子育て勇者と魔王の子供・52.6
次は子供たちがどんなふうに田舎に送還されるか、でございます。
「じいちゃんだれ?」
「ふしんじんぶつですか?」
「王子、姫、吾輩の後ろに!」
ぽちが双子をかばって前に出ようとして、
「うるさいなー、よわいくせに」
「じゃまです。みえません」
即座に排除された。竜巻のトスのあと、盛り上がった地面にアタックされて、ぽちは内庭の隅っこで撃沈。少しすれば復活するので双子は一切気にしない。
ただ、目の前にいる老人に、幼児ながらも警戒心を抱いている。
お城の内庭で、ぽちをベッドに日向ぼっこをしながらユーヤを待っていたイリックとイリアの前に、不意に現れた、見たこともない老人。
双子は互いの手を握って、何かされそうになったら即座にユーヤを呼ぼうと警戒心MAXである。
「ん? わしはな、おまえさんがたの大好きな勇者の兄ちゃんの知り合いさ」
人好きのする笑顔を浮かべて、気配もなく現れた老人は言い切る。
「にーちゃんのしりあい? ほんとか?」
「しょうこはありますか。しらないひとについていっちゃいけないのです。ゆうかいされます」
「わははははは! しっかりしとるのぉ。とてもあの病弱ハーレム魔族の子とは思えんわ。お袋さんに似て良かったのぉ」
双子の言葉に老人は爆笑した。
「……とーちゃんとかーちゃんもしってるのか、じいちゃん?」
「あやしいです……なにものですか」
さらに警戒を深める子供たちなど、老人には一切気にならないようだった。双子の両親のことを知っているというのに、怯えも警戒も感じていない。
「わしはな、盗賊ギルドの一番偉ーい人じゃよ。そんでな、勇者の兄ちゃんの爺さんの仲間さ」
「にーちゃんのじーちゃん??」
首をかしげるイリックに、老人――盗賊ギルドの長はうなずく。
「おうともさ。勇者の兄ちゃんが生まれたときから知っとるよ」
「しょうこはありますか?」
疑っているイリアの言葉に、長は楽しくて仕方ない様子で腕を組む。
「証拠と言われても困るのぉ。わしの顔を見ればあの坊主も分かるじゃろうが。今はここにおらんしのう。さて困ったわい」
などと言いつつ、楽しそうだ。
「こまってないじゃん」
「なんでたのしそうですか。わたしたちがこどもだからなめてますか」
「おれとイリアはつよいんだぞ! じいちゃんなんてふっとばせるんだからな!」
威嚇する双子である。長の返答によっては本気で吹き飛ばす気でいた。ユーヤがいない間、自分の身は自分で護らなくてはと、双子なりに考えているのである。
「知っとるわい。魔王になれるほど強い魔族の子じゃからな。わしくらいはあっという間に消し炭にされるじゃろう」
けろっと長は言い切る。やはり怯える様子はない。開き直っているようにも見える。
「が、やると勇者の兄ちゃんに嫌われるぞー。わしは兄ちゃんの爺さんの仲間じゃと言ったじゃろ? 兄ちゃんとも仲が良くてな。そんなわしを吹き飛ばしたら、兄ちゃんはどう思うじゃろうな」
「う」
「う」
言われて双子は押し黙った。かわいらしい顔に困惑を浮かべて長を見る。
「……ひきょうです」
イリアは涙目だ。ユーヤに嫌われるのは嫌なのである。今まで一緒に過ごしてきたユーヤは、双子にとってかけがえのない存在になっている。父である魔王を倒しに来た勇者だが、それだけではないことを双子は知っている。
「じいちゃんずるいぞ! なんかよくわからないけどずるいー!! おれたちにーちゃんにきらわれんのやだー!」
イリックも涙目で長をにらんだ。
「ああ、これ、泣かんでええ。お前さん方がわしを吹っ飛ばさなければそれでええ話じゃわい」
苦笑して、長は双子に近寄った。
「頭を撫でてええかの?」
「……だめです」
「やだ。おれとイリアのあたまなでていいのはにーちゃんととーちゃんとかーちゃんだけだ」
ぐしぐしと鼻をすすり、イリックは言う。
「やれやれ、いじめすぎたかの? すまんすまん。わしが兄ちゃんと知り合いなのは本当じゃよ。ついでに言わせてもらえばな、お前さん方の両親とも知り合いじゃ」
「へ」
「え」
「兄ちゃんの婆さんが、お前さん方の母親の親友だということは知っとるじゃろ? なら、爺さんの仲間で、今もちゃあんと付き合いのあるわしが、知り合いじゃとも分かるじゃろ」
「……しょうこはありますか」
イリアはまだ信用しない。イリックの手を握り締めて、愛らしい顔を泣き出しそうにゆがめている。
「証拠か……うむむ……おお、そうじゃ。証拠というのなら、これじゃな」
ぽんと手を叩き、長はしゃがんで、双子と目線を合わせた。両手を口元にそろえて小声で告げる。
「お前さん方の母親は死の化身、勇者の兄ちゃんの婆さんは実りの女神のカケラ。兄ちゃんの曾祖父母は主神と母神。これを知っとるのはごくわずかの知り合いだけじゃろ? 兄ちゃんたちも知らんからの」
双子は目をぱちくりさせ、それからイリアはイリックの手を引いた。
「イリック。このおじいさん、ほんとうにしりあいです。おかーさんたちのこともしってます」
「そうだな。にーちゃんのばーちゃんのことまでしってる。ほんとにしりあいなんだ」
実は、双子はユーヤの素性を知っていた。父親である魔王から、母親である死の化身の親友が、ユーヤの祖母・実りの女神の化身であることを聞いていたのだ。父親の親友が、ユーヤの祖父だとも聞いている。魔王は子供たちに「世界征服をしても、とある国だけは武力行使をしない」と言っていた。親友夫婦が住む場所だから、と。
両親の親友が、ユーヤの祖父母なのである。
双子は最初からユーヤを警戒しなかった。人間の中で、一番信用できると知っていた。
魔王と死の化身の親友をやれる人たちの血を引いているのだ。無条件で信用できると理解していたのである。
「わかった。じいちゃんのことぶっとばすのやめる」
「おお、それはありがたいのぉ」
「でも、なんのようじですか。いま、おにーさんはでかけてます。わたしとイリックにようじですか? おかねはないですよ。よういくひはおにーさんがもってます。よういくひがほしくてわたしたちをゆうかいするならていこうします」
イリアは微妙に長を嫌いになったようだ。泣かされたのが悔しいのかもしれない。
「養育費なんぞいらんわい。わしは金に困っ……ごほんごほん。いや、そうじゃなくての。兄ちゃんのところに送っちゃろうと思ってな」
言われた言葉に双子はきょとんとする。意味が分からない。ユーヤは少しだけ出かけているだけだと思っている。自分たちを置いて長時間どこかへ行くわけはない。
「おにーさんのところですか?」
「なんでだよ。にーちゃんもうすぐかえってくるぞ」
「いやいや、帰ってしまったから帰ってこんよ」
「なにいってんだじいちゃん」
「ぼけてるですか? じつはちほうしょうですか」
「誰がじゃーい。よう口のまわる子らじゃな……さすがはあの奥方の子。感心するわい」
言いながら、長は懐をあさって、羽を取り出した。魔力を帯びている羽。違う場所で、同じころに、オーラがそのアイテムの効果を口にしていた。
――任意の相手を望む場所に飛ばせる魔法の道具。
長はにやりと笑う。いたずらをする子供と同じ表情で。
「兄ちゃんの故郷を見てみたいを思わんか?」
「おもいます、けど……いまのおじいさんのかおをみて、うなずくのはきけんだとおもいました」
「おれもにーちゃんのふるさとみてみたいとはおもうけど……なんかやなよかんがする」
「おー、本当に幼児とは思えんくらいに聡いのぉ。が、齢重ねたジジイにはその程度の拒否では通じんよ」
しれっと聞き流し、長は羽を振った。きらめく光が放たれる。
「今頃は兄ちゃんも強制送還されとるじゃろ。ツレの姉ちゃんも飛ばされとるじゃろうし、お前さん方も行っとけ。サービスであそこの獣もつけてやろう」
「え、ちょっと、どういうことですか! おにーさんはいいですけど、おねえさんはいりません!」
「じいちゃん! なんかよくわからねーけど、ねえちゃんはよけいだ!」
相変わらずオーラへの扱いが酷い双子である。
「ぬ、王子と姫に何をする気だこの枯れ木が!」
気が付いたぽちが叫ぶ。即座にイリアとイリックは叫び返した。
「あと、ぽちもじみによけいです!」
「そーだそーだ! おまけならほかにもっといいものあるだろ!」
「ああ……相変わらず容赦のない……素敵……」
涙を流して呟くぽちは双子も長もスルー。
「いやぁ、ぐずぐず説明しとったら、姫がのぉ。坊主をかっさらいに来そうでな。だからさっさと飛ばすわい。それとも坊主、姫の婿になるか?」
「……じいちゃん、なんかよくわからねーけどはやくして」
「おにーさんとごうりゅうしたいです。いそいでください」
さくっと妥協した双子である。抜け目のない幼児だ。
「ほれ、行って来い」
羽が光と共に霧散し……内庭から双子とぽちの姿が消えた。
姫の声が聞こえてくる。イリックを探しているのだろう。
長は肩をすくめた。自分のやるべきことはやった。長居は無用。
現れたときと同じように、誰の目にもつかずに、長は城から脱出した。
ほんまに口の達者な子供だこと(他人事のように言う)
これから田舎で大騒ぎです。ガンバレみんなー(棒読み)




