子育て勇者と魔王の子供・64
「ここか……!」
小さな村の入り口で、仁王立ちする男がいた。
村人が、不思議そうにその横を通り抜けようとすることから、男は村の人間ではないことが知れた。
旅人だろうか。それにしては軽装である。格好も旅塵に汚れてはいない。こんな小さな村に何の用事なのだろう。
「ふ、ふふふ……」
不穏に笑いながら、男は村の中に向かって歩いていく。
背を見送った村人は、しばし考えて、ぽんと手を打った。
きっとあの人はアレだ。村の中でも頼りにされている一族の、知り合いか何かに違いない。
彼らの知り合いならば、少しばかり行動や言動が変でも信用できると、村人は知っていた。
今日こそは、と、オーラは思った。村に滞在して早三日が経過しているが、告白どころか、ユーヤとまともに顔を合わせてもいない。
すべて双子に阻まれている。可愛らしい幼児は、完全に敵なのだ。オーラだけではない、ユーヤに想いを寄せている女性三名も同じような目に遭っている。
昨日など、昼過ぎにエラく深い落とし穴にはまって、なんとか脱出できたのは夜だった。村の人が通りかかってくれなかったら、落とし穴の中で眠る羽目になっただろう。
幸いというか、怪我をさせるような真似はしてこない。これで魔王のような行動を起こされたら、オーラの命など速攻で消えていたはずである。
そう言えば、双子の父親は魔王のはず。しかし、今現在双子の父と名乗った存在は、寝込んでいて、危険の「き」の字も見当たらない。
今のうちにどうにかしたほうが良いんじゃないかしらとも思うが、ユーヤの祖父母の隣人さんということで、迂闊にちょっかいもかけられない。
そもそも、戦闘能力皆無のオーラでは、どうしようもない。勇者とまで呼ばれているユーヤも、双子の父親をどうにかする気はなくなったようだ。
――いや、魔王なぞ今はどうでもいい。とにかく、このあいまいな関係に決着をつけるのだ。
「にーちゃん、きょうはかわにいきたい!」
「かわあそびしたいです!」
村の中に小川が流れていることを知った双子が、川遊びを提案してきた。子供でも遊べる、流れの緩い川なので、天気のいい今日のような日には川遊びはちょうど良いかもしれない。
「そうだな。行ってみるか。上手くいけば昼飯の魚も取れるし」
「さかな? でかい?」
「いや、普通の川魚だから小さいよ。このくらいかな」
と、手の平くらいの大きさを示すと、イリックは目を輝かせた。
「ちっちぇー。そんなさかないるの? ほんとに!? みたい!」
……双子との旅の間に川で魚を取ったこともあるが、魔王城の周辺の魚は、やたらでかかったことを思い出したユーヤだ。
魔王の魔力で周辺の生き物も変質していたのだろうか。それともそういう生き物が生息する地域だったのだろうか。どちらにせよ、味は普通の魚だったので構わない。
「じゃあ、釣りの道具を持って行こう」
「つりしたいです。さかなつりすきです」
イリアも魚釣りは好きなようだ。イリックは川で水遊び、イリアは釣りかな、と、思った時だった。
向こうから歩いてくる人物に気が付く。
見覚えのある、男。
足早にユーヤに向かってくる男は、確か。
「あれ? カリス?」
旅の途中で会った賢者で、オーラの兄で、妹激愛の男ではなかったか。
顔体型は整っており、賢者としての実力も確かで、とても頼りになる男だが、度を逸したシスコンという一点ですべて台無しになる男である。
「久しぶりだな、どうしてこの村に」
と、問いかけた瞬間に、襟をつかまれた。
「ど・う・し・て・だと? はははははー。どうしてだと思うのかなこの勇者殿は」
目が笑っていない。なんでこんなに怒っているんだと思ってから、そう言えばこの男はシスコンなのだったと思い当たる。ユーヤはオーラの想いを知っている。どう対応していいのか迷っている。
彼女に対しての気持ちは、仲間にたいする気持ちしか持っていないのだ。
村の女性陣に対しても同じ。同じ村に住む仲間、それだけだ。
「いや、なんか誤解してないか」
「ごかい? ごかい? お前を追ってワタシの可愛いオーラがここにいるというのが、誤解? カケオチじゃあないか、ええ!?」
「いやだからそれが誤解で」
やばい。物凄い勘違いをされている。ようやく理解してユーヤは焦った。この賢者、なまじ実力があるだけに、怒らせたら怖い。魔法に耐性のある体質のユーヤならともかく、村の中で騒ぎを起こされたら大変だ。まして、今ユーヤの両隣には双子がおり、ついでに背後にはぽちもいる。
ぽちはどうでもいいが、双子を巻き込みたくない。
「よし、カリス、ちょっと話をしよう。俺は君と落ち着いて話をしたい。まず、どこの誰からオーラの話を訊いた?」
「そぉんなことはどうでもいい! 妹はどこだっ!? まさか責任をとらずに捨てたとか言うんじゃないだろうな?! 外道なことしていたら、いろんな魔法で削り殺すぞ!?」
削られるのか俺。いやだなそれは。どんな魔法だ削り殺すって。
頭のどこかが妙に冷静にそんなことを考えている。
「オーラは村の中にいるよ。今日はまだ会ってないけど、一応、俺の祖父母のところを宿代わりに」
「身内に紹介している仲なのかぁっ!? く、く、そこまで進んでいるとは」
「いやだから」
「ワタシに黙って挙式を上げてなどいないだろうなっ!?」
どうしよう、この賢者。完全に頭に血が上っており、話が通じない。オーラを連れてくるべきだろうか。この状態のこの男をマトモに戻せるのはオーラだけのような気がする。
「ちがいます」
しゅたっとイリアが手を挙げた。
「おにーさんは、わたしのしょうらいのむこです」
一瞬、カリスが硬直した。視線を下げてイリアを見、そしてまたユーヤを見た。
「………………はっはっは」
「何かまた凄絶な誤解をしてないかカリス」
「はっはっはっは」
「話を聞いて――」
「覚悟はいいかこの幼女趣味二股変態」
嫌な単語の羅列をされた。あわててイリアとイリックを背にかばう。
「だから違うって――」
「爆散させてくれるわこの史上最大の変態がぁ!!」
「話を聞けぇっ!!」
「兄さんっ!?」
ここにきて天の助けか。オーラの驚く声に、シスコンカリスが動きを止める。
「なんで兄さんがここに!? え、どうしたの!? こんなところでお仕事なんてあるわけないし……ねえ、どうしたの?」
目を丸くしているオーラに、カリスは満面の笑顔で言い放った。
「いやぁん、オーラ! ワタシの可愛い子ちゃん! 元気だったかしら? 兄さんはいつもアナタのことをとっても心配していたのよぉ! こんなのと一緒に旅なんてしてたら駄目じゃない! せめてワタシに事情を書いた手紙を送るべきでしょ! 男と一緒に旅をしているって聞いて、兄さん卒倒しそうになったのよ!」
オネエ走りで妹に駆け寄る賢者を見た。
……あれ、待て。あれは本当に俺の知っているカリスか?
ユーヤは思考が停止するのを感じた。
「……イリック、あれはなんでしょうか?」
「イリア、おれしってる! あれはな、おかま!」
魔王を「どうでもいい」と断言するオーラ、男前。
あと、賢者。オカマジャナイデスヨ?(え)




