんかイリアちゃんが切ったの!?」

「イリアといっしょになんかいもちょうせんしたんだけどさー、きれなかったんだよなー。でもいまなんでとれてんだろ? ねえちゃんなんかした?」

 心の底から不思議そうな様子から、イリックに心当たりはないらしい。というか、切ろうとしてたんかこの双子。

 もちろん、オーラにも心当たりはない。

「なにもしてないわ!? どうして切れたの!? なんでないの!?」

「んー……いっしょうどくしんってけっていしたからとか?」

 何気なく言ったイリックに、オーラは絶叫した。

「い、いやーーー!」


オーラに独身フラグ? ……いえあの、不幸にはしませんよ。ええ、はい。

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